器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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本日2013年2月20日水曜は、
鋼殻のレギオス第23巻「ライク・ア・ストーム」の発売日です。
クライマックスと思ったら短編挟んで来やがった。何を言ってるのか(ry
記念パピコ。

【あらすじ】
学園都市へ潜り込んだレイフォンは、
人目を気にせず自身の力を存分に振るい、
人並み外れた力のせいで仲間に恐れられました。




 生徒会長の家に招待されたレイフォンは、無線観測機が撮った写真を渡された。その画像に映っているのは、汚染物質の吹き荒れる荒野に座する巨大な影だ。脱皮前の老生体・・・ではなく移動都市だった。その画像を見たレイフォンは、無線観測機を使って索敵を行っている事に感心する。

「ツェルニの進行方向、500キルメル先で発見された都市だ。何らかの理由で滅びた廃都市だろう。複数の小隊を派遣する予定だが、君に先行して危険がないか調査してもらいたい。汚染獣に滅ぼされた可能性もあるため、威力偵察となるだろう。万が一の場合は、自身の生存を優先して構わない」

「分かりました」

 迷う様子もなく、レイフォンは了承する。生徒会長に「一人で先行し、発見した汚染獣を攻撃しろ」と外道な事を言われたのだ。威力偵察とは、そう言う事だ。普通ならば、有害な汚染物質の吹き荒れる中、孤独となる事に恐怖を感じる。その先にいる汚染獣と戦うなんて事はできない。

 しかし、レイフォンは不安を感じなかった。グレンダンを出た時は放浪バスに乗れず、次の都市を見つけるまで荒野を歩き続けたのだ。夜の真っ暗な無人の荒野で、レイフォンは過ごし慣れている。汚染獣と戦う事に関しても問題ない。どんな敵が相手でも一撃で終わるだろうとレイフォンは思っていた。それにレイフォンは独りではなく、妾もいるのだ。

『リーリンさんを忘れないでほしーなー』

 ランドローラーという乗り物を貰い、レイフォンは発見された都市へ向かう。念威操者の案内を受けるため、都市外装備を身に付けた。それよりも偽リーリンの鎧を身に着け、レイフォン自身の足で走った方が速い。しかし、念威操者の端子を介して覗かれている間は使えないかった。

 そんな訳で、1日ほど乗り物で移動すると、限界距離に達したため端子は離れる。その後はランドローラーを置いて走り、音速突破の衝撃も鎧で防ぎ、荒野に煙を巻き上げながら、わずか数十秒でレイフォンは目的地である都市に着いた。都市の外という広い空間だからできる荒業だ。

 鎧を解除すると当たり前のようにレイフォンは、数百メートル上にある都市の外縁部へ跳ぶ。それ以外にも都市へ侵入する方法はあった。移動都市の下部にある出入口を、力技で開けるという方法だ。しかし、人の有無を視認するまで都市を傷付けてはならない、とレイフォンは判断する。生徒会長は廃都市と言っていたが、住人が残っている可能性もあるのだ。

 エアフィルターを抜け、レイフォンは外縁部へ着地する。外縁部は汚染獣を迎え撃つため平坦だ。しかし、そこに戦いの跡がない。少し前に汚染獣と戦ったツェルニのように、血や泥、汚染獣の死体や体液で汚れた跡はなかった。外縁部の向こうに見える町並みも、壊れている様子はない。

 汚染獣の襲撃ではないのか。ならば、なぜ都市に人が見当たらないのか。商店の並ぶ道路を歩くレイフォンは住民に出会わなかった。無人の都市だ。扉の鍵は掛けられ、シャッターも下ろされている。その様子から、急に人が消えた訳ではない事をレイフォンは察する。都市を出る時間は十分にあったのだ。そんな光景を見てレイフォンは、グレンダンに居た頃、伝染病が流行した事を思い出した。

 致命的な伝染病の流行で、都市の住民は脱出したのか。ならば建物の中に死体が残っているのかも知れない。そう思ってレイフォンは幾つかの民家に侵入し、さらに病院を探してみたものの、死体は見つからなかった。診療記録を探して見ると、伝染病が流行した跡もない。

「こういう時は、フェリ先輩がいると助かるんだけど・・・」

 あの念威操者が居れば、都市内にいる住人の有無を調べるのは簡単だ。レイフォンが昼寝している間に調べ終わるだろう。しかし念威操者を含む小隊は今、学園都市を出発した頃だ。そもそもレイフォンの任務は威力偵察となっている。なので、この不思議な都市について詳しく調べる必要はない。レイフォンは見つけた敵を倒せば良いのだ。

『と言う訳で、かくかくしかじか』

「うまうま、なるほど。じゃあ、人の居ない原因を探るのは中止して、地下へ行こう」

 都市の地下と言えばシェルターだ。都市の人々を避難させるため、大きな広間となっている。もちろん一つではなく、都市の各所に数百個あるはずだ。汚染獣にシェルターを攻撃された場合、単一の場所に避難させるよりも、複数の場所に避難させた方が被害は少ない。そうすると維持費は上がるものの、リスクは分散できる。

