彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「……んあ?」
ガガーランは間の抜けた声と共に上半身をベッドから起こした。
「いったい何だ?」
彼女の最後の記憶ではヤルダバオトに頭を掴まれたところで終わっている。
蘇生魔法を使ってくれたのか、と思い至り、ガガーランは体の感覚を確かめる。
「感覚が鈍った……ようには思えない」
ラキュースによる蘇生の後に襲ってくるような感覚が一切なかった。
すぐに彼女が蘇生したものではないと判断がついたが、そこで扉が叩かれた。
その音を聞きながら、彼女が室内を見回せば、王都でいつも使っている宿の自分の部屋であることに気がついた。
扉を叩いていた者はノックの返事など期待していなかったのか、扉を開けた。
そこにはラキュースがいた。
「ガガーラン、目が覚めたのね」
「ああ、メリエルがやってくれたのか?」
「あなたの蘇生に私、メリエル様にそれはもう色々とお願いしたんだから」
メリエル様という呼び方にガガーランは思わず苦笑する。
確かにそう呼びたくもなるからだ。
「というかお前、鎧を替えたのか?
ラキュースの鎧は蒼い鎧ではあったが、以前の彼女の鎧とは比べものにならないくらいに強力な魔力をガガーランですらも感じ取れた。
「ええ、そうよ。もう処女じゃないし。これとか剣とか装備一式、メリエル様に貰ったのよ」
ガガーランはその言葉にどうやら、自分は相当に長い間、死んでいたらしいと思いつつ、問いかける。
「あれからどのくらい経ったんだ?」
「あなたが死んでから半年くらいってところよ。その間にアインズ様とメリエル様は国を興して、3ヶ月前にリ・エスティーゼ王国は併合されたわ」
「はぁ?」
ガガーランには何をどうしたらそうなるのか、さっぱり理解できなかった。
「とりあえず、詳しく説明しましょうか」
「頼む」
そして、ラキュースによる説明が始まったが、ガガーランが予想していたよりも、遥かにぶっ飛んだものだった。
魔導国の国是として種族で区別することはあっても差別することはしない、というのがまずガガーランの常識をぶち壊した。
ラキュースも亜人に対して好意的であるのをガガーランは知っていたが、魔導国の国是は、それよりも踏み込んだ考え方だった。
「で、民衆はどう思っているんだ? かなり反発があるだろ、それ」
「税は王国の時に比べて半分以下、通行料の廃止、街道は全部石畳で整備されているわ。景気、かなり良いわよ?」
「……そりゃそうだろうな。そこまでされれば亜人程度で反発が起きるわけがない」
「あと、魔導国から派遣されてくる役人とかって基本アインズ様とメリエル様に絶対の忠誠を誓って、24時間年中無休で働くことに幸せを感じるみたいだから、汚職とかそういうのは根絶されちゃった。役人は大抵、アンデッドなんだけどね。たまに人間そっくりのホムンクルス」
「ホムンクルスとやらはともかく、アンデッドかよ……」
ガガーランのツッコミにラキュースは頷く。
「アンデッドだけど、人間より有能よ」
ラキュースは意味ありげな笑みを浮かべて、そう言った。
ガガーランは何かがあったと悟る。
伊達に長い付き合いではない。
「何があった?」
「ガガーラン、私は人間なんて皆殺しにしてやりたいと思っているわ」
そう前置きし、ラキュースは語りだす。
あの後、ヤルダバオトに何をされたか、人間達にどれだけの悪意をぶつけられたか。
事細かに話すラキュースであったが、その顔はとても穏やかなものであり、それがかえってガガーランの精神を蝕む形となる。
「もう殺したりはしたのか?」
「最初の方に家族をやっちゃったけど、最近は犯罪者を除けば殺していないわ。メリエル様がダメって言ったから」
最初以外はやっていないなら大丈夫だ、とガガーランは胸を撫で下ろす。
ラキュースを改心させるという気は彼女にはない。
家族を殺したということも、ラキュースが納得できているのなら良い、とガガーランは思う。
大罪ではあるが、それほどまでに精神的に追い詰められていたことが窺えるからだ。
