彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「こんにちは、蒼の薔薇の皆さん」
とてもにこやかに、まるで友人にでも話しかけるように、ヤルダバオトは声を掛けた。
お昼前の王都、蒼の薔薇の面々は揃って宿屋にいた。
そこへ子供がやってきて、お姉ちゃん達を呼んでいる人がいる、と言ってきて、案内された廃屋にいたのがヤルダバオトと傍に控える
翼などがなく、傍目にはただ仮面を被った人間の男性にしか見えない。
だが、その声はラキュース達にとって忘れる筈がない。
というよりも、まさかこんな風に呼び出されるとは思ってもみなかった。
ヤルダバオトが自分達が彼の計画に邪魔だと言っていたことから、念のために装備を持ってきたのは幸いだ。
各々が得物を引き抜いて、目の前の敵達を睨みつける。
だが、圧倒的な実力差があることもまたラキュース達は理解できている。
「何の用かしら?」
「今日はとても良い天気ですね」
ラキュースの問いにヤルダバオトはそう答えた。
何となくラキュース達が視線を上に向ければ、確かに雲ひとつない青空で、良い天気だった。
「ですので、死ぬにはちょうど良いかと。各個撃破は戦術の基本でしょう?」
言われた瞬間にラキュース達は逃げようとしたが、それよりも速く悪魔戦士が動いた。
ガガーランの頭を掴み上げたのだ。
「おっと逃がすわけには行きませんよ? あの恐ろしい輩を呼ばれては叶いませんからね。ああ、勿論、
ヤルダバオトはそう言うと、指を鳴らす。
すると悪魔が何体も、蒼の薔薇の背後に召喚される。
「殺すなら殺せ!」
ガガーランの言葉にヤルダバオトは満足げに頷く。
「素直なのは良いことですよ。ですので、あなたは苦痛なく殺してあげましょう。やりなさい」
「やめて!」
ラキュースの悲痛な叫び。
しかし、そんなものは何の意味もなさない。
ヤルダバオトの指示を受け、悪魔戦士が手に力を込める。
まるでリンゴを砕くかのように、ガガーランの頭部は砕け散った。
「火葬で大変申し訳ありませんが、哀悼の意を込めて葬らせて頂きます」
ヤルダバオトはそう告げながら、ガガーランの死体を魔法でもって焼却した。
あっという間に燃えて、後に残ったのは彼女の装備品だけだ。
「さて、残る4人の方々……特にラキュースさんとイビルアイさんはこの間、非常に腹ただしいことをしてくれましたので、簡単には殺しません。ティアさんとティナさんにつきましても、申し訳ありませんが、お付き合いください」
恭しく頭を下げるヤルダバオトの姿は非常に紳士的だ。
言っていることとこれからやることを除けば。
「さて、悪魔戦士。少し憂さ晴らしをしましょう。力加減を間違えてはいけませんよ?」
ラキュース達は仮面の下で悪魔が笑っているように感じた。
指示を受けて、悪魔戦士がラキュースの前に立つ。
そして、腰に吊るした剣を抜くことなく、悪魔戦士はその拳を振り上げた。
王都の中央広場は天気が良いこともあり、非常に賑わっていた。
中央広場はその名の通り、王都の中央にある為、人通りは非常に多く、通行の妨げにならないよう、露店が整然と立ち並んでいる。
そのようないつもと変わらないお昼前の中央広場であったが、広場の真ん中に突如として4本の杭が出現した。
杭は10m程の長さで、木製に統一されている。
なんだあれは、と人々は立ち止まり、警備の兵士がおっとり刀で杭に近付こうとしたが、その杭の周囲に今度は巨体の戦士が5体程出現する。
アンデッドだ、と兵士達は即座に気が付き、援軍を呼びに行く一方で、震える体を叱咤して、各々の武器を構える。
しかし、そのアンデッドの戦士達は襲ってくる様子はなく、ただ杭の周りに立っているだけだ。
どうにもおかしい事態に誰も彼もが不思議に思ったときだった。
「初めまして、王国の皆様。お昼時にお邪魔致します」
そんな声が響き渡った。
声の方向に一斉にその場にいた人々が視線を向ければ、仮面を被り、漆黒のスーツ姿の男が空に浮かんでいた。