 全部を調べる余裕は無いので、都市の中心部にあるシェルターを調べる。すると、やはり無人だった。しかし、缶詰めの非常食を発見する。廃都市となった後に訪れる者のため、残されていたのか。さらに、地上では点かなかった電灯が、地下では点いた。地下に限って電力が通っているのだ。これは地上へ通う電力のラインが、何らかの意図によって遮断されている事を示している。

 都市の電力は機関部で作られる。パイプと歯車が絡み合う機関部は、原料であるセルニウムを放り込んで置けば良いという物ではない。つまり、機関部に人がいるのだ。その事に気付いたレイフォンはシェルターの調査を中止し、都市の機関部へ向かう。そもそもエアフィルターが稼動している時点で、不思議に思うべきだった。

「でも数日だったら、人が居なくても稼動する可能性はあるよね。都市が滅びて、そんなに日が過ぎていないだけかも知れない」

『まあ、人の居る可能性が上がっただけでも良いだろう。話を聞ければ手間が省ける』

 

 都市の機関部へ下りたレイフォンは、滑らかな表面の地下通路を歩く。その格好は都市外装備を着たままで、偽リーリンの鎧は解いていた。長剣という妾の半身も体内に納められ、レイフォンは何も手に持っていない。その状態で隠れ潜む様子もなく、レイフォンは各部屋を見回っていた。

 その時、ダダダダッという破裂音が微かに聞こえる。そしてバンッという音と共に、壁から小さな黒い物が飛び出た。それに対してレイフォンは宙空から妾を抜き、反射的に黒い物を斬る。すると黒い物は2つに割かれ、レイフォンを避けて壁に減り込んだ。まさか、今のは銃弾か。

 銃声は連続して聞こえた。連射性能の高い機関銃、マシンガンという奴だろう。その音の通り、次々に銃弾が壁から現れる。それらを無視してレイフォンは斬撃を放った。銃弾を切り飛ばすのではなく、撃ち手を先に気絶させようと考えたのだ。どうせ銃弾は偽リーリンの鎧で防げると、レイフォンは思っていた。

 しかし、レイフォンの体に衝撃が走る。瞬時に展開された白い鎧を、銃弾は貫いていた。巨大な都市を引っくり返すほど力があった、グレンダン最強の女王による攻撃を防いだ鎧だ。それほどの物が、小さな弾丸に突破されている。驚いたレイフォンは動きを止め、さらに銃弾を身に受けた。

『バカなっ!』

『私に任せて!』

 偽リーリンが叫ぶと、レイフォンは口から光線を発射した。拡散された光線は、小さな穴の開いた壁ごと銃弾を消し飛ばす。それだけでは止まらず、放射方向にあった物を巻き込んだ。放出が終わるとレイフォンの前方にあった物は全て無くなり、遠くに見える大きな穴から都市の外にある荒野が見える。外から見れば、都市の下部に大きな穴が開いているだろう。偽リーリンは力を加減せずに放ったようだ。まあ、仕方ない。

 それよりもレイフォンだ。銃弾で開いた穴は、鎧の元となっている白い液体を詰め込まれている。しかし、傷が治ったわけではない。レイフォンは痛みを感じるらしく、苦しんだまま動けなかった。傷が治るまで何日かかるか分からないので、後から来る予定の小隊に頼った方が早い。

『なぜ銃弾は、貴様の鎧を貫通した?』

『相手が特殊な能力を持っていたのかも知れない。老生体まで成長した汚染獣の中には、特殊な能力を得る者もいるから』

『さきほどの敵は汚染獣だったと言うのか?』

『汚染獣に対する特殊な弾だった可能性もあるわね。でも人なら、さっき放った私の攻撃で死んでいるはずだから、考える必要はないわ』

『まだ敵は生きていると?』

『安心するのは早いもの。今の内に少しでも移動しないと・・・』

 その時、瓦礫の崩れる音に、微かな発砲音が混じる。背中を預けていた壁を貫き、銃弾がレイフォンの頭部を貫いた。その衝撃で脳は潰れ、血管は千切れてグチャグチャになる。後ろから撃たれた体は前に倒れ、床で頭部を強く打った。そして、光線で開いた穴をレイフォンは転がり落ち、瓦礫に引っ掛かって止まる。レイフォンの体を覆っていた白い鎧が剥がれ落ち、荒野の風に吹かれて散った。

 

「なぜレイフォンを一人で行かせたのですか!?」

 レイフォンの所属する第十七小隊の小隊長は生徒会長室へ押し入り、生徒会長を問い質した。生徒会長の妹である念威操者から話を聞いたからだ。小隊長の後ろに隊員である狙撃手と、少し離れた扉の近くに念威操者が立っている。ついでに整備士も、小隊長の後を追って同席していた。

「念威操者のサポートもなく廃都市に一人で行かせるなど、レイフォンに死ねと言っているような物ではありませんか!?」

「彼の実力は私も知っている。できれば彼を都市に残したかったが、代わりに派遣した小隊を失うのは惜しい。しかし彼ならば、どんな敵が相手でも無事に帰って来れると信じている。だから彼を一人で行かせたんだ」

