彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「……集まり、悪かったですね」
モモンガはその言葉に思わず溜息を吐いた。
彼にとっては遅い青春の1ページとでも言うべきユグドラシル。
12年にも及んだそれが今日でサービス終了を迎えるのだ。
彼にとっては極めて不本意なことながら、サービス終了を迎えることで最後にログインを、と呼びかけてみたが、先ほどログアウトしたヘロヘロが最初で最後の1人だった。
「まあ、あんまり落ち込まないで」
そう言うのはモモンガの対面に座る輩だ。
一見、見目麗しい女性である。
しかし、中の人は男性ということをギルドメンバーの誰もが知っていることだった。
本人曰く、理想の女性を作りたかった、後悔はない、とのこと。
とはいえ、その彼女の背中には真っ黒な翼が生えている。
彼女もまたこのギルドに属する異形の者だった。
「メリエルさん……」
モモンガは次々と引退していくギルドメンバーの中、変わらずにログインして最強を求め続けた彼女、メリエルの存在は救いであった。
厨二厨二と散々に他のメンバーにからかわれたものの、この世の厨二なぞ、とうの昔に背負っているという何だかよく分からない迷言を彼女は残している。
「時間も良い頃だし、どうせなら玉座の間で最後を迎えるのもまた一興では? ギルド武器も持ってね」
メリエルは微笑みながら、そう告げる。
その言葉にモモンガは僅かに頷く。
どうせ最後なら、それも良いだろう、と。
途中、セバスとプレアデスの面々を連れて行こうか迷ったが、時間もなかった為、2人は連れずに玉座の間へと向かった。
「モモンガを愛しているとかいいんじゃない?」
「いやさすがにそれは……」
玉座の間に佇むアルベド。
設定魔のタブラが作った彼女の長い設定を流し読みして、最後にあったビッチ設定にモモンガとメリエルはどうしたものか、と頭を悩ませていた。
「まあ、無難にギルメンを愛しているとかにしておきましょう」
モモンガの提案にメリエルも頷き、設定が変更される。
「あと1分もないですが、やり残したことはありますか?」
「ホムンクルス作らなきゃ……」
モモンガは思わず笑ってしまう。
メリエルはバランスブレイカーと称される程の魔法職、ワールド・ガーディアンに就いている。
だが、モモンガをはじめとしたメンバー達は彼女の厄介さはそこではないと重々に承知している。
単体でも強いが、彼女の強さは集団としての強さだ。
あんなものを2100年代に蘇らせるなんて、良い趣味している、とは大学教授であり、メンバー最年長の死獣天朱雀の談だ。
「それじゃあ、買い漁ったアイテム整理しなきゃ……」
モモンガは思わずリアルに吹き出した。
確かに、最後だからとメリエルはあちこちのバザーに出かけ、ワールドアイテムや神器級やらの、売り買い、トレードできるアイテムを大量に、そして破格の安さで――それこそ金貨1枚で神器級を売ってもらったり――購入していた。
「もうそれもいいですって。あ、そろそろ時間ですよ」
モモンガは脳裏に数多の思い出が浮かんでくる。
名残惜しいが、明日も仕事がある。
ログアウトの後はすぐに眠らなければ……
頭でそんなことを考えながら、彼は静かにその時を待った。
そして、刻限は迫る。
だが――
「……えー、何この尻切れ蜻蛉」
メリエルの言葉はモモンガの心を代弁していた。
時計は0時を過ぎた。
しかし、一向にログアウトされない。
「延期になったのでしょうか?」
「そんなワケは……」
メリエルは答えかけ、あることに気がついた。
「……いつからユグドラシルは匂いが実装されたっけ?」
「……はい?」
思わずモモンガは間の抜けた声を出す。
「あの、メリエル様、モモンガ様。どうかされましたか?」
全く予期していなかった第三者にモモンガもメリエルもそちらへ視線を向ける。
NPCであるアルベドが話しかけてきている――
そんな超常的な現象を目の当たりにし、モモンガは絶句した。
同じくメリエルも絶句したが、すぐに口を開く。
「いえ、ちょっと嬉しいことが起きたの。アルベド、今日も綺麗ね」
アルベドは目をぱちくりとさせた後、一瞬にして「くふー」と奇妙な声を上げた。
「勿体なきお言葉ですわ! 私などよりもメリエル様の方が万倍、億倍もお美しいです! まさにメリエル様こそ美の女神であります!」
「そう、ありがとう。嬉しいわ……ちょっと席を外してもらっていいかしら? モモンガと今後の方針の為、シークレット会談を行いたいの」
はい、とアルベドは玉座の間からそそくさと退室していった。
「……あのー、メリエルさん? これっていったいどういう状況ですかね?」
事態が全く飲み込めないモモンガにメリエルはにっこりと微笑む。
「どうやら私達、何だか知らないけど、ゲームの中に取り残されたか、もしくはゲームが現実世界と化したか、そういう事態っぽい」
「マジですか?」
「マジっぽい。でなければ夢でも見ているか……」
モモンガは天を仰いだ。
嬉しいような、嬉しくないような。
チラリと視線をメリエルへ向けると、彼女は凄く嬉しいらしく、さようならクソッタレな現実世界とか何とか言っている。
ポジティブなところはメリエルさんの持ち味だったなぁ、とモモンガは呑気に思う。
「で、モモンガさんや」
「あっはい」
「ギルドマスターだから、今後の方針考えて、よろしくどうぞ」
きらりーん、と無駄に効果音とエフェクトまで発したアイドルスマイルのモーションを実行するメリエル。
モモンガは殺意を覚えた。
しかし、アンデッドになった影響か、すぐに心に平静を取り戻した。
自分が人間でなくなったことに少しだけ悲しくなったものの、考えてみれば現実世界では全く良いことがなかった。
精々がユグドラシルをプレイするのが楽しみであり、それ以外に趣味といえるものはない。
家族もいない。
あれ、これってもしかして……すごーく、楽しい事態なのでは!?
