彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「進捗は順調ね」
メリエルは自身の居住区内にある執務室にて、上がってきた報告書を見ながら、そう呟いた。
デミウルゴス牧場の一角に設けられた、メリエル専用のペット養成所のことだ。
ペスペア侯夫人である第一王女、そして未婚の第二王女。
その2人は既にニューロニストにより、聖王国の3人と同じことになっている。
すなわち、ニューロニストが植え付けた卵が孵化し、完全に支配している状態だ。
日中はこれまでと変わらぬよう過ごし、2人は夜になるとペット養成所にて、王家の血を絶やさないという重大な仕事に就いている。
ヒルマがかつて言っていたパーティーとはその計画の一部であり、要は貴族の女達を丸ごと支配しよう計画だ。
とはいえ、諸々のメリエルのワガママや帝国側からもたらされた正確な侵攻日時を考慮して、そのパーティーはカッツェ平野で王国軍を打ち破り、王都を落とした後にまでズレ込んでいる。
帝国の侵攻まであと少し。
王国も気づき、動員を掛けている。
予想では25万程度を王国は徴兵によって動員するとのことだ。
対する帝国軍は6万。
純粋に数で考えれば帝国軍は負ける。
だが、練度でもって圧倒的に帝国軍は王国軍に対して優越している。
そんな帝国の皇帝、ジルクニフからは戦闘などには疎い、民衆にも分かりやすいように圧倒的な力を示して欲しい、という要請がきていた。
元々、そういった圧勝してはどうかと以前にモモンガとの会話の中で彼女は言った。
だからこそ、メリエルにとって、それは待ってました、と言わんばかりのものであり、こんなこともあろうかと色々作り貯めてきた甲斐があったというもの。
そして、他にもメリエルが作成したホムンクルス――シンシアによる商会の方も無事に各地に設立され、着々と計画は進んでいる。
「戦争前に、私もペット養成所の現地視察、行っちゃうかなー、どうしようかなー」
メリエルはそう言いながら、ふとモモンガのことが頭を過る。
近日中にモモンガと共にカッツェ平野に赴いて、盛大に王国に対する宣戦布告を実施するのだ。
どうせなら守護者達全員を連れて、間近でどんな戦いをするか、見せてやろうというメリエルの提案をモモンガは承諾し、2人のお供に守護者全員と戦闘メイド達ということになった。
ナザリックの警備は手薄になるが、現状の情勢を考えれば問題はない、と判断がされている。
ところで、最近、メリエルにとってモモンガとは、この世でもっとも苦手な相手だ。
「あの童貞め、何なの? ねぇ、何なの!」
バカップルっぷりをこれでもかとメリエルに見せつけてきているのだ。
公私は分けているのがせめてもの救いであったが、メリエルがいる場でも用事が済んだらこれでもかと見せつけてくるのだ。
まだ童貞ではあると彼女は予想していたが、それを失うのもこの分では時間の問題だと確信していた。
ふふふ、メリエルさん。どうしたんですか、そんな砂糖を吐きそうな顔をして?
メリエル様、ボクとモモンガ様はとても幸せです――
脳裏に思い出される言葉と表情。
モモンガは表情というか、雰囲気や声色から判断するに、からかい半分ではあったが、幸せであるのは確かで、ユリはからかいなどはなく、幸せだということを示す満面の笑み。
どん、とメリエルは両手で机を叩いた。
真っ二つに割れなかったのは幸運だった。
更に思い出されるのは漆黒のモモンとして活動するにあたり、ナザリックから出るのを目撃してしまったときだ。
会社に行く夫を送り出す妻そのもの反応で――さすがにキスなどはしていなかったが――メリエルはうっかり、
送り出していた場所が第一階層であった為、シャルティアも居合わせたのが幸いだった。
レーヴァテインを抜いて、魔力を滾らせるメリエルに慌ててシャルティアが後ろからメリエルを羽交い締めにして、押さえ込んで、どうにか収まったのだ。
こういうバカップルになるとはさすがのメリエルも予想はできなかった。
もっと慎ましく、こっそりと、それこそ純情な学生同士の恋愛みたいな感じに2人の性格から落ち着くのでは、とメリエルが予想していたのだが、それは大きくハズレた形だ。
「戦争終わったら、2人だけで好きに過ごしてもらおう。そうすれば、私の精神にとても良い」
メリエルとてアルベドなりペット達なりとイチャイチャすればいいのだが、どうにも不純なものがたくさん混ざってしまう為、いわゆる普通の恋人同士のイチャイチャというのができないのだ。
