彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「確かに、メリエル様は凄いけど……そんなに丸投げでいいの?」
あまりにも情けなくて、ネイアは愚痴が出てきてしまった。
ネイアとて、彼我の実力差というものは理解できている。
確かに、ヤルダバオトはどうにもならないだろう。
アレは力の桁が違う。
だが、今、聖王国にいる悪魔達が全員、ヤルダバオトのように強い訳がない。
ましてや、亜人達ならもっと弱い。
情報によれば、どうやら悪魔達は占領した都市や街、村の住民達をどこかに移送したり、あるいは虐殺しているらしかった。
ネイアが仕事をしていても、あるいは休憩中にそこらを歩いても、メリエルがいれば、という話しか聞こえてこない。
自分達の国なのに、普段の威勢の良い聖騎士達も、完全にメリエル頼みという状態だった。
ネイアは昨夜の襲撃で父親と母親が死亡したという予感めいたものがあった。
2人共、聖王国ではそれなりの地位だ。
しかし、今に至るまで、その居場所が確認できていない。
孤立しているという可能性は無くはないが、そもそも死んでいる可能性が高いだろう、と。
同時に、別れ際、こっそりと会いに来て、告げられたメリエルの言葉が正しかったとネイアは痛感する。
力無き正義は無力――
もし自分達がもっと強ければ、ヤルダバオトは無理であったとしても、その配下の悪魔や手を組んだ亜人達は簡単に蹴散らせたのではないか、と。
もうちょっとマシな状況ではなかったか、と。
今日で5日目だ。
今のところ、メリエルが来たという報告はない。
嘘だったのでは、という考えは他の者はどうか知らないが、ネイアにはない。
あれだけ優しく、そして最後は情熱的に抱いてくれたメリエルが自分を見捨てることはないだろう、と確信していた。
そのとき、ネイアの目の前に黒い靄のようなものが現れた。
ぎょっとして、彼女は凝視すると、そこから「よっこいしょ」という声と共にメリエルが現れた。
「あら、ネイア。久しぶりね。援軍、連れてきたわよ」
再会は何とも呆気ないものだった。
そして、メリエルの後ろから現れた人物にネイアは目を見張る。
豪華なローブを纏ったアンデッドだった。
魔導王だとネイアは直感する。
その威容に彼女は腰の力が抜けて、へたりこんでしまった。
話には聞いてみたが、実際に間近で見ると、まさに支配者と呼ぶに相応しい雰囲気だ。
「彼女が?」
「ええ、そうよ」
「なるほど」
ネイアはそのやり取りに、どうやら自分のことが伝わっているようだ。
「ネイア、とりあえず案内してくれないかしら?」
メリエルの問いかけに、ネイアは慌てて立ち上がった。
メリエルがアインズと共にホバンスにある王城内に現れて2時間後にはアインズとカルカの間で文書が交換され、互いに署名欄にサインをしていた。
極めて簡素かつ、省略されたもので、式典とは程遠いものであったが、条約の効力に不都合があるわけではない。
同盟締結にあたり、魔導国側から出された条件は多いものであったが、それとは引き換えに得られたものも大きい。
港湾を含む一部地域の永久的な租借権がその最たるものであったが、そもそもからして、ホバンス以外で無事な場所を探すほうが難しく、魔導国側が指定してきた該当地域を統治していた貴族達は無論、そこの住民達も生きている可能性は低かった。
聖王国側が得られたものは魔導国の軍事力と戦後における復興の支援だ。
メリエル一人でもヤルダバオトを退けた、ならば魔導王とメリエルが組めばヤルダバオトを圧倒できる。
戦後には復興の為に膨大なカネと物資、人手が必要になるが、それらを魔導国が出すという。
聖王国からすれば、まさに必要なものが必要なときに手に入ったという状態だ。
そして、すぐさまにメリエルとアインズは行動を開始する。
アインズが南部を、メリエルが北部を掃討することとなった。
陸続きで距離も近い為、メリエルの方にはホバンスから出せる兵力が付き従う。
また今回の出撃にあわせて、レメディオスよりネイアに対して一時的にメリエルの従者となるよう命じられた為、合法的にメリエルの傍にネイアはいることができるようになった。
そして、ネイアは目撃する。
メリエルの絶大な力を。
「……すごい」
ネイアはその感想しか出てこなかった。
無数の悪魔が、亜人がいた。
しかし、それらをまるで蟻を踏み潰すかのように掃討した。
そもそも戦いにもなっていない、一方的な虐殺だ。
魔導国と聖王国が同盟を結んで2週間が経過した。
そして、その僅か2週間で北部のほとんどの都市や街、村はメリエルにより奪還された。
移動時間がもったいない、と最初の都市を奪還したところでメリエルはそう宣言し、ネイアを抱えて、
悪魔を見つけるなり、第10位階魔法を――メリエルから位階を教えられた――叩き込むメリエルの姿にネイアの畏敬の念を強めると同時に、叩き込まれた悪魔に対して同情すら覚えた。
亜人達にはヤルダバオトに無理矢理従わされていた部族もいたようで、監視役と思われる悪魔がやられるや否や、部族ごと降伏した亜人達は殺害しなかった。
魔導国の国是による行動であり、その慈悲深さにネイアは感動した。
その行動を取ったメリエルに対して異を唱える者など、いる筈もない。
異を唱えたところで、魔導国が手を引いたなら破滅しかない。
それが分からないような輩は流石にいなかった。
さて、メリエルは容赦がなかった。
何分、ネイアがご飯を食べていようが、仮眠をしていようが、メリエルはやってきて告げるのだ。
何をしているネイア? 出撃だ――!
