彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「で、どうしましょうか? 今後」
「元の世界に未練はないから、好きにやっていいんじゃないの?」
モモンガはメリエルの答えに困惑する。
確かにそうだが、いざどうしようか、というと特に目的がないのだ。
ここはモモンガの私室。
人払いは既に済んでおり、気兼ねなく色々と話せる空間だ。
その私室にて、メリエルはふかふかのソファに座り、無限の水差しでもって水を飲む。
普通に冷たくておいしい水だった。
アンデッドであるモモンガは飲むことはできないが、そんなことを気にするメリエルではない。
そして、モモンガもまたメリエルがそういった細かな配慮をするようなことを期待していない。
丁寧なときもあるが、基本的にはてきとーである、というのがメリエルのギルドでの評価だった。
「ナザリックの恒久的な平和……で、いいですかね?」
「いいんじゃない? もし万が一、敵対的な国とかそういうのがあっても、まあ、物量で何とかなる」
「……1500人侵攻の際は大変お世話になりました」
モモンガは思わず頭を下げてしまう。
かつてナザリックを襲った危機、1500人のプレーヤーによる侵攻。
アインズ・ウール・ゴウンの面々は8階層のヴィクティムで食い止める予定であったのだが……
「あれは襲ってきた側がさすがに可哀想になりました」
頭を上げて、モモンガは思い出す。
ナザリック地下大墳墓、侵攻側の目の前に出現した、幾万にも及ぶ大軍勢を。
結局、メリエルの独壇場で、彼女は撃退した後、余勢をかって幾つもの敵対ギルドに攻め入ったのだ。
どんなギルドであろうが、絶え間なく数万の軍勢を送り込まれ続ければ消耗し、押し潰される。
ナザリックですら、そんなことをされては到底に補給が追いつかないだろう。
そして、そんな常識外れのことをやってのけてしまったのがメリエルだった。
「ワールド・デストロイヤーって何なのかしらね。たかが、ギルド武器を10個くらい破壊した程度なのに」
「普通、そんなことしませんって。それって結局、職業なんですか?」
「一応職業っぽいけど、ワールド・デストロイヤーを含めて計算すると種族レベルと職業レベルの合計で100を超えちゃってるんだけど、ステータス表示上はレベルの合計値にカウントされていない」
「効果はステータス・耐性の大幅上昇をはじめとした幾つかの制限撤廃、ウロボロスと同じ効果って……ユグドラシル運営ってホント頭おかしいですね」
「うん、そう思う。まあ、ウロボロスを複数回使って、幾つかのお願いをしてあったから、あの戦法もできたんだけどね」
大軍勢を収納できる空間であったりとか、収納時はコストが掛からなかったりなどのそういうお願いだ。
「ところで、ナーベラルとソリュシャンを私付きのメイドとして良い? 前から気に入っていたのよ」
「構いませんよ」
モモンガがそう返答した直後、セバスからメッセージが入った。
彼によれば周囲には草原が広がっており、元々ナザリック周辺にあった沼地等は全く見当たらないとのこと。
「いよいよ、異世界の可能性が高くなりました」
モモンガの言葉にメリエルは僅かに頷く。
予想出来ていたことだ。
驚くことでもない。
「ところで、試しはどうされますか? 必要であるなら、適当なモンスターを作成しますが」
「それじゃ、お願い」
「じゃあ、六階層でお待ちしてますね。1時間後くらいにきてください。試した後はついでにシャルティアと戦えるように手配しておきますから」
メリエルは軽く頷いた。
モモンガとしてもこれは100%、善意から出た言葉であった。
しかし、2人は自分達が守護者達の間でどの程度のものか、まだ過小評価していたのだ。
「えー……なにこれー」
メリエルは思わずドン引きした。
六階層にある闘技場。
きっかり1時間後に彼女はそこへ現れたのだが、そこにいるのはナザリックの守護者全員に加え、数多のシモベ達が観客席にいた。
なぜかモモンガは貴賓席に座っている。
『ちょっとどういうこと!?』
『……何か、話が大きくなってしまって』
『えー……』
「メリエル様」
声を掛けられ、メリエルはそちらへと視線を向ける。
そこにはアルベドが優雅に佇んでいた。
「メリエル様の御力からすれば、鎧袖一触でしょうが、500体程のアンデッドを用意させていただきました。その後にはシャルティアも控えさせてありますので」
「……そういえば、私の戦闘を見たことがある守護者っているのかしら?」
「いいえ、それ故、ぜひとも矮小なる我々にその御力を披露していただきたく」
別にいいけども、とメリエルは返し、不敵な笑みを浮かべる。
「アルベド……よく眼を開いて、魂に刻みこみなさい。全てをねじ伏せる圧倒的な暴力をね」
うわー、メリエルさんドヤ顔で何か言ってる
メリエルの様子を遠目に見て、モモンガは思わず頭を抱えた。
近くにはアルベド、シャルティアを除いた守護者達が勢揃いしているが、そんなことを気にしている場合ではない。
だいたい、メリエルがドヤ顔で何かやるときは洒落にならないほどに大規模なことをやるのだ。
