彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話   作:やがみ0821

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捏造あり。


一石二鳥

 リ・エスティーゼ王国における六大貴族の一角に数えられるレエブン侯は極めて憂鬱であった。

 彼を憂鬱にさせているのは裏組織で暗躍する八本指でもなければ、反国王派の貴族でもない。

 

 いや、確かにそれらも色々と彼の仕事の上での障害ではあるが、今回は降って湧いたかのような輩が相手だった。

 

「メリエルという名は聞いたことがありません」

 

 レエブン侯はそう切り出す。

 彼の相談相手は一見すれば可憐な少女。

 黄金のような髪が風に靡く。

 彼女はその見た目に反し、奴隷の廃止等様々な庶民受けが良い政策を打ち出し、実行に移した人物。

 

 そして今回の面倒事の当事者は奴隷廃止に真っ向から喧嘩を売ってきた人物だった。

 

「ラナー様は何かご存知ですか?」

 

 ラナーはすぐには答えず、優雅にカップに入った紅茶を一口飲む。

 こういった日常生活での王女の肖像画でも売り出せば財源の足しになるかな、とレエブン侯は思ったが、慌ててその考えを打ち消す。

 

「いえ、全く。しかし、このままでは彼女に国を潰されるでしょうね」

 

 ラナーの言葉にレエブン侯は「やはり」と小さく呟く。

 リヴィッツ商会からもたらされた情報によれば、王国が保有している金塊を軽く超える量をおそらくは個人で保有していると考えられる。

 

 もしもメリエルが悪意を持って金を放出すれば経済的な破綻であった。

 そして、彼女が金だけを多量に持っているとは到底思えない。

 

「銀や銅も彼女は持っているでしょう。身元を洗っていますが、他国の、しかも裏側の人物となると、おそらく大したことは分かりますまい」

 

 レエブン侯の言葉にラナーもまた同意する。

 とはいえ、ラナー個人としては正直なところ、王国がどうなろうが知ったことではない。

 彼女にとって最優先であるのはおそらくは今、鍛錬場で剣を振っているだろうクライムだ。

 

「件の人物は現在、王都郊外の屋敷に住んでおります。メイド2人、護衛の剣士を1人確認しております。奴隷を多数購入したという話も、さる筋から聞いております」

 

 レエブン侯は暗に問いかけた。

 奴隷廃止というのはれっきとした法で定めたものだ。

 故に、踏み込むのに法律的な問題はない。

 

「……聞けば、本人は高位の魔法詠唱者であるとか。無詠唱でどこからともなく、物品を取り寄せる程の」

 

 ラナーの言葉にレエブン侯は苦々しい表情となる。

 彼の元には元冒険者達がいる。

 王国では軽んじられている魔法詠唱者というものがどれほどに厄介であり、強力かは理解しているつもりだ。

 

 彼とて、無論、その元冒険者達に無詠唱の物品取り寄せ魔法というのはどの程度かと聞いている。

 

 聞いた結果は最低でも第四位階魔法とのこと。

 英雄の領域に片足突っ込んでいるような、そんな輩が今回の相手だ。

 

「うまく食い合わせましょう」

 

 唐突なラナーの言葉にレエブン侯は首を僅かに傾げる。

 

「八本指は元々、一枚岩ではありませんから。互いに食い合わせましょう」

「六腕を件の輩にぶつける、と?」

 

 レエブン侯の問いにラナーは優雅に頷く。

 

「八本指の最大戦力たる六腕が潰れれば、いかようにも料理できます。六腕がメリエルを潰せば良し、もしメリエルが勝っても六腕が潰れれば良し。一番良いのはどちらも共倒れになってくれることなんですけどね」

 

 現状では一番良い案にレエブン侯には思えた。

 

「あと、帝国あたりにいるワーカーに威力偵察をさせても良いかもしれません。王都のワーカーでは足がついてしまう可能性があります」

「まず、ワーカーをぶつけてみましょう。おそらくはすぐにでも結果が出る筈です」

 

