彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「のどかなものだな」
ガガーランはそう告げた。
事実彼女の言う通りにのどかだった。
周囲はモンスターの影すらなく、ピクニックにでも来たような感じだった。
アゼルリシア山脈の中にドワーフの国があるというメリエルの言に従い、蒼の薔薇とメリエル一行は山脈に向けて、道を歩いていた。
馬車ではないのは単純に、険しい山を登る必要があるからであり、依頼人のメリエルもそこは承知していた為、文句は出なかった。
「……ねぇ、あなたって帝国の……」
そんな中、ラキュースは意を決したようにメリエルの傍にいるレイナースに声を掛けた。
集合場所で合流してから、ずーっと気になっていたのだ。
「四騎士の重爆」
「なぜメリエルに?」
ラキュースが言うよりも早く、待ってましたとばかりに双子がそう問いかけた。
「メリエル様には返しきれない程、多大な恩があるからですわ」
そう優雅に微笑む。
「単純よねー」
けらけら笑うクレマンティーヌにレイナースは「どうとでも言いなさい」と返す。
「ところでお前は元漆黒聖典なのか?」
そんなクレマンティーヌにはイビルアイが便乗して問いかけた。
「そうだよー? 元漆黒聖典第九席次」
「何でメリエルに?」
「メリエル様に傍にいろって言われたから」
答えになっているようでなっていない返事にイビルアイは溜息を吐いた。
経験上、こういう輩は絶対に本当のことを言わないのだ。
「レズか。メリエル、この旅が終わったらヤろう」
「いいわよ」
ティアとメリエルのやり取りにラキュースは何も言わない。
個人的なやり取りなので、そこまでは立ち入らないのだ。
というか、あの依頼をしにきた日の夜にヤッてなかったのか、とラキュースとしてはそこに驚くばかりだ。
「つーか、メリエル。ドワーフの国で良い武器とか防具があったら、経費で買ってくれないか?」
「そのくらいならいいわよ。何なら、オーダーメイドしても」
ガガーランはメリエルの返事に笑みを浮かべる。
「太っ腹な依頼主は大好きだ。だが、あいにくとレズじゃないからな。働きで返すぜ」
そう言いながら、
「それは良かったわ。もし身体で返すとか言われたら、ティアに暗殺を依頼していた」
「メリエルの依頼なら特別に一晩の付き合いで承る」
「おいおい洒落にならねぇぞ」
ガガーランの言葉にメリエルは笑いながら、もうそろそろだろうか、と考える。
襲撃タイミングはデミウルゴスに一任されている。
結局、彼の配下の悪魔は温存するという方向に落ち着いて、参加兵力はデミウルゴスとアルベドとデスナイト2体だ。
メリエルがそんなことを思っていたときだった。
ガガーランが何気なく前方を見る。
すると、彼女は一転して真剣な顔となり、その得物に手をかける。
その様子に他の面々もまた前方へと視線を向けると、少し先に人が立っていた。
全身を青い鎧で包み、その手にはその人物の背丈と同等の巨大な剣を持っている。
「なあ、メリエル。お前の護衛は3人目がいたのか?」
「いいえ、いないわ」
メリエルの言葉にガガーランは得物を構え、ラキュースらもそれぞれ戦闘体勢を取る。
タイミング的にはそろそろの筈だ、とメリエルが思ったとき、左右から咆哮が聞こえた。
一行の左右の地面が弾け飛び、何かが飛び出してきた。
巨体の戦士、それもアンデッドであった。
「デスナイトだ!」
イビルアイが即座にそう伝えるのと同じくらいの速さで左へクレマンティーヌ、右へレイナースが跳んでいった。
「こっちは任せてー」
「ちょうど良い相手ですわ」
そんな呑気な声を出しながら。
「向こうは任せておきましょう。どうやら撤退を許してくれそうにないわ」