モモンガはそう思い至るやいなや、笑いがこみ上げてくる。
はっはっは、と笑う様はまさに大魔王。
しかし、すぐにそれも強制的に無効化されてしまう。
サービス終了、残ったのはモモンガとメリエルの2人だけ、という湿っぽい、お通夜の雰囲気は一気に消し飛んだ。
「メリエルさん、これは一応現実と認識して……すっごく楽しい事態ですね」
「そうでしょう、そうでしょうとも。それとこうなったからにはもう私は成りきる。楽しまにゃ、損しかない」
「具体的には?」
問いにメリエルは答える。
「こう、支配者っぽい感じで……」
「あー、確かにそれのほうが良いかもしれませんね。上位者って感じで振る舞った方が……とりあえずは情報収集でもしますか? 守護者達とかどんな反応になるか、怪しいですし」
「それもそうね。まあ、最悪、敵対してきても一度、力の差を見せれば大人しくなる」
モモンガは乾いた笑い声をあげる。
そういやメリエルさんってたっち・みーさんと全力のPvPして勝負がつかなかったんだよなぁ、と。
あれは見応えがあった、とモモンガが思い出していると、メリエルが告げる。
「とりあえず、適当に守護者を集めましょう。六階層に集めて、もしやばくなりそうだったら、宝物殿へ退避する形で」
「……メリエルさんがギルドマスターの方がいいんじゃないですか?」
「私は自分の身体を観察する系の仕事があるので……」
モモンガは察した。
そりゃ気になるわな、と。
「それじゃ、アルベドに連絡して、六階層へ主だった面々を集めておきます。30分くらいでいいですか?」
「大丈夫です、たぶん」
本当に大丈夫だろうか、とモモンガは不安に思いつつも、メッセージにてアルベドへ連絡を取るのであった。
そして時間は瞬く間に経過し――
「堪能した」
つやつやとした顔で現れたメリエルにモモンガは察した。
そういやメリエルさん、両性具有って設定だったな、ちくしょうめ――
そんなことを思いながらも、ごほん、と咳払い。
もうロールプレイは始まっているのだ。
「メリエルよ、確認は終わったか?」
問いにメリエルは鷹揚に頷く。
「それで……守護者が勢揃いか」
メリエルはそう言って見回す。
平伏している守護者の面々に彼女は気を良くする。
実際に動いて喋っている姿が見られるなんて――
そんな感動で彼女は胸がいっぱいだ。
「今、どこまでを?」
「精霊を召喚し、少し肩慣らしをしたところまでだ」
同時に伝言がモモンガからメリエルへと飛び、状況の説明が行われる。
それらを受け、メリエルは返す。
忠誠を確認する、と。
モモンガは即座に了承し、メリエルへ一任する。
彼は心底、メリエルさんがいて良かった、と思う。
リアルでは中間管理職というが、彼の知識による薀蓄は――多大に妄想が混じっているが――メリエルのロールプレイを本物ではないかと錯覚させる程に十分過ぎるものだ。
面を上げよ、と言えば一糸乱れず顔を上げる守護者達。
メリエルは彼らに告げる。
「汝らは極めて不思議に思っているだろう。なぜ、41人のうち、2人しかいないのか、と」
いきなりそこですか、とモモンガが伝言で告げるが、メリエルは大丈夫、問題ないと返す。
「私は知っての通りだが、モモンガもまた汝らとは元々別の次元に存在していた。無論、他の39人も」
驚愕に染まる守護者達の顔にメリエルは満足気に頷く。
驚かせるのは彼女のライフワークだ。
「私とモモンガはこのナザリックがある世界と我々が存在する世界を行き来できた。だが、他の39人は存在世界で窮地に立たされた。彼らは言ったのだ、我々に構わず、ナザリックへ、と」
メリエルはそこで言葉を切り、守護者達の反応を見る。
皆、緊張した面持ちでメリエルの次の言葉を待っている様子だ。
「窮地とは……汝らでは歯の立たぬものだ。それこそ、強大であるとされる我々41人すらも、その存在を脅かされる程に、宇宙的な規模の脅威。39人は私とモモンガをこちらへと送った後、行き来できるゲートを破壊した。あの忌々しい脅威も世界を越えることはできないからだ」