 メリエルが実際に戦闘においても優れていたならば、ますますに扱いに困る、厄介な輩。

 レエブン侯にとっては情報が何よりも欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メリエルが奴隷を大量購入した、というのはあっという間に王国の裏側に伝わった。

 コッコドールは鼻高々に八本指の定例会に出席し、自身の部門の売上を誇ったのも、原因の一つだ。 

 とはいえ、それだけなら別に問題はない。

 しかし、カネの匂いに敏感な八本指の他の面々はすかさずにメリエルから搾り取ろうと動いたのだ。

 

 その動きに大小の差はあれど、もっとも迅速に、そして、もっとも大胆に動いたのは麻薬取引部門の長であるヒルマだった。

 

 

 

 

 

「……ここまでの金持ちは初めてねぇ」

 

 ヒルマは素直に感想を述べた。

 彼女もまた贅を尽くした、と言っても過言ではない屋敷を持っているが、自分の屋敷と比較しても桁が違った。

 調度品の数々はそれ1つだけで下手な屋敷が買えてしまうのではないか、という程に豪華絢爛なものであり、王族の離宮と説明されても納得してしまう程であった。

 

 そんな中、ヒルマは目の前に座る屋敷の主へと視線を向ける。

 つい5分前、彼女は屋敷の主――メリエルと対面した。

 あのときの衝撃はおそらく一生忘れられない、とヒルマは確信している。

 

 メリエルはあまりにも美し過ぎた。

 およそ、人間としての生物的な汚さというものが一切なく、女神と名乗ってもヒルマは納得できた。

 

 そう、今、ヒルマはメリエルの屋敷に乗り込んできていたのだ。

 

「それで、ヒルマとやら。私に何か用かしら?」

「ええ、ちょっと、あなたに良い物を持ってきたの……ささやかな贈り物よ」

 

 そう言って、ヒルマは背後に控える着飾った女達へ視線を送る。

 いずれも、名だたる高級娼館でトップクラスの女達だ。

 しかし、彼女達ですらも、メリエルの美しさの前では霞んでしまう。

 

 ヒルマはプレゼント選びに失敗したかな、と思いつつも、言葉を続ける。

 

「彼女達をあなたにあげるわ。あなたからすればみすぼらしい女達だけど……あなた、女好きって聞いたから」

 

 ヒルマの言葉にメリエルは鷹揚に頷く。

 その様子に、ヒルマは自らの狙いがメリエルにバレていることを瞬時に悟った。

 

 おそらくは自分がどのようなことをしているのか、それも分かっているのだろう。

 

 高位の魔法詠唱者で、頭も回る。

 これほどに厄介な相手はいない。

 コッコドールのように、ヒルマは売上が上がるからと気楽にはなれなかった。

 メリエルは下手をすれば自分達の商売を簡単にその資金でもって叩き潰すことができる、と考えていた。

 現に金融部門の長は早くも戦々恐々としているという。

 

「私はある薬の商売をしていてね……良ければ買ってくれないかしら?」

 

 ヒルマはそう言いながら、自らの胸元から小瓶を取り出し、それをメリエルへと差し出した。

 

「麻薬ね?」

 

 断言するような問いかけにヒルマは軽く頷く。

 

「一応だけど、効果を教えてもらいましょうか。依存性は?」

「そこまで高くはないわ。効果自体も、ちょっとした精神高揚剤程度。あまり依存性を高くすると、さすがに国に目をつけられるから」

「八本指は王国を裏から支配していると聞くけど、どうせなら王族全員薬漬けにしてしまえば楽なんじゃない?」

 

 過激な言葉にヒルマは耳を疑うが、努めて平静に答える。

 

「そこまで簡単にはいかないわよ。王国もそこまで馬鹿じゃないわ」

「そうなの。それで、何をしてほしいの?」

 

 メリエルの問いにヒルマはくすり、と笑う。

 

「あなたは何もかもお見通しね。ええ、そうよ、わざわざ麻薬を買ってもらう為に、あなたのところへ出向いたわけじゃないの」

 

