彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「……法国が可哀想すぎる」
モモンガは片手で顔を押さえて、ため息混じりにそんな言葉が口から出てきた。
メリエルと共に法国を訪れたのがつい昨日のこと。
メリエルが先行してから、1週間が経っていた。
法国にとっては非常に不幸なことに、モモンガもメリエルも六大神の名前を聞いてもまったく知らない連中だった。
廃人連中とメリエルは、なんだかんだで、よくつるんでいたので、そういったトッププレーヤー達に関してはよく知っている。
そのメリエルが知らないとなればユグドラシルで上から数えた方が早いような、廃人ではないという可能性は高い。
モモンガも主にスルシャーナとかいう六大神の一人について聞かれたが、さっぱり知らなかった。
ともあれ、モモンガは法国で大歓迎を受けた後、首脳陣との会談にて条約の締結を済ませた。
彼が予想した通り、デミウルゴスもアルベドも法国の提案を承諾したほうが良いとのことだ。
ただ2人に加え、メリエルから修正案を提案され――それを見たモモンガはあまりのえげつなさに精神沈静化が数回発生した――それを法国側に提案したところ、彼らはあっさりとそれを呑んだ。
人類の守護と存続をナザリック側が手段・方法その他一切を問わずに請け負う代わりに、法国における六大神が遺した装備やアイテム類を全て譲渡すること、法国が持つ情報を全て開示すること、番外席次を渡すことなどなど、従属どころか隷属に等しいものだ。
モモンガが修正案である文書を提示している後ろで、メリエルが鞘に入れたままのレーヴァテインをぶんぶんと素振りしていたような気がするが、きっと気のせいだろうと彼は思いたかった。
ともあれ、その提案自体は理不尽過ぎる要求であったが、ナザリック側に立てばある意味当然ともいえるものでもあった。
得体の知れないワールドアイテムが遺されている可能性も否定できず、また番外席次を抑えておけば法国が裏切る可能性も排除できる。
とはいえ、法国側にはある程度の余地が残されている。
例えば法国はエルフの王国と実質的な戦争状態にある。
ナザリック側に従属することで、ナザリック側は法国を守る為に、その戦争に参戦しなければならなくなってしまう。
しかし、そこで法国がエルフの王国との戦争の為に番外席次を一時的に貸して欲しいとナザリックに対して要請することは可能なのだ。
もっとも、法国側が番外席次を要請するよりも早く、もっとヤバイのがウキウキしながら、エルフの王国があるエイヴァ―シャー大森林に向かってしまった。
これから毎日、エルフの森を焼こうぜとか何とか出発するときにモモンガに言い残していったので、不安しかない。
お供にクレマンティーヌとレイナース、そして見物としてヒルマがついていったが、3人が止められるわけもない。
「ま、まあ、聞くところによると、エルフの王は変態だっていうから、セーフ……なのか?」
むしろ、なんか予想の斜め上のことを仕出かしそうな予感がしてならないモモンガだった。
「うーん、なるほど」
ウキウキ気分でやってきていたメリエルは現場の状況を見て、理解した。
エイヴァーシャー大森林というくらいなので、森であるのは当然なのだが、かなり視界が悪いのだ。
成人男性の背丈程もある名も知らぬ植物やら成人男性が数人、輪を組んでようやく内側に収まる程度の大木やらそんなものがたくさんだった。
「メリエル様、どうされますか?」
お手並拝見と言いたげな表情で問いかけるレイナース。
クレマンティーヌはなんとなくメリエルが何をするか理解できるが為、何も言わない。
彼女ら以外にも法国の通常部隊や最近派遣されたばかりの火滅聖典の隊員達もいるが、彼らもメリエルが何をするのか、興味津々だった。
「幾つか選択肢があるわ。根こそぎ吹き飛ばすか、それとも物量で押し潰すか、私が歩いていくか」
レイナースは目をぱちくりとさせた。
言っている意味が理解できないのだ。
ナザリック内で数々の規格外なモンスター達を見てきたが、メリエルが戦うところを見るのは今回が初めてということもあり、そうなるのも仕方がない。
