彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
クレマンティーヌはこれまで色々と見てきたが、ことここに至って、初めて本当の金持ちというのを目の当たりにしていた。
換金も無事終わり、リヴィッツ商会により売り出し中の屋敷に案内されたメリエルとクレマンティーヌ。
案内された屋敷を気に入り、この屋敷ちょうだい、とまるでお菓子でも買うかのような気軽さで、目玉が飛び出る程に高額な屋敷を庭付きでメリエルは購入したのだ。
「……金持ちって凄いわ」
クレマンティーヌが感心と呆れの混じった感情でいる中、メリエルはせっせと屋敷の要塞化を進めていた。
ただの拠点で終わらせないのがメリエルの趣味である。
広い庭は荒れ放題であったが、ソリュシャンとルプスレギナの2人が物凄い勢いで整えている。
情報収集をしている筈の2人がここにいるのは簡単な話であり、メリエルが2人に屋敷買ったから、お掃除してちょーだい、とお願いしたら、おっそろしい速さでやってきて、猛然とメイドとしての本分を全力で発揮し始めたのだ。
屋敷内部は勿論、既に2人の手により掃除済みである。
そもそもソリュシャンとルプスレギナが情報収集に出なくとも、エイトエッジアサシンやシャドウデーモンを王都に放っているので、彼らから情報を集めれば良かったりする。
「ここにコレを置きましょう」
庭先にどすん、とどこからともなく取り出したのは立派なドラゴンの石像だ。
メリエルはそれを屋敷の扉へと通ずる歩道に等間隔で左右合計12体並べる。
「立派な石像ねぇ……」
クレマンティーヌは手近なドラゴンの石像に近寄り、ぺたぺたと触る。
鑑定眼というのはあいにく彼女は持ちあわせていないが、そんな彼女でもドラゴンがまるで生きているかのような、精緻に作られているのがよく分かる。
買えばすんごい高いんだろうなー
そんな風に思ってるとメリエルが告げる。
「それ、ストーンドラゴンっていう、モンスターの一種よ」
クレマンティーヌはこれまでの人生で最高の素早さを発揮し、石像から20m程一気に離れた。
その有様にメリエルは笑う。
「えーっと、冒険者とかのレベル……なんだっけ? 難度? あれでいうところの210くらい」
えー、なにそれー
漆黒聖典がカチコミ掛けても返り討ちにされるじゃないのよー
クレマンティーヌは心の中でツッコミを入れた。
「まあ、単なる警備員よ」
「単なる警備員がドラゴンって……難度210って……」
色々と常識をぶっ壊されてはいるものの、さすがにこれは酷すぎる。
クレマンティーヌは改めてメリエルの、というかナザリック勢の非常識さに溜息を吐く。
ただの課金ガチャのハズレなんだけどねー、とメリエルは思いながら、庭を適当に見回す。
庭だけで数百坪はありそうだった。
「テニスコートつくって、プールつくって、えーと……」
何をつくろうか、と悩み、メリエルはピンときた。
「そうだ! アンデッドドラゴンを10匹くらい放し飼いにしよう!」
「どうしてそんな発想になるのよー!」
クレマンティーヌは絶叫した。
このままではメリエルにより、色々と拙い事態になりかねない。
どこの世界にアンデッドドラゴンを庭で放し飼いにしようと考えるヤツがいるのだろうか。
しかも数える単位が1体とか2体ではなく1匹とか2匹なのか、と。
ちなみにであるが、アンデッドドラゴンは難度でいえば240であったりする。
クレマンティーヌも伝説でしか聞いたことがない、13英雄が討伐したとか何とかそういうレベルのお話だ。
そんなのがポンと10体、王都にこつ然と現れたのなら、間違いなく色々と面倒な事態になる。
「まあ、アンデッドドラゴンは置いといて、情報収集の為になるべく豪勢に、贅沢にやらないとね。カネの集まるところにはあらゆるものが集まるのよ」
「確かにそうだけどさー、何する気なの?」
ジト目で尋ねるクレマンティーヌにメリエルはにっこりと笑う。
「奴隷買い占めるっていうのはどうかしら? エルフとかの、高価な奴隷をね」
