彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
帝国の帝都アーウィンタール、その大通りにて、フールーダは土下座を披露していた。
「何卒! 何卒、その神々しいオーラを!」
「やだ」
帝国の重鎮である彼が土下座をする程の相手はあからさまに嫌そうな顔で、そう言った。
「お願いします! メリエル様!」
「やめっ、やめろー!」
メリエルの足に縋り付くフールーダ。
彼は若返っているので、ヴィジュアル的には青年が女神のような女性に縋り付くということになっている。
周囲の通行人達から、ひそひそと何やら話し声が聞こえてくる。
痴情のもつれとか何とか聞こえた。
思いっきり蹴飛ばして、フールーダを殺すわけにもいかないメリエルはどうしたものか、と困惑する。
事の発端は些細なものだった。
色々片付けたメリエルは帝国の娼婦を漁り、またついでに闘技場でも行って観戦しようかと――要するに遊びにやってきていた。
基本彼女がどこかに出向くときは単独である。
そっちのほうが気楽であるという単純な理由で。
帝都の大通りをふらふら歩いて、露店やら何やらを見ていたところで、フールーダに運悪く見つかってしまったのだ。
彼は見つけるや否や、オーラを見せろと鬼気迫る表情で言ってきた。
なんでも、彼はどの位階の魔法を使えるか、見えるタレントを持っているらしい。
勿論、メリエルは嫌だったので、拒否して、今に至っている。
「お願いします……! 一度だけ、一度だけ見せて頂ければ……!」
ある意味、メリエル以上に欲望一直線なフールーダに彼女は深く、それはもう深く溜息を吐いた。
まあ、フールーダを鍛えればナザリックの為にもなるだろう、きっとなるはず、なるといいな――
そう思いながら、メリエルは告げる。
「それじゃあ、わかったわよ。なんか、適当なところで……」
メリエルは周囲を見回して、年季の入った建物を見つけた。
看板には歌う林檎亭とある。
レイナースから聞いたことがあった。
歌う林檎亭という宿屋兼酒場のメシが美味い、と。
昼時だし、そこでいいだろう。
オーラなんて見えるのはフールーダしかいないだろうし、迷惑になることもない。
ついでに、フールーダに奢らせれば懐も寂しくならない――
「あそこ、あそこの店で。御飯食べながら」
「おお! 神よ! 勿論です! 奢らせてください!」
こっちが言う前に、向こうが言ってきた。
メリエルはほくそ笑み、フールーダを引き連れて、その建物に入った。
見た目は年季が入っていたが、中はわりと小奇麗であった。
隙間風などもない。
店内は昼時にも関わらず、閑散としている。
1つのテーブルに4人組の男女がいる程度だ。
格好からするに、冒険者か、あるいはワーカーと呼ばれる者達かもしれない。
酒場だから夜に客が多いのかしら、とメリエルは思いつつ、メニューを読んで、ウェイトレスに注文する。
4人組から視線を感じるが、メリエルにとってはいつものことだった。
彼女の美貌は圧倒的だ。
なんだあの美人――
綺麗――
とか色々聞こえて、メリエルは満足だ。
「さぁ、神よ……我が目に、そのオーラを」
「仕方がないわねぇ」
メリエルは軽く溜息を吐いて、魔力をはじめとした諸々を完全に隠蔽している指輪を、ゆっくりと外した。
反応は劇的だった。
「お、おぉ! まさしく、まさしく! これぞ、魔導の深淵っ!」
大興奮するフールーダ。
その両目は思いっきり見開かれ、血走っている。
そして、もう一つ。
「おげぇえええ!」
なんかもう1つのテーブルから聞こえた。
メリエルがゆっくりとそっちへ視線を向ければ、金髪の女の子が盛大に嘔吐して、床に蹲っていた。
びくんびくんと震え、さらに下半身のあたりから床が濡れていく。
漂うアンモニアの独特な臭い。
酷いことになっているその子に対して、メリエルは思う。
あの女の子、可愛いわね――
メリエルはそんなことを思っていると、4人組のうち、男2人がメリエルの傍に歩み寄ってきた。
「おい、あんた。何をした?」
リーダーらしき男の問いにメリエルは深く、これまた深く溜息を吐いた。
一難去ってまた一難、今日は厄日だ――
しかし、メリエルはへこたれない。
フールーダのいう、魔導の深淵とやら、こうなったら見せてやろう。
ついでに因縁をつけてきた何かよく分からない連中もまとめて見せてやろう。
メリエルは唱える。
「
世界が、変わる。
ワーカー、フォーサイトのリーダーであるヘッケランは今、起こったことが理解できなかった。
仲間のアルシェが突然嘔吐して痙攣した。
何か原因は、と周囲を探るとちょうど女神のような美人が指輪を一つ、外したところだった。
だからこそ、何かをやったのか、と問いかけにいったら――
歌う林檎亭から、一瞬にして草原にいた。
「……いったい、何が起きたのでしょうか?」
