彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話   作:やがみ0821

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彼らの最良の時

 

「宰相、本当に私がメリエルの側室に?」

 

 竜王国の女王、ドラウディロンは問いかけた。

 彼女は珍しく、子供形態ではなく、本来の姿である大人形態だ。

 

「何を言っているんですか。もう向こうの担当者の方に承諾したじゃないですか。陛下もノリノリで」

「だって、珍しく私の本来の姿を見て、受け入れてくれたんだし……メリエル様もそっちがいいって言われますよ、と担当者が言ったし」

「じゃあ問題ないじゃないですか。神ですよ? 側室となって、もし神の子を孕んだら、竜王国は安泰ですよ?」

「嫌だ、神の子など孕みとうない」

「じゃあ、セラブレイトの嫁ですかね。嫁にするっていえば、彼、100倍くらい力を出すんじゃないですか? 潜在能力を完全覚醒とかそういう感じで」

「……冗談だ。私とて女王。そういう覚悟はできているとも」

 

 といっても、良い男を探す暇なんてこれまで無かったんだが、とドラウディロンは自嘲する。

 

 しかし、魔導国は気前が良い、と彼女は思う。

 ビーストマンを潰して、その後の同盟締結及び復興まで支援してくれるという。

 

 同盟を締結するにあたり、魔導国側が要求してきた条件は属国的なものを孕んでいたが、このままではビーストマンに国を滅ぼされるのは間違いない。

 

 ならばこそ、魔導国の属国になるのも致し方ない――

 

 宰相も含めて、その意見で一致した。

 

 一番大きなものは非公式で構わないから、ドラウディロンをメリエルの側室とするというものだったが、ドラウディロンとて王族。

 このまま国が滅びるか、あるいは最後の策としてロリコンのセラブレイトに嫁いで、間近で応援するか、それとも100万の命を使って始原魔法で巨大爆発を引き起こしてビーストマンを根絶やしにするか。

 

 どれもこれもマトモなものではなかった。

 

 ドラウディロンとしてもロリコンに嫁ぐくらいなら、まだ両性具有とはいえメリエルの側室になった方がはるかにマシで、得られるものも莫大だった。

 

 法国から陽光聖典と漆黒聖典が支援にやってきているが、それも焼け石に水。

 数を活かして面で攻めてくるビーストマン共に、どちらの聖典も点でしか対抗できない。

 

「ああ、来たみたいですね」

 

 宰相の声にドラウディロンの意識が現実へと戻る。

 すると、目の前に黒い靄のようなものが出ていた。

 

 転移門(ゲート)と呼ばれる高位の転移魔法だ。

 

 そこから、まず事前に竜王国に派遣されていた担当者であったデミウルゴスが出てきた。

 そして、彼の後ろから出てきた人物にドラウディロンは釘付けとなった。

 

 鏡で見たときも美しいと感じたが、実際に見ると鏡で見たときよりも遥かに美しかった。

 

「初めまして、私がメリエルよ」

 

 メリエルはドラウディロンを真っ直ぐに見つめ、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長、もう、持ちません……!」

 

 前線は地獄だった。

 陽光聖典隊長であるニグン・グリッド・ルーインは砦の城壁にて部下の声を聞く。

 

 彼の部下で、否、この砦にいる者で、負傷していない者を探す方が難しい状況だった。

 

 陽光聖典と漆黒聖典が投入された場所は草原の中に構築された砦であった。

 砦の背後は少しの距離を開けて、なだらかな丘となっている。

 

 空は青く、太陽が輝いている。

 風は穏やかで、ピクニックにはうってつけの天気と場所であったが、残念ながらそんなことができる状況ではなかった。

 

 竜王国の兵士達もいるにはいたが、2つの聖典が到着するまでの戦闘で消耗を重ね、数百人程度にまでその数を減らしていた。

 陽光聖典が到着した当初は、持ってきた物資の中から彼らにポーションなどで治療もしたが、もはやポーションは皆無に等しい。

 

 

 

