彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話   作:やがみ0821

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モモンガさん、幸せの罠に嵌まる

 

 ユリ・アルファは最近、妙に姉妹達がおかしなことに気がついていた。

 ソリュシャンがファッション雑誌を図書館から大量に持ってきたり、ナザリックに一時的に戻っていたナーベラルが化粧品をどこからか持ってきてユリに渡してきたりとおかしいことだ。

 ナーベラルに化粧品の出処を尋ねてみれば、レイナースとヒルマから貰ってきたとのことだ。

 

 確かにあの2人なら、化粧品くらいは持っているだろう、とユリは納得できた。

 だが、なぜナーベラルもソリュシャンも急にこんなことをし始めたのか、そこが理解できない。

 

 エントマやシズも、妙に変だった。

 

 ユリは原因をすぐに思いつく。

 少し前に、アルベドから伝えられたことだ。

 

 あまりの衝撃の事実にアルベドがユリに数日間、休みを与えた程であった。

 その間は3人の妹達が仕事の合間に交代でお見舞いにやってきてくれたことは、ユリにとって、とても心強かった。

 どうやら3人は既に聞いていたらしい。 

 

 とはいえ、それならばファッション雑誌も化粧品も必要などない。

 また、まだ話されていないエントマとシズの様子がおかしいというのも腑に落ちない。

 

 

 極めつけは昨夜、ルプスレギナがやってきて、しばらくユリがモモンガ様専属のメイドになると伝えてきたのだ。

 

 モモンガ様とメリエル様の専属メイドというのはナザリックのメイドであるならば、喉から手が出る程に欲しい役職だ。

 一般メイドは交代制で何とか収まったが、プレアデスは主に至高の御方々から直接に仕事がある場合に呼び出される。

 それはそれで嬉しいのであるが、やはりお傍に控えていたいというのが姉妹の一致した思いだ。

 

 とはいえ、交代制ではなく、モモンガにしばらく専属で、というのはどういうことなんだろうか、とユリは思いつつも、身支度を整えて、モモンガを待たせることがないよう、その執務室へと向かった。

 

 

「ユリ・アルファ、参りました」

 

 ユリは不思議ではあったものの、完璧なるメイドとしての振る舞いを一切崩すこと無く、そうモモンガへ告げた。

 

「ああ、ユリか……」

 

 モモンガは何か考えているようだ。

 時折、額に手を当てて、溜息をついたりなんだりとしている。

 

 ユリはその様子を見ながら、流石に声を掛けた。

 不敬ではないか、という思いはあったものの、そこは彼女の創造主の性格が影響した。

 

 すなわち、とりあえず殴って――この場合は問いかけて――考えてみようという具合だった。

 

「畏れながらモモンガ様。何か考えられていらっしゃるご様子ですが……?」

「ああ、うむ。いや、そう、だな……」

 

 あー、とかうー、とかどうにも煮え切らない返事だ。

 ユリはますます不思議な気持ちとなる。

 

 至高の御方でも、このような御姿をされるときがあるのか、と。

 

 少しだけ他の姉妹に対して優越感を彼女は感じる。

 

 こんな御姿を見ることができるのは、今、自分だけなのだ、と。

 

「何か私にできることなどはございますでしょうか?」

 

 そんな気持ちを胸に懐きながら、ユリはメイドとしての本分を果たすべく問いかけた。

 

 

 

 

 問いかけてきたユリを前に、モモンガはというと――

 

『モモンガ、がんばれー! いけー!』

 

 頭の中でこんな状況を作った原因が伝言(メッセージ)で騒いでいた。

 

『どうしようもなくなったら、そのときに考えるって言ったじゃないか! このクソ天使!』

『確かにそう聞いた。けど、私はそこで承諾したか? 答えは否だ!』

 

 確かにメリエルは承諾していなかった。

 モモンガの幸せを願うみたいなことを言ったとモモンガ自身の記憶にもあった。

 

『まあ、モモンガさんや。別に変に意識することはないわよ?』

『全力で煽り立ててきた奴が何をほざいているんですかね?』

『それについては悪かった。とはいえ、恋話は古今東西、ネタにされるものだから許してね』

『勘弁してください』

 

