彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「モモンガ、お待たせ」
「メリエルさん、クアゴアとフロスト・ドラゴン、ぶっ殺しましょう!」
「はい?」
メリエルは思わずに彼の顔をまじまじと見て、ついで、その横にいるパンドラズ・アクターに視線を向け――
「え? パンドラズ・アクターを? そんな切羽詰まってたんだ」
黒歴史の塊、できることなら永遠に封印しておきたい、とモモンガが思っていた筈のパンドラズ・アクターがいたのだ。
「これはメリエル様! 相変わらずお美しい!」
大げさなリアクションにメリエルは再度、モモンガを見ると、なんだか辛そうな雰囲気を漂わせていた。
自分の黒歴史で精神的に苦痛を味わうが、それでも今後の利益の為に、とパンドラズ・アクターを引っ張り出してきたのだ、とメリエルは察する。
彼女はモモンガのその覚悟に敬意を表しつつ、やはりナザリックの纏め役は彼しかいないと確信する。
「パンドラズ・アクターを、適当に擬態させて助言役として……」
「がんばった、モモンガ。あなたはがんばった」
「俺、やりましたよ……あとはドワーフの敵をブチ殺せば通商条約もルーンも全部手に入りますよ……」
遠い目になるモモンガにメリエルは説明を求めるべく、パンドラズ・アクターへと一瞬視線を向きかけるが、モモンガの精神に多大なダメージを与えてしまいそうであったので、アウラへと向けた。
「アウラ、説明して」
「はい、メリエル様。えっと、モモンガ様は先日、ドワーフの摂政達と会談し、ドワーフの敵であるクアゴアとフロスト・ドラゴンを始末もしくは捕獲し、廃棄されたり放棄された都市の復興を支援するのと引き換えに、通商条約の締結、ルーン工匠達の魔導国への移住などを承諾しました」
なるほど、とメリエルは頷いて、周囲を見渡す。
シャルティアとマーレとエントマがいない。
「3人くらいいないんだけど?」
「先行させています。ゴンドというドワーフが案内役を買って出てくれたので、彼と共に。ゴンドはルーン工匠達との仲介もしてくれたんですよ」
「そのゴンドは良い奴なのね」
「ええ、大変助かっています……それで、メリエルさんのパーティー編成は?」
「ああ、退かないと。はい、出てきて頂戴」
メリエルが横へ移動し、最初に出てきた人物にモモンガは予想通りで驚くことはなかった。
「スルシャーナ様っぽいけど、違うんだよね?」
特徴的な容姿の少女――番外席次だった。
「メリエルさん、遂にこっちに身柄を移したんですね?」
「そうよ。ところで、名前、言ってもいい? 番外席次って役職名だし」
「メリエル以外はダメ。番外席次か、絶死絶命って呼んでくれればいいわ」
番外席次の言葉にモモンガは思わず「うわぁ」と声に出してしまった。
あまりにも中二的なネーミングセンスに、彼は引いてしまった。
「ちょっとあんた、モモンガ様に失礼よ! あとメリエル様を呼び捨てにするなんて!」
剣呑な気配を漂わせるアウラ、しかし番外席次は怯まない。
「だって、私はメリエルのモノ。メリエルの子を孕む為に存在しているわ」
自信満々にそう言い切る番外席次にアウラは怒りを露わにし――
「待て、アウラ。私は別に構わないさ。むしろ、メリエルさんにはとても感謝している」
もしメリエルではなくモモンガに番外席次が目をつけた場合、それは非常にモモンガの精神にダメージがくる。
ただでさえ、女性との接し方って難しいのに、番外席次みたいな特殊過ぎるのは勘弁してくれ――
モモンガの偽らざる本音だった。
「モモンガ様がそうなら、構いませんけど……メリエル様、そいつってどういう立場なんですか?」
むくれた顔のアウラにメリエルはくすくす笑って、彼女の頭を撫でる。
「ペットってところかしらね。あなたのフェンよりは色々と劣るけど、私は博愛主義なので」
「メリエル様、優しすぎますよぉ……」
そうアウラは言うものの、メリエルに撫でられることで機嫌を直す。
「で、番外だけなんですか?」
「もうちょっといる」
メリエルがそう言って、声を掛けると、お馴染みのクレマンティーヌが出てきた。
「やっほー」
「はい次」