 ビーストマン達は砦を迂回することもできたが、それをさせない為に漆黒聖典が動く。

 

 昼夜問わず迂回しようとする敵を片っ端から潰して回ってはいるが、数は多く、とてもではないが追いつかない。

 小癪な、とばかりに砦を包囲しようとするビーストマン達もいるが、それも漆黒聖典がどうにか潰している。

 だが、如何に漆黒聖典といえど、ここまでの連日連夜の戦いに人員こそ欠けてはいないが、疲労が激しい。

 また装備の消耗やポーション、果ては糧食も満足ではない。

 

 

 陽光聖典は砦の城壁で、あるいは砦から出て、漆黒聖典を支援すべく天使を召喚して攻撃させたり、あるいは遠距離から魔法を放つなど、比較的安全な戦法を取っていたが、それでもビーストマン達の筋力から繰り出される矢は脅威で、被害を抑えることができない。

 

 索敵役として砦に残っている漆黒聖典の占星千里によれば、ここにいるビーストマンは総数にして1万程度だという。

 

 絶望的だった。

 

 ニグン達の後ろにはもう戦力と呼べるものはない。

 

 幸いなことに、もっとも近い都市であっても、数日の距離はあることだ。

 避難はとうに始まっているだろうが、このままではジリ貧だった。

 

 都市にて編成されたホームガードと名付けられた自警団が警備にあたっているだろうが、その程度、ビーストマンにとっては何の障害にもならないことは明らかだった。

 

 

「クソがっ!」

 

 ニグンは悪態をつきながら、かつて出会った最高位の天使――最近の情勢を鑑みるに天使などではなく神であった――を思い出す。

 その神はカッツェ平野で王国相手に派手にやったらしいが、その時にはもう陽光聖典も漆黒聖典も竜王国へ向かう途上であった為、詳しくは知らない。

 

「私達に神のご加護を……」

 

 ニグンはそう祈った。

 ここに来てから、何度そう祈ったか、数えきれない。

 

 そのとき、ビーストマン達が放った矢が一斉に降り注ぐ。

 城壁があるとはいえ、それでも安心はできない。

 連中の筋力は人間などよりも強いのだ。

 

 ニグンは援軍要請を何度も何度も行った。

 しかし、答えは否だった。

 

「こんなところで、死んでたまるか……!」

 

 ニグンはそう言いながら、ビーストマン達を睨みつける。

 

 視線だけで殺せたなら、既に1億くらいのビーストマンは死んでいるとは思われる程に、その眼光は鋭い。

 

 そのときだった。

 

 戦場の喧騒の中で、何か、場違いなものがニグンには聞こえた気がした。

 

「何か、聞こえなかったか?」

 

 傍らにいた部下に問いかけるも、彼は首を横に振る。

 

「幻聴でも始まったか……?」

 

 そう言った時、今度は先程よりもはっきりと聞こえた。

 太鼓の音だ。

 

 この砦には既に太鼓を叩いて合図を出して、作戦行動を取れるような戦力は残っていない。

 それに砦の中から聞こえたならば、もっと大きく聞こえる筈だ。

 

「動ける奴はついてこい。反対側に移動する」

 

 ニグンはそう言って、一縷の望みに賭けることにした。

 もし、もしも援軍がきていたならば。

 

 彼は駆け足で、城壁の上を移動し、背後となる丘の見える場所へと向かった。

 疲労から体が悲鳴を上げていたが、それでも何とか短い時間で辿り着いた。

 

 現れたニグン達に、その場所を担当していた竜王国の兵士達は驚いたが、ニグンは彼らに尋ねる。

 

「音が聞こえなかったか? 太鼓の音だ」

 

 問いかけに兵士達は困惑する。

 そのときだった。

 

 明らかに太鼓の音と笛の音色が聞こえてきた。

 

 丘の向こう側からだ。

 

 ニグンは城壁に身を乗り出す。

 そのとき、漆黒聖典達も異変に気がついたのか、砦へと帰還し、ニグン達と同じところへとやってきた。

 