彼女の性格は派手好きであり、また驚かせるのが大好きだ。
てきとーな癖に、そういうところは手を抜かないのだ。
オーバーロードになったことで、人間のときよりも遥かに視覚等が上昇していたことが災いした。
まさしく、見たくなかったものだ。
「……もう知らん」
モモンガは見なかったことにした。
メリエルは場内へと入る。
超満員の観客達。目の前に広がるアンデッドの軍勢。
しかし、メリエルはとても冷静だった。
彼女のスキルとして、相手のレベルを把握できるものがあるからだ。
司会役のアルベドもまたメリエルに付き従うが、彼女は確かに聞いた。
「たったのレベル20か、ゴミめ」
アルベドの体を電流のような、ぞくぞくっとした快楽が走る。
メリエル様超カッコイイ私も罵って
そんなことを思いながら、アルベドは至極真面目な顔で告げる。
「これより至高の御方であるメリエル様の戦闘を行います」
宣言と共にメリエルはすっと前へ突き出した。
「ファイヤーボール」
小さな火の玉が一直線に先頭にいるアンデッド目掛けて飛んでいった。
アルベドは思わず首を傾げた。
なぜ、そのような低位魔法を?
しかし、次の瞬間、その疑問は完全に消え去った。
爆炎――やや遅れて轟音
アンデッドの半数くらいが炎の渦に包まれ、消滅していく。
メリエルはすかさずマジックアイテム「天空に響き渡る声」を使用し、観客達全員に告げる。
「今のは第10位階魔法でも、ましてや超位魔法でもない。ただのファイヤーボールだ」
ドヤ顔で告げるメリエルに誰も声を発せなかった。
その光景に気を良くし、メリエルは更に告げる。
「後学の為にお見せしよう。これが私のメギドフレイムだ」
第10位階魔法であり、ファイヤーボールの最上級技にあたるメギドフレイム。
Mp消費と威力が程よいバランスであり、狩りは勿論、発動・弾速の速さからPvPでもよく使用されたものだ。
メリエルはメギドフレイム、と小さく唱える。
するとどうだろうか、炎が彼女の手のひらの中で蠢いて、小さな小さな白い球を作る。
傍目には先程のファイヤーボールよりもよほどに小さく、威力は劣るではないか、と見る者に疑念を抱かせるには十分だ。
しかし、守護者達、とりわけもっとも近くにいるアルベドにとって、それはまさしく原初の太陽とでも呼ぶにふさわしい程の圧倒的な熱量を秘めていることが十分に感じ取れた。
ゆっくりとメリエルは火球を残るアンデッドへ向けて飛ばす。
瞬間、場内は眩い光に包まれ、先ほどよりも遥かに大きな轟音と爆風が巻き起こる。
僅か数秒でそれらは収まったが、着弾地点は目に余る惨状となっていた。
「……凄まじい」
アルベドは思わずそんな声が零れた。
用意したアンデッドは当然おらず、それどころか地面にはクレーターのような大穴。
穴の周辺部分にある石畳は溶け、赤い液体と化している。
当のメリエルはというと、ユグドラシルでは大ダメージを与え、周辺にもそれなりの地形変動効果をもたらしていたものが、いざ現実になるとこんな核兵器が直撃したようなものになるとは全く思ってもいなかった。
要するに彼女はびっくりしていた。
『やりすぎです! どうするんですかこれ!? ていうか、メリエルさんはたっち・みーさんとガチでやりあえるんですから本当に自重してください!』
『申し訳ない……』
すかさず飛んできたモモンガからのメッセージに素直に答えるメリエル。
ちょーっと、昔に読んだレトロ漫画の大魔王っぽくやってみたら、やばいことになってしまった、というのが彼女の心境である。
「素晴らしいですわ……さすがは至高の御方」
しかし、そんなモモンガとのやり取りも、横から聞こえた声にメリエルは中断を余儀なくされる。
アルベドが瞳を潤ませ、じっとメリエルを見ていた。
ちらり、と視線を大穴へと向ければマーレが慌てて観客席から降りてきて、魔法での修復作業にかかっている。
その作業速度は極めて迅速であり、この分なら数分で元通りになるだろう。
「あー、まあ、そうねぇ……一つ言っておくなら……私はまだ全く本気を出していない。しいて言えば、軽い準備運動に過ぎない」
メリエルはそう伝えるが、心配はある。
やり過ぎてしまわないかどうか、そういうものであった。
そんなことを言っている間に修復作業は終わり、大穴は元通りに埋められた。
いよいよもって、シャルティアとの戦いというところで、メリエルは装備品を確認する。
現在のメリエルは真っ黒な胸元の開いたドレスしか着ていない。
どちらかというと、お洒落着だ。
彼女のガチは神器級アイテムの目白押しだ。
インベントリを覗いていて、ふと彼女の頭をあることが過る。
「……ガチになるのも、大人げないわね」
ガチでやればメリエルは余裕をもって勝てる自信があった。
しかし、むしろ、ここで強さを魅せつけるには、ほぼ何も装備していない状態で勝利した方が良いのではないだろうか。
「アルベド、シャルティアを呼びなさい」
アルベドは目の前の至高の主の一人の言葉を脳に浸透させるまでに数秒程の時間を要した。
そして、彼女の聡明な頭脳はすぐにあることを弾き出す。
何も装備していないに等しい状態で1対1の戦闘でなら最強の守護者であるシャルティアと戦う?
