彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「うーん……普通」
メリエルはそう評価した。
最初に接触し、これまでそれなりに交流を保ってきたカルネ村。
これまでの交流内容としてはナザリックからは主に警備員と労働力の提供だ。
デス・ナイトが貸し出されたり、労働力としてスケルトンが派遣され、当番制で戦闘メイドが誰かしら1人、交替で駐在している。
「メリエル様、お久しぶりです」
カルネ村で出迎えたのはナーベラルだった。
今日は彼女が当番らしいが、ここでメリエルに疑問が出てくる。
「漆黒のナーベはいいの?」
「数日程度なら問題ないとモモンガ様から許可を頂いております。それと、人間に対する態度を学べ、ということで」
「なるほどね。で、見たところ、普通ね」
「はい、普通の下等生物共の村です。デス・ナイトやスケルトンはおりますが、それ以外は普通です」
ナーベラルの言葉にメリエルは軽く頷きながら、視線をあちこちに巡らせると見知った顔があった。
メリエルはナーベラルについてくるよう告げて、その見知った者のところへ。
ちょうど農作業を終えたところのようで、土にまみれている。
スケルトンにより耕すなどの単純な作業は人手がいらないとはいえ、細かなところは不向きであった為に、そういった作業は人がやる必要があった。
「久しぶりね、エンリ」
声をかけられたエンリはというと、目をパチクリとさせる。
その態度がナーベラルには非常に不愉快に移った。
こういうところが彼女にとっては人間を下等生物と認識させるに至る原因の一つだ。
「
「あ、えっと、ご、ごめんなさい。その、見惚れてしまって……以前は助けていただいて……」
頭を下げるエンリにメリエルは構わない、と告げて尋ねる。
「それでエンリ。ナーベラルはどう? しっかりと友好的にやっているかしら?」
「は、はい。その、独特な口調ですけど、色々と助けてもらっています」
当然だ、と言わんばかりに胸を張るナーベラル。
同時に彼女の中でエンリの評価がただの下等生物からそれなりに良い下等生物へレベルアップを果たす。
とはいえ、メリエルとしてもナーベラルの性格は承知している。
「ナーベラルは綺麗でしょう? 艷やかな黒髪といい、美しい白い肌といい」
そうメリエルが言うと、効果は覿面だった。
ナーベラルはメイドとしての表情こそ崩していないが、わずかに震えている。
「ええ、とても綺麗な方ですよね。棘のある口調も、似合っているって人気なんですよ」
「でしょうね。うちの自慢のメイドなのよ。瀟洒なメイドってやつね。彼女の姉妹も皆優秀で助かるわ」
ナーベラルの震えが大きくなってきた。
表情が崩れだしている。
ナザリックのシモベに共通する弱点ともいうべきもの。
それはモモンガかメリエルに褒められると、あまりに喜び過ぎてしまうことだ。
とどのつまり、ナーベラルは抑えきれない程の喜びに襲われている。
だが、メリエルの前でメイドとしての態度を崩すまい、と必死に堪えている状況だ。
「ナーベラル、あなたはソリュシャンのように人間と良い関係を築けるわね? 必要であれば、ソリュシャンに教えてもらうということもできるから」
「も、もちろんです」
メリエルは満足げに頷きながら、ナーベラルの耳元へ口を寄せる。
「ナーベラル、あなたには期待しているわ」
それはナザリックのシモベにとっては甘い言葉だった。
ナーベラルは己の精神力を全て動員して、四肢に力を入れて、メイドとしての立ち振舞を崩さぬようにした上で、答える。
「勿体なき御言葉です、メリエル様……」
ナーベラルはそう返しながらも、下着が着替えをしなければマズイ事態に陥りつつあることを感じ取った。
ナーベラルを良い感じに激励したメリエルだったが、そのナーベラルが言うには衣類の裾が汚れてしまった為、着替えて参ります、その間、代わりの者を送りますという言葉とともに素晴らしい速さでナザリックへと戻っていった。
そして、5分と経たずに代わりにやってきたのがソリュシャンだった。
彼女はメリエルの居住区を掃除していた筈だ。
「ソリュシャン、掃除は終わったの?」
「はい、メリエル様。終えてあります。ナーベラルがご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」
「構わないわ。とりあえず、村長の家に行くからついてきて」
「畏まりました」
それからメリエルはソリュシャンを伴って、村長の家へ。
そして、到着した村長の家では、年老いた村長が深々と頭を下げて、出迎えた。
事前に視察することは伝えてある。
とはいえ、ただ単に視察するだけではない。
「狭く汚いところですが、どうぞ……」