 モモンガはそうメリエルに返しながらも、アルベドにメリエルの性癖やら何やらを知りうる限りの全てを教えようと心に決意する。

 

『とりあえず、これだけは言わせてください』

『何?』

『地獄に落ちろ、クソ天使』

『天国に昇れ、クソ骸骨』

 

 メリエルのその返し方は新鮮だな、とモモンガは思いつつも、改めてユリへと視線を向ける。

 心配そうにこちらを見てくるユリ。

 

 別に嫌いってわけじゃないんだよ、むしろ好き――

 

 モモンガの心情としてはそうだ。

 

 やっぱりそういう気持ちを抱くのはやまいこさんに申し訳がない――

 

 モモンガはそういう感情が湧いてくることに、苦笑しそうになった。

 そのときだった。

 再度、メリエルの声が響く。

 

『あ、ちなみにヘタレたら、私が無理矢理に一発アレするから、よろしくね。めちゃくちゃ嫌だけど、モモンガがどうしてもヘタレるっていうなら、マジでやるから。童貞を喪失すれば、ちょっとは変わるでしょう』

 

 モモンガは椅子からひっくり返りそうになった。

 ユリは驚いた様子で、駆け寄ってきて、大丈夫ですか、と声を掛けてくるが、大丈夫だと彼女にモモンガは返す。

 

 メリエルさんの声色がマジだった――

 これヘタレたら、ヤラれるパターンだ――

 

 メリエルに本気でそのように動かれて拘束されたら、モモンガには逃げる術がない。

 守護者達を頼ろうにも、絶対に必ず、モモンガ様とメリエル様がついに結ばれると感動して、涙を流してお祝いするという方向に発展する。

 

 そんなのは絶対に嫌だ――!

 

 モモンガは意を決した。

 

 とりあえず、支配者としての自分だけではなく、そうではない自分も見て欲しいと伝えねば、とモモンガは考えた。

 

「ユリよ、あー、その、なんだ、これからしばらく私の専属として、ついて回るわけだが……その、支配者としての私としてだけではなく、ただのモモンガとしての私をお前には見て欲しい……」

 

 モモンガは言ってから、ユリの様子がおかしいことに気がついた。

 彼女は顔を真っ赤にして、体をわなわなと震わせ、普段の姿とはかけ離れた動揺を魅せている。

 

 俺、おかしなことは言ってない筈だよな――?

 支配者ではない自分を見てほしいって言ったよな――?

 

 支配者であるモモンガだけを見て、実際のモモンガを目の当たりにして、幻滅されるのは勘弁してほしい、という意味合いの言葉を彼は言ったはずだった。

 良い表現が思い浮かばなかった為、ただのモモンガとして、という言い方であったが、別に問題はない筈だ。

 

 だが、彼の不幸は女性とそういうお付き合いをした経験が非常に少ないことだった。

 そして、以前にメリエルからもらったヒルマ執筆の書籍にはこういう自分から質問を投げかける場合、どのような質問をすべきかというものは書かれていなかった。

 あくまであの書籍は女側から答えるに困る質問を投げられた場合のものだった。

 

「ぼ、ボクはメイドです! も、モモンガ様のお相手には! ふ、ふさわしくないかと!」

 

 今度はモモンガがユリの言葉を吟味する番だった。

 とはいえ、これは彼にとってそこまで悩む必要もないものだ。

 

 付き合うとか何とかの、そういう男女の関係を抜きにして、ユリ・アルファはモモンガの中では高評価だ。

 

 ナザリックの中でカルマが善よりで、アルベドやシャルティアみたいに色々とアブナイことを仕出かさない。

 やたらと好戦的だったり、人間を下等生物扱いしない上に、人間をおやつ代わりに食べたりしない。

 あちこちでどこかの天使のように騒動を巻き起こさない。

 

 ある意味、モモンガが気楽に相手をできる存在だ。

 

 だからこそ、モモンガはその旨を伝える。

 