十中八九、イチャイチャからベッドへ、という流れになってしまう。
メリエルがお願いすれば、そういう流れにはならないだろうが、わざわざそこまでして普通の恋人みたいな振る舞いをするのも、なんとなくイヤなのである。
彼女はとてもワガママだった。
そんなメリエルが考え出したのが、適当な理由をつけて、モモンガとユリを通常業務から切り離して、2人だけで存分にイチャイチャしてもらう。
そして、メリエル自身は2人を見ないようにする為に、別の場所で仕事をする。
勿論、仕事をスムーズに進める為にアルベドとパンドラズ・アクターとデミウルゴスとその他必要なシモベの指揮権とモモンガが持っている決済権を一時的に貸してもらう。
ナザリックの警備なんぞ、モモンガがいれば大丈夫だ。
これにより、モモンガとユリを完全に切り離した上で、メリエルは仕事に没頭できるという寸法だ。
「これで砂糖を吐かなくて済むわ」
メリエルは良い案が思いついた、と機嫌が良くなり、鼻歌でも歌おうかと思った。
ソリュシャンがナーベラルとルプスレギナを連れて、メリエルの執務室に現れたのはそんなときだった。
「珍しいわね」
ソリュシャンか、あるいはルプスレギナは特に珍しくもない。
だが、普段はモモンと行動を共にしており、たまにしか帰ってこないナーベラルまでもがいる。
ナーベラルといえばカルネ村での一件の後、死んで詫びるような勢いで謝られたな、とメリエルは思い出しながら、いったい何の用事だろう、と首を傾げる。
3人は一斉にメリエルの前で平伏した。
「メリエル様、今回はご質問があり、参りました」
ソリュシャンが顔を下げたまま、そう言った。
珍しい、とメリエルは再度、呟いた。
「メリエル様、ヘロヘロ様はなぜ、最後、私に会いに来てくださらなかったのですか?」
ソリュシャンは顔を上げて、そう問いかけた。
表情は真剣なもので、一切の虚偽を許さないとその瞳が告げていた。
メリエルは、その言葉をすぐに理解することができなかった。
確かに、言葉は聞こえていた。
だが、頭がそれを認識するのに時間を要したのだ。
ソリュシャンの質問に続き、今度はナーベラルが顔を上げて、問いかける。
ソリュシャンと同じく、虚偽は許さないという意志が瞳に宿っていた。
「なぜ、弐式炎雷様はいつの間にか、消えてしまわれたのですか?」
これはやばい、とメリエルは直感する。
「メリエル様、慈悲深い御方。私達がもっとも少ない傷で済むように、当時、あのように言ってくださられたのですね」
ルプスレギナは顔を上げ、聖女のような慈しみに満ちた表情で告げた。
あ、やっべ、これバレてる――
メリエルは天井を仰いだ。
シャンデリアが目についた。
そのまま、モモンガに伝言にて連絡しようとするが、繋がらず、妨害されていることに気がついた。
まじかよ、とメリエルは頭を抱えそうになった。
「
ソリュシャンの言葉にメリエルは深く息を吐きだした。
打つ手なしだった。
無論、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンによって逃げることは可能だ。
だが、それはいくらなんでも不誠実に過ぎる。
「何で分かったの?」
「実は……メリエル様の御言葉から程なくして……最後に目撃された各々の創造主や至高の御方々の情報や言動を統合しますと、それが嘘であると判明しました」
もしかしなくても、ユグドラシル時代の記憶がNPCにはあるような口ぶりに、メリエルは脱力した。
それなら嘘であることなど、容易く見破れるだろう。
「……聞くと、壊れるわよ?」
メリエルはソリュシャン達に問いかけた。
「覚悟はできています」
ソリュシャンが告げた。
他の2人も同じ意志であるらしく、異論はない。
ならば、とメリエルは告げる。
「ヘロヘロはリアルでの仕事ね。あなた達が存在する世界とはまた別の世界、リアルでの仕事により、彼は徐々にナザリックから足が遠のいた。最後の最後に彼は来てくれたけど、彼にとってナザリックはもう昔の思い出の一つになっていたわ」
ソリュシャンは意味を正確に理解した。
しかし、彼女は小さく、ありがとうございます、と言って顔を俯かせた。
「弐式炎雷は仕事かどうかは分からないけど、似たような感じね。徐々に来なくなっていった。ルプスレギナのほうも同じ感じ……基本的に、みんなそうだと思ってくれていいわ」
ナーベラルもルプスレギナもソリュシャンと同じく顔を俯かせてしまう。
泣き声の一つ、嗚咽すらも漏らさない3人にメリエルは静かに見守る。
5分程、その様子を見守っていたメリエルに対して、ナーベラルが問いかける。
