彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話   作:やがみ0821

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法国中枢殴り込み作戦あるいは番外席次取り込み作戦

 

 それは突然のことだった。

 

 月に1度の最高神官長以下、法国の首脳部が集まる定例会議。

 警備が厳重な、もっとも奥まった会議室であるにも関わらず、彼らが会議室の扉を開けると、そこにはメリエルが座っていた。

 

 ただちに番外席次も含めた全ての漆黒聖典が召集され、彼らが装備を万全に整え、会議室に到着した時間はメリエル発見から僅か5分のことだ。

 

 彼らの即応体制にメリエルは拍手を送った。

 

 

「定例会議の最中に奇襲攻撃ですか?」

 

 隊長の問いにメリエルは軽く溜息を吐く。

 

「私がわざわざここまで来て、直接対峙する必要はないって知ってるでしょう? その気になれば、この星の反対側から大陸ごと法国を消し飛ばせるわよ」

 

 隊長は押し黙るしかない。

 事実だからだ。

 それほどまでにメリエルの一撃は桁違いだった。

 

「……脅威を感じない……?」

 

 そんな呟きが聞こえてきた。

 メリエルが視線を向けると、そこには妙ちくりんな格好の女性が不思議そうな顔をしている。

 おそらくはクレマンティーヌの情報にあった占星千里とやらだろう。

 探知に特化しているのに、ここまで出てきたということはおそらく、自分の実力を測る為では、とメリエルは予想する。

 たとえ圧倒的な差があろうとも、具体的にその差がどれだけなのか、と知ろうとする法国の努力には素直にメリエルも称賛を送りたいところだ。

 

 

 だが、さすがにその服装はないだろう、とメリエルは思い、隊長へと視線を向けると、彼は首を左右に振った。

 

 どうやら諦めているらしい。

 

 メリエルはちょっとだけ彼に同情した。

 

 占星千里は占い師のような格好ではあるが、どうにもシャキッとしたものではなく、なんともだらしのない服装だった。

 

「とりあえず、靴下をちゃんと履いてほしい」

「めんどうくさい」

 

 その返事にメリエルは溜息を吐きながら、手にはめた指輪を一つ、外そうとしたが、そこで止めた。

 

 たぶん外した瞬間に発狂して面白いことになるだろうし、見てみたいけど、それよりももっと楽しいことをやりたい――

 

 メリエルはこっちに熱烈な視線を送ってきている輩に視線を合わせながら告げる。

 

「今度、国を作るから、それに関してアレコレの交渉よ。まあ、それもついでで、一番の目的は……」

 

 メリエルの視線は番外席次に固定されている。

 

「番外席次で合ってるわね? 初めまして、私はメリエル。あなたは私が真面目に戦うに値する輩ね」

「ええ、初めまして。それはこっちも同じ」

「まどろっこしいことはなし、早く戦争をしましょう。三千世界の鴉を殺し尽くすような、とても楽しい心躍る戦争を」

 

 メリエルは唱え、周囲は一変する。

 会議室から、草原へ。

 取り込む対象は無論、番外席次ただ一人。

 

「……これがあなたの特殊能力の一つ?」

 

 周囲を見回しながら、番外席次は問いかけた。

 まったく動じていないことにメリエルはますます興味を惹かれる。

 

「ええ、そうよ。そして、唯一、私が全力を出せる場所でもある。ああ、ごめんなさい、あなたは万全の装備ではなかったかしら?」

「問題ない。これが私の万全だから」

 

 そう言って、十字槍に似た戦鎌を掲げる番外席次。

 

 メリエルはその言葉に満足げに頷き、一瞬にしてその装備を万全なものへと整える。

 上から下まで神器級、ワールドアイテムは勿論2個を装備した状態だ。

 

 

「さて、番外席次……呼びにくいわね。なんか名前とかないの?」

「私に勝ったら、教えてあげるわ。ふふ、法国で知ってるのなんて、数えられるくらいにしかいないわ。母が教えた連中しか」

 