「法国としてはどれがいい?」
わぉ、とクレマンティーヌは驚きの声を上げた。
あのメリエルが他人に、それもナザリック以外の輩に意見を求めたのだ。
「……我々としましては、なるべく自然環境に傷をつけたくはないので」
法国側の指揮官はそう答えた。
彼は何となくだが、メリエルがもたらす根こそぎ吹き飛ばすという意味合いが理解できたのだろう。
文字通り、エイヴァーシャー大森林が根こそぎ全部消し飛ぶとそう彼は考えたのだ。
「メリエル様、あなたの軍勢を私は見たいわ。伝え聞くところによると、かなり壮観だとか」
ヒルマの言葉にメリエルはとても機嫌良さそうに笑みを浮かべるが、すぐにしょんぼりと肩を落とす。
「実は平原とか草原だといいんだけど、森だとちょっと……仕方ない、やっぱり吹き飛ばすか」
メリエルはそう言って、片腕を上げた。
すると、辺り一帯が暗くなった。
なんだ、とメリエル以外の面々が空を見上げたとき、それはあった。
「……嘘でしょう?」
レイナースは呆然とそれを見て呟いた。
空には巨大な物体があった。
よく見慣れたものであったが、あんなところにあるのは明らかにおかしいものだ。
「月落とし」
そう言いながら、メリエルは上げた腕を勢いよく振り降ろした。
上空にあった物体――月はその腕に引っ張られるように、みるみると地上へと落ちていき――
やがて大地を揺るがす轟音と振動、ついで天空高く登る土煙。
振動は立っていられない程に激しく、メリエル以外の全員が転倒し、鳥や動物、果てはモンスターまでもが鳴き声を上げながら、あちらこちらへと逃げていった。
かなり遠くを狙った月落としはそれなりの破壊を森にもたらしたようだ。
とはいえ、メリエルが予想した破壊面積よりもかなり狭い。
爆発物などではないので、それも当然だった。
また落ちてきた高度も低かった為、運動エネルギー的にもそれほどではなく、単純に大質量でもって押し潰したという程度に過ぎない。
「やっぱり焼かないと駄目か。エルフの森は焼かれる運命にあるのね……」
メリエルが再度、片腕を上げた。
今度は目も開けていられない程に眩いものが上空に現れた。
同時に周囲の温度が急上昇し始める。
何が出たか、誰も彼もが理解した。
太陽を落とす気だ――!
「今度はちゃんと爆発するから、大丈夫。全部吹き飛ばさないから平気」
「ぜ、全然大丈夫でも平気でもないですわ!」
レイナースは渾身のツッコミを入れた。
しかし、メリエルはその程度では止まらない。
「うふふふ、エルフの森、一度、焼いてみたかったのよね。安心して、人類の守護と存続の為だから」
あわやエルフの森はメリエルにより焼かれるか、そのときだった。
「お、お待ち下さい!」
そんな叫び声と共に、転がるようにメリエルの前に現れた何人ものエルフ達。
メリエルは首を傾げながら、とりあえず太陽を消した。
一瞬にしてメリエルが出した太陽は消え去った。
メリエルの月も太陽も異界から召喚する、という設定であるので、現実世界の月や太陽に影響 はなかったりする。
他にも色々と現実的な諸問題は全部クリアされている――例えば現実で太陽が近づいてきたら惑星そのものが温度に耐えきれず蒸発する――というご都合主義の塊のような便利な魔法なのだ。
そんな太陽落としであったが、ペロロンチーノがこの魔法に惚れ込んで、どうにか再現しようと苦心惨憺していたことが、ふとメリエルの脳裏を過った。
「わ、私はエリシアと申します」
そう告げるエルフは年頃の女性だった。
しかし、その装いから、エルフ側の戦士であることが見て取れる。
「エルフ側のそれなりに地位のある者と想定して、話させていただくわ。さっさと無条件降伏しなさい。でなければ太陽が毎日20個ずつくらい、私の気が向いた時間に降り注ぐことになるわ」
比較的慣れているクレマンティーヌでもドン引きだ。
これほどに酷い脅迫もないだろう。
彼女がちらりと他の面々を見れば、ヒルマはなんとか笑みを保とうとしているが、引きつっており、レイナースは茫然自失としている。
