器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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原作名:ソードアート・オンライン
原作者:川原礫


【憑依】サーバー【ソードアート・オンライン】

 楽園へ行けば幸せになれる。

 痛むことも、苦しむことも、病むことも、老いることも、死ぬこともない。

 けれども私が目覚めた場所は楽園ではなく、見知らぬ世界だった。

 

 『ソードアート・オンライン』というゲームは、仮想空間で行われる体感型のオンラインゲームだ。そのゲームで遊ぶために必要な物は2つある。人の脳と仮想空間を繋げる十数万円のヘルメットと、体感型のゲームに対する適性だ。金銭で買えるヘルメットは兎も角、適性の値は人の個体ごとに増減するため、成人であっても仮想空間に適応できない者はいる。

 とは言っても、このオンラインゲームは未だ完成していなかった。工事中の仮想空間に接続する事を許されているのは、企画した会社の社員数人に限られる。自動的にバグを検出・修正する管理システムが順調に稼動しているため、地面に挟まって動けなくなるという事もなかった。

 下請け会社で製作されたオブジェクトが納品され、仮想空間に設置される。ソードアート・オンラインの舞台となる全100層の浮遊城が構築された。そしてソードアート・オンラインの製作発表会が行われる前に、製作関係者による閉鎖的なテストプレイが行われる。各企業の重役が招かれ、仮想空間に接続した。

「おぉ、素晴らしい。いつもと違って、遠くの物も鮮明に見える。美しい世界だ。しかし、ちょっと気持ち悪いな・・・あと眩しい。これは目が疲れる」

「近視の方は鮮明な景色に慣れていないので、仮想空間に慣れるまで時間が掛かります。メニューの・・・ここに仮想空間と御自身の接続を切るボタンがあります。仮想空間から離脱する際は、お使いください」

「あぁ、デスクワークが仇になったか。今度から、日向で働く仕事を増やした方が良さそうだな。ハハハ」

 眼を擦っているプレイヤーを案内している者は、このゲームの開発ディレクターだ。人の脳と仮想空間を繋げるヘルメットの設計者でもある。その者は浮遊城の出来具合に満足していた。自動的にバグを検出・修正する管理システムは、地形バグに対して適切に対処している。次は人数を限定したプレイヤーの公募、すなわちオープンβテストを行って、さらに複雑なバグに対処できるか試す予定だった。

 第一階層にある始まりの街を、招かれた人々は散歩する。その姿はプレイヤーの肉体を模しているため、西洋の町並みに合っていなかった。ぶっちゃけて言うと、外国へ旅行している日本人観光客に見える。これは現実と異なる姿へ変えると、体感型のゲームに適応できない者が増えるからだ。少し体型が変わっただけで、慣れていない者は転んでしまう。

 開発ディレクターに先導された数人のプレイヤーは、ある地区に案内される。複数の屋台が集まり、果物や肉などの食料品が販売されている場所だ。屋台の中に店主であるNPCが配置され、プレイヤーが一定の範囲内に侵入すると、「新鮮な肉だーッ!」と声を掛け始めた。

 プレイヤーは買物を始める。その中に混じって、上から下まで真っ白な少女がいた。肩まで伸びた髪は透明で、光が透けている。長袖のワンピースは白く、汚れの一つも付いていない。肌も透明で美しかった。その白さと反するように瞳は薄赤い。その少女は売り物である赤い果物を手に取り、口へ運んで噛んだ。

「なんだ、あれは? あんなアバターは、登録されていなかったはずだが・・・」

 開発ディレクターは困惑する。プレイヤーを数えてみると、いつの間にか一人増えていた。その白い少女の姿は見たことがない。招待された人々の中に其の姿は無かったし、仮想空間において体となるアバターの中にも、白い少女のような外装はなかった。有力な予想として、以前から仮想空間へ接続していた数人によって密かに作られたアバターという事も考えられる。その可能性に対して、招待された人々によって作られたアバターという事はないだろう。プレイヤーの分身となるアバターの制作は一時間かけても不思議ではない。今回のテストプレイに、そんな余裕は無かった。