 メリエルは笑みを深める。

 そして、先程は外さなかった指輪を一つ、外す。

 それは自らの実力を隠蔽する効果のあるものだ。

 

 外した瞬間、メリエルの存在感は急激に膨れ上がる。

 

 番外席次は、とても嬉しそうに、そして、愛おしそうに笑みを浮かべる。

 

「それが本来の実力? こんなに凄いのは初めて」

「近いところかしらね。ところで、私について、あなた達は資料とかは持っているの?」

「六大神が残したものがあるわ。混沌の天使だっけ?」

「そう、それならもう隠す必要はないわね」

 

 メリエルは唱えて瞬時に種族を切り替え、そして絶望のオーラⅣを発動させつつ、その背中に混沌とした翼を顕現させる。

 

 番外席次は体を震わせた。

 心から、彼女は感じたのだ。

 それは彼女にとって、生まれて初めての経験だった。

 

「……なんて、恐ろしい……なんて、美しい……」

 

 震えながら、番外席次は呟いた。

 メリエルはその評価に、満足げに頷き、そして告げる。

 

「私が勝ったら、あなたを貰う。未来永劫、私の傍においてやるわ」

「楽しみだわ――!」

 

 瞬間、番外席次はメリエルに斬りかかった。

 この世界の基準からすればそれは有り得ない程に速い一撃。

 

 しかし、装備を整えたメリエルからすれば、飽きる程に見た単なる一撃だ。

 とはいえ、メリエルは決して油断はしない。

 

 タレント、武技、魔法。

 ユグドラシルにはないものもこの世界にはある。

 

 故に、彼女は自身をより向上させる。

 故に、長期戦は挑まず、短期決戦を挑む。

 

 番外席次の連撃を受けながら、メリエルは唱え始める。

 

「上位全能力強化《グレーターフルポテンシャル》、加速《ヘイスト》……」

 

 番外席次は詠唱を経るごとに、メリエルの振るう剣の威力・速度が急激に上がっていることに即座に気がついた。

 それこそありえない速度で、文字通りに1秒ごとに強くなるというシャレにならない状況だ。

 

 だからこそ、彼女はどうにもならなくなる前に、切り札を切ろうとしたが、しかし――

 

 既にそれは遅かった。

 同格との戦闘経験というものが、番外席次にはメリエルと比べて圧倒的に不足していた。

 

 メリエルの戦闘について、番外席次は唯一熱心に調べた。

 六大神がメリエルの討伐を考えていたという資料を発見したときは歓喜した。

 

 だが、単なる資料を読み込んだ程度でメリエルを倒せるならば、ユグドラシル時代にメリエル討伐専用のサイトが作られているわけがない。

 そして、そこまでしてもなお、PvPで勝つには他のレイドボスとソロで戦う方がマシと言われるくらいに困難を極めた。

 

 もはや番外席次はメリエルの剣速に目が追いつかず、ほぼ勘で振るうしかない状態だ。

 そして、そんな状態で勝てる程にメリエルは甘くはない。

 

 僅かな時間に数多に刃を重ね合わせた2人であったが、その差は歴然であった。

 

 これが最強か――!

 

 番外席次の脳裏にあるのはただその一言。

 

 恐るべき装備、恐るべき練度、恐るべき魔法。

 

 どれもこれもが全て自らを圧倒的に上回っている。

 人類最強などともてはやされて久しいが、そんな称号など、目の前の存在からすれば何の意味も持たない。

 メリエルが最後の呪文だか何かを呟き、振るわれた刃。

 

 番外席次は目を疑った。

 その一撃が見えたのは奇跡に等しい。

 

 振るわれている剣は1つである筈なのに、それは幾つもに分かれてまったく同時に彼女に襲いかかった。

 

 戦鎌を持った腕が、反対側の腕が、両足が、上半身と下半身が、同時に斬り裂かれた。

 