「せめてフェリを同行させれば・・・!」

 小隊長の言葉を聞いて「私ですか・・・」とフェリは呟く。もしも同行を命じられていたら、全力で御断りしていた。男と女の問題もあるし、本能的に受け入れられない。実際、1日ほど廃都市までの道程を案内した結果、フェリの精神力は擦り切れた。ほとんど無言だったにも関わらず、これほどフェリの精神を痛め付けた相手は、レイフォンが初めてだろう。

「都市で最も優れた念威操者を失う危険は冒せない。それに守る者が居れば、彼も自由に戦えないだろう。万が一の場合は、自身の生存を優先するように伝えている。逆に彼が帰って来なかった場合は、彼ですら生還できないほど危険な場所という事だ」

「レイフォンを捨て駒にしたのですか・・・!」

「誰かが遣らねばならない事だ。しかし、彼は喜んで引き受けてくれたよ。大丈夫、よほどの事がなければ、彼は無事に帰ってくるだろう。彼の報告を元に調査計画を練り、いくつかの小隊を派遣するので、今の内に君達は十分な休息を取り、体調を整えて欲しい」

「生徒会長、私はレイフォンの後を、今すぐ追うべきだと思います」

「もしも彼が汚染獣と戦っていたら邪魔になる。彼を太陽に例えれば、君達は小さな星だ。彼の輝きの前では暗闇に埋もれてしまう。その事は汚染獣の襲撃があった時に理解できただろう」

 弱点を突かれて、小隊長は言葉に詰まる。戦場でレイフォンの圧倒的な強さを見た小隊長は、睡眠時間を削るほど鍛錬を行っていた。レイフォンに力が及ばないのは、小隊長自身も良く分かっている。巨大な汚染獣を一振りで斬り裂いたレイフォンと、対等に戦える敵が居るとすれば、小隊長は戦場へ近寄ることも出来ずに死ぬ。逆に、簡単に倒せるのならば小隊長の助力は必要ない。

「一人で行けば、事故が起こった時に対処できません」

「君達が行っても足手纏いになる」

 小隊長とレイフォンの力の差を、生徒会長は星に例えて言った。しかし、それでも納得しない小隊長に対して、生徒会長は率直に力不足を指摘する。学園都市の代表である生徒会長から、力の差を明確に告げられた小隊長は大きなダメージを受けた。とは言っても、その程度で怯むような性格ではないので言い返す。

「そんな事はありません!」

「あるのだよ。どんなに彼が強くても、君達を守りながら戦っていれば実力を発揮できない。君達の実力に合わせて戦っていれば倒せる者も倒せない。逆に、彼一人ならば瞬時に戦闘を終わらせる事ができるだろう。君達も覚えがあるはずだ」

 生徒会長の指摘は、小隊長の心を揺らす。特別攻撃を任されたレイフォンは、巨大な汚染獣を一振りで倒してみせた。その光景は小隊長の目に焼き付いている。「彼一人ならば瞬時に戦闘を終わらせる事ができる」という思いを否定できなかった。レイフォンの力が大き過ぎて、小隊長は適切な命令を下せない。生徒会長ですら詳細な作戦内容を伝えず、レイフォンに丸投げしていた。

 砕かれたのは小隊長としても自信と、武芸者としても自信だ。小隊長としてレイフォンを上手く扱えず、武芸者としてレイフォンに力は及ばない。自分に都市を守ることは出来ないと言われているようだった。小隊長以外の武芸者も同じ事を感じているのだろう。汚染獣から都市を守ったというのに、自分の力で守った気はしなかった。

 ああ、無力だ。私は無力だと小隊長は嘆く。だから身を削って努力するものの小隊長の力は、レイフォンの持つ力に及ばない。体を鍛えるだけでは、一生かけても届かないと理解していた。もしもレイフォンに並ぶ方法があるとすれば「剣」を手に入れる必要がある。そんな物、どこにあると言うのか。

 気を落とした小隊長は退室し、それに隊員も続く。生徒会長は一人になると、事務作業の続きを始めた。その思考は数ヶ月前の記憶を参照する。事の始まりは、学園都市連盟から届いた密書だ。学園都市連盟の刻印を封蝋に施された封筒、その中に書かれていたのは、レイフォン・アルセイフという武芸者の正体は、槍殻都市グレンダンを滅ぼしたベヒモトであるという事だった。

 一つの都市を滅ぼした者。彼は其れに相応しい力を持っている。彼の力を借りれば、武芸大会という資源の奪い合いに勝つのは簡単だ。次の武芸大会で負ければ滅ぶツェルニにとって切り札となるだろう。しかし、汚染獣の疑いがある以前に彼の在り方は、他の武芸者に悪影響を及ぼす。さきほどの小隊長が良い例だ。