クレマンティーヌはメリエルの思考が珍しく読めた。
エルフなどの亜人の奴隷というのは徹底的に主人に反抗できないよう、調教される。
勿論、メリエルの趣味というのも否定できないが、それでもその主たる使い道は彼らの持つ情報を根こそぎに聞き出すのだろう。
いや、もしかしたら甘い言葉を吹き込み、奴隷達から忠誠を誓うように仕向けるかもしれない。
メリエルは戦争好きだ。
しかもタチの悪いことに、おそらくは単なる脳筋ではなく、神の如き視点から俯瞰し、慎重に物事を進めるタイプ。
クレマンティーヌは既に確信している。
メリエルが常々口に出す軍勢というのは正直、メリエルの遊びなのだろうと。
それもそうだろう。
メリエル自身が単体で100万の大軍を蹂躙できてしまう、戦略レベルで動ける存在なのだ。
いざとなれば自身が動けば事足りる。
そんなとんでもない輩が、わざわざ自ら情報収集という回りくどいことをしている。
もし自分がメリエルと同等の立場にあったなら、そんなことは決していないだろうし、できないだろう。
メリエルはにこにこと笑っている。
クレマンティーヌにはその女神の微笑みは魔王の狂笑に見えた。
おそろしい、と。
ただおそろしい。
しかし、同時にそんな彼女にたまらなく惹かれてしまうこともクレマンティーヌは理解できていた。
故に、クレマンティーヌは意を決する。
彼女はどうしても抑えられない疑問があったのだ。
「それは確かに手っ取り早い話よね。ところでメリエル様……あなたはいったいどこから来たの?」
問いにメリエルの美しい顔からは笑みが消えた。
「……どう答えれば満足かしら?」
「どう答えても満足するわ。私はあなたを信じるもの」
クレマンティーヌは自分でも不思議なくらいにそんな返事をメリエルの問いに簡単にすることができた。
「端的に言えば、異世界から来たわ。この世界でお伽話に出てくるような、八欲王やら六大神やらがそこら中にいる、神話を模した世界から」
クレマンティーヌはすとん、と腑に落ちた。
同時に確信した。確信する根拠はない。敢えていうなら勘だろう。しかし、確信したのだ。
メリエルは嘘をついていない、と。
「そっかー、ありがとね」
クレマンティーヌはただそう返す。
嬉しさがこみ上げ、自然と笑顔になる。
嘘で切り抜けても全く問題はなかったろうに、真実をメリエルは答えてくれた。
それがただクレマンティーヌには嬉しかったのだ。
「ところでクレマンティーヌ。ぶっちゃけた話、市街戦は私、実は不得意なのよね。根こそぎ吹き飛ばすとかそういうのなら大得意なんだけど」
「あー、たぶんそうだろうねー」
クレマンティーヌは納得する。
メリエルは可愛らしく小首を傾げて問いかける。
「戦闘になったら、王都吹き飛ばしちゃダメかな?」
「ダメ」
ダメと言われた為、しょんぼりするメリエル。
とはいえ、クレマンティーヌからすれば素手でも容易く英雄級すらもねじ伏せられそうな、そんなメリエルが何でそこまで気にするのか理解に苦しむ。
最強には最強の悩みとかそういうのがあるんだろーなー
クレマンティーヌは呑気に思っていると――
「あ、そうだ。クレマンティーヌをちょっと強化しなくちゃ。いくらなんでもちょっと弱すぎるから」
クレマンティーヌは嫌な予感を感じた。
メリエルはにこにこ笑いながら――おそらくは悪意などまったくなく、善意で――虚空に手を突っ込んで、スティレットを取り出した。
クレマンティーヌの得意とする得物だ。
しかし、クレマンティーヌはそれを見ただけでもう何となく想像がついてしまった。
なんというか、雰囲気が禍々しいのだ。
ただ真っ黒な鞘に収められており、何かしらの装飾がついているというわけでもないのに。
「ソレ、何?」
「これは中々の逸品でね。攻撃すると装備してる側の体力が回復する。装備者の全能力をアップする特殊効果もついてる。更に即死・恐怖・毒に対して完全耐性がついたり他にも色々」
クレマンティーヌは頭がくらくらした。
神話に普通に出てきそうな武器だった。