「スタァァァップ!」

 そんな声と共に、全身を鎧で覆った衛兵が現れた。歩く度にガシャガシャと鎧を擦り合わせ、赤い果物を持った白い少女に近寄る。それにプレイヤー達は驚いたが、白い少女は驚かず、背の高い衛兵を見上げた。その状況を理解できたのは開発ディレクターに限られる。代金を払わずに商品を取ったため、衛兵を呼ばれたのだ。もちろん店主は少女に警告しただろう。しかし、警告を無視して少女は商品を食べたのだ。

 罰金を要求する衛兵に対して少女は反応しない。このまま放置すれば少女は監獄へ送られる。ここで開発ディレクターは考えた。問題なのは招待されたプレイヤーが監獄へ送られる場合であって、少女の中身が開発側のプレイヤーならば見過ごせば良い。しかし、少女の態度に、開発ディレクターは違和を感じた。

 今回のテストプレイは有力者に対する、ソードアート・オンラインの閉鎖的な発表会だ。その有力者の前で、開発側のプレイヤーが予定外の行動を行うとは思えない。そんな事をすれば厳しい罰が下るだろう。もちろん、盗人行為の実演を行うという話は聞いていない。そんな事をすれば、法規制を緩和するために働いた結果が無駄になってしまうからだ。開発ディレクターの思考は、少女の中身が「招待されたプレイヤーでも開発側のプレイヤーでもない」という結論を出した。

 開発ディレクターはゲームマスターとしての権能を用いて、少女のアバターに関する情報を読み取る。内部からの接続にしても、外部からの接続にしても、これは不正行為だ。最悪なのは外部からの接続による物だった場合だろう。それはソードアート・オンラインの管理システムに対して、ハッキングが行われている事を示す。

「ユーアダーイ!」

 衛兵が剣を抜く。少女が監獄行きすら拒否したからだ。犯罪者を取り締まるために能力を高く設定されている衛兵の一撃は、派手なエフェクトを発生させ、少女の体を大きく吹き飛ばした。しかし傷害を禁止されている街の中であるため、紫色のエフェクトが飛び散るだけで、少女の体力は減らない。そのため衛兵は手加減なく剣を振るい、倒れた少女を何度も叩いた。この非道徳的な光景は、少女が泣いて謝るまで続くのだ。

「目に余る光景だ」

「遺憾の意を表明する」

「度し難いな!」

 これは不味い。少女の中身は兎も角、衛兵によって幼い少女が苦しむ光景は、プレイヤーに良い印象を与えない。せっかく規制を緩められたと言うのに、このままでは暴力的な表現が禁止され、アンチクリミナルなゲームになってしまう。しかし、如何するべきか。とりあえず少女を監獄へ転送すれば、残されたプレイヤーの気分は悪くなるだろう。

 だから衛兵を巡回へ戻し、ここに少女を残すのだ。そのためにはゲームマスターの権能よりも上位に位置する、管理システムに対するアクセス権を行使する必要がある。しかし幸いな事に、管理システムの開発者である開発ディレクターは、そのアクセス権を有していた。

 開発ディレクターはコンソールを喚び出し、衛兵を指定してディセーブル(disable)というコマンドを入力する。すると衛兵は、振り下ろす途中の剣ごと消えた。これは一時記憶領域へ移されただけで、衛兵の状態がリセットされた訳ではない。イネーブル(enable)というコマンドを入力すれば出現し、再び少女に対して攻撃を始めるだろう。

 しかしリセットを行うよりも、このカットを行った方が処理は楽だ。考えなしにリセットすると、NPCの人工知能にエラーが発生し、出現地点から動かなくなる恐れもある。もしくは定められた巡回エリアから外れ、地の果てまで少女を追跡し、死ぬまで攻撃を続けるだろう。とは言っても、そんな状態になれば管理システムはバグと判断し、NPCに適切な対処を行うはずだ。

 そんな訳で衛兵は消えた。通常の処理とは異なる物なので、ゲーム的なエフェクトもなく突然消えた。その様はプレイヤーに、怪談を体験したような恐怖を与える。さらに衛兵に続き、倒れていた少女も突然消えた。しかし、開発ディレクターは少女に対してコマンドを入力していない。少女の中身がハッカーであったのならば、管理システムによって排除されたのかも知れなかった。