猫のように首根っこを掴まれて、空へと連れて行かれたことなどもはや数え切れない。
牛乳は健康に良い、だから飲めと途中からメリエルに勧められて――勧めてきたわりにはメリエルも途中から牛乳を飲み始めていた――ネイアはメリエルに言われるがまま、牛乳を飲んだ。
ここ2週間のネイアの生活は朝起きたら牛乳を飲んでメリエルに引っ張られて出撃し、帰ってきたら朝御飯を食べて牛乳を飲んで出撃、帰ったら昼御飯を食べて牛乳を飲んだら出撃、帰ったらお昼寝をして出撃、帰ったら夕御飯を食べる前に出撃という具合だった。
勿論、御飯の最中だったり昼寝の合間だったり、寝る前だったりとメリエルの気分によって出撃することはあった。
そんなことを繰り返していれば、ヤルダバオトの軍勢がすり減るのも当然だった。
聞けば南部の方も似たようなもので、アインズがメリエルと同等の力を持っていることを如実に表していた。
もう1週間もすれば全土奪還が完了すると予想されたところで、遂にヤルダバオトが日中のホバンスに現れた。
メリエルとアインズの2人がちょうど揃っていたときだった。
ヤルダバオトは恨み節マシマシだった。
「なんて冷酷非道! 心がないのですか!?」
ネイアは空中から響き渡るヤルダバオトの絶叫に、気持ちがちょっとだけ理解できた。
満を持して、聖王国に攻め込んできたのだろう。
しかし、頑張って用意した軍勢がたった2週間足らずでほとんど一方的に殲滅されたのだ。
やりきれない気持ちにもなるだろう、とネイアは考えた。
一方、迎え撃つアインズとメリエルは余裕綽々だった。
「だって、そういうものだし」
「そういうものだからなぁ」
非情な答えだった。
こちらもヤルダバオトに聞こえるようにか、声を響かせるマジックアイテムなり、魔法を使っているのだろう。
もはやヤルダバオトなど敵ではない、という2人の態度であり、声色には余裕があった。
「……分かりました、ええ、それでは本気を出しましょう」
すると、ヤルダバオトは何かを取り出して――それを思いっきり握りしめた。
眩いまでの光がその握りしめたものから溢れ出し――
光が収まったとき、ネイアは目を疑った。
ヤルダバオトが2人になっていたのだ。
「私が習得した、ちょっとした手品のようなものです」
「是非、ご堪能くださいませ」
2人のヤルダバオトが――新しく出てきたほうは妙に芝居がかった動きをしながら――同じ声でそう述べた。
そして、始まった魔法と魔法の撃ち合い。
今回は昼であったので、はっきりとその姿が見えた。
ヤルダバオト達もアインズ達も互いに高速で飛び回りながら、魔法を撃ち、飛んできた敵の魔法を魔法でもって迎撃していた。
あまりにも高度な戦いは現実離れしていて、さながら神話の一幕を演劇として見ているかのようであった。
ネイアは無論、ホバンスにいる全ての者はその戦いの行方を手に汗握りながら見守るしかない。
どれほどの時間、戦っていたことだろうか。
勝負は唐突に終わりを迎えた。
ほぼ同時に2人のヤルダバオトに対してメリエルとアインズの魔法が炸裂し、大爆発を起こしたのだ。
爆風は地上にも届くが、立っていた者の体が少し押された程度であり、特に被害はなかった。
濛々とした煙で、ヤルダバオト達がどうなったか、窺い知る術はない。
しかし、そこに声が響いた。
『やってくれましたね……! これほどまでに強いとは……! アインズ・ウール・ゴウン、その名前はメリエルと並んで覚えました……! 次こそ、こうはいきませんよ……!』
それと同時に煙が晴れて、ヤルダバオト達は空のどこにも姿が無かった。
ヤルダバオトが切り札を使い、自身を2体に増やしてもなお、アインズとメリエルには勝てなかった。
神話の戦いを目撃したホバンスの者達にとって、2人を神と崇めることに異論がある者などいる筈がなかった。
当然、それはネイア・バラハも例外ではなく、むしろメリエルを最も間近で見ていた為にその信仰は誰よりも深いものとなるのも必然であった。