 彼は強過ぎる。そして自分以外の存在に無関心過ぎる。彼の世界は彼自身の中で完結しているのだ。幼生体に斬撃を放つタイミングが遅れたせいで、何人死んだかも気にしていない。そのせいで他人の恨みを買っても気にしない。同じ武芸科の生徒が死んで他人事だ。彼は争いの火種となり、都市を崩壊させる恐れがある。

 その有様を見た後で、彼の力を借りようとは思えなかった。学園都市連盟に指定された場所へ無線観測機を飛ばし、撮影した画像を彼に見せて送り出す。後は結果を待つだけだ。彼が戻らなかった場合、汚染獣戦で減った武芸者の影響で、武芸大会は厳しい物になるだろう。彼が戻った場合、武芸大会は確実に勝てるものの、それまで都市を存続できない恐れがある。どちらにしてもツェルニの状況は詰んでいた。

 

 最後に視た光景は、頭部を撃ち貫かれた我が主の姿だった。引き抜かれていた半身が戻り、外界の様子を覗けなくなる。レイフォンの精神に意識を戻すと、真っ暗だった。偽リーリンの姿が見えない。どこへ行ったのだ。まさか奴は、わざと銃弾を避けなかったのか。そんな疑いを妾は抱いた。

「やられたわ」

 偽リーリンの声が聞こえる。いつもと違って不明瞭な響きだ。どこから聞こえてくるのかも分からない。妾の攻撃で肉片になる事はあっても、偽リーリンの姿が消えるなど、これまで無かった事だ。まさか精神の外へ出たのか。危険を感じて、レイフォンの肉体から逃げ出したのかも知れない・・・そうでなければ言葉通りに、やられたのか。

『何度殺しても死ななかったくせに、あの程度で殺されたのか』

「そりゃーね。アホの子に分かりやすく言うと、私の本体はレイフォンの脳に寄生していたの。ここにいる私を壊しても幻のような物だから、本体の私は死なないのよ」

『頭部を撃ち抜かれた際に運悪く、その本体を傷付けられてしまったと言う事か』

「傷付けられた所か、本体に直撃だったわ。アレは間違いなく私を狙って撃ったわね。おかげで今の私は、すぐに消えてしまう幻よ」

『貴様のせいでレイフォンは、頭を撃ち抜かれたのか』

「あらあら、自分は全く身に覚えが無いと言うのかしら? ・・・なんて、やってる場合じゃないか。宿主は死んだわ。貴方は死なないのかも知れないけれど、私と宿主は死んだ」

 ああ、そうか。やはり死んだか。脳を破壊されては如何しようもない。斬る事に特化した妾は、レイフォンの傷を治す事はできない。我が主に抜かれて8年、いろいろと有ったものだ。人を斬り、鋼を斬り、獣を斬り、精霊を斬り、月も斬った。そう言えば、まだ都市を斬っていなかったか。

「なんで、こんな時に限って諦めモードなのよ・・・でも、このまま呆気なく死ぬってのもね。だから願いなさい。そうすれば宿主の体に蓄積したオーロラ粒子が応えてくれるかも知れない」

『オーロラ粒子? なんだ、それは』

「もう・・・いいから無心に強く願うのよ。貴方が死なない限り、この空間は維持されるみたいだから、間違っても外に出ないよーに」

『もっと分かりやすく説明しろ』

 妾の要求に応えは無かった。偽リーリンは消えたようだ。真っ暗な空間に一人、長剣である妾は浮いている・・・あんな奴でも居なくなると寂しい物だ。まぁ、死んだ振りという可能性もあるし、後で何事も無かったかのように復活しても不思議ではない。だから今、悲しむのは止めておこう。

 しかし、無心に強く願うとは如何いう事だ。難しい事を言ってくれる。他の事を考えず、一つの事を願う事か。いいや、それならば「無心に」という表現に違和感が残る。「無心に強く願う」とは何も考えずに願う事だろう。意識せずに願う事だ。無意識に思っている妾の願いか。

 主に抜かれること。それが妾の願いだ・・・本当に、そうだろうか。妾の始まりは何時だろう。レイフォンに抜かれた時ではなく、剣の身になった時か。あの時、妾が願った物は、完全な体だ。痛むこともなく、苦しむこともなく、病むこともなく、老いることもない、完全な体が欲しい。そうして妾は剣となった。妾の望みは主に握られることでも物を斬ることでもなく、完全な体を得ることか。

 いいや、それも望みの結果に過ぎない。傷付いて痛みたくない、他人に恐怖して苦しみたくない、辛い病気に掛かりたくない、肉体の劣化で老いたくない。だから完全な体が欲しかった。人でありたくなかった。ああ、だから妾は完全な体が欲しいと思った結果、剣となったのか。

 ならば何故、意識が残っている。これも妾の願いの結果だとすれば、不要な物は意識ではなく、人の弱い肉体だったのだ。完全な人の体が欲しいのではなく、まだ見知らぬ完全な肉体が欲しかった。その曖昧なイメージが固まる事はなく、その姿は見えない。しかし確かに、そこに在るのだ。