 ヒルマの言葉にメリエルは内心安堵した。

 たかが小瓶1つ分の麻薬を自分に買わせる為にわざわざやってきたのではない、とメリエルは予想していた。

 もし買わせるだけなら、娼婦を何人か営業として派遣すれば事足りるのだ。

 

「蒼の薔薇はご存知?」

 

 メリエルはヒルマの言葉にピンときた。

 

「だいたい、読めてきたわね。麻薬栽培を邪魔しそうだから、何とかしてくれ……それが内容かしら?」

「ええ、そうよ。最近、幾つかの村が連続して焼かれているの。直接的なり間接的なり、彼女達を妨害してほしいわ」

 

 ヒルマはメリエルの思考能力に驚愕しながらも、そう告げた。

 対するメリエルはヒルマの内容に小躍りしそうな勢いだった。

 

 メリエルにとっては蒼の薔薇との接触は目的の一つでもあったのだ。

 一方のヒルマにとってはメリエルに蒼の薔薇の対処を依頼したかといえば、彼女が新参者であるが故だ。

 もし蒼の薔薇と潰し合ってくれればこれまで通り商売ができ、問題はない。

 蒼の薔薇を処理してくれればヒルマの商売はやりやすくなる。

 メリエルが蒼の薔薇を潰してくれれば良いお付き合いができる。

 

 どう転んでもヒルマには損がない。

 

「そうね、1ヶ月間は蒼の薔薇を完全に押さえ込みましょう。私はここでは新参者。それがおそらくは限界ね」

 

 ヒルマは1ヶ月という期間に内心疑問を抱く。

 どういうことだろうか、と。

 処理するなら処理するで片付く筈だ。

 しかし、あれこれ聞くのもよろしくはない。

 

「ええ、分かったわ。それで良いから」

 

 ヒルマの言葉にメリエルはにこりと笑う。

 見惚れてしまうような、美しい笑みだ。

 

「ところでヒルマ。仕事の話はこれで終わりとして、ここからは個人的な話になるのだけど、時間は良いかしら?」

 

 ヒルマは小首を傾げるが、すぐに彼女は承諾する。

 するとメリエルは満足気に頷きながら、告げる。

 

「ちょっと見てほしいものがあるのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 ヒルマが案内されたところは地下へと続く階段であった。

 もっとも、その階段は薄気味悪い雰囲気は全くなく、ランプで赤々と照らされ、陰気なイメージよりも、倉庫といったイメージをヒルマは抱く。

 

「こっちよ」

 

 メリエルは階段を降りていき、それにヒルマもまた従う。

 階段はさほど多くもなく、すぐに地下室の扉の前に2人は到着した。

 

「開けてみて」

 

 メリエルに促され、ヒルマは扉の取っ手を持ち、ゆっくりと開け――

 

「……う、そ……」

 

 ヒルマは目の前に広がる光景に度肝を抜かれた。

 

 一言で言ってしまえば、黄金郷であった。

 金塊があちこちに山となっており、それはどこまでも続いている。

 

「私の財産の……およそ1%くらいかしら。私がその気になれば、ここらの国を纏めて買えるわよ」

 

 何てことはない、とそんな風に告げるメリエル。

 ヒルマはゆっくりとメリエルへと視線を向け、震える声で問う。

 

「あなたは……何でこれを見せたの……?」

 

 問いにメリエルは不敵な笑みを浮かべ、ヒルマの頬へと手を伸ばし優しく撫でる。

 

「聞けば、あなたも元は高級娼婦だったらしいじゃない。だから、これで、あなたを身請けしたいわ」

 

 ヒルマは耳を疑った。

 元々彼女はメリエルの言うとおりに元娼婦であり、今はそうではない。

 しかし、そうでないにも拘らずに自分を身請けしたい、と言う。

 

 

 

 メリエルはヒルマにさらに告げる。

 

「私はね、麻薬密売人のヒルマじゃなくて、高級娼婦のヒルマが欲しいのよ。駄目かしら?」

 