ロバーデイクの問いかけにヘッケランは告げる。
「俺が知りたい。ただ、あの女が何かやったらしいことは確かだ」
ヘッケランはそう言って、その女を見る。
10m程離れたところに、その女はいた。
なぜか、その隣では気絶している青年がいる。
さっきから叫んでいた青年だ。
頭に何となくコブができているように見えることから、女が殴ったらしい。
いったい何がどうなっているのか、ヘッケランにもロバーデイクにもさっぱり分からない。
ただ異常な事態だということは分かった。
幸いにも、彼らは一仕事を終えてきたばかりの為、装備を身に着けている。
「イミーナ、アルシェはどうだ?」
「ダメだわ。ずっと震えて……」
ハーフエルフのイミーナは同性ということもあって、金髪の女の子――アルシェを介抱していた。
「とりあえず、あの女を……」
倒すしか、とヘッケランが言おうとしたそのときだった。
「殺されるっ! ダメ! 死ぬ!」
アルシェが叫んだ。
ぎょっとするヘッケラン達3人。
慌ててイミーナが問いかける。
「アルシェ、何がダメなの? あの女が何かあるの?」
「あの、あの女ぁ! 人間じゃない! あんな魔力を持ってるなんてぇ!」
一瞬にして、3人は戦闘体勢に入る。
各々の得物を抜いて、その女を睨みつける。
しかし、その女は深く溜息を吐いて、何事かを唱えた。
するとアルシェの体を青く、優しい光が包み込んだ。
何をした、とヘッケランが問う前にアルシェは落ち着きを取り戻した声で告げる。
「みんな、聞いて。私のタレントで探知した魔力は、フールーダ・パラダインが足元にも及ばないくらい」
「おいおい、冗談きついぞ」
ヘッケランの言葉にロバーデイクとイミーナも頷く。
「違うの、それだけじゃないの。私が見た、位階」
嫌な予感がした。
3人共、なにか、とんでもないものが飛び出すのでは、と。
「第6位階か? それとも第7位階か?」
「違う、違うの、ヘッケラン。私が見たのは……第10位階」
脳がその言葉を理解するのを拒否した。
ヘッケランもロバーデイクもイミーナも。
無論、当のアルシェもできれば理解したくなかった。
しかし、見えてしまったのだ。
あの指輪を外した瞬間にアルシェは。
膨大なまでの魔力の奔流、そして神代の位階を。
「……神が、顕現なされたということですか」
ロバーデイクの言葉は的を射たものだった。
そうとしか考えられないのだ。
そのときだった。
「そろそろ、面白いことを教えてあげようかと思うんだけど」
その女――メリエルがヘッケラン達にそう話しかけてきた。
「面白いこと?」
アルシェが問いかけた。
実際にどの程度か、見えた自分が話した方がやりやすいだろう、という判断だ。
「ええ、そうよ。この草原、世界のどこにあるでしょう?」
問いかけにアルシェ達は周囲を見回す。
どこにでもありそうな草原であったが、すぐに気がついた。
虫の音も鳥の鳴き声も、一切していないことに。
そして、空を見上げて、恐ろしさを感じた。
空は不気味なほどに青一色だった。
こんな恐ろしい空など、これまでの人生で、ただの一度も見たことがない。
「……まさか、いえ、そんな……」
アルシェは気づいてしまった。
そうではない筈だ、と縋るような目をメリエルに向けるが、その視線を受けて、意地の悪い笑みを彼女が浮かべ、告げる。
「ここは私が作った世界よ。結界の究極の形ね」
アルシェは深く息を吐き出した。
確かに、それは結界の究極の形といえるだろう。
「で、私はメリエルよ」
メリエル、と聞いて知らぬ者はいない。
「メリエル、メリエルってあの魔導国の……!?」
「いかにも。そのメリエルよ」
メリエルがそう言うや否や、イミーナはすかさずに土下座した。
その光景にヘッケランもロバーデイクもアルシェも驚く。
「私はハーフエルフの身ですが、メリエル様が大勢のエルフを救ってくださったことに感謝を捧げます」
「知り合いとかいたの?」
「はい。何人か……父も、感謝しておりました」
「そうなんだ。良かったわねー」
めちゃくちゃフランクだった。
「あー、その、メリエルさん? いや、メリエル様? なんでこんなところに?」
ヘッケランの問いに、メリエルはイタズラを思いついた子供のような笑みを浮かべた。
「帝国を1秒くらいかけて、この世から消し飛ばそうと」
「1秒で消し飛ばせるのか……」
むしろ、そこに驚いてしまうヘッケラン。
「というのは冗談で、遊びに来た」
単なる遊び、と聞いてヘッケラン達は胸を撫で下ろす。
「メリエル様、先程の指輪は隠蔽などの効果があるものと思う……思います」
「敬語じゃなくていいわよ」
メリエルの言葉にアルシェは少し迷った後、告げる。
「どうして隠蔽の指輪を外した?」
「そこのフールーダ・パラダインってやつが、どうしても私のオーラとやらを見たいって大通りで縋り付いてきて」
思わずアルシェ達は転がっているフールーダに視線を向ける。