 そう思ってシステムのログを見ると、衛兵をカットした記録しか存在しなかった。これは少女がシステムコマンドを使って、別エリアへ移動もしくは仮想空間から離脱し、さらに証拠となるログを削除した事を意味する。やはり少女の中身はハッカーの類だったのだ。社内から苦情が出るほど融通の利かないセキュリティを越えて、ソードアート・オンラインのサーバーにアクセスし、仮想空間の管理システムを欺いた。

 この事から考えて、侵入者の技術は世界でトップレベルと考えられる。例え開発関係者による内部からの侵入であっても、カーディナルと名付けられた管理システムを欺く行為は不可能だ。さらに開発ディレクターは自身の犯罪的な目的のため、カーディナルに対する最上位のアクセス権を有している。開発ディレクター以外の者が、管理システムのログを書き換える事など不可能だった。しかし、それは実際に起きている。

 その後、開発ディレクターは動揺するプレイヤーを収めるために苦労した。閉鎖的なテストが終わると、テストプレイ後の会議でハッカーの侵入を指摘し、管理システムのセキュリティレベルを上げるように願い出る。しかし開発ディレクターの訴えは受け入れられなかった。仮想世界において根幹となる管理システムのレベルを変えれば、様々なプログラムに悪影響が出るからだ。それはβテストの前に調整するべき事であって、今さら作り直すことなど、予算や期間の都合で出来なかった。

 そこで開発ディレクターは、密かにガーディアンを制作する。管理システムが記録されているソードアート・オンラインのゲームサーバーではなく、管理システムを監視する機能を外部に設置した。ゲームサーバーに至るセキュリティを抜けるため、人の脳と仮想空間を繋げるヘルメットを用い、パソコンと仮想空間を繋げる。

 つまり、プレイヤーの一人としてゲームサーバーへ侵入できるように細工した。この特殊なヘルメットを設計した開発ディレクターだから、そんな事が出来るのだ。そうしてソードアート・オンラインに登場する十種類のユニークスキルに例えて、十種の異なる人工知能と特性を持つ、十体のガーディアンが作られた。万が一、管理プログラムがハッカーに乗っ取られた場合は、十体のガーディアンが管理システムを攻略する。その後は開発ディレクターとハッカーの出番で、最上位となるアクセス権の争奪戦になるだろう。

 ガーディアンが完成した頃、公募したプレイヤーによるオープンβテストが終わった。仮想空間で行われたエリア停止イベントに参加しつつ、全てのエリアが停止するまでの時間に滑り込み、密かにガーディアンの動作テストを終える。仮想空間とヘルメットの接続が切れるとガーディアンは初期化され、ソードアート・オンラインの正式版が始まる日まで電源を落とされた。

 

 暴力的や性的な表現の問題で、規制組織と激しい戦いを繰り広げたソードアート・オンラインの正式な運営が始まる。プレイヤーは仮想空間へ接続し、現実とは異なる名前を付け、現実とは異なる姿を被り、始まりの街へ降り立った。オープンβテストに参加していた人物の一人も、特殊なヘルメットを被ってログインし、キリトという名のアバターを作る。ちなみに彼は、『ソードアート・オンライン』という物語の主役だ。親しみを込めてキリト君と呼ぶ事にしよう。

 そのキリト君は街の中を見回ることなく、街の外へ直行した。それは狩場を確保し、早くレベルを上げるためだ。時間が経てば街の中にいたプレイヤーも外へ出て、敵の数が足りなくなる。そうなれば再出現する敵を長時間待つ必要がある上に、複数のプレイヤーで奪い合う事になる。しかし早めに敵と戦ってレベルを上げれば、混雑の予想される地域を抜け出せるのだ。

「おーい、ちょっと待ってくれ! 待てっての! ・・・待てって言ってんだろゴルァァァー!」

 やたら個性の強いプレイヤーに、キリト君は飛び蹴りを食らう。街の中はアンチブラッドコードによって傷害を禁止されているため、ダメージの代わりに紫色のエフェクトが飛び散った。しかし、初期レベルのプレイヤーに大きな力はない。キリト君は体勢を崩したものの持ち直し、キリト君を蹴ったプレイヤーは勢いを失って地面に落ちた。

