彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話   作:やがみ0821

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微グロあり。


蒼の薔薇が黒く染まるとき

 

 

「売女め」

「おいおい、それは売女に失礼だろ。こんなのはヤル気にもならねぇよ」

「それもそうだな」

 

 げらげらと笑う声がラキュースの耳に響く。

 

 神殿の奥まったところに彼女は長方形の台の上に置かれていた。

 まさしく、それは置かれているという表現が正しい。

 

 両手足は無く、切断面は包帯で隠されているものの、それ以外は彼女の身体を纏うものはない。

 濁った瞳は開かれてはいるものの視力は完全に喪失しており、喉も潰され声も出ず、歯も全て抜かれている。

 当然ながら顔も酷い有様で、直視できるようなものではなかった。

 金色の美しかった髪はなく、頭皮はむき出しだ。

 

 食事は1日に1度、水と麦粥が少量のみ。

 風呂どころか濡れた手拭いで拭いてもらうこともできず、排泄物は垂れ流しだ。

 

 そのために虫が彼女の身体に集っていたが、たまに見回りに来る神官が罵声と共に追い払ってくれる程度でしかなく、彼女が自力で追い払うことはできなかった。

 

 罵声が浴びせられ、唾を掛けられ、笑われ、軽蔑される。

 ヤルダバオトによる中央広場での拷問が終わったあの日から、ラキュースは王都にある神殿に移されて、そうなっていた。

 

 当初こそまだ希望はあった。

 きっと救い出してくれる、と。

 

 しかし、神殿側はラキュースを重犯罪者として扱い、更には誰でも面会を許したのだ。

 この分ではイビルアイ達もそうなっている可能性は高く、初日は、まだ仲間の身を案じる余裕もあった。

 

 面会は大勢いた。

 庶民や兵士、冒険者、貴族と様々で、中にはラキュースと親しくしていた者もいたが、一様に彼らはラキュースを人類の裏切り者として扱った。

 

 違うんだ、とラキュースは声の出ない口を何度も動かしたら、汚らしいと打たれた。

 神官が重犯罪者であっても面会の際にはつく筈だったが、その神官達も容認した。

 

 犯しても構いませんよ、と面会に来る者達に対して――おそらくは男限定だろうが――言っていた。

 しかし、今に至るまで、ラキュースの純潔は奪われていない。

 

 誰も彼もが拒んだのだ。

 あんなもの、たとえ大金をもらっても犯したくない、と。

 

 毎日毎日、面会の時間が終わるまで――ご丁寧にも面会は早朝から夜までというとても長い時間許されている――大勢の者が詰めかけ、人類の裏切り者であるラキュースを罵倒した。

 

 信じていたのに、と言う者も大勢いた。

 だからこそ、信頼・信用していた者達からの罵声はラキュースに響いた。

 

 もっとも効いたのはアインドラ家からの使者の言葉だ。

 使者はラキュースも幼い頃から知っている執事だった。

 

 今後、アインドラの姓を名乗ること、アインドラ家に関わることを一切許さないという決定だ。

 早い話が絶縁であった。

 

 切り捨てられた、とラキュースはすぐに理解できた。

 

 どうして、私を信じてくれないの――?

 どうして、助けてくれないの――?

 

 一度もラキュースの家族は誰一人として面会には来ていなかった。

 

 そして、更に使者は残酷な言葉を告げる。

 ラキュースが憧れた叔父のアズスからのものだ。

 

 叔父様ならば、という淡い期待を抱いたラキュースの思いを完全に粉砕するものだった。

 

 私にお前を殺させるな。抵抗なく、死ぬことこそ、お前の罪が許される道だ――

 

 

 

 

 

 アインドラ家の使者との面会以降、ラキュースの心は日を追う毎に急速に摩耗していったが、彼女は死にたいとは思わなかった。

 死にたいという思いの代わりに、彼女の心には憎悪が湧き出し、やがて完全に染まった。

 

 殺してやる、絶対に殺してやる――

 

 ヤルダバオトは勿論殺す。

 だが、その悪魔の戯言に簡単に操られた、愚かな王都の人間も家族も叔父も全員殺してやる――

 