 固体でもあり液体でもある。固くもあり柔らかくもある。硬くもあり軟らかくもある。粒でもあり波でもある。機械でもあり生物でもある。単体でもあり群体でもある。一つでもあり無数でもある。無ではなく有、有限ではなく無限、それでいて永遠ではなく限りがある。そういう物に妾は成りたい。

 

 レイフォンの死体はバラバラになっていた。頭部を撃ち抜かれた後も、その肉体を破壊されたからだ。銃弾を何発も受けた都市外装備は血塗れで、動物の死体と見分けが付かない。念入りに死体を破壊した者は、レイフォンが死んだ後も近付くことなく、銃を撃ち続けていた。例え頭や心臓を撃ち抜いても、死ぬとは限らないからだ。

 そして撃つ者の予想通り、死体に変化が起きた。レイフォンの肉片が虹色の光に溶け、その光が一つの場所へ集う。光は人型を形作り、一つの世界を内包した。レイフォンの肉体だった物は変質し、オーロラ粒子という不思議物質を生み出す。簡単に言うと、不思議パワーでレイフォンは生き返った。

 再びレイフォンを殺すため、そこへ銃弾が飛ぶ。しかし、銃弾が命中する前に光は形を崩し、細かく分かれて周囲へ散った。そして、光のような速さで撃つ者の背後に回り込むと、宙空から長剣を抜いて斬る。撃つ者は飛び退いて刀身を避けたものの、飛ぶ斬撃に体を割かれた。

 これが普通の剣ならば死ぬことは無かっただろう。しかし、レイフォンの持つ長剣は、斬ろうと思えば何でも斬れるのだ。肉体を傷付けず精神に限って斬ることも出来るし、肉体を傷付けず心臓に限って斬ることも出来る。相手の存在を斬ろうと思えば、肉片も残さず消すことも出来た。

 だからレイフォンを撃った者は消える。レイフォンに斬られた、アイレインという男性の肉体は消えた。昔々、世界を滅ぼそうと試みた敵を月に封じた男性は、どこにも存在しなくなった。しかし、男性が何者であろうとレイフォンには関係ない。自身の命を狙う者は、殺されても仕方のない者なのだ。

「サヤ・・・」

 レイフォンの耳に幻聴が聞こえる。誰かが誰かの名前を呼んだ。それは消し去った男性の声だった。男性が斬られる前に発声し、斬った後に遅れて聞こえた声だった。しかし、その事に気付く者はいない。男性の声も幻聴と斬って捨てられ、どこかで叫んだ少女の悲鳴も、レイフォンの耳に届かなかった。

 

 妾が成りたいと思ったものにレイフォンは成った。妾ではなくレイフォンが成ったのだ。どうして、こうなったのだろう。やはり妾は道具に過ぎないのか。偽リーリンの言う事を素直に聞いたのが間違いだったのか。偽リーリンだから仕方ない。まあ、我が主の復活で良しとしよう。

「体が凄い事になってるんだけど、何これ!?」

 体の異常に気付いたレイフォンは悲鳴を上げる。光り輝く自身の体に触り、感触を確かめている。その姿は全裸だ。肉片が光となって集まった物なので当然だろう。しかし、人の形をした光の塊に見えるので問題ない。セルフ自主規制だ。おそらく汚染物質を吸っても問題ない。その姿が妾の願望を出力した結果ならば、妾の夢想した完全な人体をレイフォンは手に入れている。

 しかし、妾の望んだ結果にレイフォンは動揺している。一度撃ち殺された上に、起きたら良く分からない物体になっていたので混乱しているのだ。妾の望んだ結果だと、素直に言い難いな。今は言わず、落ち着いた時に伝えるか。いや、そうだ。今は亡き偽リーリンの責任にしよう。死人に口無しだ。

『それはレイフォンに対する奴の贈り物だろう。その驚きの白さは、奴の鎧のようではないか』

「リーリン・・・そうか、本当に死んじゃったのか。寂しいな・・・」

 そう言ってレイフォンは見上げる。頭上に都市があったので空は見えなかった。レイフォンの体は光を発し、大きな都市の影で輝く。汚染物質の混じった風は、レイフォンの体を通り抜けた。風に混じった砂もレイフォンの体を通り抜ける。さきほど斬った男性の銃が、地面に落ちていた。

「結局、あれって汚染獣だったのかな」

『今となって確かめる方法はない。しかし先に攻撃して来たのは相手の方だ。もしも御主ではなく、後から来る他の小隊員が会っていたら死んでいた。敵ならば排除する事に違いはない』

「そうだね。じゃあ、探索の続きを始め・・・る前に、この状態って何とかならないの? これじゃツェルニに戻れないよ」

『・・・その状態から元に戻れるとは思えぬぞ』

「あー、汚染獣と間違えられないと良いんだけど・・・太陽の位置から考えて、今は昼頃か。隊長達はボクより一日遅れで出発する予定だから、着くのは明日かな」

 その時、空に巨大な影が現れた。しかし、都市の下にいるレイフォンは気付かない。「どーしよーかなー」と呟きつつ、機関部の調査に戻るところだった。レイフォンの周囲を覗ける妾も気付かなかった。数百メイル離れた場所を覗けるほど、妾の視界は便利な物ではないからだ。