 一切の情けも容赦もなく、また油断もない。

 圧倒的に格上の癖に、格下相手にまったく油断もしていないその様に番外席次は笑うしかない。

 

 必然の結果だ。

 だが、悔しさというものはない。

 あるのはただ身を焦がすような、激しいもの。

 

 

「……負けた」

 

 口にして、番外席次は口から血を吐いた。

 その言葉を聞き、メリエルは即座に彼女に大治癒《ヒール》をはじめ、各種魔法とアイテムを使用した。

 

 

 

 

 

「……生まれて初めて負けた。メリエル、あなたは本当に強いのね」

 

 治療を終えたところで、番外席次は立ち上がって、メリエルに微笑みながら告げる。

 そして、一転し、妖艶な笑みを浮かべた。

 

「それじゃ、孕むから」

 

 メリエルは思わず、彼女の言葉に小首を傾げた。

 そんなメリエルに番外席次は再度告げる。

 

「あなたの子、私は頑張って孕むから。だから、子作りしよ?」

「待って待って待って。嬉しいけど、なんか待って」

「え? 女好きって聞いてたけど、私では不満?」

「いや、不満じゃないけど……なんで?」

「私は私より強い奴との子供が欲しい。その子供はどのくらい強いか……」

 

 さすがのメリエルもちょっと引いてしまった。

 あまりにも戦闘民族的な思考だった。

 

 

「ちょっと落ち着きなさいよ。とりあえず、あなたもウチに来るってことでいいかしら?」

「勿論よ。ふふ、あなたのいるところってきっと、強いのがゴロゴロいるんでしょうね」

 

 楽しそうに笑う番外席次に、メリエルは軽く溜息を吐く。

 どうにもこうにも、モモンガといい、目の前の番外といい、娯楽を知らなさすぎる、と。

 

「私が言うのもなんだけど、戦闘以外にも色々と楽しいことが溢れているわよ。たぶんだけど、あなた、きっと外を詳しく知らないのではなくて?」

「長いこと、宝物庫の管理人みたいなことをしてきたからね。暇だった」

「……それはお気の毒に」

 

 さすがにそれは気が滅入るだろう、とメリエルは同情した。

 

「まあ、過去はどうでもいい。今、私はあなたに会えた。期待していたよりも、もっと強かった」

 

 とても嬉しそうに番外は微笑む。

 

「実は私、負けたというか、引き分けたことがあってね」

「本当?」

 

 きらきらとした視線を向けてくる彼女に、メリエルは苦笑する。

 

「ええ、ちょっと世界を全部敵に回したんだけど、さすがに引き分けちゃった。最低でも六大神と同等か、それよりももっと上の連中数百人と、その数百人よりもヤバイ9人の戦士と戦ってね」

 

 普通ならドン引きする内容だ。

 だが、番外席次は普通ではない。

 

 彼女はうっとりとした顔になって、メリエルに抱きついてきた。

 

「もう、本当に強いんだから。早く子供を作ろう」

「まあ、待ちなさい。その前にやることがあるので……あとで名前、教えてね?」

「うん、わかった」

 

 返答を聞き、メリエルは戦域を解除する。

 すると、たちまち元の会議室へと2人は舞い戻った。

 

 油断なく、こっちに漆黒聖典達は得物を向けているが、そんなものは蟷螂の斧程度にしかならないことは誰よりも彼ら自身が承知している。

 

「さて、今さっき番外と戦った。結果は見れば分かると思うけど……」

 

 メリエルに抱きついて、頬ずりしている番外席次。

 彼女にメリエルが視線を向ければ、隊長達の方へ番外は視線だけを向けて告げる。

 

「全力を出して……いや、全力を出させてもらえなかった。負けちゃった。たぶん、全力出してても負けたと思う。地力が桁違いだし、装備も桁違い。あと戦闘経験もたぶん世界の誰よりも持ってるんじゃないかな」

 

