彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「そういえば今更なんだけどさ、番外って神都から出ると評議国の竜王が探知して、攻め込んでくるとか何とか聞いた記憶があるんだけど」
ピニスンのところへ向かう道すがら、クレマンティーヌがそう言った。
「念の為に私も使っている隠蔽の指輪を渡してあるから、大丈夫よ」
メリエルがそう言うと、番外は勝ち誇った顔で左の薬指にはめたその指輪を見せつけてくる。
クレマンティーヌは別に今の立場で十分であるのだが、その態度にはイラッときた。
「お子様体型」
「弱い癖に何を言っているの?」
「胸もお尻も私の敵じゃないわね」
「は?」
「事実だしー」
「私はこれから成長するから」
「何百年後の話かしらー?」
番外は無言で戦鎌を構え、クレマンティーヌもまたスティレットを構える。
「はいはい喧嘩しないの。どっちも屈服させてるから問題ないわ」
「メリエル様、それはちょっと説得の仕方が違うと思いますわ」
レイナースのツッコミにメリエルは何故かドヤ顔になる。
「知ってた? 番外席次って普段はこんな感じだけど、ベッドの上では……」
「クレマンティーヌ! 仲良くしましょう! 同じ法国出身だから! お願い!」
笑みすら浮かべて、必死に告げる番外席次にクレマンティーヌはニヤニヤと笑みを浮かべた。
「どうしよっかなー? あ、メリエル様。私は別にどんな体位が好きとか色々、言っても構わないからー」
番外席次は敗北を悟った。
ぽつりと彼女の口から言葉が零れ出る。
「大人って嫌いだわ」
「そもそもあんたが指輪を見せつけてこなければよかったのに」
クレマンティーヌのぐうの音も出ない正論に番外席次はがっくりと項垂れた。
「それはさておき、竜王が襲ってくるってどういうことかしら?」
ラキュースの軌道修正は慣れたものだった。
伊達に濃すぎる蒼の薔薇のリーダーをやっていたわけではない。
「私も知ってるのはそんくらい。この番外の存在自体、法国でも知ってるのは六色聖典と各神官長のみだと思ったわ」
「法国の最終兵器というわけか。確かに、番外席次なんてものが暴れたら大事になるな」
クレマンティーヌの言葉にイビルアイが納得する。
彼女から見た番外席次は、かつて戦った魔神よりも格上だった。
それらを聞いて、メリエルは一つの結論を出す。
「というか、番外席次の性格からして、自分より強いかもしれない竜王がいるなんて言ったら、勝手に抜け出して戦いをふっかけて、そこから評議国と法国の戦争に発展する可能性が高いからじゃないの?」
メリエルの言葉は事情を知らないダークエルフ達を除き、誰も彼もが納得できたものだった。
「だって、敗北を知りたいから……強い奴がいたら、とりあえず戦ってみたい」
「そういうところだと思う」
「もう、メリエルー!」
ぽかぽかとメリエルを叩く番外席次。
これがあの先祖返りのアンチクショウだなんて、当時の自分に言っても信じないだろうな、とクレマンティーヌは思う。
同時に自分が賭けに勝ったことに安堵する。
最近、特殊なプレイにハマっているなんて言われたら、この場で自分の首にスティレットを突き刺していたところだ。
「美少女同士のやり取り、美女も添えて。眼福」
「少年が欲しい。私は少年に飢えている」
双子が何か不穏なことをいつものことながら呟いていた。
ラキュースは思わず、天を仰いだ。
蒼の薔薇は解散ということになっており、冒険者としての登録も抹消されていることがメリエルにより確認済みだ。
しかし、その筈なのに、なぜだか苦労しそうな、そんな予感をラキュースは感じた。
「ともあれ、さっさとやりましょう。この後も予定が詰まっているので」
メリエルとしてはさっさとやって、さっさと帰りたかった。
「なんなんだ!?」
ピニスンの絶叫がメリエル以外の面々の言葉を代弁していた。
クレマンティーヌ達やダークエルフ達にとっても、これは予想外だった。
そこには巨大な樹木があった。
こちらの敵意に気づいたのか、急に目覚めて、太く、大きな6本の触手を蠢かし、攻撃を仕掛けてきたのだが――