村長の案内に従い、メリエルはソリュシャンと共に家へ通された。
メリエルは案内された部屋の椅子へと座り、ソリュシャンは背後に控える。
対面に村長が座ったところで、メリエルは口を開いた。
「今回は視察に来たのだけど、ついでに、ある提案を持ってきたわ」
「はぁ……提案、ですか?」
「そうよ。近いうちに色々と大きな事がことが起きるのだけど、そこでカルネ村の統治者が私達に代わるから」
村長はすぐさま、税について思い至る。
統治する者が代わることについては何も言わない。
おおよそ、予想がつくからだ。
「税はどの程度で……?」
「王国に納めている分の半分ってところかしらね。具合を見て、もっと引き下げる予定」
村長はひっくり返りそうになった。
そんな様子を見て、メリエルはくすくすと笑う。
「重税にすればするほど、税収が上がるって考えるのは馬鹿のすることよ。むしろ、減税こそが税収の上がる術よ。代わりと言ってはなんだけど、浮いた分で村の発展とか村民の生活環境向上とか、開墾とかを行ってもらいたいわ。無論、支援はするから」
「あ、ありがとうございます……!」
「ゆくゆくはカルネ村を自然と調和した大都市へと発展させていきたいのよ」
村長からすれば夢のような話だった。
しかし、警備員として、労働力として貸し出されているアンデッド達を見れば、それをするだけの力があるように思える。
「その反応からするに、提案を受けるということでいいわね?」
「は、はい。もちろんです」
「それなら良いわ。具体的なことに関しては、あとで書面にして渡すから。村民達とも協議して頂戴ね」
メリエルはそう言いつつ、席を立つ。
「それと、これは個人的な提案なのだけど、エンリを私の連絡役にしてくれないかしら? なぜかというと、見知った人がその子くらいなので……確かネムって子もいたけど、さすがに幼すぎるからね」
「分かりました。エンリにも、良い経験になるでしょう」
メリエルの個人的な提案を承諾した村長。
村長としても、もう歳なので、後任を探していたところで、候補に挙がっていた一人がエンリだ。
これを機に、新しい統治者達と仲良くしてもらい、カルネ村を優遇してもらおうという魂胆も村長にはある。
わざわざ女性であるエンリを指名してきたということは、つまりはそういうことなのだろうと村長には予想がついた。
願わくば、メリエル様が優しい方であることを、と村長は祈りつつも、メリエルとソリュシャンを見送った。
村長の家を出てすぐに、ソリュシャンは意を決して口を開いた。
「またペットが増えるのでしょうか?」
「ダメかしら? ツアレにも世話は手伝わせているから、人手は足りていると思うけども」
「いえ……ただその、もう少しナザリックのシモベにも、構っていただけると……例えばですが、その、メリエル様の湯浴みの時などに、私でしたら色々と汚れを落とすのに……」
以前の屋敷でのやらかし――童貞であったことをあろうことか、姉妹に伝え、そこからナザリックのシモベ達に伝わってしまった悲しい事件だ。
とはいえ、もう過去のことでもある。
上目遣いにメリエルを見つめてくるソリュシャン。
「そうねぇ……それじゃあ、これからはそうするわ」
そう言いながら、メリエルがソリュシャンの頬を撫でてみれば、すべすべとしていた。
「以前のやらかし、あれは許すことにする。ルプスレギナにもそう伝えておいて」
「はい……!」
ソリュシャンは嬉しそうに返事をして、同時にこれで側室レースに乗り遅れずに済むと確信した。
正室というのはハナから諦めていた。
正室での対抗相手はアルベドだ。
さすがにソリュシャンでは太刀打ちできない。
アルベド様から、今夜、話があるからと呼ばれていたな、とソリュシャンの脳裏に過ぎる。
ナーベラルとルプスレギナも呼ばれているらしいので、何かしらの仕事だろうと予想はつくが、内容までは予想がつかない。
「そういえばソリュシャン。実はここだけの話なんだけど」
「はい、メリエル様」
メリエルの言葉に、ソリュシャンはアルベドに呼ばれている件は思考の片隅に追いやり、弾んだ声で応じる。
「ユリとモモンガをくっつけたいと思うのよ。だから、姉妹全員で協力して何とかして」
「はい、勿論で……はい?」
ソリュシャンは固まった。
今、目の前の御方は何と仰られた、と。
「あら、聞こえなかった?」
「い、いえ、聞こえました。その、畏れながら、メリエル様。それは正室、でしょうか?」
「そうよ。ナザリックに戻ったら、詳しい話をしてあげるわ。ユリみたいな子がモモンガには良いと思うの。ああそうだ、ナーベラルにも伝えないとね……というか、彼女、随分時間掛かっているわね……」
ソリュシャンはとんでもないことに巻き込まれた、と思わず空を仰ぎ見た。
綺麗な青空だった。