 やはりか、という雰囲気が漆黒聖典の間に漂う。

 もとより、敵う存在ではなかったのだ。

 

「で、そっちのお偉いさんを出してもらえるかしら?」

 

 にこやかな笑みを浮かべてそう告げるメリエルを拒むことなど到底できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メリエルさん、やり過ぎ」

 

 モモンガは執務室でドン引きしていた。

 彼には報告書という形で上がってきたが、それらは全てメリエルがアルベドに筆記させたものだ。

 

 報告書を簡単に要約すれば、番外席次と交戦し勝利。

 スレイン法国の首脳陣との会談、スレイン法国側が従属を願い、代わりに人類の守護と存続をお願いされるとのことだ。

 その場で具体的な返答はせずに、メリエルは今回の法国に関する案件をナザリックに持ち帰ってきている。

 ついでに、ついてこようとした番外席次もまだちょっと早いとメリエルは法国に置いてきている。

 おかげで漆黒聖典の隊長の胃が荒れに荒れているが、些細なことだ。

 

 十中八九、法国の要求を受け入れる形になることだろう、とモモンガは予想する。

 無論、デミウルゴスやアルベドと協議をした後で決定するが、彼はそうなるだろうと思った。

 ナザリックにとって、メリットが大きいからだ。

 

 当のメリエルは報告書を出すなり、今度は帝国に行っている。

 言っていた通り、レイナースを連れてくる為に。

 

 

「さすがはメリエル様です。ただ最近、ペットが増えすぎている気もしますが……」

 

 アルベドは褒めながらも不満そうだ。

 モモンガとしてはさっさとアルベドがメリエルとくっついて自分の安寧を確保したいが為に、猛烈に後押しする。

 

「構わないだろう。それに、メリエルさんも思惑がある。現地の強者を味方につけることで、情報を得ると同時に対外的なアピールにもなる……敵を多く作る必要はない」

「それは確かに。さすがはモモンガ様です」

 

 きらきらした視線を感じるが、モモンガは鷹揚に頷いてさらに続ける。

 

「私が思うに、メリエルさんは確かにペットこそ多い。あの人の趣味もある。だが、それはあくまでペットであるだろう? 少なくとも恋人とかの、そういう関係として釣り合うものではないと思うぞ」

「く、くふー! 確かに、確かに仰る通りです! モモンガ様! ええ、そうですとも、あのようなメスブタ共はペットに過ぎませんとも!」

「う、うむ……」

 

 アルベドの勢いにモモンガは押され、タジタジになる。

 

「あ、そういえば何ですが、モモンガ様。好みの女性のタイプなど、ありますでしょうか?」

「……はい?」

 

 思わず、間の抜けた返事をしてしまうモモンガ。

 何故、唐突にその質問がでてきたのだ、と。

 

「ああ、いえ、以前、メリエル様がモモンガ様のお相手について、色々と仰られていまして」

「あー、うん、そうか……」

「僭越ながら、モモンガ様。好みの女性のタイプなどを仰られていただければ、世界中をくまなく探しますので……」

「……やっぱり、そういうのって必要なの?」

 

 モモンガの素が出てしまっているが、アルベドは気にせずに告げる。

 

「はい。とても、良いものですよ」

 

 万感の思いを込めて、そう言われてしまってはモモンガとしても無碍にはできない。

 何より、なんだかんだと問題を起こしながらも、モモンガのことを気遣ってくれているのがメリエルだ。

 

 彼女の提案により始まった娯楽、三食のご飯とおやつが最近、モモンガの楽しみだ。

 高級過ぎず、かといって粗末ではない、絶妙に庶民の口に合う料理が提供されている為だ。

 

 もし転移してしまったのが自分1人だったら、と考えるととてもではないが怖くてしょうがないのがモモンガの本音だ。

 

「わかった。考えておくとしよう」

 

 モモンガがそう答えると、アルベドは微笑んだ。

 

 


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