 影から光が放たれ、移動都市を上から粉砕する。都市を覆うエアフィルターに迫るほど高く築かれた塔が押し潰された。移動都市の山が崩れる間もなく消し飛ばされ、押し潰された大地が爆発する。さらに移動都市の土台が沈み、鋼に覆われた都市の地下と脚部を粉砕した。計り知れない大きさの土煙が舞い上がり、崩れ落ちた廃都市を覆う。

 

「我はクラウドセル・分離マザーIV・ハルペー、オーロラ・フィールドを守護するため異民を排除する」

 都市の倒壊から、光の速度でレイフォンは逃れた。そして空に見たのは竜だ。ゲームのラスボスとして登場しても不思議ではないほど、巨大な竜が空を飛んでいた。光の速度で逃げ回るレイフォンに竜は体当たりを行い、レイフォンを押し潰そうと試みる。逃げた先にあった移動都市が運悪く巻き込まれ、レイフォンと竜の発した衝撃波によってボールのように大地を転がった。あの様で中の住人が生き残れるとは思えない。彼等は犠牲になったのだ・・・。

 クラウドセルやらオーロラフィールドやら、その竜は意味不明なことを言っていた。きっと無駄に難しい言葉を使いたがる偽リーリンの親戚だろう。分かりやすく言うと、汚染獣に違いない。偽リーリンも喋っていたので、この汚染獣が喋っても不思議ではない。しかし、これまで戦った汚染獣とは桁違いの強さだ。ある意味、場違いとも言える。

 老生体は特殊能力を持っている事がある。そして、どういう能力なのかは兎も角、この汚染獣はレイフォンに攻撃を加える事ができる。竜の体当たりによって肉体と接触すると、その部分が人に戻ってしまうのだ。光の移動速度に耐えられず、元に戻った部分は衝撃波で粉々になってしまう。さきほども腕を持って行かれたが、竜から離れたので元に戻せた。

 まさに天敵だ。最強と言える力を手に入れたと思ったら、そのレイフォンを殺せる敵が現れた。なぜ今まで遭遇しなかったと言うのに、こんな時に限って現れたのか・・・いいや、待てよ。竜が現れたのは偶然だと言うのか。そんな訳はない。この力を手に入れたから、レイフォンの前に竜は現れたのだ・・・うむ、妾の願望ではなく、偽リーリンの贈り物という事にして置いて良かった。

『おのれ、偽リーリン!』

「急に叫ばないでよ! こっちは必死なんだから!」

『おお、すまぬ』

 さて、このままでは確実にレイフォンが潰される。あの巨体で速さは互角、とは言っても追われる側という点でレイフォンは不利だ。銃を持った男を片付けた時のように、レイフォンの肉体を散らす方法は使えない。さきほどレイフォンが遣ったら、同じように竜の体も散ったからだ。思考能力は竜の方が上らしく、小さな竜の群体に追い付かれる。レイフォンを殺すために調整された可能性を疑うほど、恐ろしい敵だった。

 妾の刃ならば斬れるか。斬れるだろう。斬れなかったらレイフォンは死ぬ。しかし、逃げ切れる相手ではない。凸凹の多い荒野では、いつか事故を起こしてレイフォンは捉えられる。他の方法は無いのだろうか。もっと確実な方法は無いのか。いいや、考えている時間はない。

『我が主よ。こうなれば妾を使って斬るしかあるまい』

「避けられたら死ぬよ!? さっきみたいに敵が小さくなったら死ぬよ!?」

 斬撃の一つでも中れば倒せるのだが・・・たしかに難しいか。竜の動きは、まるで機械のように精密だ。銃の男を倒した時、その光景を竜が覗いていたとすれば、斬撃は警戒される。広範囲を攻撃できれば良いものの、そういう時は光線を放てる偽リーリンの出番だった。

 しかし、偽リーリンの力を借りなくてもレイフォンは広範囲を攻撃できる。8年前、レイフォンが初めて妾を抜いた日、偽リーリンが現れた日、レイフォンが天剣に狙われた日、グレンダンが滅びた日。あの日、暴走したレイフォンは習っていない技を使った。天剣の技を盗んで使ったのだ。その経験はレイフォンの中に今もあり、両手が塞がっている時に分身したり、寝坊した時に超加速して登校したりするので役立っている。

 

『あと暴走している間に、相手の使った技を学習していたの。体が覚えていると思うから、貴方も使えると思うわ。例えば振動破壊、斬撃波、衝撃浸透、内部爆破、広域衝撃波、超移動、分身よ。力を溜めて放つ斬撃が一番簡単で強いけど、溜めている間に逃げられるわ。力任せに暴れるんじゃなくて、小技を繋げて大技を入れる隙を作ること。相手は天剣らと思われるほど強いの、手加減する必要はないわ』

 