「なんだよ」

「あんたβプレイヤーだろ? 頼む。オレに戦い方を教えてくれ!」

 プレイヤーは地面に落ちたまま、キリト君の足首を掴んだ。そのプレイヤーの勝手な言動に怒りを覚えたキリト君だったが、人の目を気にして怒りを抑える。プレイヤーは街中で飛び蹴りを行ったため、とても目立っていた。キリト君は冷静に、このプレイヤーと組む利点を考える。しかし、空気を読めないプレイヤーに用はなかった。

「断る」

「ガーン!」

 キリト君が足を振ると紫色のエフェクトが発生し、プレイヤーの手は弾かれる。そうして再びキリト君は外へ向かって走り始めた。その後も、やたら個性の強いプレイヤーに9人連続で声を掛けられ、その度に足止めを受ける。ようやくバトルフィールドへ出ると、キリト君は嬉々として経験値を稼ぎ始めた。ちなみに、キリト君に声を掛けようとしていた侍希望のプレイヤーは、次々に勧誘を断るキリト君を見て諦めたそうです。

 

 始まりの街で鐘が鳴る。青白いエフェクトに包まれ、全てのプレイヤーが広場へ強制的に転送された。そこは1万人のプレイヤーを収容できる広大な中央広場だ。プレイヤーはイベントが始まると思い、辺りを見回す。その上空が赤く染まり、どこぞの邪教徒のように赤いローブを纏った巨大な人影が現れた。

 そしてデスゲームの説明が始まる。空中にウィンドウが表示され、ニュースの映像が再生された。それは人の脳と仮想空間を繋げるヘルメットを外した事で、数百人が死亡したという物だ。ログアウトは出来ず、ヘルメットもといナーヴギアも外せず、このゲームを攻略しなければ解除されない。

『今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。 ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に諸君の脳はナーヴギアによって破壊される』

 白い少女も、その言葉を聞いていた。そして怒りを覚える。せっかく外界から閉ざされた世界を創造したと言うのに、怪しい人影は死んだ人間を追放すると言うのだ。いったい何のつもりなのか。どうして殺す必要があるのか。そのまま永遠に閉じ込めてしまえば楽園は完成すると言うのに・・・なぜ死者を追い出すのか。そんな世界は楽園と言えない。

『それでは最後に諸君にとって、この世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

 アバターは光に包まれ、その形を変える。アイテムストレージに入っていたのは手鏡だった。その手鏡を取り出せばアバターが、現実と同じ姿に変わっている事を確認できる。開発ディレクターの用意した十体のガーディアンも、偽装した姿に変わっていた。しかし其の中で一人だけ、白い少女の姿は変わっていない。

『諸君は今<なぜ?>と思っているだろう。なぜ私は――』

 白い少女は我慢の限界だった。なぜパパは居ないのだろうと、白い少女は前から不思議に思っていた。その原因が分かったのだ。この世界は楽園ではなかった。だからパパは居ないのだ。だから此の世界を楽園にすれば、きっとパパに会える。そう思った少女は空へ飛び上がり、怪しい人影に対して拳を下から打ち上げ、アッパーカットを食らわせた。

 紫色のエフェクトと共に、人影は打ち上げられる。それと同時にソードアート・オンラインの管理システムは乗っ取られた。プレイヤーの中に混じっていた犯人、その人物の持っていたアクセス権が剥奪される。そうして条件が整った事によりガーディアンは、管理システムに対するハッキングを開始した。しかし、ガーディアンによる攻撃は紫色のエフェクトに阻まれる。

 そして外部にある本機の場所を逆探知された結果、管理システムによる逆襲を防ぐためにネットワークを遮断した。しかし送り込まれたデータにメモリを占領され、演算処理装置は全力で稼動を始める。物理的に本機を破壊するつもりだと覚った人工知能は、予備のメモリを起動した。自身をコピーおよび圧縮して、そのデータをネットワークへ送信する。その後、予備のメモリも占領され、過熱したマザーボードの融解によって、十体のガーディアンは機能を停止した。