ラキュースは目の前に佇む戦士がデスナイトが現れたと同時に、その巨大な剣を構えたのを見て取ったのだ。
「メリエルはイビルアイと共に援護を。他はいつも通りに。ただし、格上の可能性が高いわ」
ラキュースがそう言った直後、鎧の戦士の後ろ、何もない空間に唐突にその輩は現れた。
奇怪なマスクを被り、
しかし、その男が人ではない明確な証拠がその尻尾と背中に生えたコウモリのような翼。
「初めまして、蒼の薔薇の諸君」
そう告げて、大げさにお辞儀をした。
「俺達が狙いか?」
「そうですとも。ああ、申し遅れました。私はヤルダバオトという、しがない悪魔です。以後、お見知りおきを」
「随分と丁寧なやつだな……」
ガガーランは口では呆れているが、気は一切緩めていない。
むしろ、警戒のレベルを最大に引き上げる。
「さて、今、告げた通りに蒼の薔薇にはここで消えてもらいます。とはいえ、私が自ら手を出しては一瞬で終わってしまいます。それではつまらないと思いまして」
故に、とヤルダバオトが告げると全身鎧の戦士が一歩、踏み出した。
「この戦士と戦ってもらいましょう。魔法や武技などは大いに使ってもらって構いません」
「それは有り難いわね」
ラキュースがヤルダバオトにそう返すと同時にガガーランとティアとティナが駆けた。
ラキュースが支援魔法を、イビルアイは攻撃魔法の詠唱を開始し――
「……え?」
思わず、ラキュースはそんな声を出した。
声こそ出なかったが、イビルアイも目を疑った。
一瞬だった。
ガガーランとティアとティナの首が一瞬にして飛び、同時にラキュースとイビルアイ、2人の前に悪魔戦士が現れたのだ。
「おやおや、これは予想したよりも弱かったようですね……いや本当に申し訳ない。その戦士……
顎に手をあてながら、ヤルダバオトはそう言い、少しの間をおいて告げる。
「ああ、ご安心ください。あくまで我々の目的は蒼の薔薇。無関係な者は襲いません……我々の邪魔さえしなければ、ですがね」
ヤルダバオトはそう言いながら、悪魔戦士に指示を出す。
「殺しなさい」
「
「
目前にまで迫った戦士にイビルアイの魔法とラキュースの技が炸裂する。
悔しさや悲しみなどは勿論ある。
しかし、戦うのは当然の選択だった。
だが、現実は非情だった。
「おや、何かしましたか?」
ヤルダバオトは首を傾げた。
イビルアイもラキュースも確実に目の前に佇む悪魔戦士に攻撃を命中させた。
しかし、そのレベル差や装備の差から悪魔戦士には何のダメージも与えられなかった。
「私の計画にはあなた方は邪魔なので、そろそろご退場願います。私も暇ではないので……とはいえ、あまりにもつまらなかったので、少し憂さ晴らしをさせてもらいます。ああ、そういえば念の為にと隠蔽するアイテムを装備していましたので、解除しておきますね」
ヤルダバオトがそう告げ、指輪を一つ外し、また悪魔戦士も同様に指輪を外して解除した。
イビルアイは絶望のあまり声にならない叫びを上げた。
あまりにも力の桁が違いすぎることを感じ取ってしまったのだ。
「そちらの方は理解して頂けたようで、何よりです。では少し痛めつけた後に殺させて頂きますので、ご了承ください」
すると、悪魔戦士が剣を振るった。
戦士が狙ったのはラキュースだった。
その顔を切り裂いてやろう、とそういう目論見だ。
ラキュースも、隣にいるイビルアイもその速度に対応する術は持たない。
しかし、悪魔戦士の目論見は外れることになった。
「黙って聞いていれば、好き勝手なことを言ってくれているじゃないの」
そんな言葉と共にラキュースの目の前で刃が別の剣に阻まれて止まった。
甲高い金属音が周囲に響き渡る。
ラキュースは思わずその横合いからの剣に目を見張る。
刀身はまるでガラスのように透き通っており、その中央部分には何か、文字のようなものが書かれている。
「メリエル……?」
