彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
コツコツと規則正しい足音が響く。
シャンデリアの光に照らされて、その赤髪がよく映える。
美しいが、しかし気の強そうな印象を与える顔立ちの彼女は仕立ての良い、白いレディーススーツを身にまとって、広い廊下を黙々と歩いていた。
さながら会社の役員とでもいった方がしっくりくるが、あいにくとここはオフィスビルなどではない。
ナザリック地下大墳墓第9階層「ロイヤルスイート」
ナザリックのシモベであっても、限られた者しか立ち入ることができない場所であったが、彼女にとっては慣れた場所だった。
やがて彼女はある部屋の前で止まった。
部屋の前で待機している一般メイド達が彼女の顔を見て、すかさずに頭を下げてくる。
「メリエル様にご報告に来たわ」
そう彼女が伝えればメイドが扉を少し開け、中にいるメイドに伝える。
中で待機しているメイドがメリエルに伝えるようになっている。
とても非効率的なように見えるが、これが暇を持て余しているメイド達になんとか役目をもたせた結果だと女性は聞いていた。
それから数秒の間をおいて、扉がゆっくりと開かれる。
彼女は躊躇なく、足を踏み入れた。
いくつかの部屋を通り過ぎて、ようやく目的の部屋へと到着する。
そして、そこには彼女の主が待っていた。
「やぁ、待っていたわ」
メリエルはソファに座り、その横にはヒルマが座っていた。
また、ソファの背後にはクレマンティーヌが控えている。
「シンシア、成果はどうかしら?」
メリエルの問いに赤髪の女性――シンシアは軽く頷き、両腕を組む。
「7つの商会は半月以内に各地に設立できます」
「それは重畳。ヒルマ、八本指は?」
問いかけにヒルマは怪しく微笑む。
「私がメリエル様と一緒にいることが相当、気に食わないみたいで会議に出るように、と催促されているわ。まだ直接的には手出しされていないけど。手を出したら、メリエル様に報復されるかもっていうのが怖いみたい」
「八本指は我々が美味しく頂く。シンシア、近いうちに連中を従属させるから、うまく扱いなさい」
シンシアが頷くのを見て、そうだ、とメリエルはあることを思いつく。
「どうせなら性能試験といきましょうか。六腕とやらはそれなりに強いときく。そこらのモンスターを相手にするのも、飽きた頃合いでしょうし」
「メリエル様、六腕には踊り子がいるわ。どうかしら?」
ヒルマの問いにメリエルは即決する。
「それ、ほしいわね。ウチには踊り子はいなかったし……やはり、私が出るか。シンシア、そういうわけでもうしばらく出番はないと伝えておいて頂戴。ところで、同時にアレはいけるかしら?」
ちらりとメリエルがヒルマへと視線をやると、彼女はゆっくりと口を開く。
「やろうと思えば2週間以内にパーティーを開けるわ。お姫様にもその旨は伝えてあるから」
「なるほどね。実行に移せば、1ヶ月くらいで王国は残念ながら無くなっているでしょう」
あらやだ、下手をすれば帝国の侵攻前に、既に王国亡くなってるかも、とメリエルは気がついた。
侵攻のスケジュールによれば一応、帝国の侵攻は王国の収穫時期のあたりに行われるらしいが、王国が残っているかは微妙なところだ。
ともあれ、帝国の連中に自分の兵隊を見せびらかしたいメリエルとしては王国陥落のスケジュールを少し遅らせてもいいか、とは思っている。
多少延びたところで、結果に違いはないからだ。
王都強襲やら何やらとメリエルはアレコレと作戦を準備していた。
「クレマンティーヌ、レイナースは?」
「彼女なら、ちょっと体を動かしてくるって言ってたよ。デスナイトあたりとやってるんじゃないの? アレも真面目ねぇ」
「少なくとも、あなたよりは真面目ね」
メリエルの言葉にクレマンティーヌは頬を膨らませてみせる。
「シンシア、そんなわけで準備を進めて頂戴」
「畏まりました」
シンシアが退室し、メリエルはクレマンティーヌをちょいちょいと手招きし、何かと思って背後から前にやってきて、屈んだ彼女。
メリエルはそのままその豊満な胸に顔を抱き寄せた。