以上が簡単な経緯だ、とメリエルは一度話を切った。
「何という、ことでしょう……」
アルベドは震える声で呟くように言った。
「至高の方々が、まさかそのような事態であったとは……」
ポロポロと大粒の涙がこぼれ始める。
メリエルは気づいて、モモンガに伝言を飛ばす。
『もしかして、やりすぎちゃった?』
『やりすぎです。嘘は言っていないですが、大きく盛りすぎです。何ですか、宇宙的脅威って』
『お仕事は宇宙の脅威だと思う』
そんなやり取りをしている最中にもアルベドやデミウルゴス、コキュートスにシャルティアとどんどん守護者達が悲壮感を漂わせながら、自分の無力を嘆いていく。
『これ、どうするんですか? 私は知りませんよ』
『まあ、何とか……』
メリエルはそう返し、再度口を開く。
「我々はもはや戻らぬ39人……ウルベルト、たっち・みー、ペロロンチーノ……」
メリエルはゆっくりと39人の名を上げていく。
啜り泣く声は大きくなり、嗚咽を抑えきれぬ者が出てくる。
「彼ら39人はナザリックを頼む、とそう言ったのだ。我々は39人の分まで汝らをあまねく愛そう」
そして、とメリエルは告げる。
「汝らもまた我々、メリエルとモモンガに忠誠を捧げよ。汝らはもはや死ぬことすら許さぬ」
良いな、とメリエルは問う。
すぐさま御意、という返事が返ってくるが、それらは例外なく涙声であった。
『さすがはメリエルさん。厨二的なことをやらせたらギルド一番ですね』
『こういうのはやってあげるから、全体の方針とかそういうのはよろしく』
了解、とモモンガは返し、口をゆっくりと開く。
「メリエルの言葉通りだ。もはや聞くまでもないが、一応聞いておこう。お前達にとって、私やメリエルはどういった存在だ? まずはそうだな、私から聞こうか。モモンガとはどういった存在だ?」
涙を拭い、守護者達が語りだした評価に思わずモモンガは目が点になった。
美の結晶だとか何やらびっくりな評価だ。
「つ、次にメリエルはどういった存在だ? シャルティア」
若干引きながら、モモンガは再度、問いかける。
「至高の方々の中でも、最も闇の存在。その知恵や御力はまさに想像を絶するものがあります。また、モモンガ様とは違った意味で、美の結晶であります」
メリエルはモモンガとは違って、さも当然とばかりに頷いている。
ああいうとこ、凄いよなー、とモモンガは思いつつ、次のコキュートスへ。
「マサシク神々ノ力。ソレデアリナガラ常ニ最強ヲ求メ続ケル、向上心ニ溢レル御方」
そしてアウラへと続いていくが、守護者達の評価はモモンガと似たようなものだった。
『だ、そうですよ? メリエルさん』
『うむ、余は満足であるぞ。ところで、私もちょっと体を動かしたいから、シャルティア辺りと戦いたいんだけど』
『大丈夫ですか? まずは適当に試してからの方が……』
『それもそうね……あとで適当に何か出してもらっても良いかしら』
モモンガはホッと安堵する。
メリエルの種族的にはありふれたといっては語弊があるが、堕天使だ。
しかし、彼――否、彼女はただの堕天使ではない。
「ではこれより、今後の方針を告げる。セバスはプレアデスを引き連れ、周辺の探索へ向かえ。アルベドはナザリック全域の警戒レベルを最高に引き上げろ。現在、我々はちょっとした厄介事に巻き込まれている可能性がある」
「恐れながらモモンガ様、厄介事とはいかなる……?」
「アルベドよ、私も確証は持てないのだ。故に、セバスらの偵察の結果を聞いてから発表する」
そんなやり取りをするモモンガを見て、メリエルは支配者しているなぁ、と感心してしまう。
ただのサラリーマンじゃなくて、魔王でもやってたんじゃなかろうか、と。
「では、以上。解散」
モモンガのどうにも会社員っぽい言葉にメリエルは思わずずっこけそうになった。