彼女とて、ラキュースと同じようにされればきっと同じ様になったことが容易に想像できるからだ。
むしろ、ラキュースよりも余計にやらかした可能性すらもある。
「ヤルダバオトが全部、自分がやったとバラしていったらしいから私達の潔白は証明されているわ。戦争後になってしまったけど、ラナーも手を回してくれたし、戦士長とかも証言してくれた」
「蒼の薔薇、復活か?」
ガガーランは不敵な笑みを浮かべるが、ラキュースは首を左右に振る。
「今の私はメリエル様のペットにして、黒の薔薇のリーダーよ! 魔導国が作った新しい冒険者組合に入っているの!」
ドヤ顔でそう宣言するラキュースにガガーランはくつくつと笑う。
家族を殺し、人間を憎み、メリエルを崇拝しているが、ラキュースの本質は変わっていない。
ガガーランの感じた印象としては、邪悪な感じにはなったものの、それでもそこらの殺人快楽主義者といったものではなく、あくまで理性的なものだ。
話の通じない程、狂気に囚われていない。
事実メリエルから下された犯罪者以外殺害禁止という指示に従っているのが、その証拠だろう。
本当に狂っていたら、そんなものは関係なく暴走して、殺しまくるだろうことは想像に難くない。
手段として、必要なら容易に庶民を老若男女関係なく殺すだろうし、おそらくは拷問などもするだろうが、必要がなければそうはしない。
ある意味、戦士としては一皮剥けたといえるかもしれない。
好意的に解釈すれば、だが。
「ちなみにだけど、ガガーランの後釜は超強い子が入ったわ」
「おいおい、俺は解雇か?」
「それはあなた次第よ。まず第一の条件としてはアインズ様とメリエル様に忠誠を誓うことだけど、まあ正直これはいいわ」
「結構重要なところじゃないかそれ?」
思わずツッコミを入れてしまうガガーラン。
ナザリックのシモベが聞いていればブチ切れること間違いない。
「いいのよ。御二人とも忠誠を誓ってくる相手が多すぎて、大変だって言ってたし」
「そっちの意味かー」
宗教における神様みたいな状態になっているのだろう、とガガーランは想像がついてしまった。
アインズ様とやらに彼女は会ったことはないが、メリエルの神の如き力は知っている。
そのメリエルと同格ということになれば、神と崇められてもおかしくはないし、もしメリエルよりも上ならば、それはもう大変なことになるだろう。
「あと他人の過去や性癖をとやかく言わないこと」
「過去はともかく、性癖ってなんだよ。あと今更だろ。俺は童貞大好きだぞ」
「それなら問題ないわ。次が最も重要で、冒険をしたいっていう意志」
ガガーランは笑みを浮かべる。
「冒険ってことはだ。お流れになったかどうかわからねぇが、メリエルの言っていたドワーフの国に行くとかそういう類か?」
「そういう類よ。世界を隅々まで探索するのが黒の薔薇の、魔導国の冒険者組合に下された勅命よ」
ガガーランの答えは決まっている。
「俺も入れてくれ」
「喜んで。よろしくね、ガガーラン」
ラキュースは微笑んで、そう答えた。
ツァインドルクス=ヴァイシオンは久方ぶりに訪れた懐かしい友人が持ってきた特大の情報に驚きを隠せなかった。
彼女――イビルアイが持ってきた情報にあった名前、それは彼も知っていたからだ。
「……100年の揺り返し、か」
「ああ、そうだとも。ツアー、お前は知っていたか?」
常に仮面をつけていたイビルアイが仮面もなく、堂々と素顔を晒しているのはどういう心境の変化だと思ったが、彼女が教えてくれた存在の庇護下にあるならば、それも当然かもしれない、とツアーは思う。
「その名前については知っているよ、ああ、知っているとも。八欲王が言っていた」
「ほう?」
興味津々といった様子のイビルアイにツアーは苦笑しつつ、告げる。
「ワールドチャンピオンも、あのメリエルさえもいなければ俺達に勝てる存在はいないってね。聞いたことのない名前が出てきたものだから、よく覚えているよ」
「そんなに昔から? いや、だが、こちらにやってくるのに、時間のズレがあったとすれば、それもありうるか」