 眠りにつくまで、ラキュースはほとんどの時間を面会に来る連中の罵倒を聞きながら、唾を浴びながら、憎悪を滾らせる。

 しかし、ふとしたときに思い出すこともある。

 このようになってしまう前、冒険しましょう、と誘ってくれたメリエルのことだ。

 

 ヤルダバオトと悪魔戦士を圧倒したメリエル――

 その力を見せてくれたメリエル――

 自分に、自分達に、永遠に傍にいてほしいと言ったメリエル――

 

 眠ると大抵、メリエルの夢を見た。

 メリエルのことを思うときだけ、ラキュースの気持ちが安らぐようになるのに時間は掛からなかった。

 故に、ラキュースはメリエルのことを強く思う。

 勿論、憎悪は忘れないが、安息もまた重要だとラキュースは知っている。

 

 もともと、妄想するのは大得意だからこそ、色々なことを妄想する。

 

 メリエルと一緒に冒険する自分、メリエルが言ったように永遠に彼女の傍にいる自分、メリエルにベッドの上で身を委ね、誓いの言葉を捧げ、同時に純潔を捧げる自分――

 

 メリエルのことを思い始めた、ラキュースの精神がメリエルに依存するのは、それこそあっという間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大罪人として他の3名と共に明日の昼、斬首刑とする」

 

 そんな言葉が聞こえてきた。

 

 ラキュースは言ってやりたかった。

 

 お前達を根絶やしにするまで死なない、と。

 だが、それは叶わず、処刑を告げた役人はさっさと出ていった。

 

 他の3人と言っていたが、そこでラキュースは初めてまだイビルアイ達が生きているらしいと気がついた。

 

 人間達を皆殺しにするのを手伝って欲しいのだけど、手伝ってくれるかしら――?

 

 ラキュースはそんなことを考える。

 

 自分と同じ状況ならたぶん手伝ってくれる筈だという予想はできるが、何分、自由な連中だ。

 

 ティアは気に入った女を片っ端から襲うだろうし、ティナは気に入った少年を片っ端から襲って、キーノはちょっと想像がつかない。

 

 面会に入ってくる者はおらず、先程の役人でどうやら最後だったらしい。

 程なく、部屋の明かりは落とされる、いつものように真っ暗になるだろう。

 

 ラキュースは心の中で祈る。

 

 メリエルが会いに来てくれることを。

 

 それはもはや恒例となったことだ。

 眠気が来るまでメリエルに祈りを捧げ、メリエルに仕える自分を妄想する。

 

 いつも通りに妄想をしている最中に眠気を感じたラキュースだったが、唐突に響いた声に一気に眠気は吹き飛んだ。

 

「遅れてごめんなさいね? ちょっと南でヤルダバオトの悪魔を1000匹程、ブチ殺していたの」

 

 恋い焦がれたメリエルの声にラキュースは口を何度も開いて、声を出そうとしたが、言葉にもならない掠れた音しかでない。

 

 足音が近づき、やがてラキュースの置かれている台の傍で止まったのが聞こえた。

 

 ラキュースは恥ずかしさが込み上げてきた。

 

 今の見るに堪えない、汚い自分を見ないでほしい、と叫びたかった。

 

 しかし、メリエルは躊躇することなく、ラキュースを抱き上げて、その豊満な胸にラキュースの顔を埋めさせた。

 少しの間をおいて、悪臭が漂っているにも拘らず、メリエルはラキュースの唇に口づけた。

 

 ラキュースは驚きのあまり、見えないその目を見開いていると、やがて唇からメリエルの唇が離れたのを感じた。

 

「ラキュース、私のモノになってほしい。永遠に」

 

 耳元で囁かれた言葉にラキュースは蕩けそうになった。

 彼女の答えは勿論決まっているが、あいにくと声が出ないし、身体を動かすこともできない。

 

 首を縦に振るくらいはできるが、やはり込み上げる思いを伝えたい。

 

 そうだ、とラキュースは思いついた。

 彼女はメリエルの顔があると思われる方向へ顔を向けて、舌を突き出した。

 何日も洗っていない為、汚いことこの上ないが、それくらいしか思いつかなかった。

 