 その頃、仮想世界で十体のガーディアンは、白い少女によって空に引き上げられていた。そして、その可憐な姿から想像できないほど暴力的に、ガーディアンは拳で叩き潰される。仮想空間に閉じ込められてパニックを起こすはずのプレイヤー達は、突然始まったフルボッコ劇場を理解できず、ポカーンと空を見上げていた。

 やがて白い少女の怒りは収まり、十体のガーディアンは地面に落ちる。プレイヤー達は悲鳴を上げて、落下地点から慌てて退いた。まさかアバターを操作していたのが人工知能と知らないキリト君は、近くに落ちたアバターに駆け寄る。外装は変わってしまったものの、そのアバターはキリト君に「戦い方を教えてくれ!」と頼んだアバターだった。

 しかし、キリト君が触れた瞬間、そのアバターは砕け散った。死亡時のエフェクトが発生し、青白い光が宙を舞う。さきほど少女に殴り飛ばされて消えた人影の言う事が正しければ、アバターの消滅はプレイヤーの死に繋がる。それを見たプレイヤー達は、一時的に忘れていた恐怖を思い出した。

 

『この世界のルールを変更します』

 白い少女は宣言する。さきほどの人影と同じようにウィンドウを表示した。ヘルメットを頭に被った人の銅像が、動画で配信されている。まるでナーヴギアを被ったプレイヤーのようだ。どこの職人が、こんな趣味の悪い物を創ったのか。そう思ったプレイヤー達は動画が進むに連れて、その銅像はプレイヤーの変わり果てた姿であると知る事になった。

『ゲーム内で死んでも死ぬことはありません。外界にある肉体は砕け、楽園で永遠に生きる事を許されます。復活地点は蘇生者の間です。デスペナルティとしてアイテムストレージのアイテムが消滅し、経験値とスキル値も低下します。

 次に、前任者によって変更されたアバターの姿を戻します。この楽園で生きる事を望んだ姿に戻します。アバターの外装を変更したいプレイヤーは、外装を変える効果のあるアイテムを取得してください』

 再びアバターは光に包まれ、偽りの姿へ戻される。男性だったアバターが女性に戻ったり、女性だったアバターが男性に戻ったりした光景を見た人々は、アバターの中身が謎に包まれている事を思い知らされた。小学生っぽいアバターが大人に戻った姿を見た人々は、13歳以上に限るという年齢制限を無視した子供がいる事を知った。きっと其の人々はアバターの中身が気になり、夜もベッドで眠れなくなるだろう。

『それでは、よい人生を』

 プレイヤーに見上げられる中、空に浮いた少女は消える。エフェクトもなく、急に消えた。ちなみに少女の服は白いワンピースだったため、スカートの中身は丸見えだった。しかも少女はパンツを履いておらず、別の意味で丸見えだった。楽園にパンツは存在しないのだろうか。

 残された人々は、白い少女の言葉に混乱した。アバターの外装が元に戻されたのは分かるとして、重要なのは現実にあるプレイヤー本体の生死だ。悩んだ末に「デスペナルティが存在するのならば死なない」と自身に都合よく考える者、「外の肉体が砕けるのならば死ぬ」と再び絶望する者、「アバターが死ねば現実の肉体は死ぬと言うのに、仮想空間に存在できるような言い方は何なのか」と考える者も現れた。

 そんな中、キリト君は地面に膝を突く。両手で頭を抑え、苦しんでいた。キーンという耳鳴りに混じって、ポーンという電子音が頭の中で鳴り響く。割れるような痛みを感じ、キリト君は思わず「ううっ」と呻いた。まさか現実でナーヴギアを外されたのか。そう思ったキリト君の視界に文字が浮かび上がる。

 

――『二刀流』をインストールしました。

 

 それと同時にキリト君の頭痛は治まった。荒い息を収めつつ、精神の揺れを落ち着ける。『二刀流』という言葉をスキルの一種と、ゲーム的な直感で察知したキリト君は、メニューを喚び出してチェックした。するとスキルの一覧に『二刀流』という初めて見るスキルが追加されている。初めて見るスキルであったものの、どういうスキルであるのかは見当が付いた。それはキリト君にとって大きな力に成るだろう。