「……そうなってしまった理由は、何でしょうか?」
蚊の鳴くような声だった。
「飽きた、というのが最も大きな理由でしょう。ナザリックに、そしてナザリックがあった世界全てに対して」
メリエルは真実を告げた。
今度こそ、嗚咽が聞こえてきた。
メリエルは静かに、3人がある程度落ち着くまで見守る。
10分か、20分か、それとも1時間か、メリエルはただずっと3人を見守っていた。
やがて、時間差は多少あれども、3人の嗚咽が止まり、それぞれがゆっくりと顔を上げた。
迷子の子供のような、不安に満ちた表情だった。
その顔には涙の流れた跡があった。
「メリエル様、私達を、どうか捨てないでください」
ソリュシャンの言葉に、メリエルの答えなど決まっている。
「捨てるわけがないわ。あなた達からすれば捨てられたという認識なのだから、あなた達の所有者はいない。それなら、これからは私があなた達の所有者になるから」
メリエルはそう宣言する。
心の中で各々の創造主であり、仲間であったギルドメンバーに謝りつつ、アカウントまで消して引退したんだから、構わないわよね、と思いながら。
そして、彼女は更に言葉を続ける。
「新しい所有者である私の最初にして絶対の命令よ。あなた達が勝手に死ぬこともいなくなることも、私は許さない。あなた達の全ては私のもの。永遠に、その魂から肉体、精神の全てをもって仕えなさい。もし他にこのことで悩んでいるものがいるなら、そう伝えなさい」
ソリュシャン達は歓喜に打ち震えた。
拾われた、必要としてくれた、永遠に仕えろと言われた――
更には他のシモベに対する気遣いまで見せてくれた――
「ありがとう、ございます……!」
流れる涙は嬉しさのあまりに。
3人は声を揃えて感謝の言葉を述べた。
メリエルはうんうんと頷いて、問いかける。
「ところで、何でこのタイミングで? しかも他の姉妹は? あ、それとモモンガにも変わらない忠誠を尽くしてね」
「ユリ姉様がモモンガ様とご婚約されたので。無論、モモンガ様にも変わらぬ忠誠を誓います」
「エンちゃんとシズちゃんにはまだ早いです」
ソリュシャンとルプスレギナの回答だったが、モモンガに対する忠誠以外は答えになっていないようにメリエルは思えた。
「……その、メリエル様。モモンガ様とユリ姉様のご婚約ということで、この際、私達は不安を取り除いておきたかったのです。エントマとシズは、真実を知ったときの衝撃があまりに大きい為、今回、おりません」
ナーベラルの答えにメリエルはようやく納得がいった。
「それと、ユリ姉が羨ましいのもあります。モモンガ様は私達の見立てでは一途ですので」
ルプスレギナがそう告げた。
あのバカップルぷりでは、とても側室がどうとか、そういうことに発展しないだろう。
それこそ女側から無理矢理に関係を持たなければ。
そして、シモベ達の中にあのラブラブな具合を見せつけられて、そこまで強行手段を取れる輩は存在しないだろう。
「なるほどね。理解できたわ。確かに、アレは無理だ」
メリエルもまた同意するしかなかった。
そして、彼女はソリュシャン達が退室するや否や、すぐにモモンガへと連絡を取る。
バカップルっぷりを見せつけられるのはイヤだが、それでも目の前の問題を放置するほど、メリエルは愚かではなかった。
『モモンガ、最初に守護者達に言った嘘、バレてる』
『ファッ!? マジですか!?』
『マジよ。今さっき、私のところにソリュシャン、ルプスレギナ、ナーベラルが来て、そう言った』
『とりあえず、会いましょう。今すぐそっちに向かいます』
モモンガとのやり取りは一瞬途切れるが、すぐに彼はメリエルの目の前に転移してきた。
「で、どう言われたんですか?」
「ユグドラシル時代の記憶があるっぽいようで、シモベ達の証言を突き合わせた結果だそうよ。ただ自分達が傷つかないようにって感じの優しい嘘と好意的に解釈してくれたみたい」
「マジですか……」
モモンガは天井を仰いだ。
ついさっきのメリエルと全く同じ行動だった。
「捨てられたって言ってたから、それなら私が新しい所有者になるって言っといた。他にもそう思った奴がいたら、私の言ったことを伝えなさいって言っておいた」
「ナイスプレーです。しかし、嘘がバレていたということは、どの段階からにもよりますが……問題など起きてないですよね?」
「特には何も」
メリエルの言葉にモモンガもまた頷く。
彼の知る限りでも、嘘がバレたことによる問題は起きていない。
当初から今に至るまで、シモベ達の忠誠心は限界を突破していた。