 犬のように舌を突き出して、上下に動かしてみせる。

 

 伝わって欲しい、と念じながら、そうしていると、やがて彼女の舌に細く、長い感触があった。

 すかさずそれを口で咥えると、ラキュースが思っていた通りに指だった。

 おそらくは人差し指だろうそれを、ラキュースは必死に舐めた。

 

「ふふ、ラキュース。ありがとう。とても嬉しいわ」

 

 そう言いながら、ラキュースは頭頂部あたりに柔らかく、暖かい感触を感じた。

 頭にキスしてくれた、とラキュースは即座に理解した。

 

「とりあえず、治してあげるわ。全部、ね?」

 

 

 メリエルがそう言ってからは非常に速かった。

 何事かの魔法が唱えられ、何かの液体を振りかけられて――

 

 あっという間だった。

 ラキュースは失われていた両手足や歯は勿論、視力や髪すらも完全に元に戻り、さらには悪臭や汚れに塗れていた身体もすっかり綺麗になっていた。

 

 全裸であったが、ラキュースは気にすることなく、メリエルに抱きついた。

 

「メリエル様、これから永遠に仕えさせてください……全てをあなたに捧げさせてください」

 

 失礼かと思ったが、ラキュースは感情のままにそうメリエルの耳元で囁いた。 

 メリエルは以前と変わらず、ラキュースの態度に特に気にすることもなく、彼女を抱きしめる。

 

「ええ、いいわよ。ところでラキュース、人間は? ああ、敬語じゃなくていいわよ」

「ありがとう……人間は殺したいわ。王国の人間も家族も叔父も、全部、殺したい」

 

 ラキュースは躊躇なく答えた。

 メリエルは微笑み、問いかける。

 

「王国以外は?」

「メリエル様が殺せっていうなら殺すわ。老若男女、区別しない」

「そう。ラキュース、これから私のペットという立場に……クレマンティーヌとかと同じ立場になるから、彼女達とは仲良くしてね」

 

 メリエルはラキュースが頷いたのを見て、満足し、次に移ることにした。

 

「それじゃ、今度はキーノよ。その後はティア、最後にティナ。まったく、忙しいものだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最高のショーだと思うわ」

 

 メリエルは上機嫌だった。

 目の前ではラキュース達による、家族全員皆殺し作戦が行われている。

 

 昨夜、ラキュース達全員をメリエルは救出し、その心の変わりように驚きつつも、満足した。

 

 デミウルゴスは神殿において、罵倒されているうちに憎悪が芽生えるという極自然なところで、カルマ値を変動させる消費型のマジックアイテムを使ったのだ。

 今回使ったのはカルマ値を極悪に振るものだ。

 

 ラキュース達は4人が全員、善であった為、極悪にしたら、どうなるかという実験だ。

 

 結果、ラキュース達はナザリックに相応しい極悪っぷりを今、見せつけている。

 

 他にも4人が全員メリエルに依存するようにサッキュバスを使って夢を見せたり、面会の人間に化けさせた悪魔を使って思考を誘導したりとデミウルゴスは極めて細かい段取りを組んで実行し、それを成功させていた。

 

 アインドラ家の絶縁の件も、わざわざ支配(ドミネイト)の魔法をアインドラ家の主要な人物達に使った上で、やっていた。

 

 さて、皆殺しに関してはマトモにやってはイビルアイを除いてラキュース達は圧倒的な力を振るえないので、今回は一時的にメリエルが装備を貸し与えている。

 ちゃんと返すことという条件付きで、神器級装備を上から下までメリエルが本気で選んだものだ。

 

 装備の補正により、手練の冒険者、兵士達すらも簡単に斬り殺していく様は見ているメリエルからすれば爽快だ。

 

「あ、ラキュースがすっごいことしている」

 

 目の前の光景とラキュースの喜びに満ちた叫び声からするに、母親に自分が体験したのと同じことをしているようだ。

 勿論、同じことをやっているとはいえ、それは一部に過ぎない。

 

 そうこうしているうちに母親が出血死したからだ。

 