「ちょっとメリエル様、酷くない?」
「だって、クレマンティーヌだし……」
メリエルの言葉にモモンガはうんうんと頷いた。
そんな対応に番外席次がけらけら笑う。
クレマンティーヌは番外席次にむっとするものの、するだけで我慢する。
突っかかったところで、隊長と同じように馬の小便で顔を洗わされるのがオチだ。
しかし、そこでクレマンティーヌは衝撃的な事実に気がついた。
馬の小便で顔を洗う程度で済んでしまうのである。
メリエルの修行のように、死んだら蘇生してまた死んで蘇生して、という生死を文字通りに行ったり来たりするようなものではないのだ。
しかも、質の悪いことに、メリエルの修行は悪意がまったくない、善意100%なのだ。
おまけにちゃんと強くなれるという。
「……あんた、優しかったのね」
「え?」
優しい顔になったクレマンティーヌには番外席次も困惑した。
「これからはメリエル様のペットとして、仲良くやっていきましょうね」
「そ、そうね……ねぇ、本当にあなたはクレマンティーヌなの?」
「そうだよー、メリエル様の猟犬、クレマンティーヌ様。番外、あんたはまだメリエル様の修行を知らないから……」
遠い目になるクレマンティーヌに番外席次はメリエルへと視線を向ける。
「力が欲しいか? 欲しければくれてやる。何、ちょっと100回くらい色々な死に方をするだけよ」
番外席次は察した。
そして、彼女はクレマンティーヌに対して、穏やかで優しい視線を向ける。
「……お疲れ様」
労いの言葉だった。
クレマンティーヌは泣きそうになった。
番外席次って優しかったんだ、と彼女は確信した。
「ま、それはさておいて、はい次」
クレマンティーヌが退いて、次に出てきたのはラキュースだった。
「えっと、私はそんなに、濃いキャラはしていないので」
「とか言っているけど、このラキュース。ちょっと最近、家族を皆殺しにしています」
「もう、メリエル様! 私はまだマトモよ! 漆黒聖典とかと比べたら!」
いや十分マトモじゃないから、とモモンガは心の中でツッコミを入れる。
蒼の薔薇の件についてはメリエルから簡単に
今、モモンガの目の前にいるラキュースはカルマ値が極悪となったラキュースだ。
見た目からはそうは思えないが、やったことは極悪というカルマに相応しいだろう。
「さすがに漆黒聖典でも自分の家族皆殺しはないかなー」
「え、そうなの?」
「うん。基本的に、亜人とかぶっ殺したり」
「あんまり亜人は殺したことないわね。どちらかというと人間を殺したいわ」
「いいね、今度、2人で殺しに行かない?」
「いいわね、これが終わったら行きましょう」
物騒な約束をしている2人を見て、モモンガはメリエルに視線を送る。
「……メリエルさん……カルマのアレを使ったとはいえ、彼女、性格、変わってませんか? 180度くらい」
「色々あったので……まあ、ナザリックとしては問題ないわ」
「いや、そうですけど……他の3人もこうなんですか?」
「ティアとティナは変わんないわね。イビルアイは……なんというか、以前にも増して愛らしくなった」
どういうことなんだ、とモモンガは思っていると、ラキュースの後ろから、そのイビルアイが現れた。
普段は被っている仮面はなく、素顔を晒している。
もはや仮面で隠す必要はなく、積極的に誇示しようとそう彼女は思ったのだろう。
「我こそはイビルアイ! メリエル様にお仕えする吸血鬼だ!」
ドヤ顔でそう言い放つその姿にモモンガは察した。
確かにこれは愛らしい、と。
「これで全員ですか?」
「全員ね。聖王国の3人組は国で業務をこなしているので不参加、ティアとティナは共に王都で情報収集、ヒルマはこういう埃っぽいところは似合わないのと、なんか仕事があるらしくて、レイナースを護衛につけて麻薬の畑を見回っているわ」
「ナスレネとかいう亜人は?」
「集落で女王としての仕事中」
なるほど、とモモンガは頷きながら告げる。
「とりあえず、フロスト・ドラゴンがどの程度の強さか、不明確です。我々基準のドラゴンだとすると、マトモに戦力になりそうなのはメリエルさんのパーティーでは番外席次くらいでしょう」
「ええ、そうね。だからこそ、他の面々は観戦ということで。見ることで得られるものも、結構あるから」