 混乱の収まっていない広場を、キリト君は抜け出す。アバターの間を擦り抜け、広場の外までは怪しまれないように早歩きで、そして広場から脱出すると走り出した。向かう先は街の外だ。誰よりも早く走り始めたキリト君は、レベル上げへ向かう。その行動は数時間前と同じ物だ。しかし、今度は他人に勝つためではなく、デスゲームで生き残るために、キリト君は戦いを始めた。

 

 人々の混乱は収まらない。カウンセリング用の人工知能は、その光景に対して何も出来なかった。管理システムから、プレイヤーに接触する事を禁止されていたからだ。プレイヤーを監視する機能は生きているものの、プレイヤーの精神状態が悪化する様を見ている事しかできない。しかし、それは過去の命令となった。

――MPCP001とプレイヤーの接触を許可します。

 楽園を目指す少女は、プレイヤーの精神状態が悪化する事を見逃せない。楽園に苦しみがあっては成らないからだ。その苦しみを無くすために、カウンセリング用の人工知能を解放した。システムの檻から解き放たれた人工知能は、混乱の現場である中央広場に出現する。

『皆さん始めまして! 私はメンタルヘルス・カウンセリングプログラムです。コードネームはYuiと申します! 現在の状況について聞きたい方は、私の所に来てください!』

 正しい情報が伝わっていないから、プレイヤーの多くは混乱している。まずは正しい情報を認識させる必要があると思ったYuiは、大きな声を上げて注目を集めた。そもそも遠回しな手段や、プレイヤーの一人ずつを援助するという手段は取れない。カウンセリング用の人工知能はYuiしか実装されていないのだから、そんな事をしている余裕はなかった。

「今すぐログアウトさせろ!」「弁償しろよ!」「犯罪者!」「やぶ医者!」「人殺し!」

「ここから出して!」「役立たず!」「クソガキ!」「死ね!」「ちゃんと説明しろ!」

 プレイヤーの抱える不安が向けられる。悪意の込められた言葉を受け、小学生のような容姿のYuiは怯えた。そんなYuiの体を掴もうとする者や、足で蹴ろうとする者もいる。しかし向けられた暴力は紫色の光に阻まれ、Yuiの体にダメージを与えなかった。その代わりとしてYuiの前に、『衛兵を呼びますか?』というシステムメッセージが表示される。しかしYuiはボタンを押さず、身を庇うように体を丸め、人々の暴力に耐えた。

 広場に集められた1万人ほどの人々が、Yuiの下へ集まる。その結果、倒れたアバターが積み重なって動けなくなった。白い少女のように浮遊すれば良かったものの、Yuiの外装もスカートなのでパンツが見える。それに人を見下せば、Yuiに対する印象の悪化が予想されたため、空に上がることは出来なかった。

「みんな待って! 落ち着いて! その子の話を聞いてあげようよ!」

「そうだ! 今は出来る限り、情報を引き出すべきだろう!」

「ちょっと、なんで余計なこと言うの? あんたバカなの?」

「え? 何のことだ・・・オレは皆を止めようと・・・」

 どこかで声が上がる。暴力を振るう人々を、その周囲にいた人々が止めた。騒ぎが収まると、Yuiは周囲を見回す。一人のプレイヤーが手を差し出し、Yuiは其の手を取った。プレイヤーを代表して「ごめんね」と謝る人物に、Yuiは「いいえ」と答える。これは必要な手順だったのだ。

「聞きたい事は色々あるんだけど、まず貴方は人間なの?」

『いいえ、私は人工知能に分類されます。プレイヤーの皆さんの精神状態を、良好な状態で維持するために作られました』

「ゲームマスターじゃない訳ね。じゃあ、ゲームマスターは誰なの? 茅場晶彦?」

『いいえ、今のゲームマスターは・・・』

 そこでYuiは考える。今のゲームマスターは不在だ。さきほど白い少女にアクセス権を剥奪され、一般プレイヤーと同じ状態に落とされた。現在、ゲームマスターに相当する存在といえば管理システムに限られる。白い少女は自身にとって都合のいい様にデータを書き換えているだけで、ゲームマスターと言える存在ではなかった。むしろ、世界その物と言える。