しかし、その男が人間ではない証拠として、背中には翼と尻尾が生えている。
「私はヤルダバオトという、しがない悪魔です。以後、お見知りおきを」
大げさにお辞儀をしたところで、ヤルダバオトは頭を上げた。
誰も彼もが彼に視線を向けており、掴みは上々のようだ。
それに彼は満足しながら、本題に入る。
「今回、皆様方に大変残念なお知らせがあります。一言で言えば、人類の裏切り者です」
ヤルダバオトはそう言いながら、指を鳴らす。
すると彼の配下の悪魔が4体、空中に現れて、それぞれが持っているものをよく見えるよう、掲げる。
全裸の女達だった。
ただし、1人は小柄で、少女と形容するほうが正しいだろう。
その顔は唯一、片目以外は痣だらけになっている。
もう片方の目も鼻も完全に潰れて、血が滴り落ちている。
「私は非常に不快な思いをしました。それはこの女達……蒼の薔薇が原因です」
ヤルダバオトはそう言って、その原因を高々と謳い上げる。
「蒼の薔薇のリーダーたるラキュースが持つ魔剣の力を引き出そうと計画し、私に協力を求め、対価として王都の人間、全てを差し出すことを約束しました」
ヤルダバオトはそこで一度言葉を切り、聴衆の反応を窺う。
信じられないといった顔の者が大勢だったが、それは予定通りだ。
仕込みは済んでいる。
「お、俺は聞いたことがある! 蒼の薔薇のラキュースが持つ魔剣は人間の命を吸うことで、絶大な力を得ると!」
「俺もあるぞ! 夜ごとにラキュースは魔剣と対話し、その力を引き出そうとしているって!」
次々にそう叫ぶ者達。
他の聴衆達の顔色がヤルダバオトにとって、好ましいものへと徐々に変わる。
ヤルダバオトは満足しつつ、更に続ける。
「私としても悪魔なので、契約を持ちかけられたら、応じるのですが……契約に不備がありましてね。何とも強欲なことですが、王都の人間達を魔剣に食わせ、その後で邪魔になった私も魔剣に食わせるつもりだったのです!」
ざわめきが生まれる。
まさか、とか嘘だろう、という声がちらほらヤルダバオトの耳にも聞こえてくる。
「さて、ここで皆さんはまだ私が嘘をついていると思っているでしょう。ですが、私は自分の身を潔白にする為に、ある一つの証拠を用意しました」
ヤルダバオトの言葉に聴衆達は静まり返った。
その証拠とは何か、と問いかけているのがよく分かる反応だ。
「そこにいる少女……彼女は蒼の薔薇のイビルアイです」
ヤルダバオトの言葉にイビルアイを持っている悪魔がヤルダバオトへと近寄ってくる。
「ちょっとした実験です。そこのあなた!」
ヤルダバオトは突然、聴衆の1人を指し示した。
指された男はぎょっとして、左右を向いて、自分で自分を指さした。
「ええ、そうです。あなたのその腰にあるもの、それはポーションですね? 代金は支払うので、くれませんか?」
そう言われた男は困惑しながらも、頷いた。
「ありがとうございます。今、配下が取りに行きますので」
ヤルダバオトがそう言っているうちに、男の近くに悪魔が1体現れて、男に金貨を数枚差し出した。
男はおっかなびっくりで、金貨を受け取り、ポーションを1本、差し出した。
悪魔は男からポーションを受け取って、そのまま空へと舞い上がり、ヤルダバオトの下へ。
「さて、これはたった今、入手したばかりのポーションです。これは傷を治す効果がありますが……アンデッドであれば、話は別です」
ヤルダバオトはそう言いながら、イビルアイへと近づいた。
彼女は恐怖からか、無意識的に身を捩るなどして、抵抗したが、そんなものは蟷螂の斧だ。
「なぜ、ポーションを嫌がるのですか? ただ傷を治す効果しかないのに」
ヤルダバオトの言葉に聴衆達がざわめく。
「答えは簡単です。それはこのイビルアイが吸血鬼だからです!」
そう宣言し、ヤルダバオトはイビルアイに対し、ポーションを掛けた。
すると焼けるような音と白煙が上がり、ポーションが付着したイビルアイの皮膚が焼けただれていく。