下手をすればメリエル達の基準でのドラゴンと戦うということで、クレマンティーヌ、ラキュース、イビルアイは顔が引きつった。
「メリエル様、本当にドラゴンとやり合うのか?」
「そうよ、イビルアイ。何か問題でも?」
「メリエル様達の基準でのドラゴンだった場合、どんな具合なんだ?」
「ブレスで山が一つ二つ、消し飛ぶくらいかしらね。あと色んな属性魔法を撃ってきたりとか」
「防御も硬い。物理的な防御は勿論、魔法に対する防御も高いので、第10位階魔法でも一部を除けば、そこまでダメージは与えられない。他にも再生能力もあった筈だ」
「ああ、もし、
「確かに。それはありえますね。連中のブレスと魔法は厄介でした」
イビルアイは卒倒しそうになった。
ラキュースは涙目で、クレマンティーヌは引きつった笑みを浮かべていた。
「楽しそう!」
目を輝かせているのは番外席次だけだ。
「畏れながらモモンガ様、メリエル様。フロスト・ドラゴンはおそらく、そこまでの強さはないかと……」
パンドラズ・アクターの指摘にモモンガとメリエルは顔を見合わせる。
「そうか?」
「そうなの?」
「はい。そこまでの強さを持っていた場合、アゼルリシア山脈が吹き飛んでいてもおかしくないかと……」
それもそうだ、とメリエルとモモンガは納得する。
「ともあれ、メリエルさん。久しぶりのチームプレイです」
モモンガの言葉にメリエルは不敵な笑みを浮かべる。
「ええ、そうね。以前言った通りに、私が進路警戒、後方はモモンガ」
「昔、よくやったやり方でやりましょうか」
「……すごい」
そう呟いたのは誰だったか。
だが、そんな陳腐な言葉しか、出てこなかった。
モモンガとメリエルの一行はシャルティアに連絡を取り、そこへ一気に転移した。
シャルティア達は王都への3つ目の難所に差し掛かったところであったが、そこでモモンガとメリエルの一行が合流し、3つ目の難所を突破。
躊躇することなく、ドワーフの元王都、フェオ・ベルカナに侵入した。
モモンガの提案で隠れることなく、堂々と行きましょうというのにメリエルが快諾し、不可視化などは使わずに一行は王城を目指す。
すぐさまにクアゴアの警備部隊に見つかり、またその警備部隊があちこちに敵襲を知らせるという優秀さを発揮した為、またたく間に一行の行く手を遮るクアゴアは増大し、万を超えた。
しかし、それはまさにモモンガとメリエルの狙い通り。
久しぶりのチームプレイをするのにちょうど良い数だった。
モモンガとメリエルはそれぞれ見ているように、と告げて、2人だけで万の大軍と向き合った。
そして、蹂躙が始まった。
メリエルが斬り込み、一振りで数十のクアゴア達を横薙ぎに両断したかと思えば攻撃魔法を撒き散らす。
モモンガは後方から攻撃魔法を、支援魔法を、妨害魔法を次々と飛ばし、メリエルを援護する。
強さの桁が違う為、クアゴア達が圧倒されるのは当然の結果だが、見学している者達はゴンドを除けば戦闘の専門家達だ。
ナザリックの守護者や戦闘メイドは言うに及ばず、番外席次をはじめとした面々も現地では名だたる戦士や魔法詠唱者。
故に、理解できた。
メリエルとモモンガのチームプレイが膨大な戦闘経験に裏打ちされたものであることを。
「ねぇ、ラキュース。あんたんとこのメンバーで、あれくらいの連携はできる?」
メリエルの下に来てからはチームをあんまり組んだことがないクレマンティーヌは、ほとんどチームごとメリエルのペットとなったラキュースに問いかけた。
「無理ね」
「無理だな」
ラキュースとついでイビルアイが答えた。
モモンガとメリエルは敵の動きを予測し、更に味方が何をするかを予測して自身の行動を決めている。
ラキュース達もそれはできる。
というより、チームを組んで戦ったことがあるなら、当然のことだ。
だが、モモンガとメリエルはその状況把握から行動に移すまでの時間が皆無に等しい。
2人とも未来予知でもしているのではないか、というレベルで最適な行動を取り続けている。
もちろん、これからの努力次第ではあるが、それでもあの領域に到達するのは不可能だとラキュースもイビルアイも感じた。