 ヒルマはその言葉をじっくりと脳に浸透させた。

 自然と頬が緩む。

 彼女は今、自分が人生で最も幸運だと確信した。

 同時に、彼女の頭からは色々な考えがすっぽりと抜け落ちた。

 

 彼女がこれから一生掛かっても稼げないだけの黄金が目の前にあるのだ。

 

 ヒルマの答えは決まっている。

 故に、彼女はメリエルの首に手を回し、そのまま耳元に口を寄せた。

 

「ねぇ……いいの? 私、結構、歳がいってるけど……」

「問題無いわ。それに若返りたいならそうさせてあげるわ」

 

 事も無げに告げるメリエルにヒルマはより強く彼女に抱きつく。

 

「もう……あなたは本当に、私を翻弄するんだから……私のどこを気に入ったの?」

「あなたの病的な程に白い肌と蛇のタトゥー……まあ、容姿が気に入ったわ。で、返事は?」

 

 ヒルマは耳元で甘く囁く。

 

「勿論、いいわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か、フクザツ……」

 

 クレマンティーヌはぶすっとした顔でカップに入ったコーヒーをティースプーンでかき混ぜる。

 

「心中、お察しするっす……」

 

 対するルプスレギナも同じくカップに入ったコーヒーをティースプーンでかき混ぜる。

 

「……あんなケバい女のドコがいいのかしら」

 

 ソリュシャンの言葉に頷くクレマンティーヌとルプスレギナ。

 そのケバい女は今、メリエルと共に寝室にいる。

 

「まぁまぁ……」

 

 そして、どう宥めたものかと困り顔のツアレ。

 ソリュシャンの治療とルプスレギナの看護が良かったのか、今ではすっかりにツアレは健康体だ。

 彼女は聞き取り調査の後に、当面の生活費を持たせて放り出す予定であったのだが、当のツアレが傍にいたい、と懇願した為にこうなっている。

 立場としてはメリエルのペット。

 本人はメイドを希望しており、これから本格的にメイドとして鍛えていく予定となっている。

 

 ツアレ以外にもコッコドールから購入した多数の奴隷がいたのだが、その奴隷達もツアレと同じ選択肢を与えられており、結果としてエルフ等の亜人奴隷の全てと一部の人間の奴隷はメリエルの傍にいることを望み、それ以外は皆、解放されている。

 メリエルの傍にいることを望んだ者は立場としてメリエルのペットという扱いだ。

 

「つーかさ、あんた、たかが治してもらった程度でお仕えしますみたいなこと言ってたけど、それでいいの?」

 

 クレマンティーヌの問いにツアレは躊躇なく頷く。

 

「私達としてはメリエル様の偉大さを知るヤツが増えるのは嬉しいことっすけどー……競争相手が増えるのは頂けないっすね」

 

 ルプスレギナの言葉に頷く一同。

 

「ツアレ、あなたはあの女が傍にいることで、何か思うところがあるんじゃないの? メリエル様にお伝えすれば何とかしてくれるわよ?」

 

 ソリュシャンの言葉にクレマンティーヌとルプスレギナは「えげつない」と心に思う。

 つまるところ、ヒルマを排除しろ、とソリュシャンは暗に言っているのだ。

 

「私としては別に何も……」

 

 ツアレは困惑しながらそう答える。

 ソリュシャンは深く溜息を吐いた。

 

「まあ、今に始まったことでもないしー、でもなんかムシャクシャするから2、3人バラしてこようかなー」

 

 そのときだった。

 

「じゃあ、私と戦ってみる?」

 

 突然に部屋の真ん中にメリエルが出現した。

 

「メリエル様!?」

 

 ソリュシャンとルプスレギナは即座に跪き、クレマンティーヌは唖然とし、ツアレは驚愕に目を見開く。

 

「あの女とヤッてた筈じゃ!?」

「手加減無しでやったら気絶したのよ。やっぱり加減を覚えないとねー」

 

 あははは、と笑うメリエル。

 そして、一転して、真面目な顔となって彼女は告げる。

 