アルベドは思わず諌めようと口を開くが、メリエルは彼女の言いたいことを読んだかのように、不敵な笑みで告げる。
「問題無いわ。だって、私の方が強いから」
メリエルの言葉にアルベドは奇妙な歓声を上げ、すぐにシャルティアへとメッセージを飛ばす。
そして、メリエル達とは反対側からシャルティアが場内へと現れた。
彼女はなぜだかうっとりとした様子で、メリエルを見つめている。
何を言ったんだろうか、とメリエルは疑問に思いながらも歩みを進め、シャルティアの数m手前で止まる。
「ああ、愛しの御方……先ほどの魔法といい、強い発言といい……このシャルティア、畏敬の念を禁じえません」
そう言うシャルティアにメリエルは肩を竦めながら、改めてシャルティアを見る。
「……ふむ、さすがはペロロンチーノ。良い仕事をしている」
はい? と小首を傾げるシャルティアにメリエルは鷹揚に頷いて告げる。
「シャルティアは可愛い。そういうことよ」
あああん、とシャルティアは頬を赤く染め、染めた頬に両掌をおいてイヤイヤと首を左右に振る。
「メリエル様から、そのように仰っていただけるなんて……よろしければこの後、私の部屋へ……」
そう言いかけたシャルティアの動きが唐突に止まる。
そして、すぐさまアルベドをきっと睨む。
だいたいその行動でメリエルは察しがついた。
おそらくアルベドがさっさと始めろとそういうことを言ったのだろう。
「さて、シャルティア。始める前に言っておくけど……」
メリエルはそこで言葉を切り、シャルティアの瞳をまっすぐに見つめる。
「全力できなさい。そうすれば……そうね、3分は保つかもしれないわ。ハンデとして先手は譲ってあげましょう」
その言葉にシャルティアは一転して真面目な表情となり、すぐさまに自身の装備を全力戦闘へと切り替える。
紅い鎧とヘルムを纏い、手にはスポイトランス。
「エインヘリヤル」
呟くように唱えた声。
すると、シャルティアの隣に全く同じ格好のシャルティアが現れる。
本体であるシャルティアと全く遜色ない能力値を誇る、シャルティアの分身体だ。
メリエルは予想通りの対応に思わずほくそ笑む。
そうくるだろうな、と。
そう言っている間に各種バフを唱え、構えを取る。
片手を上に、もう一方を下に。
傍から見れば、丸いものでも持っているかのように見えるかもしれない。
シャルティアはすぐに突撃するようなことをしない。
彼女は何か違和感を感じているらしいが、それを振り払うかのように、口を開く。
「行きます!」
シャルティアはそう宣言し、エインヘリヤルと共にメリエルへと突っ込んでくる。
その速さは疾風の如く。
迫り来る2つのスポイトランス。
一瞬である筈だが、メリエルにとっては十分に遅く、対処可能なものだ。
2本のスポイトランスはそれぞれ別角度から迫る。
下げた手を動かし、2つのスポイトランスの穂先をスキル:グレーターパリィでもって弾く。
弾かれるとは思っていなかったのか、大きく体勢を崩すシャルティア。
その顔は驚愕に染まっている。
しかし、これで終わりではない。
上げたままの手でもってメリエルは魔法を発動する。
「ドラゴンスレイヤー」
手の延長上に現れる光の剣をまっすぐにシャルティアの本体及び分身体を横薙ぎに一閃。
その衝撃で、2体は後ろへ吹き飛ぶ。
最後にパリィを発動した方の手でもって、追撃の魔法を行う。
「メギドフレイム」
火球は後ろへと飛んで行っている本体と分身体に追いつき――
濛々と立ち込める爆炎。
おそらくは先ほどと同じように大穴が開いているだろうが、メリエルとしては大満足だった。
アルベドは目の前の光景が全く信じられなかった。
モモンガを除く全ての観客たちもまたそれは同じだった。
攻撃に対するカウンター技はある。
しかし、それでもあのような、多段に渡る追撃を加えることはできない筈だ。
「これを天地魔闘の構えと言う」