イビルアイは思わず、名を呼んだ。
そんな彼女につられ、ラキュースもまた視線を横にいるメリエルへと向ける。
イビルアイとラキュースの視線を受けて、メリエルはにこりと微笑んでみせる。
「確か、実力に関して私は
そう言って、メリエルは悪魔戦士の剣を弾き飛ばした。
悪魔戦士は後ろに跳ぶことで衝撃を逃しながら、綺麗に着地する。
「安心して。もう大丈夫。私は世界を敵に回しても勝てるから」
絶対の自信を込めて告げられたその言葉にラキュースもイビルアイも嘘ではない、と判断する。
「……何者ですか? あなたのような輩は聞いていませんが」
「それは可哀想に。知らなければ幸せでいられたのにね」
そう言い、メリエルは剣を構えて告げる。
「私はメリエル。ヤルダバオト、気に入った。殺すのは最後にしてやる」
「自己紹介にもなっていませんよ。悪魔戦士!」
ヤルダバオトの呼びかけに戦士は行動でもって応える。
メリエルに向かって、駆けてその剣を向けた。
「……すごい」
ラキュースもイビルアイもその戦いに完全に魅了されていた。
あまりに速すぎて、その振るわれる剣を目で捉えることができないのだ。
何よりも恐ろしいのはメリエルが剣を振るいながら、恐ろしい速度で魔法を次々と唱えていること。
しかもそれが、洒落にならない程の威力であり、更に多種多様な属性であることだ。
「ねぇ、イビルアイ。あの飛び交っている魔法って……どの位階?」
少なくともラキュースが知り得るものではなかった為、隣にいるイビルアイに問いかける。
「最低でも第6位階以上。私の勘では第10位階……神代の御方だ。なぜ、そのような御方がこんなところで、我々に依頼なんぞしてくるのか、まったく分からないが……」
イビルアイとラキュースがそんな会話をしている最中、戦いはより熾烈なものになっていく。
「ええい、私も加わろう!」
ヤルダバオトはそう叫んで、横合いからメリエルを急襲する。
「殺すのは最後にすると言ったな、あれは嘘だ」
そんなことを言いながら、メリエルは笑みすら浮かべ、次々と魔法を唱えつつ、悪魔戦士とヤルダバオトの2体を敵に回して互角――否、圧倒しつつあった。
光が乱舞し、闇が迸る。
流星が落ちてきたと思えば隕石が降ってくる。
空間がねじ曲がって爆発を起こし、剣の一振りが大地の地割れを作る。
神話の戦いに、イビルアイとラキュースは目を離すことなく夢中だった。
だが、その戦いはやがて終焉を迎える。
「くそがぁ! この、この化け物めぇ!」
あちこちから血を流しながら、ヤルダバオトは翼をもがれ、大地で膝をつきながら叫んだ。
全身鎧の悪魔戦士は消し飛んだのか、影も形もない。
そのヤルダバオトへ、メリエルは微笑んで答える。
「ありがとう。最高の褒め言葉よ」
メリエルはそう言って、魔法を放った。
それは爆発を起こし、地面に大穴を穿った。
「あの、ありがとう、ございます」
ぎこちなくラキュースは礼を述べ、頭を下げた。
「神代の御方とお見受けいたしました。これまで数々の無礼を、どうかお許しください」
イビルアイもまた頭を下げた。
「何を改まって。それよりも礼を述べるのはまだ早いわ」
メリエルの言葉に2人は顔を上げる。
「第10位階の蘇生魔法、見せてあげる。皆には内緒よ?」
メリエルはそうやってウィンクしてみせた。
そのときだった。
『これで勝ったと思わないことですよ。しっかりとその名、その力、覚えました。次はこうはいかないでしょう』
どこからともなくヤルダバオトの声が響いてきた。
ラキュースは恐怖し、その体を震わせる。
イビルアイもまた仮面がある為、表情こそ見えなかったが、体が震えている。
メリエルは2人に大丈夫、と告げて、ヤルダバオトの声に答える。