横に座るヒルマはすかさず、メリエルに抱きついた。
メリエルはクレマンティーヌの頭を撫でながら、ヒルマに問いかける。
「どうかしら? 私のやり方」
「反則」
返ってきた一言にメリエルは満足げに笑みを浮かべる。
「人手が足りないなら、人をつくればいい。それも優秀なものを……ってそれ、誰も勝てるわけがないじゃない」
ヒルマは反則もいいところだ、と溜息混じりに再度そう告げた。
帝国、法国との会談後、メリエルはレイナースを迎え、その後にヒルマをナザリックに迎え入れた。
初めて見るナザリックのロイヤルスイートにレイナースもヒルマも呆然としていたのも良い思い出だ。
それ以降のメリエルは毎日毎日ホムンクルスを作る日々だった。
頭脳労働者としてのホムンクルス、戦闘用のホムンクルスをメリエルは趣味と実益を兼ねて作りに作ったのだ。
商会設立はデミウルゴスに任せた、とはいうものの、彼はあまりにも優秀であった為にあちこちで引っ張りだこだ。
故に、設立後の運営やその発展に関してまで任せるのは問題があるとメリエルは考えた。
無論、デミウルゴス本人は喜んでやるだろうが、それでも彼の頭脳を使いたい局面はいくらでも出てくるのは言うまでもない為、結局、新しくホムンクルスを作ることになった。
メリエルが作るホムンクルスは作成時に設定したフレーバーテキストの通りの性能になった為、とても満足できるものだった。
「正確にはホムンクルスだけどね。まあ、私やモモンガとか守護者からすれば弱い」
「でもさー、さっきのシンシアも、私やレイナースから逃げられる程度には強いんでしょ? 商人の癖に」
「最低限の自衛よ、自衛」
「自衛で英雄の領域に到達しないでほしいんですけどー?」
クレマンティーヌはそう言いながら、メリエルの胸の柔らかさを堪能する。
「それで、戦闘用のホムンクルスは私を軽く捻り潰せる強さって、ちょっと色々と悲しいんですけどー」
クレマンティーヌは戦闘用のホムンクルス達と何度も戦ったことがある。
メリエル曰く、経験を積まさせる為に。
クレマンティーヌの印象としては全員容姿端麗で、性格はかなりマトモなほうだ。
一部トチ狂っているのもいるが、それでも単に目的の為に冷酷であるといったもの。
性格のぶっ飛び具合ならクレマンティーヌの圧勝だが、本人からすれば何にも嬉しくない。
「一応、今のあなたは難度でいうと以前よりも高くなってるわよ? 初めて会ったときと比べて、おおよそ20くらいは難度が高くなってる。強くなってるわよ」
「え、ほんと?」
クレマンティーヌは顔を上げた。
メリエルは真面目な顔で頷いて肯定すると、クレマンティーヌは華の咲いたような、満面の笑みを見せてくれた。
ヒルマもこれには驚いたようで、すごいじゃないの、と純粋に褒めた。
クレマンティーヌからすればヒルマはどうでも良かったが、メリエルからそう言われたのは純粋に嬉しかった。
それと同時に、かつてないほどに感情が昂ぶり始める。
クレマンティーヌが真正面から自分の実力を褒められるのは生まれて初めてのことだった。
しかも、褒めた相手が掛け値なしに世界最強の輩である。
これで彼女が興奮しないほうがおかしかった。
「今ならどんなことでもできそう。ちょっとなんか殺したい」
「レイナースあたりと戦ってきたら良いと思うわ」
「そうする。じゃあメリエル様、まったね~」
がばっとメリエルの胸から顔を離すと、一目散に駆けていった。
「彼女も単純ね。この前、薬をもらったときと同じような反応だったわ」
ヒルマは呆れたように言った。
ヒルマに渡していた不老不死の薬をメリエルはクレマンティーヌにもやや遅れて渡していた。
若返り薬は今の肉体が良いとクレマンティーヌが言った為に渡していない。
これで永遠に殺しができるとクレマンティーヌは大喜びしたことはメリエルの記憶に鮮明に残っている。
「らしいといえばらしいけどね。ああ、そうだ、折角だから、件のお姫様にはあらかじめ、会っておこう。デミウルゴスあたりに言えば、うまく段取りを整えてくれるでしょう」
これから楽しくなりそう、とメリエルはとても機嫌が良く、デミウルゴスにメッセージを使うのだった。