法国の面々に至っては死人と見間違えるくらいには酷い有様だった。
「お、畏れ多くも、貴女様のお名前と目的をお聞かせ願えませんでしょうか?」
地面に頭をこすりつける勢いで平伏しながら、エリシアというエルフは震えながら問いかけてきた。
「私はメリエルよ。目的はエルフの王国の無条件降伏。何故かというと、今度、法国はうちの従属国となったので、宗主国としてケリをつけにきた。逆らわなければ悪いようにはしない」
「そ、その、メリエル様は我々をどのように……?」
どのように、という問いかけにメリエルは胸を張って答える。
「無条件降伏といったけど、あなた達のお願いを聞かないとは言っていないわ。とりあえず征服だけさせてくれれば、今の状況を全部なんとかしてあげる。正直、そっちの王より私の方が強いと思うから」
そう言いながら、にっこりと笑みを浮かべるメリエルにエリシアは震え上がった。
「ご、ご案内しますので、どうか、どうか、その御力を振るわないよう……」
「分かったわ」
メリエルは鷹揚に頷いて、法国の指揮官に視線を向けて、告げる。
「私がここに来て10分くらいで戦争終わったわ。戦争っていうのはスマートにやるものよ」
「そ、そうですな。まことに、メリエル様の仰る通り」
震えながら、無理矢理に笑おうとして失敗し、引きつった顔になる指揮官だった。
エリシアらの案内でメリエル一行は法国の部隊も引き連れて、エルフの王都へとやってきた。
てっきり木々の上に家を築いているかとメリエルは思っていたが、そんなことはなく、森林の一部を切り開いて、そこに住居や宮殿があった。
リ・エスティーゼ王国の王都ほどではないが、それなりに商店などもあり、戦争中ではあったが、そこそこ賑わっている。
王への謁見はメリエルのみが許された為にクレマンティーヌらは法国の部隊と共に宮殿近くで待機することとなった。
彼らの周囲を一応、エルフの戦士やら魔法詠唱者やらが取り囲むが、彼らとて自分たちがどれほど意味のないことをやっているか、理解はできていた。
メリエルが攻撃行動に入った瞬間に包囲している者達は一瞬で消し飛ばされるのだ。
とはいえ、何もやらないよりはマシと自分たちに言い聞かせて、職務を遂行していた。
メリエルが謁見の間に通されると、玉座に座ったエルフの王は彼女を一瞥して、告げた。
「ほう、女か。エルフではないが、孕ませてやろう」
普通ならば不快に思うところだが、あいにくとメリエルは普通ではない。
逆にメリエルはエルフの王を観察する。
不細工とは程遠い、美しい顔立ちの男だ。
「良い提案を持ってきたわ」
メリエルはそう言いながら、絶望のオーラを少しだけ解放する。
一瞬にして、エルフの王や護衛の兵士達は恐怖に震え、蹲る。
「あなたは女を孕ませて、強い子を欲しているようだけど、逆に考えればいいわ。孕ませながら、孕めばいい、と」
「く、くるなっ」
メリエルはそう言いながら、近づくと、エルフの王は玉座にしがみつきながら、情けない姿を晒す。
「力の差は理解できるでしょう? 私がその気になれば、あなたは疎か、この国がこの世から消し飛ぶわ」
恐怖に泣きながら震えているエルフの王、その間近でメリエルはそう告げる。
「まあ、答えを聞くとは言っていないから、強制的にさせてもらうのだけどね」
メリエルはにっこりと笑いながら、流れ星の指輪《シューティングスター》をはめた。
彼女の周囲に青い魔法陣が展開される。
「このエルフを生殖可能な両性具有とし、絶世の美女に変えよ。ウィッシュ・アポン・ア・スター」
エルフの王が眩い光に包まれ――その光は唐突に消失した。
玉座にいたのはメリエルに勝るとも劣らない美貌を誇るエルフの女性だった。
魔法は間違いなく成功しているので、見た目は女性だが、両性具有であるとメリエルは確信する。
「さて、先達として、両性具有について、色々教えてあげるわ。そう、色々とね」
メリエルは怪しく笑いながら、彼女を抱きかかえた。
その腕の中で、彼女は全く状況に追いついていけていない様子だったが、メリエルはそんなことお構いなしだった。