 偽リーリンの言葉が思い起こされる。技の種別は偽リーリンによると振動破壊、斬撃波、衝撃浸透、内部爆破、広域衝撃波、超移動、分身らしい。しかし、剣で使えない技もある。レイフォンは素手で竜に触れない。さらに竜は小さく分裂する。ならば竜に有効なのは分身だ。しかし、竜を斬る事ができるのは、本体の持つ妾に限られる。

 考えろ、考えるのだ。なにか方法があるはずだ。しかし時間がない。ならばシンプルに考えよう。一斬りできれば竜を倒せる。とは言っても、本体の持つ剣を素直に受けてくれるとは思えない。だから分身に持たせればいい。分身の持つ多数の剣の中に妾を潜ませ、竜を斬るのだ。

『本体が身を引けば敵に悟られてしまう。偽りの剣を持って斬る、そのつもりで竜に斬りかかるのだ』

「怖いね。怖いけど、死ぬのは怖いから勝ちに行くよ」

『安心するといい。妾を持った御主は最強だ』

「信用してるよ。これまでも、これからも」

『御主の全力を受け止めよう。安心して妾を振るといい』

「ボクが振るのは偽者だけどね」

 そう言って我が主は笑う。手の内にある妾をギュッと握り締め、我が主は虚空に声をかける。ああ、素晴らしい。これほど心が湧き立つのは、我が主に初めて抜かれた時以来だ。思えば、初めて抜かれた時から我が主は、偽リーリンの鎧に守られていた。命を掛けたギリギリの戦闘を行うのは初めてだ。

 興奮している妾の感覚に、妾の半身が重なる。精神の中にいたはずの妾が、外界にいる妾と一つになったのだ。いつも精神の中に残っていた半身と合わさり、長剣に満ちる妾の力が増す。それは我が主にも伝わり、大きな力となった。なるほど、いつもは阻害されていたのか。偽リーリンめ・・・どれほど妾の邪魔をしていたのやら。しかし、もう奴はいない。今こそ妾の全力を発揮する時だ!

「千人衝!」

 レイフォンが分身する。妾から送る力をカットし、均一に分ける。その数は千、剣の数も千。分身で本体の姿を隠し、妾を偽者と入れ替える。後ろを向いた時、手の平サイズに竜が分裂し、レイフォンの分身に襲い掛かった。巨大な竜が分裂した結果、万を超える竜が降り注ぐ。大気との摩擦で熱を発しているため、それらは赤い流星のようだ。

 レイフォンの分身は、次々と赤い流星に落とされる。偽者の持つ偽者の剣に対しても、竜は警戒していた。妾の刃を避けつつ分身へ体当たりし、どれが本物でも問題ないように動いている。なので、真の妾を持った分身が斬撃を放つものの避けられ、竜に撃たれて分身は消えた。その結果、長剣である妾だけが残る。しかし、その妾を他の分身が握り、再び竜に斬撃を放つ。それでも避けられ、妾を握ったレイフォンの分身は、手の平サイズの竜に頭を撃ち抜かれて消えた。

 放り出された妾を、赤い弾丸が追い抜く。残り少ない分身と本体へ向かって行く。瞬く間に離れて、見えなくなって行く。放り出された妾は、光の速度で荒野と衝突し、天高く土砂を舞い上げた。妾は置き去りにされ、大地の底に埋まる。もう終わりだろうか? そう思った時、妾は引き抜かれた。

 宙空から妾は引き抜かれ、我が主の手に戻る。そうして引き抜かれた時、戦いは終わった。竜の一体が妾の刃に斬られ、跡形もなく消える。それに続いて、分裂した他の竜も消えて行く。世界規模の干渉が行われ、これから先にクラウドセル・分離マザーIV・ハルペーという竜は居なくなる。誰の記憶にも残らず、どこにも存在しなくなる。こうして竜は斬り捨てられた。

 この世界を守るために戦った竜は死んだ。世界に生まれた異物を消すために戦った竜は存在しなくなった。荒野の片隅に作られた緑溢れる彼の楽園は、いずれ汚染物質に蝕まれて朽ち果てる。竜の死を悲しむ者はいない、その消失を嘆く者もいない。彼の戦った跡だけが、傷付いた大地に記された。

 

 

 彼は虚無の因子を持っていました。

 定められた歴史を覆す、外れた存在でした。

 

 彼は茨の棘を打ち込まれました。

 それは彼に、人並み外れた力を与えました。

 

 でも、それだけでは世界と戦えません。

 しかし、彼は始めから、世界と戦える力を身に秘めていました。

 その力で彼は世界の根底を引っくり返し、あるべき世界に打ち勝ちました。

 えいっ! えいっ! これでもか! これでどうだ! 勝った! 完!