 彼らもまた、城壁に身を乗り出した。

 そして、竜王国の兵士達もまた。

 

 陽気なメロディが聞こえてきた。

 それは徐々に大きくなり、そして――丘の向こう側から、その戦列は現れた。

 

 色鮮やかな赤い軍服を身に纏い、黒い三角帽を被って、棒状のものを担いで歩いてきた。

 一定の速度を保ちながら、メロディに合わせて。

 

「援軍だ! 援軍がきたぞ! 凄い数だ!」

 

 ニグンは大声で叫んだ。

 

 丘の向こう側から、続々と赤い戦列は現れる。

 それこそ、埋め尽くすかのように。

 

 誰も彼もが喜び、叫んだ。

 

 同時に、占星千里が城壁にやってきた。

 普段運動などしない彼女が息を切らしながら。

 

「あの軍勢は、丘の向こう側に突然、現れた……! 探知できなかった……!」

 

 彼女が告げた衝撃的な事実にニグン達と漆黒聖典の面々は一瞬固まり、そしてその意味を理解した。

 

 占星千里ですら探知できなかった、突然に現れた軍勢――

 

 

 彼女は更に告げる。

 

「どんどん、どんどん軍勢が湧き出ている! 丘の向こう側に! 何かがいる!」

 

 そのようなことができる存在など、人類は疎か、世界のどこを探してもいない。

 

 だが、例外があった。

 つい最近、法国を支配下においた魔導国。

 

 ニグン達と漆黒聖典の面々は思い至る。

 

 神の存在に。

 

 

 彼らが思い至ると同時に正解だと言わんばかりに、その存在は現れた。

 

 

 知らず知らずにニグン達、陽光聖典も漆黒聖典もまた平伏した。

 占星千里とて、それは例外ではない。

 

 竜王国の兵士達は呆然と、その存在を見つめている。

 

 そんな彼らを前に、その存在――メリエルは宣言する。

 

「たった今より、魔導国は竜王国の側に立って、対ビーストマン戦争に参戦する。よく、持ちこたえた。その奮闘に敬意を表する」

 

 その言葉は、マジックアイテムか、それとも魔法か、何かを使っているらしく、よく響き渡り、砦中に聞こえた。

 

 だからこそ、砦の至るところから大歓声が上がった。

 動けない程に重傷の者であっても、雄叫びを上げた。

 

 

 神は、もっとも辛く厳しいときにお救い下さった――

 

 そう思ったのはニグンだけではなく、この場にいる全ての者に共通したものだった。

 

 ニグンは、ただただ平伏し、涙を流す。

 溢れ出る涙を止めることはできない。

 

 彼だけでなく、彼の部下達も、そして漆黒聖典の者達も、それは例外ではなかった。

 特に漆黒聖典など、メリエルの桁違いの力を知っているが為に、より実感した。

 

「さて、竜王国の諸君、法国の諸君。私が戦況を見たところ、兵士達は傷つき倒れ、物資も少ない、更に敵の兵力は諸君からすると圧倒的」

 

 メリエルの言葉に、その場にいた者達の視線が集中する。

 

「そして、撤退は不可能。だからこそ、状況は最高。これより我々は反撃する」

 

 メリエルの言葉を受けながら、赤い戦列は砦を避けて、進んでいく。

 敵に向けてまっすぐと、決して止まることはない。

 

 矢が降ろうとも、石が降ってこようとも、魔法が飛んでこようとも。

 それこそ数十名が一撃で吹き飛ぼうとも、絶対に止まらない。

 

 陽気なメロディと共に、敵の白目が見える位置に到達するまで、決して。

 

 

 その陽気なメロディとその光景に、漆黒聖典の神聖呪歌が即興で詩をつけ、歌ってみせる。

 神の御前ということもあり、己の持つ全てを振り絞って。

 

 歌声が砦に木霊した。

 

 

 その歌声を背に受けながら、レッドコートは進軍する。

 彼らの歩みを止めるものは何もない。


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