「このイビルアイ、私が調べたところによると、国堕としと呼ばれる吸血鬼です。蒼の薔薇は吸血鬼をメンバーとしていたのです! 皆さんが信じていた蒼の薔薇は、このような実態なのです!」
ヤルダバオトは聴衆達を見回す。
どの人間にも明らかな嫌悪が見て取れた。
「私は悪魔ですが、王国の皆さんに心から同情します。しかし、蒼の薔薇はその戦闘力は本物、ましてや吸血鬼はその能力など非常に厄介……本来なら、皆さんが裁くべきところですが、私が代わりに裁いてもよろしいでしょうか? 皆さんの前で、皆さんの信頼と信用を裏切った罰を与えてもよいでしょうか?」
聴衆達はすぐに答えは返さない。
戸惑いがあるだろうし、この場で声を出すというのは中々に勇気がいることだ。
だが、声は上がる。
「やってくれ! 信じていたのに!」
「そうだ! 殺しちまえ!」
次々と声が上がり始める。
憎悪に満ち溢れた声はやがて伝染していき、聴衆達から吹き上がる。
「はい、承りました。しかし、私としても最後にリーダーであるラキュースさんに弁明の機会を与えたいと思います。こう見えても、私は結構優しいので」
ヤルダバオトはそう言いながら、声を響き渡らせる消費型のマジックアイテム――ヤルダバオトが使っているものも同じ――ラキュースに使い、問いかける。
「さて、ラキュースさん。今、あなた達の罪状を述べましたが、どうですか? 素直に認めれば、罪は軽くなりますよ?」
問いかけにラキュースは震えながら、ゆっくりと口を開く。
「ちが、い、ます……ちがう……」
響き渡ったラキュースの掠れた声にヤルダバオトは深く溜息を吐いてみせる。
「見てください、皆さん。この期に及んで、まだ助かろうとしています。これだけ逃げられない証拠があるにも関わらず、非常に見苦しい!」
ヤルダバオトの言葉に聴衆達から様々な罵声がラキュース達に浴びせかけられる。
「皆さん! ただ殺すだけでは彼女達が罪の重さを理解できないでしょう! ですので、じっくりと理解できるよう、やらせて頂きます!」
「始まったわね」
メリエルは中央広場がよく見える建物の一室に陣取っていた。
ナザリックから持ってきたソファに座りながら、彼女の視線の先ではラキュース達にヤルダバオトとその配下による拷問が加えられている。
そして、それを見ている民衆達は熱狂の渦にある。
「仕込みがいるとはいえ、よくもまあ、あんなに簡単に引っかかるものね」
メリエルは半分程、呆れていた。
「仕方がないと思うよー? そもそも仕込みって人間に化けた悪魔達でしょ?」
「そういった精神をちょろっと操る……といっても、洗脳とかそういうのじゃなくて、
「まず一般人やそこらの兵士じゃ見破れないからね?」
クレマンティーヌの返事に、メリエルはやれやれと溜息を吐く。
蒼の薔薇の拷問を見に来るかどうか、と問いかけた結果、来たのはクレマンティーヌとレイナース、ヒルマといったおなじみのメンツに加えて――
「蒼の薔薇は聖王国でも聞いたことがあります。それを手に入れるとは、流石はメリエル様」
レメディオスだった。
ニューロニストにより、彼女も含め、聖王国の3人は非常に態度が良く、クレマンティーヌがしばしば見習ったらどうか、とレイナースに言われる程だ。
とはいえ、聖王国の3人は拷問はされていない。
メリエル様のペットを傷つけるわけにはいかない、とデミウルゴスが手を回した結果、脳に直接ニューロニストが卵を植え付けて、孵化した子供が寄生し、支配しているのだ。
勿論、3人にとっては寄生され、支配されているという感覚はない。
ただメリエルに心から服従し、仕えることが当然だと思っている。
例えばメリエルが死ねと言えば喜んで死ぬというのもまたレメディオス達にとっては常識だ。
もっとも、良い方向に転んだものもある。
それはレメディオスであり、カルカやケラルトからすると信じられないくらいに賢く、礼儀正しくなったとのことだ。
「まあ、可哀想。ですが、あれもメリエル様のペットとなるための試練ですのね」
レイナースの言葉にヒルマはラキュース達に行われていることに大いに溜飲を下げる。