「クレマンティーヌ、戦いましょうか。最近戦ってなくて溜まってるんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー、ほんとーにやるんですかー?」

 

 半ば強引に、クレマンティーヌはメリエルに庭へと連れだされていた。

 

「勿論よ。強くなりたいなら実戦あるのみ。私は素手でいいから」

 

 うへぇ、とクレマンティーヌはげんなりした。

 ボッコボコに殴られる未来しか彼女には見えない。

 まーたこのサディストはわけのわからない嗜好に目覚めたんだろうか、とクレマンティーヌは真剣に思った。

 

 とはいえ、クレマンティーヌは思考を切り替える。

 考えようによっては、絶対に死なないという保障があり、かつ、世界最強の存在と戦えるチャンスだ。

 

「あ、言い忘れたけど、死んだら蘇生してまた戦わせるから」

 

 ニコニコ笑顔でメリエルはそう言った。

 悪意はまったくなく、おそらくは善意で彼女はそう言っているのだろう。

 

 必ず、かの邪智暴虐のメリエルを打倒さねばならない――

 

 そうクレマンティーヌは心に誓ったものの、それが世界がひっくり返っても無理だと理性が囁いたので、5秒くらいでその決意は捨てた。

 

「じゃ、来なさいよ」

 

 メリエルはそう言い、片手を天に上げ、もう一方を地へ下げた。

 円を描くような、そんな構えだ。

 

 まったく無防備。

 

 攻撃してくれと言ってるようなもので、メリエルを知らなければクレマンティーヌは嘲笑ってその首を狩りに行ったことだろう。

 

 クレマンティーヌは溜息を吐きながら、全ての武技を自身に掛ける。

 それでもまだ足りないくらいだ、と思いながら。

 

「飛び込んだ瞬間、何が飛び出てくるのよ? 魔法? それとも拳の弾幕?」

「さぁ、何かしらね。ただ、コレを破れたら、あなたは間違いなく英雄を超えるから、世界最強名乗ってもいいわよ」

 

 クレマンティーヌはニィ、と口角を釣り上げる。

 それだけの自信があるのだろう。

 彼女はいつものように、四つん這いとなり、腰を上げる。

 

 そして、瞬間、疾風の如く、跳んだ。

 

 クレマンティーヌはメリエルへと急激に迫る。

 まさに疾風。

 この速度を止めるには並大抵の輩ではできないことだ。

 しかし、クレマンティーヌは知っている。

 目の前の輩は並大抵どころの騒ぎではない、規格外のアンチクショウだ、と。

 

 みるみる迫る、メリエルへクレマンティーヌはスティレットを突き出す。

 瞬間に、メリエルの地へと下がっている片手が動いた。

 

 キィン、とおよそ皮膚と刃が接触して出すような音ではない、甲高い音が響く。

 クレマンティーヌはスティレットを弾かれ、体勢を崩すが、その程度で終わる彼女ではない。

 

 

「流水加速ッ!」

 

 瞬間的により体を加速させ、クレマンティーヌは鞘からもう一本のスティレットを引き抜き、それをメリエルへと突き立てる。

 しかし、天へと上げた片手が振り下ろされ、そのスティレットを弾く。

 とはいえ、それは予想できた事態。

 クレマンティーヌはスティレットに込めた魔法を解放しようとし、その声を聞いた。

 

「天地魔闘、灰になれ」

 

 瞬間、クレマンティーヌの視界は白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、うわー、アレやるっすか。完全にクレちゃんイジメじゃないっすかー」

「さすがはメリエル様。アレを使われるなんて……クレマンティーヌは喜ぶべきだわ」

 

 ソリュシャンとルプスレギナが讃えているのがクレマンティーヌの耳に聞こえてきた。

 

「……好き勝手言ってんじゃねーぞ。クソメイド共が」

 

 クレマンティーヌは青空を見ながら、外野の声にそう呟いた。

 一応生きてはいるらしい。

 