「……なあ、ロバーデイク。俺の聞いた話が間違っていなきゃ、フールーダっていうのは老人だって聞いたが」
「奇遇ですね、私の聞いた話も間違っていなければ老人だそうです」
「老人でしょ? 私、遠くから見たことあるし」
「師は間違いなく老人だった」
ヘッケラン達はジロジロと幸せそうな顔で気絶しているフールーダを見る。
「ああ、それだけど、彼は中途半端な不老不死だったから、全盛期に若返らせた上で、不老不死にしといた」
「はぁ!?」
一様に驚きの声を上げる4人にメリエルはけらけらと笑う。
「私ってさ、若返り薬とか不老不死の薬とか量産できるのよ。だから、人材も引き抜き放題で困っちゃうわ」
ヘッケラン達は自分達の常識が通用しないことに困惑しかなかった。
とはいえ、神のすることだから、と考えると何となく納得できる。
「ところで、あなた達の名前は?」
メリエルの問いに各々、名前を答えていく。
最後にアルシェがフルネームを名乗ったところで、メリエルはどこからともなく紙の束を取り出した。
ぺらぺらと捲っていき、やがて見つけたのか、うんうんと何度も頷いた。
「アルシェの家って、元貴族?」
「そう。私の家は貴族だった」
「これ、ジルクニフから貰った処理して欲しい……早い話が、こっそり殺して欲しいリストなんだけど、そこにフルト家が載ってるのよ。妹が2人いて、クーデリカとウレイリカって言うでしょ?」
メリエルの問いかけにアルシェはメリエルの前に土下座した。
「頼む! 何でもするから、助けて欲しい!」
妹達の為にアルシェは必死だった。
「俺からも頼む、メリエル様には何の得もないかもしれないが、この通りだ!」
ヘッケランもまた土下座した。
「私からも、どうかお願い致します……!」
ロバーデイクも同じく土下座した。
「メリエル様、エルフに見せた御慈悲、再度お見せください……お願いします!」
そして、イミーナが土下座した。
その様子を見て、メリエルはわざとらしくそっぽを向いてみせる。
「どうしようかなー? 何でもするって言うけど、口だけってこともあるしー?」
モモンガがいたら、あんた何やってんの、とツッコミを入れること間違いない。
「本当に、何でもする。私にできることなら……」
アルシェの言葉にメリエルは、にっこりと笑う。
「んじゃあ、今日から私のペットね。妹達もそれで」
アルシェは思わず顔を上げた。
「ペットって……?」
「そのまんまよ、私が飼い主で、あなた達はペット。私に愛でられるだけの存在で、衣食住とかそういうのは全部私が面倒見るってことよ」
一種の身請けか、とヘッケランの呟き。
「勿論、ワーカーだか冒険者だか知らないけど、その仕事は続けてくれていいし、何なら、私が修行をつけてあげてもいいわ」
破格の条件だった。
ヘッケラン達に口を挟む余地などはない。
むしろ、ワーカーやるより良いんじゃないか、と思ってしまう程に。
アルシェに躊躇いはない。
「ペットになる。妹達も。だから、お願い」
「よし、きた。ちょっと待ってなさい。あ、結界は解除しとくから」
メリエルの言葉と共に一瞬で、店内へと戻った。
そして、彼女は動いた。
そこからは怒涛の勢いで、あれよあれよという間にアルシェの妹達がメリエルによって連れてこられ、借金はメリエルによって完全返済された。
その上でアルシェの両親がメリエルによって連れてこられ、恐ろしいオーラを叩きつけながら、借金するな、無駄遣いするな、と警告した。
アルシェの両親をヘッケラン達に任せ、今度はジルクニフに直談判し、フルト家を除外するよう迫った。
元々ジルクニフとしてもメリエルが女を取り込むことは分かっていたので、それを承諾した。
この間、僅か2時間。それだけでアルシェの長年の問題は完全に解決してしまった。
「……なんか、すごい一日だった」
ヘッケランは夜になって、そう感想を述べた。
一番怖い思いをしたのはアルシェの両親だろう。
歴戦のフォーサイトの面々ですら、失禁しそうな程に恐ろしいメリエルに殺気混じりに警告されたのだ。
二度と借金なんてしないだろうし、たとえしたとしても、もはやアルシェは関係なかった。
「私としては、あんなに人間臭い神ということに驚きましたよ」
ロバーデイクの言葉にヘッケランとイミーナは苦笑する。
「でも良かったじゃない。まあ、確かに特殊な趣味だとは思うけど……とんでもない玉の輿って言えるし」
ペットにして愛でるとはどういうことか、とあの後に問いかけた。
メリエルからの回答はエロいことする、というものだった。
仲間がエロい目に遭う、というものだったが、どうにもヘッケラン達には酷いことをされるようには思えなかった。
「まぁ、丸く収まった……んじゃないか? たぶん」
「ぐへへへ……何でもするって言ったよな!」
「やめ、やめて!」
などというよくある展開がメリエルの部屋で繰り広げられているみたいです。