これまでのことから、ヒルマとしては、仇敵と言っても過言ではない蒼の薔薇。
しかし、その蒼の薔薇のメンバーは女としての尊厳を踏み躙られている。
強姦はしないだろう、とメリエルは言っていたが、ヒルマからすればそれと同じくらいにやられたら嫌なことだった。
「うわ、えぐい。あれは私も嫌だわ」
クレマンティーヌはそう言いながら、けらけら笑っている。
自分がやられているわけではないので、見世物に過ぎないのだ。
ラキュース達は悪魔達に髪を無造作に引き抜かれていた。
引き抜かれる度に彼女達は絶叫しているが、民衆達はより熱狂しているようだ。
「流石はデミウルゴス。心の折り方をよく理解しているわね」
メリエルは素直に称賛して、告げる。
「たぶん、強姦以外の全部をやるつもりね」
メリエルはデミウルゴスから大雑把には聞いているものの、途中にどういうことをやるかは楽しみにしていてください、と彼が言うので詳しくは聞かなかった。
これは凄い見世物だ、とメリエルは呑気に構えていると、転移魔法で客がやってきた。
連れてきたシモベは一礼し、音もなく部屋から出ていった。
その客については既にクレマンティーヌ達もメリエルから来ることを教えられていたので、驚きはない。
メリエルはソファに座りながら、やってきた客に視線を向ける。
「遅かったわね、ラナー。あなたの大切な友人達がひどい目に遭っているわよ?」
「まあ、メリエル様。以前にも申し上げた通り、彼女達は社交辞令を真に受けただけですよ」
ラナーはそう言いながら、メリエルの隣に座った。
「可哀想ですが、彼女達のやったことを考えれば仕方ありませんね」
微笑みながら、ラナーはそう告げた。
「ええ、そうね。とはいえ、私は心優しいので、そんな彼女達を迎え入れたいと思うの」
「人類の裏切り者を?」
「可哀想に。ヤルダバオトに濡れ衣を着せられてしまったわ。私が晴らしてあげないと」
「晴らしても、きっと、彼女達の心は不信でいっぱいですね。助けてくれた、あなた以外は信じられないでしょう」
「彼女達はこれから私だけを見れば良くなるのよ。ねぇ、ラナー。協力してくれないかしら?」
「ええ、勿論ですよ。畏れ多いですけど、メリエル様のことは気が合う御方だと思っておりますので」
「それは社交辞令かしら?」
メリエルの問いにラナーはくすり、と笑って答える。
「本心ですよ。あなたはクライムに色目も使いませんし、クライムとのアレコレをおそらく、世界で一番応援してくれそうですので」
「あら、嬉しいわ」
一際、大きな絶叫が聞こえてきた。
中々凄惨な光景になっていたが、民衆達は人類の裏切り者を苦しませろ、というように興奮している。
「一種の見世物なのよね、こういうのって」
「そういう側面もありますね。娯楽が少ないですから」
ラナーの言葉にメリエルは同意しながら、歴史書で見た魔女裁判そのものだ、という感想を抱く。
「最後はどういう?」
「手足落として、串刺しで火炙り、その後にほどほどに死なない程度に回復させて神殿へ引き渡し。そこで王都の皆さんに罵声とか色々を浴びせてもらうって予定。そのために耳はそれなりに回復させる予定よ」
「それは大変そうですね」
ラナーはころころと笑う。
「具体的な日にちは未定だけど、迎えに行く予定なので、それまでラナーの方でもなるべく多くの貴族や国民に広めてくれないかしら?」
「ええ、構いませんよ。アインドラ家に敵対的な方々を中心に話をしておきますね」
メリエル達はそんなことを話し合いながら、デミウルゴスによる見世物をゆっくりと鑑賞する。
死なないように細心の注意を払いながら、強姦以外の、およそ考えられる全ての拷問が披露されるが、民衆達は気分を害するどころか、ますます高揚し、もっとやれ、という声が広場中に響き渡る。
そういや、カルマ値を変動させるアイテムの実験もするってデミウルゴスが言ってたけど、いつやるんだろうか、とメリエルは思ったが、彼ならうまくやるだろう、と思い、