「お遊びも含めて、15分ってところね。まぁまぁのタイムでしょう」

 

 アインドラ家の屋敷は広い。

 いくらラキュースにとっては馴染みのある場所とはいえ、使用人やメイドなども含めれば100人近い人間を他の3人と協力して皆殺しにするにはそれなりの時間が掛かる。

 

 別にメイドや使用人を殺す必要はなさそうだが、ラキュースがどうしても殺したいと望んだ為、メリエルは許可をした形だ。

 勿論、メイドに関してはあとで蘇生して回収すること、アインドラ家の持ち運びできる資産類の回収はラキュースも承諾済みだ。

 

 デミウルゴスの牧場の為にもいなくなっても困らない人間は欲しい。

 特に雌は貴重だ。

 

 資産類は言うまでもない。

 

 そのとき、メリエルの元にデミウルゴスから伝言(メッセージ)が入る。

 

 ラキュースの叔父のアズスが率いる朱の雫を処理したとのことだ。

 

 メリエルは思わずに笑みを浮かべる。

 

 これでラキュースは完全に天涯孤独となったからだ。

 万が一、彼女を説得するような存在が彼女の血縁から出てくるかもしれない。

 それに感化されてしまうかもしれない。

 

 それを防ぐ為にラキュース自身に両親を始めとした直系の親族を始末させ、居所が掴めず、下手をすればラキュースよりも強い叔父はデミウルゴス――ヤルダバオトに処理させた。

 他の親族達も同時にヤルダバオト配下の悪魔達に襲わせており、程なく結果が出るだろう。

 

「メリエル様、終わったわ……何だか、嬉しそうね?」

「ええ、勿論よ。ラキュース。これであなたを縛るものは無くなったから。スッキリした?」

 

 メリエルの問いかけにラキュースは返り血で染まった顔を手で拭う。

 

「とてもスッキリしたわ。清々しい気分」

 

 そう言って、ラキュースはちらちらとメリエルへと視線を送る。

 メリエルはくすり、と笑って、彼女の頭へと手を伸ばし、優しく撫でる

 

「味気ない仕事」

「鬼ボス、遊びすぎ」

 

 カルマ値が極悪になっても、あんまり変わったようには見えないティアとティナであった。

 

「くっくっくっ……これが力だ! 見たか、人間共め!」

 

 なんか三流の悪役が言いそうなことを死体の山の上で言っている輩がいた。

 

 メリエルは見なかったことにした。

 ラキュースは撫でられて気持ちよくなっており、気にもとめなかった。

 双子の忍者姉妹もまた見なかったことにした。

 

「ってこら! 無視するな!」

「鬼ボスと同じ病気」

「やはり鬼リーダーの毒気にやられたか」

「違う! 私は吸血鬼の本分を思い出したんだ!」

 

 うがー、と怒るが全然怖くも何ともないイビルアイ。

 

 うちのシャルティアに弟子入りさせた方がいいかしら、とメリエルは思う。

 とはいえ、イビルアイが「ありんす」とか言い始めたら、ペロロンチーノが次元の壁を超えてやってきそうな気もした。

 

 何気に神殿に置かれていたとき、一番酷い目にあったのがイビルアイだ。

 面会に来る者達は皆、ポーションを持っており、悪意を込めてポーションをイビルアイに罵倒しながら、ぶっかけていた。

 死なないようにと、こっそり潜んだ悪魔が回復させるという徹底ぶりである。

 

 そして高価なポーションの出処は言うまでもなく、デミウルゴスが手配したものだ。

 

「さて、私の拠点に案内するわ」

 

 メリエルはそう言って、転移門(ゲート)を開いたのだった。

 いきなりナザリックの内部に入れては色々と問題があるので、行き先は地表部に設けられたログハウスだ。

 

 とりあえずこれでメリエルが求めたものは終了となる。

 ドワーフの国にモモンガは既に到着しており、彼の元へ転移で行く形となる。

 

 パーティー編成に少し悩みそうね、とメリエルは思いつつ、ラキュース達を先に潜らせた後、転移門(ゲート)を潜ったのだった。

 

 

 


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