「おそらく、何かしらの影響でズレが生じたんだろうね」
ツアーはそう告げ、もっとも重大なことを問いかける。
「それでアインズとメリエルはどういう存在だい? ぷれいやーであるのは確定だろうけど」
「安心しろ。お前が思うような、世界を滅亡させるような存在ではない」
イビルアイは、そう答えた上で告げる。
「御二人の望みは世界を楽しむことだ。メリエル様は言った。世界なんぞ7日もあれば滅ぼせるが、8日目から私は何を楽しみにして生きていけばいいのか、と」
ツアーはくつくつと笑う。
確かに、その通りだと。
「だから、暇つぶしに御二人はアインズ・ウール・ゴウン魔導国を作り、穏便に世界征服に取り組んでおられる」
「なんだい、その穏便に世界征服って。確かに最近、魔導国ができたり王国が滅んだりとしているけれど」
「その程度なんだよ。その程度にまで力をなるべく制限して、魔導国の版図を広げ、世界を征服する」
ツアーは納得がいった。
いわゆる超越者達のお遊びだ。
八欲王も、そういった感じであったなら、多少の衝突はあったかもしれないが、六大神達と同じように、うまくやれただろうに、とツアーは思う。
「ツアー、お前は動くか?」
「まさか。世界そのものを滅ぼすとか何でもかんでも皆殺しとか、そういうものでない限り、動かないさ。それに魔導国が世界を統一でもしてくれるなら、それもまた世界の安定にちょうどいいかもしれないね」
ツアーが懸念するのは100年後に現れるだろう、別の存在だ。
次にやってくるのが八欲王のような連中であったなら、それこそ魔導国に、アインズとメリエルに頑張ってもらわねばならないだろう。
魔導国が戦争しようが、何をしようが、世界を滅ぼすことや、それに通じるような大虐殺――たとえば生きとし生けるもの全部皆殺しとかしなければ基本的にツアーは何もしない。
「お前がそう言ってくれてよかった。メリエル様からの言伝だが、そちらが全力を出せば、こちらも全力を出さざるを得ない。我々には問題はないが、世界というフィールドは消し飛ぶだろう、と」
ツアーは再度、くつくつと笑う。
その通りだ、と。
そして、そうなってしまってはどちらも本末転倒だと。
ツアーの役目は世界を滅ぼさせないこと、アインズとメリエルの暇つぶしは世界を楽しむこと。
どちらも世界というフィールドがなければ成立しえないものだ。
「しかし、なんだな、お前が女ではなくて良かったよ。ライバルが減った」
「ん? なんだい、キーノ。メリエルは女と聞いたから……アインズとやらに懸想したのかい? リグリットが喜びそうだ」
ツアーは遂に春がきたのか、と感慨深いものを感じながら、そう問いかけるが、答えは予想外のものだった。
「何を言っているんだ? 私が懸想しているのはアインズ様ではなく、メリエル様だ。メリエル様は両性具有で、私のようなペットを大勢、飼っているんだ。それにアインズ様は婚約者一筋だしな。側室なんぞは作らないだろう」
ツアーは片手で顔を覆い、天を仰いだ。
なんてことだ、あまりにも長いこと男を知らなかったせいで、性癖がねじ曲がってしまった、と。
とはいえ、それはそれで面白いのでツアーとしては問題ない。
今度、リグリットがきたら、言ってやろうと思いつつ、彼は口を開く。
「キーノ、そのアインズとメリエルの2人に会って話をしたいんだけど、仲介をしてくれないかい?」
「もとより、そのつもりだ。御二人とも、お前や評議国とは友好的な関係を結びたいそうだからな。ああ、それと法国も帝国も魔導国の傘下で、聖王国も実質的にはそうだ」
あと、そうだ、とイビルアイは付け加える。
「竜王国が終わってから、お前と会うという形になるだろう。近いうちにビーストマン共を叩き出すってメリエル様が言っていたぞ」
「……ちょっと手際、良すぎないか?」
呆れたツアーにイビルアイは告げる。
「当然だ。なにせ、至高の御方々だぞ? 私やお前程度の物差しで計ることができるような存在ではないのだ。古の八欲王も六大神も、御方々には敵うまい」
胸を張るイビルアイにツアーはとても微笑ましい視線を向けたのだった。