ともあれ、クレマンティーヌはそれをメリエルから受け取り、引き抜いてみる。
真っ黒な刀身だった。
シンプルだが、どこか吸い込まれてしまいそうな、そのように彼女は感じた。
「……これ、何でできてるの? オリハルコンとかじゃないわよね?」
「ヒヒイロカネっていうのなんだけど……そこにちょっとした加工を加えて仕上げたものよ。元々ヒヒイロカネは真っ赤に輝く金属なんだけどね」
「……それって、アダマンタイトより凄いの?」
「アダマンタイトとか軟すぎて、武具には使えないわよ。ウチの倉庫で金とか銀と同じくらいの量が眠ってる」
クレマンティーヌは天を仰いだ。
しかし、彼女はすぐに復帰を果たす。
もう考えてはダメなのだ。
一方のメリエルは思った通りの反応が返ってこずに困惑していた。
すごーい、とかそんな感じで驚いて、目をキラキラさせてくれると思ったのに、何でか難しい顔をクレマンティーヌはしている。
メリエルからすれば一山幾らで最終日に購入した単なる伝説級武器だ。
「えっと、ありがと。大事にするわ」
そう言いつつもクレマンティーヌは心の中で思う。
普段使うことなんてできない、と。
幾ら何でもこんな途方もないものを振り回していては、あちこちから目をつけられ過ぎる。
「他にも防具で軽装タイプのものとかあるけど、どうする?」
そちらもやっぱり神話に出てきそうなものが出てくるんだろうな、とクレマンティーヌは確信する。
故に、丁重に断ると何でか不満気な顔のメリエル。
「ぶっちゃけた話、何が不満なの?」
「不満っていうか、出してくるものがイチイチ凄すぎて、影響力が半端じゃないと思うんだけど? 正直、メリエル様って常識ないでしょ?」
面と向かって非常識と言われたものの、メリエルとしては図星である為にぐうの音も出ない。
クレマンティーヌは深く溜息を吐く。
「いい? まずこっちの世界は六大神とか八欲王とかはそこらに掃いて捨てるほどいるような連中じゃないの。名前の通りに、そっちでは普通でも、こっちでは歴史に名を残すような力を持った存在になっちゃうの」
「つまり?」
「メリエル様にとっては本当に、端金で買えるようなアイテムでも、こっちでは伝説級のアイテムだから、ポンポン出さないで」
むぅ、とメリエルは眉間を皺を寄せながら、おもむろに口を開く。
「じゃあポーションならいいでしょ? 本当にそこらの店で売っているような」
メリエルの提案にクレマンティーヌはそれなら問題ないか、と考え、承諾する。
そして、メリエルが出したポーションは真っ赤なポーションだった。
「……ねぇ、こっちでは青いポーションなんだけど?」
「え、嘘でしょ? 青いポーションなんて持ってないわよ」
「ちょっと調べた方がいいかもしれないわね」
クレマンティーヌの提案にメリエルは頷き、早速にモモンガへとメッセージを飛ばす。
何やらやり取りしているのを見ながら、クレマンティーヌはメリエルから受け取った黒いスティレットを再度、見てみる。
見れば見るほどに惹きこまれるような感覚を彼女は覚えた。
「呪いとか掛かってるんじゃないでしょうね……」
「掛かってるわけないじゃない。で、さっきの言葉とかからするに、使ってくれそうにないんだけど?」
メッセージを終えたメリエルの問いかけに、クレマンティーヌは「んー」と曖昧な返事をしながら、軽く黒いスティレットを振ってみる。
重さ的には今、彼女が使っているものと変わりはない。
手に馴染めば、より強くなれるは間違いない。
「ねぇ、メリエル様。あっちこっちに目をつけられて、あっちこっちからちょっかい掛けられたら、どうする?」
問いにメリエルは小首を傾げて、答える。
「死人に口なし。違うかしら?」
クレマンティーヌは自分の色々な心配が杞憂だったことに気がついた。
つまり、何かあってもメリエルが叩き潰してくれる、とそういうわけだったのだ。
「まあ、でも、1週間はゆっくりできるかしらね。反応を見るにはそれくらい時間が必要でしょう」
1週間のうちに、奴隷買い占めないと、とにこにこ笑顔で告げるメリエルだった。