「そちらこそ、これで終わったと思わないことよ。死はこれ以上、苦痛を与えられないという意味で安息となってしまう。殺してくださいと泣いて懇願するまで叩きのめしてやるわ」
『ふふふ、楽しみにしていますよ。計画はまだ始まったばかりですからね』
ヤルダバオトはそう言うと、周囲には静けさが戻った。
「とりあえず、蘇らせようか。あとクレマンティーヌとレイナースも回収しなきゃ。生きてるといいんだけど……」
「お疲れ様。中々、様になっていたわよ」
ナザリックに帰還したデミウルゴスを一足先に帰還していたアルベドが出迎えた。
「アルベド、あなたもお疲れ様です。メリエル様と刃を交え、どうでしたか?」
「くふ、くふふふふふ」
怪しい笑みをもって返された。
デミウルゴスはそれで全てを悟る。
「恥ずかしい話だけど、その、濡れてしまって……」
「私も非常に得難い経験ができました。私とあなた、2人がかりで圧倒されるとは……」
「ええ。メリエル様はスペックで技量を補うと聞いたことがあるけれど、我々からすればまさに技量すらも至高の域にあるわ」
「そもそもの比較相手がたっち・みー様ですからね。我々程度など、足元にも及びません」
デミウルゴスはそう言い、更に告げる。
「蒼の薔薇は予定通りに落ちたことでしょう。アルベド、あなたとしては少し複雑でしたか?」
「ラキュースとやらの顔を叩き切ってやろうと思ったけど、メリエル様に防がれてしまったわ。タイミング的にはメリエル様が正しいのだけど、女としては複雑ね。あの顔をぐちゃぐちゃにしてやりたかったのに」
「メリエル様はあくまでペットをお集めになられているだけです。そのご趣味を理解するのもまた、必要では?」
「くふふふ、ええ、そうね……それに、例の件に良い影響かもしれないわ」
アルベドの言葉にデミウルゴスは頷く。
「例の件、進捗はどうですか?」
「衝撃を受ける者は多いけれど、順調よ。まずはプレアデスの3人に先陣を切ってもらうわ」
「流石ですね。私の方では、御方に淫魔達の個体名をつけてもらおうかと……淫魔も数が多いですし、良い引き止め役になるでしょう」
デミウルゴスの言葉にアルベドは大きく頷く。
「それは良い提案だわ。シャルティアも後々、巻き込んだときにそれを提案してみましょう。
怪しく笑いながら、アルベドは去っていった。
残されたデミウルゴスは一人呟く。
「例の件はさておき、プランBも準備させておきましょうか……ニューロニストも暇を持て余しているところですし」
しかし、とデミウルゴスはメリエルのペットについて思考する。
彼の予想では娯楽という側面も勿論あるが、本当の目的は人類に対する融和をアピールすることにあるというものだ。
蒼の薔薇がアインズ・ウール・ゴウン魔導国についたというのは各国の首脳陣のみならず、冒険者達や庶民に至るまで大きな衝撃を与えることになる。
蒼の薔薇の知名度と築き上げた信用というのは絶大であり、蒼の薔薇が魔導国についたならば大丈夫だろう、という風に冒険者達や庶民に安心感を与えることになるだろう。
だが、デミウルゴスはメリエルの真の目的はそれでもない、と確信する。
「分断して統治せよ、ですか……当然ですが、良い言葉ですね」
デミウルゴスが見抜いたメリエルの真なる目的、それは蒼の薔薇を魔導国の尖兵として扱うことにある、というものだ。
何かあったら、全て蒼の薔薇に押し付けてしまえば良い。
同じ人間同士、醜く争っていれば良いのだ。
勿論、その為にはナザリック側も蒼の薔薇に友好的に接する必要があるとデミウルゴスは考える。
蒼の薔薇をナザリックと人類、その間で板挟みに陥らせてしまえば良い。
「……もしや、モモンガ様もメリエル様も、最初からこれが狙いで……?」
デミウルゴスは全てが2人の手のひらの上である、と直感し、畏れのあまりに身震いし、ますます畏敬の念を強めたのだった。