それらは全てメリエル達の前に突如として出現した三重の巨大な城壁に防がれた。
メリエルが使用した防御魔法だった。
触手が先程から城壁を破ろうと叩いているが、城壁はビクともしない。
「さて、もしかしたら、何か良いものがあるかもしれない。そう、ボスモンスターならば」
メリエルはそんなことを言って、
中から出てきたのはアウラとマーレだった。
ダークエルフの存在に女王達が驚くが、そんなことはアウラ達は気にも留めない。
倒すだけなら一瞬だ。
だが、もしかしたらレアなアイテムを持っているかもしれない、とそういうメリエルの廃人的な思考からアウラとマーレを待機させてあったのだ。
「何か良さそうなものがあったら、取ってきて。戻ってきたら、消し飛ばすから」
「はい!」
「は、はい!」
メリエルの言葉に元気良く返事をした。
可愛かったので、メリエルは2人の頭を撫でてから、送り出した。
巨大な城壁があったが、軽々と乗り越えて行くアウラとマーレを見送り、メリエルは暇になった。
触手が城壁を叩く音で少しうるさいが、後少しの辛抱と彼女は我慢した。
「メリエル様、防御魔法も使えたのか……」
一番に我に返ったのはイビルアイだった。
「基本的に一通りは使えるわよ。ちなみに今の魔法は、第10位階魔法で、物理防御と魔法防御に対して強固な耐性がある城壁を魔力で構築するやつね。空を飛んでくる奴に対してもある程度の阻害効果があって、動きを鈍くすることができるの」
さらりととんでもない効果がその口から告げられる。
「アウラとマーレが戻ってきたら、とっておきのすっごいのを見せてあげる。これはね、いわゆる私の種族に由来するタレントみたいなものなのよ」
「しかも、タレント持ちだったのか……」
衝撃の事実であったが、メリエルはタレントみたいなものであってタレントではない、と訂正したところで、脳裏に電撃が走る。
ウィッシュ・アポン・ア・スターを使うことでレベルキャップを外したり、タレントを持つことができるのではないか、とメリエルは閃いた。
「もしかして、私、もっと強くなれるかも?」
クレマンティーヌ達からすれば、とんでもない話だった。
ただでさえ、メリエルの力は桁が違う。
しかし、当の本人にとってはまだまだ不満らしいのだ。
クレマンティーヌもレイナースもラキュースもイビルアイも、誰も彼もがメリエルと同程度の力を持ち得たとしたら、自身を鍛えよう、もっと強くなろうとは思わないだろう。
「私ももっと強くなりたい」
しかし、何でも例外とはいるもので、番外席次には何やらメリエルの考えというか、思いが分かってしまったらしかった。
強すぎるとむしろ謙虚になるのかな、とイビルアイはそんなことを思い始めた。
「私は、弱い……!」
メリエルはそう言って、レーヴァティンを鞘から抜いて、地面に垂直に突き刺した。
「もっと、強くなりたい……!」
その姿にラキュースが感銘を受けたのか、魔剣キリネライムを鞘から抜いて、メリエルと同じように地面に垂直に突き刺し、口を開いた。
「私は、強くなりたい……!」
なんか悦に入っているラキュースから視線をクレマンティーヌにイビルアイは移した。
やってられない、という顔だった。
一番マトモな感覚を持っていそうだ、とイビルアイは思った。
「メリエル様は自分が弱いと感じた、具体的な理由は?」
イビルアイは疑問に思い、問いかけてみた。
「……真なる竜王とかと戦争するとなると、不安なような気がする」
「安心してくれ。竜王といえど、相手にならん。始原魔法を使ってきても大丈夫」
イビルアイは旧友のことを思い出しながら、メリエルと比較してみる。
どう考えても、メリエルが勝つ未来しか見えない。
始原魔法を使えたとしても、それこそ世界そのものを滅ぼすような威力で攻撃しなければメリエルが死ぬ未来が見えないのだ。
もちろん、これはイビルアイの予想だ。
実際に旧友が切り札をいくつか持っている可能性は高いだろう。
だが、それはメリエルとて同じこと。
「……というか、真なる竜王と戦うのはやめてくれ。戦いの当事者は大丈夫かもしれないが、世界がもたない」
イビルアイは気づいてしまった。
そんなとんでもないモノ同士がぶつかり合えば、そもそもからして世界滅亡の危機だと。