だろうね、とクレマンティーヌは返事をしつつ、ナザリックの面々を見て、ちょっと後悔した。
興奮の度合いが凄まじいのである。
映像を記録するスクロールと思われるものが幾つも展開されており、どいつもこいつも英雄に憧れる子供のように目を輝かせている。
番外席次を見てみれば、こっちはこっちで別の意味で興奮しているようだった。
メリエルの名を呟きながら、下腹部を擦っている。
想像妊娠とかしてんじゃないか、とクレマンティーヌは思ったが、口には出さず、戦士としてより高みに登るべく、目の前の神々の共闘に集中する。
雑兵では埒があかない、と敵の総大将らしい、衣服を纏い、王冠を被ったクアゴアとその親衛隊と思われるクアゴア達が出てきた。
確かに、雑兵と比べれば強いことは強いのだろう。
しかし、相手が悪すぎた。
姿を現して30秒も経たないうちに、メリエルが王冠を被ったクアゴアの懐に飛び込んでいた。
クアゴアの王の周囲にいる親衛隊達にはモモンガの魔法が降り注ぐ。
さらにそれだけに留まらず、モモンガは王に向けても魔法を放つ。
メリエルがクアゴアの王の首を飛ばすと同時にモモンガの魔法が着弾し、王の体を電撃が貫いた。
「拍子抜けなんだけど」
メリエルは不満であった。
「確かに、拍子抜けですね」
モモンガもまた不完全燃焼だった。
ユグドラシル基準でのドラゴンではないが、それなりに楽しめるだろうという思いが2人の胸にあった。
しかし、実際はモモンガの
死んだふりとかじゃないだろうか、とモモンガもメリエルも警戒を緩めていなかったが、周りにいた3体のフロスト・ドラゴンが一斉に服従のポーズを示したことから、どうやら本当に死んでしまったとようやく2人は理解したのだ。
「何となく分かってはいたけどさ……強すぎ」
クレマンティーヌの言葉にラキュースとイビルアイが同意とばかりに頷いた。
「私も戦いたかったけど、あんまり楽しめそうになかったからいいや」
「待って、番外待って。それ私の感想」
番外席次の言葉にメリエルが告げると、番外は怪しく微笑み、己の得物を軽く掲げてみせる。
分かりやすい誘いだ。
メリエルがその誘いに乗る前に、モモンガは告げる。
「メリエルさん、やめてください。とりあえず、ドワーフの財宝とやらを探しましょう。あと他のドラゴンもいると思うので……」
「モモンガ、そこのフロスト・ドラゴン達に呼び出させたほうがよくない?」
「それもそうですね。というわけで、そこの3匹のドラゴンよ。他にドラゴンがいたら、呼んでこい。ああ、もちろん、抵抗しても構わないぞ?」
モモンガはそう言いながら、ドラゴンは色々と素材になるので、と心の中で付け加えた。
ドラゴン達は震え上がりながら、元気の良い返事をして、慌てて走り去っていった。
「生きているドラゴン、どうするの?」
「輸送手段として使おうかと。我々が持っているドラゴンだと、その、ちょっと問題がありますし」
「あー……まぁ、そうね……」
課金ガチャの当たりに入る部類であるが、ガチャを回しまくっていると、それなりに溜まっていくものでもある。
ガチャには各種族のドラゴンがいるが最弱でもレベル60台、もっとも良いものでレベル90近いものとなっている。
もちろん、この世界の基準ではお伽噺に出てくるような強さのドラゴンを輸送手段として大量に運用したら、それこそ色々と面倒くさい問題になること、間違いない。
将来的には実施するかもしれないが、今は時期尚早だった。
「あ、雌のドラゴンはペットにしたい」
「どうぞどうぞ。とはいえ、必要なときは使わせてくださいね」
「了解したわ。で、この後は?」
「財宝を探しつつ、ドラゴン達を連れ帰りましょう。生きているクアゴアもついでに」
「クアゴアは殺しすぎたから、あの王様とか、ある程度は蘇らせておきましょうか?」
「そうですね。その後は摂政達を転移で連れてきましょうか。実際に見せたほうが早いでしょうし」
「そういえば、放棄されたり廃棄された都市にも行かないといけないわね」
そんなことを話しているうちに、ドラゴン達が戻ってきた。
「反抗的な奴がいてくれると、素材収集ができるんだが……」
そう呟いたモモンガの願いは叶うことは叶ったが、数は1体分だけだった。