「いや、お前でなければダメだ。だが、急ぐ必要はない、気楽に待つとも」

「よ、様子を見るなんて……ぼ、ボクはいつでもOKです! 全部、大丈夫です! そ、その、不束者ですが、よろしくお願いします!」

「ん? そうか? それなら頼むとも。こちらこそ、色々と至らない部分もあるが……」

「そ、そんなことはございません! 身に余る栄誉というか、幸せです!」

 

 モモンガはとりあえず何とか乗り切った安堵した。

 これでメリエルに襲われる心配はないだろう、と。

 

 普段の自分を見てくれと言ったわりには、ユリは大げさだな、と彼は不思議に思いつつ。

 

 

 

 対するユリはモモンガから愛の告白を受けて、大混乱に陥っていたが、それでも何とか、自分の気持ちを伝えることはできた。

 

 ナザリックに最後までシモベ達を見捨てず(・・・・・・・・・)残られた御二人、そのうちの一人からこのような告白をされて、受けないシモベは存在しない。

 

 突然ではあったが、そんなことは些細なことだ。

 

 ぼ、ボクだって、そりゃ、そういう関係を考えてることはよくあるけど、ほ、本当になるなんて――!

 

 ユリは顔から火が出るかと思う程に頬が熱かった。

 

 

 こんな状態では到底、メイドとしての仕事はできない、とモモンガに申し出ようと、視線を向けると、なんとなく視線があった。

 

 ユリはすぐさま視線を逸らした。

 だが、数秒も経たないうちにモモンガへと視線を向け、また逸らすの繰り返し。

 

 ぼ、ボクがモモンガ様の、つ、妻――!

 

 その事実がユリの頭と心を完全に占領してしまっている。

 だからこそ、彼女は嬉しさと恥ずかしさとその他諸々の感情のごった煮状態だった。

 

 そんなとき、扉がノックされた。

 

 

「この度はおめでとうございます」

 

 入ってきたのはアルベドで、彼女は深々と頭を下げた。

 彼女は小脇に何かを抱えているのが見える。

 

「……アルベド、何がめでたいのだ?」

「メリエル様から、ついにモモンガ様の正妻が決まったとのことで。ナザリックのシモベ一同、お祝いを申し上げたく」

 

 ユリにあることが浮かんでくる。

 

 もしかしてメリエル様が、ボクの為に――?

 

 手回しが早いのだ。

 アルベドがタイミングよくやってきて、既に告白の件を知っているというのはつまり、このモモンガの執務室を見ていた存在がいるからに違いない。

 

 そして、そんなことができるのはナザリック、否、世界広しといえどメリエルしかいないのだ。

 

 ユリはメリエルにどのように恩返しをすればいいか、悩ましく思いつつ、驚いているように見えるモモンガに告げる。

 

「モモンガ様、メイドとしても妻としても、これから尽くさせて頂きます」

「え……?」

「式の方については後ほど。ふふ、ユリ。おめでとう。同じ女として、心から祝福するわ……いえ、これからはユリ様と呼んだ方が良いかしら?」

「そんな、アルベド様……これまで通りで構いません」

「それなら公的な場ではユリ様と、私的な場ではこれまで通りにさせてもらうわ。まあ、そう呼ぶのも、短い間かもしれないけど」

 

 アルベドはそう言って、意味ありげな笑みを浮かべる。

 

 何がなんだかよく分からないモモンガであったが、とりあえず自分がメリエルに嵌められたらしいことは理解できた。

 

「ま、待ってくれ。何でいきなりそうなっているんだ? 確かにユリには、その、支配者として振る舞っていない私を見て欲しいという意味を伝えたが」

 

 モモンガの言葉にアルベドは彼にずいっと身を乗り出す。

 

「モモンガ様、それこそまさに! そう、まさに愛の告白にあたります! ナザリックのシモベで、そのように言われた者はユリ・アルファ唯一人!」

 

 モモンガは悟った。

 全面的な敗北を。

 そもそもからして、口で女に――ましてや、アルベドに勝てるわけがないのだ。

 