 ひょいっとメリエルの顔が視界に映りこんできた。

 

「いやー、まさか消し飛ぶとは思わなかった。蘇らせたけど、大丈夫?」

 

 あー、やっぱり死んだのか、とクレマンティーヌは思いながら、体を起こす。

 あちこち痛みはあるが、傷は全くない。

 おそらくはメリエルの蘇生魔法だろう。

 

「んで、メリエル様。アレ、何?」

「天地魔闘の構えって言って、ようは攻撃と防御の複合技ね。相手の攻撃を私のスキル……まあ、武技みたいなもので弾いて、魔法でカウンター決めた」

「……えっと、つまり、攻撃と防御の一体技で、その構え取ったら、無敵ってこと?」

 

 クレマンティーヌの問いにメリエルは首を横に振る。

 

「無敵じゃないわ。だいたい合計して100人くらいに破られたし。攻略法としては私が反応できない程に速い多重連撃をするか、魔法なり武技なりで私諸共周辺を根こそぎ吹き飛ばすか……色々あるわよ」

「それつまり人間じゃ破れないってことじゃない……」

「100人の中にはどっちかというと人間の方が多かったわよ」

 

 まあ、それはいいとして、とメリエルは続け、クレマンティーヌに対して笑みを浮かべる。

 

「これ、あなたも似たようなことできない? あなた、速いから、いけると思う。不落要塞と流水加速を攻撃を受ける瞬間に発動させて、その後に相手を滅多刺しにすればいいんじゃないかな?」

「まあ、確かにそれはできるけど……正直、私よりも弱いヤツの方が多いから、攻撃を受けるっていうのはあんまりないわ」

 

 クレマンティーヌの言葉に、メリエルはポン、と掌を拳で叩く。

 

「そういや、あなた、最強クラスだったわね。漆黒聖典の隊長と番外席次くらい? 格上っていうと」

「まあ、そんくらいかしらね。ガゼフだって殺せる自信はあるわ」

「でも、私の猟犬だから強くあってほしい、という思いもあるわけで」

 

 クレマンティーヌはメリエルのその言葉に、何か嫌なものを感じた。

 

「ソリュシャン、ルプスレギナ。暇な時でいいから、クレマンティーヌと戦ってあげて。殺したら、ちゃんと蘇生させてね。あ、ペナルティを防ぐアスクレピオスの杖を使っていいから」

 

 メリエルの言葉に、即座に「仰せのままに」と頭を下げるメイド2人。

 

「いやいや、ちょっと待って! 何で死ぬこと前提なの!?」

「え、死ぬでしょ?」

 

 きょとんとした顔のメリエルにクレマンティーヌは必死で手を横に振る。

 

「駄目でしょ! 殺したら! 私、あなたの猟犬だから大事にしないと駄目でしょ!?」

「猟犬を強くする為にはある程度のしつけも必要だと思うの」

 

 にこにこと笑うメリエル。

 

「んふー、クレちゃん、たーっぷり可愛いがってあげるっすよー」

 

 良い獲物を見つけた、と言わんばかりに笑うルプスレギナ。

 

「安心しなさい。死んでも治してあげるから……だから、ブタのような悲鳴を上げて、死んで頂戴?」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべながら、そう告げるソリュシャン。

 

「誰か私に優しくしてー!」

 

 クレマンティーヌ、心からの絶叫だった。

 そして、そんな彼女を見ながら、メリエルが口を開く。

 

「あ、そうそう、ソリュシャン。ちょっと冒険者組合に行ってきて」

 

 メリエルは思い出したかのようにそう言い、一拍の間をおいて更に続ける。

 

「蒼の薔薇を1ヶ月間、私の護衛として雇いたいわ。報酬は金貨1人あたり1万枚で」

 

 1ヶ月、蒼の薔薇を護衛として雇えばヒルマの約束も履行できる上、蒼の薔薇と接触するというメリエルの目的も果たすこともできる。

 一石二鳥であった。




メリエルは100%、悪意なく善意でやってます_(:3」 ∠)_

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