メリエルの声にアルベドはすぐさまその意を察した。
そして、わなわなと震える。
なんて、御方――
アルベドはもはや言葉すら出なかった。
もはや至高という言葉ですら、陳腐に思えてしまう。
「天とは攻撃。地とは防御。そして、魔とは魔法を指す」
メリエルはそう言いながら、アルベドへと視線を向ける。
それを受け、アルベドはゆっくりと口を開く。
「相手の攻撃を防御し、すかさずに2つの攻撃を、攻撃側に叩きこむ、必殺のカウンター技……」
そうですね、と問うアルベドにメリエルは鷹揚に頷く。
「今使った魔法やスキル以外のものを組み込めば多種多様な相手に対応できる。それに、例えば今であったなら、後ろに吹き飛んだシャルティアに追撃の魔法を更に放っても良い」
そうこうしているうちにメギドフレイムによる土煙が晴れる。
シャルティアの分身体は消え去ってはいるものの、本体はさほどダメージを受けているようには見えない。
「さすがはシャルティア。神官戦士というだけはあってタフね」
そう褒めるメリエルにシャルティアはゆっくりと口を開く。
「メリエル様……その、こ、降伏したいんでありんすけど……」
予想外の言葉にメリエルは思わず首を傾げる。
「今のは単なるカウンター技で、たっち・みーも対応できたから、シャルティアも何とかなるでしょ?」
「い、いえ、その……ちょ、ちょっと、えっと……」
単なるカウンター技じゃないでありんす、とか色々言いたかったが、シャルティアにとってはそんな余裕はなかった。
そのとき、アルベドは気がついた。
彼女がすぐさまメッセージにてシャルティアに確認を取れば予想通りだった。
「メリエル様、シャルティアはどうやらメリエル様の御力に、心の底から屈服したようです。その、少し濡れてしまったと」
最後の方は囁くように、小さな声であったが、メリエルも察した。
『天地魔闘の構えを使うとか、ちょっと本気になりすぎです』
モモンガからメッセージが飛んできた。
『やってみたかった、今は満足している。しかしどうしよ、シャルティアじゃないと私の攻撃を受け切れないような気がする』
『もうやめてもいいんじゃないでしょうか? とりあえず、天地魔闘の構えができればまず勝てるでしょうに』
『天地魔闘の構え』はたっち・みーを含めた僅か一握りのプレーヤーしか破れなかったのだ。
とはいえ、彼女の強さはそこだけではない。
モモンガは遠い目で思い出す。
マキシマイズマジック、トリプレットマジック、グレーターマジックシリンダーからのリアリティ・スラッシュなんてたっち・みーさんですら、大ダメージ受けてたよな――
リアリティ・スラッシュの威力を強化し、更に三重で発動できるようにし、更に三重化したリアリティ・スラッシュの魔法の発動数を増やす――
グレーターマジックシリンダーという、最大発動数を6回に増やす魔法がある。
Mp消費は大きいが、三重化した魔法を6回放てるようになる。
つまり、最高で18回のリアリティ・スラッシュを同時に放つことができる。
基本はMP消費の軽い魔法を使って手数で攻める時のバフだが、MP消費を度外視して、リアリティ・スラッシュを詰め込むような輩はメリエルくらいしかモモンガは知らなかった。
天地魔闘の構えにコレを組み込むだけで上位プレーヤーであってもまず死亡する。
とはいえ、MP消費は無視できないほどに膨大であるため、強敵であり、なおかつ、短期決戦をせざるを得ない時に限定している、とメリエルからモモンガは聞いていた。
もっとも、その制限ももはやないだろう、と彼は理解していた。
メリエルは反則的なワールドアイテムをサービス終了間際に入手していたのだから。
『それじゃ、私、部屋に戻るから』
『あ、分かりました。また何かありましたら、メッセージで連絡します』
下手したら世界征服でもできそうだよな、とメリエルに返しながら思うモモンガだった。