 

 めでたし、めでたし。

 

 

 学園都市ツェルニにレイフォンは帰って来た。廃都市の調査で一皮剥けたらしく、その姿は光り輝いている。剥け過ぎて、誰が見てもレイフォンと分からないだろう。もちろん、そんな姿で正面から帰って来れるはずがない。なのでレイフォンは移動都市の外から跳び、生徒会長室へ直行した。おかげで生徒会長の顔から血の気が引き、珍しい事に手が震えている。

「その声はレイフォン君かな? ずいぶん、その・・・眩しくなったね」

「廃都市で恐ろしい敵と遭遇しました。でも何とか生き残れましたよ。ボクを先行させた生徒会長の判断は最良でした。もしも皆を連れていたら、廃都市ごと全滅していたでしょう」

「そうか、君が無事で何よりだ」

 声の調子は整えているものの、生徒会長の顔色は真っ青だ。今にも倒れそうに見える。いったい何があったのだろうと不思議に思う。レイフォンの話を聞き始めてから生徒会長の顔色は悪化した。自分と戦った敵に心当たりでもあるのだろうかと思う。しかし、それよりも報告すべき事がある事をレイフォンは思い出した。

「ああ・・・そうでした。残念ながら廃都市は、敵の攻撃で跡形もなくなりました。情報や資源の回収は不可能だと思います」

 この時、生徒会長の耳には幻聴が聞こえていた。例えば、「廃都市で恐ろしい敵と遭遇しました。貴方のせいでね・・・」とか「ボクを先行させた生徒会長の判断は最良でした。だってボクの暗殺に加担したんでしょう?」とか「もしも皆を連れていたら、廃都市ごと全滅していたでしょう。これから全滅させても良いんですけどね」とか「残念ながら廃都市は、敵の攻撃で跡形もなくなりました。この都市も同じ目に遭わせてあげましょうか?」という感じの幻聴だ。

 それによって限界を迎えた生徒会長は、ビッグな机にバタリと倒れる。何が起こったのかと言うと、現実逃避のために気絶した。人の体は都合よく出来ているものだ。しかし、そうと思わなかったレイフォンは「かいちょう!どうしたんですか、かいちょー!」と慌てて生徒会長を揺さぶる。その声を聞きつけた武芸長がバーンッと扉を開け「何事・・・」と言いかけて、白く輝く人のような意味不明の物体と化しているレイフォンを視界に入れると「てきしゅー!」と叫んだ。

 「えー!」とレイフォンも叫び、両手を挙げて敵意が無い事を主張する。しかし、どう見ても正体不明の物体が威嚇している様にしか見えず、駆け付けた武芸者と戦闘になった。レイフォンは武芸者を千切っては投げ、千切っては投げ、遅れて駆けつけた小隊長を発見すると飛びつき「たいちょー!」と泣き叫ぶ。

 「まさかレイフォンか!」と背の高さが変わっていなかったため、小隊長は直感で気付いた。「なんだってー!?」と武芸者達が声を揃え、何んや彼んやあって念威操者の証言により、レイフォンは特別任務に就いていた事が明らかとなり、複雑怪奇な出来事によって変わり果てた姿になってしまった事になる。ちなみに裸だった事を忘れて抱き付いたレイフォンは、赤面した小隊長に怒られた。

 しかし、悪い事ばかりではない。化物のように強い相手が化物になった事で、「ああ、やっぱり人間じゃなかったんだ」と納得し、人としての強さを目指して武芸者は頑張ろうという気になった。武芸者である彼等が目指しているのは、化物となったレイフォンに勝つ事だ。

 それでもレイフォンを憎む武芸者はいる。しかし、武芸大会でレイフォンが無双の結果を残すと、その数は減った。ぶっちゃけて言うと、対戦相手の武芸者数百人を光の速さで倒し、開始から3分で旗を取った。力のある者は自身の無力を嘆き、力のない者は自信の怠惰による責任をレイフォンに被せる。そうして力のない者に憎まれても、レイフォンは痛くも痒くもない。邪魔な者は軽く斬って捨てるだけだ。そんなレイフォンの目の届かない場所をカバーするため生徒会長は、割高なアルバイトとして都市の見回りをレイフォンに薦めた。

 やがて小隊長がレイフォンに対抗して、怒り狂った電子精霊の力を借り、珍妙な仮面を被るようになったり、天剣の回収任務を任された傭兵団の団長が、悪戯にレイフォンを突付いた結果、光の速さで殴られたり、8年前の復讐に来たグレンダンの女王が、武芸大会と勘違いしたレイフォンによって、再会した瞬間に斬り捨てられたりしたものの、それは別の御話。

 とにかく世界はレイフォンを中心に廻り始め、学園都市ツェルニに様々な苦難が降りかかる。生徒会長は悟りを得て、レイフォンを前にしても笑みを絶やさなくなった。武芸長は常にニコニコと笑う生徒会長を見て、狂ってしまったのでは無いかと心配する。天才念威操者は命の危険を感じ、アルバイトで金を貯めて都市から脱出する計画を練っていた。小隊長は朝の挨拶代わりに、寝起きの悪いレイフォンを襲撃し、電子精霊の怒りを発散させ、ついでに自身を鍛える糧とする。狙撃手は事態の把握と傍観に務め、トラブルを上手く回避していた。ツェルニの都市精霊はスパイと化し、その幼い姿に似合わない真っ黒な表情で、ツェルニの位置とレイフォンに関する情報を他の都市に流していた。おかげで今日もツェルニは、トラブルが絶えない。




おわり

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