これは旧友に連絡する必要がある、早急に。
イビルアイはそう確信していると、アウラとマーレが戻ってきた。
「メリエル様! 戻りました!」
「も、戻りました!」
「何かあった?」
「薬草を色々と、てっぺんから取ってきました!」
元気良く――マーレは多少おどおどしているが――報告するアウラとマーレにメリエルは満足げに頷く。
「じゃあ、それ、モモンガに渡しといて。なんなら第六階層で栽培とかしてもいいかもね」
メリエルがそう指示を出し、ついでとばかりに告げる。
「カッコいいところを見せましょうか。アウラとマーレも見ていきなさい」
メリエルはそう言って、巨大な十字槍を顕現させた。
白銀のその槍はメリエルの背丈の3倍はある。
突然に現れたそれに、一同、目を丸くし、ただ呆然とメリエルとその槍を交互に見つめる。
そんな視線を受けながら、メリエルは片手で槍を軽く振り回して、感触を確かめる。
この槍はメリエルが使える種族的特殊能力であり、1日に5回しか使えないMP消費型のものだ。
「地殻をぶち抜いちゃうかしら……? 強化していなければ大丈夫よね?」
なんかメリエルから不穏な言葉が聞こえてきた。
「メリエル様ー、私達が大丈夫なようにやってよねー?」
「大丈夫よ、クレマンティーヌ。ただ私、これ使うの久しぶりなので……」
そんなことを言いながら、メリエルは槍を持って、空中へと飛び上がった。
その際に一撃で倒しきれる程度に自分に対してバフを掛けることを忘れない。
そして、準備が整ったメリエルはその手に持つ槍を全力で投擲した。
暴れ狂う樹木――ザイトルクワエと名付けられていた存在は、それに気がついた。
全ての触手をそれを防ぐようにその軌道上に持ってくるが、そんなものは壁にもならなかった。
一瞬で触手を貫いて、そのまま勢いを緩めることなく、槍は白銀に輝きながらザイトルクワエの本体に突き刺さり――
眩い閃光、やや遅れて轟音。
光が収まった後には巨大なクレーター以外は何も残っていなかった。
「爆風とか諸々は城壁がちゃんと機能してくれたみたいね」
メリエルはそう言いながら、ゆっくりと地上へと降り立った。
そして、メリエルは城壁を解除すれば、クレーター以外は何もないという惨状がクレマンティーヌ達にもよく見えた。
「メリエル、今の、何?」
番外席次が興味津々に問いかけてきた。
その言葉に他の面々は我に返る。
「
「生来のものなら、タレントじゃないかな」
「そっか、タレントでいいんだ。私も武技、覚えたいなー」
のほほんとした会話がなされる中で、ダークエルフの女王達は一斉に跪いた。
何事かと思ってメリエルが視線を向けると、女王が告げた。
「メリエル様に絶対の忠誠を……」
ダークエルフ達にこうやられるのは二度目だった。
初めての会談のときに張り切ったメリエルが力を見せたら、こうなったのだ。
あのときは月落としだけだったが、どうやらさらなる忠誠を誓ってくれるらしいことにメリエルは満面の笑みを浮かべる。
「あなた達のこと、とてもよく可愛がってあげるから」
メリエルは女王達にそう告げて、アウラとマーレを見てみる。
アウラはきらきらと目を輝かせて、マーレはもじもじしながら、ちらちらとメリエルを見ていた。
その反応にメリエルは非常に満足しつつ、番外へと視線を向ける。
「何で私があなたと戦った時、使わなかったか、分かる?」
「分からない」
首を傾げる番外にメリエルは告げる。
「これを使うより、自分を強化して剣で斬った方が強いからよ。悲しい話だけど」
嘘だろう、と言う輩はいなかった。
メリエルの戦闘スタイルについて、知らない者はメリエルのペットとナザリックのシモベには存在しないからだ。
いわゆるDPS――単位時間あたりにどれだけのダメージを敵に与えられるかという概念だが、メリエルが習得している攻撃系の種族スキルは発動に時間が掛かる上、何回も使えるものではない。
単発火力としてみた場合は優秀であるので、使いどころは多いといえば多いが、それでもDPSを追求すると使わなくなるものであった。
「さて、帰りましょうか。今夜は王都に行かないといけないし」