「いわゆる、仕事での付き合いではなく、私的な部分でも付き合っていきたい、というのは男女の関係を求めていると受け取ることができます……モモンガ様、ユリではご不満ですか?」

 

 あのクソ天使、ぶっ殺してやる――

 

 モモンガはそう思いながらも、精神の沈静化が数回程、発動してようやく落ち着くことができた。

 おかげで、アルベドの言葉を冷静に受け取ることができた。

 

 モモンガはユリへと視線を向け、真正面から彼女の姿を見る。

 アルベドの言葉にユリは不安を覚えたのだろうか、怯えているような表情だ。

 

 女の子を泣かすのは、良くないよな――

 

 モモンガはそう思いつつ、やまいこに心の中で謝った。

 

「……不満など、ある筈がない」

 

 モモンガの言葉はユリの表情を一変させた。

 ユリは笑みを浮かべた。

 その笑みは恥ずかしさの混じったものであるが、モモンガの心を直撃した。

 

 ああ、綺麗だ――

 

 モモンガは心から、そう思った。

 

「支配者ではない、プライベートでの私は、率直に言ってしまえば、小市民的だ。だから、幻滅しないで欲しい」

「構いません。これから、モモンガ様のことをお教えください。ずっとお傍におりますので……」

 

 ユリの答えに、モモンガもまた安堵した。

 そして、彼は立ち上がった。

 

「とりあえずだ。メリエルさんを叩く。あの天使め、今回ばかりは許さない。絶対にだ。今日はトブの大森林だったか? 森ごと焼き払ってやる……!」

「お待ち下さい、モモンガ様」

「アルベドよ、止めるのか? 私はもう少し、段階を踏んで、慎重に行きたかったのだ……!」

「いえ、メリエル様はそれを予期されていました。ただ、喧嘩をする前に祝いの品を渡してほしい、と私に仰られまして」

 

 モモンガは内心、疑問に思いつつも、とりあえず受け取るだけ受け取っておこうと考えた。

 

「よし、それならば祝いの品とやらでメリエルさんをどうするか、決めよう」

 

 モモンガの言葉にアルベドは頷き、小脇に抱えていたものを彼へと差し出した。

 

 親愛なるギルド長へ、と題名が書かれた分厚いアルバムだった。

 

 モモンガはアルベドから受け取り、1ページ目を開いてみた。

 

「おぉ……」

 

 モモンガは込み上げてきた感情に声を溢した。

 

 1ページ目にあったのは41人全員が玉座の間で取った集合写真だった。

 もしや、と思い、モモンガが2ページ目を開くと、そこからはギルドメンバー達の思い出の写真の数々だ。

 

「メリエル様が図書館や他の至高の御方々の部屋に保存されていた画像を引っ張り出した、とのことです」

 

 アルベドの説明を聞きながら、モモンガは一心不乱にページを捲る。

 

 ドロップしたアイテムの取り合いになったときの乱闘写真――

 41人全員が円卓に集い、ワールドエネミー対策会議をしているときの写真――

 

 41人全員が揃っているものもあれば、1人で撮ったものや、少人数で撮ったものもあり、場面や時期も多彩だった。

 

 ナザリックの黄金の日々が詰まっていると言っても過言ではない。

 

「……メリエルさんには敵わないな」

 

 こんな祝いの品を贈られては、モモンガとしてはメリエルをどうこうする気持ちなど吹き飛んでしまった。

 

「これには写真がたくさんあるが、タブラさんややまいこさんのもある。見るか?」

「いえ、後日に配布予定ですので、ご安心を。それはモモンガ様だけのものです」

 

 アルベドの言葉にモモンガは軽く頷き、丁寧にアルバムをアイテムボックスに入れる。

 

「メリエルさんには感謝しよう。ただ、アルベド。お前にはメリエルさんに関して、伝えることがある。近日中に文書化して渡そう」

「メリエル様の?」

「うむ。私が知る、メリエルさんの性癖全てだ。色々と役に立てて欲しい」

 

 ささやかなお礼だ、受け取ってくれとモモンガは心の中で呟いた。

 

 


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