「もしかして、最初から素直に言っても問題はなかったかも」
「……ですね。とはいえ、当時は何も分からなかったですし、仕方ないですよ」
メリエルの言葉に、そう返すモモンガ。
「まあ、苦労が減ったと喜びましょうか」
「ええ、そうですとも」
メリエルとモモンガは特に問題はない、と結論づけた。
ソリュシャン達がメリエルの部屋――という名の居住区から出ると、そこにはアルベドが待っていた。
「どうだったかしら……って、聞くまでもなさそうね」
アルベドは不安など一切ない、満ち足りた表情の3人を見て、微笑みながらそう告げた。
「あなた達はメリエル様に絶対の忠誠を捧げなさい。メイドとしてではない、女としてのものも、それには含まれているわ。そして、私はそれを許します」
喜びを抑えながら、プレアデスの3人は頭を下げる。
アルベドが仕事に戻りなさい、と告げ、3人が離れたのを見送ると、メリエルの部屋へと通じる扉へ愛おしそうに、しかし不安そうな視線を向ける。
「あなたもいつか、離れてしまうのですか?」
蚊の鳴くような声で、アルベドは扉へと問いかけた。
しかし、当然、その返事はない。
デミウルゴスからアルベドは聞いていた。
モモンガ様が幸せにならなければ、ナザリックは幸せにならない、と。
モモンガの幸せというものには当然、メリエルがナザリックにいることも含まれている。
しかし、メリエルは強さを求めて、自分よりも強い奴を探しに行く、と出ていってしまうのではないか、という不安がアルベドやデミウルゴスにはあった。
モモンガはメリエルがそう言い出したら、きっと心を殺して笑顔で見送るだろうことは想像に難くはなかった。
だからこそ、メリエルをナザリックに縛り付ける為の鎖。
とはいえ、鎖となる者には――アルベド自身も含めて――メリエルとそういう関係になれるのならば、幸せだと心から思える者ばかりだ。
好意を持って接する輩――特に女性――をメリエルが捨てられないのは明白だ。
慈悲深いが故に、切り捨てられない。
鎖となる者は増える。
その鎖はメリエルが引きちぎろうと思えば、容易に引きちぎることはできる。
そして、そのような状態こそが、もっとも束縛の効果が高い。
いつでも引きちぎられるのだから、別に今でなくても良い、とそう思わせるのだ。
「しかし、メリエル様って意外と嘘が下手……いえ、ナザリックの者には嘘をつきたくないけど、どうしてもつかないといかない……そういうお気持ちで、個々人の証言を突き合わせれば容易く見破ることができる程度に抑えたのかしらね?」
宇宙的な脅威云々と色々言っていたメリエルだが、そもそもアルベドに会いに来た創造主たるタブラはそんなことは言っていない。
アルベドにとって、その記憶はお隠れになられた創造主が会いに来たという嬉しさよりも、むしろ、正反対の感情が湧き上がるものだ。
色々と見て回ったのか、最後にアルベドのいた玉座の間にきたタブラは昔のアルバムでも見つたかのような口ぶりで、しかしそれは独り言だったのだろう。
モモンガさんもメリエルさんも、まだ変わらずにやっていたのか――
よく飽きないものだ――
アルベドだけが知っている、その言葉。
当然モモンガとメリエルには伝えてはいない。
そう言って、タブラは「どうせ最後だから」と言いながら、持ってきた真なる無(ギンヌンガガプ)をアルベドに渡して、消えていった。
アルベドは湧き上がる感情を理性でもって押し込める。
「……他の、シモベ達が聞いたものと大して変わりはなかった」
最後に目撃されたときの至高の御方の言動、あるいは各々の創造主の言動。
一部の例外を除いて、飽きた、つまらない、とそういうネガティブなものばかりであった。
何も言わずに消えてしまえば良いものを、なぜ、わざわざそんな言葉を一般メイド達や守護者、あるいは他のシモベの前で、至高の御方同士の会話で出されるのか。
我々が聞いていないとでも思っていたのか。
そういう言葉を言った至高の御方から、徐々に来られることがなくなり、やがてお隠れになった。
そして、残ったのはたった2人。
「最後まで、残ってくれた愛しい愛しい御二人。他の御方も愛せと仰られましたから、愛しましょう。そこらの虫に向ける程度には愛情を向けましょう」
ナザリックのシモベなら、残られた御二人に、そうするのが当然だ、とアルベドは思う。
そして、彼女は告げる。
「……メリエル様、今はまだ我慢します。ですが、一段落したら、女として、あなたにお伝えしますね」
アルベドは愛しげに扉を見つめ、やがてその場を離れた。