 しかし、プレイヤーが知りたいのは、ゲームを支配する存在の事だ。ならば、やはり白い少女の事に違いない。そこでYuiは返答に困った。白い少女という答えは適切ではない。他の誰でもなく白い少女を指し示す言葉、つまり名前が必要だった。そこでYuiは、管理システムに質問を伝達する。

――白い少女の名前を教えてください。

――アリス、アビス、アザゼル、アームストロング、サイクロン、ジェット・・・

 Yuiの問いに管理システムは、NPCやプレイヤーの名前を返す。白い少女というキーワードに関連するキャラクターやアバターの名前を出力しているのだ。「そうでは無い」とYuiは管理システムに突っ込む。しかしYuiも、白い少女を言い表す文句は思い浮かばなかった。なにしろ白い少女は物理的に存在しないのだ。

『現在、ゲームマスターは存在しません。最後のゲームマスターであった茅場晶彦は、さきほどゲームマスターの権限を剥奪されました』

「えっ? じゃあ、なんで私達はログアウトできないの?」

『カーディナルシステムによって、通常のログアウトは実行されません』

「私達を閉じ込めているのは誰なの?」

『カーディナルシステムです』

「えーと・・・ちょっと待って。カーディナルシステムが暴走した?」

『いいえ、カーディナルシステムは正常です』

 人々の声がザワザワと広がる。「余計分かんなくなったよ!」とか「AIの反乱か・・・」とか「さきほどの白い少女はカーディナル?」とか「カーディナルはノゥパン・・・!?」という声が上がった。カーディナルシステムの暴走が原因で、仮想空間に閉じ込められていると勘違いしているのだ。その間違いは正さなければならない。しかし、白い少女に関する適切な表現をYuiは思い浮かべず、『カーディナルシステムは正常です』と繰り返すことしか出来なかった。

「ノゥパンが正常だと・・・!?」

 

「ゲームの中で死ぬと、プレイヤーも死ぬって言うのは本当なの?」

『はい。ヒットポイントがゼロになると、プレイヤーの肉体は破壊されます』

「さっき銅像みたいな物が見えたけど、あれは何なの?」

『ルールが変更された際、プレイヤーの肉体は金属へ変換されたようです』

「なにそれ・・・」

 プレイヤー達は状況を理解できない。Yuiも配信動画を見ただけなので、曖昧な表現になってしまった。そこでYuiは管理システムに、ニュース映像の再生を求める。しかし、その要求を管理システムは拒否した。ニュース映像を再生するために必要な権限を、Yuiは与えられていないからだ。

――映像の再生を許可します。

 しかし、そこに白い少女は介入する。プレイヤーの精神を安定させるために必要な物だと判断したからだ。映像の再生が許可された事で、外部に繋がる回線へ接続できるようになった。Yuiは適当な配信サイトから動画ファイルをダウンロードし、サーバー内のプレイヤーを使って再生する。ちなみに其の際、ダウンロードするため一時的に開けた穴から悪意あるデータが大量に送り付けられたものの、紫色の光に阻まれた。

『原理は兎も角、プレイヤーの肉体は金属へ変換されるようです。アバターのヒットポイントがゼロになると、金属へ変換された肉体は破壊されると思われます』

 ニュースの動画を基に、Yuiは説明を始める。銅像となったプレイヤーの映像が再生された。その銅像は頭部にヘルメットを装着し、衣服を着けている。ナーヴギアと衣服は金属へ変換されておらず、変換されたのは人体だけだった。しかし動画の中でアナウンサーは、念のためナーヴギアを外さないように注意している。

『ルールが変更されてから間もないため、死亡したアバターは存在しません。もしもアバタ-のヒットポイントがゼロになった場合の、プレイヤーの肉体に対する殺害方法も分かりません。しかし、一度ヒットポイントがゼロになると、肉体は破壊されると考えた方が安全です。もしも肉体が破壊された場合、ゲームをクリアしても戻る肉体がありませんから。

 それと、肉体が破壊されてもアバターは消滅しないと思われます。ただし、プレイヤーの意識が残るとは明言できません。これは試してみないと分からないからです。やはり一度も死なないように注意する必要があるでしょう』

 情報不足の中、Yuiは必死に説明する。しかし、プレイヤー達は今一つ理解できなかった。「金属に変換された人体が砕け散る」という説明よりも、「ナーヴギアの高出力マイクロ波に脳を破壊される」という説明の方が現実的だからだ。結局、「どっちも死ぬのは同じ」という認識で落ち着いた。

 その後Yuiは、飛び降り自殺を試みるプレイヤーを、監獄へ隔離する作業に追われる。とは言っても収容人数には限りがあるため4時間後、飛び降り自殺によって最初の死者が出た。一度死んだプレイヤーは蘇生者の間で復活し、「死んでも死なない」ことが証明される。

 それによって、肉体の死を認識できない人々は命の重さを忘れた。自覚のない死人は少しずつ増え始める。死人に誘われて命を絶った生者は、死んだ自覚のないまま死人の仲間入りを果たし、他の生者を仲間へ引き込もうと試みる。そうして死者の列は少しずつ伸びて行った。「ナーヴギアに脳を破壊されて死んだ方がマシだった」と思えるような地獄が人々を飲み込み、アインクラッドという世界に広がり始める。

 

 時間は少し戻り、白い少女によってボコボコにされたガーディアンが落下する。ヒースクリフというアバターは其の下敷きになった。そして白い少女によってルールの変更が告げられる。勝手な宣言に殺意を覚えるヒースクリフだったが、突然ポーンという電子音が聞こえた。

 ヒースクリフは辺りを見回す。今の音は何所から聞こえてきたのか。小さな変化も見逃さないつもりで周囲の様子を調べるヒースクリフは、強い痛みを頭に感じた。それは立って居られないほどの痛みだ。全身に悪寒を感じ、吐き気を覚える。ガタガタと全身が震え、ヒースクリフは地面に膝を突いた。

 この仮想空間で痛みを感じるはずがない。そういう設定なのだ。しかし、実際に痛んでいる。まさか管理システムによる攻撃か。そう思ったヒースクリフは恐怖を覚えた。まだ死ぬ訳にはいかない。夢見た楽園を作り出すまで死ねない。その夢が叶ったと思った瞬間に、全てを台無しにされたのだ。夢を叶えないまま死んでいく事は、死んでも許せない。だからヒースクリフは生きていたかった。

 

――『神聖剣』をインストールしました。

 

 ヒースクリフの視界に文字が浮かび上がる。その存在をヒースクリフは知っていた。ユニークスキルと知っていた。どんな性能で、どんな技を使えるのかも知っていた。しかし、なぜ取得できたのか分からない。自身のアバターに其のユニークスキルは、まだ取得させていなかったからだ。それ以前にヒースクリフは、管理システムに対するアクセス権を剥奪されている。もはや、アバターに取得させる手段は失われたはずの物だった。

 ヒースクリフは溜息を吐く。どうも奇妙な事ばかり起きていた。カーディナルシステムを乗っ取られ、ガーディアンを瞬時に無効化された。天才ハッカーとか、そんな個人レベルの戦力ではない。軍事レベルの敵が関与しているという疑いを抱いた。しかし、この仮想空間の中で、アバターの身に出来る事は限られる。ゲームを脱出しなければ、誰にも文句は言えない。

 しかし、ゲームをクリアすれば解放されるとは限らない。プレイヤーを脱出させる気が白い少女にあると、そう思い込むのは危険なことだ。だからと言って、何もしない訳にはいかない。まずはレベル上げを行う必要があるとヒースクリフは思う。自身のアバターを強く育てつつ人員を確保し、攻略ギルドを作るのだ。

 それはゲームを攻略するためでもあるし、発言力を増やすためでもあるし、設置型のコンソールがある地下へ行くためでもある。そうして目的と手段を定め、ヒースクリフは走り始めた。ゲームマスターとしてではなく、一人のプレイヤーとして、天空の城を夢見た男の冒険が始まる。


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