器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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【あらすじ】
汚染獣に寄生されたレイフォンは、
天剣授受者に命を狙われ、
剣と獣の力を引き出しました。




 レイフォンが妾の名を呼んだ瞬間、レイフォンと妾は繋がった。妾という存在が外へ引き出され、レイフォンの手の内で長剣として形成される。長剣として形成された半身を通して、妾は外界を覗き視た。すると、見慣れぬ白い鎧で身を包んだ化物が、妾の白い長剣を握っている。天から降り注ぐ光を受けて、妾の半身が輝いている様に対して、白い鎧は薄暗く、まるで死を想起させる人骨のようだ。

 どういう訳か、我が主は化物に成り果てていた。バカな、なんだコレは。いったい何が起こった。どうして、こんな様になっている。妾が混乱している間に、白い化物は「オォォォォォ!」と叫び、口からレーザービームのような物を発射した。その目標は、レイフォンを殺しかけた天剣だ。しかし、発射と同時に着弾するような速さの光線を、天剣は軽々と回避する。この光線を苦もなく避けるとは、あの天剣も人とは思えない。

 いや、それよりも・・・そうだ、汚染獣だ。奴が最も疑わしい。そう考えた妾は、レイフォンの精神に残った半身へ意識を戻した。すると、真っ暗だった空間を薄暗い光が浸食している。レイフォンが纏っていた不気味な白い鎧を、その光は想起させた。ここはレイフォンの精神の中だ。この光の浸食は、レイフォンの精神が侵されている事を示している。

『貴様、我が主に何をした! 答えろ!』

「あらあら、分からないんですか? もっと自分で考えた方が良いと思いますよ? それとも私の言うことを、貴方は疑いもせずに信じるつもりなんですか?」

 偽リーリンはクスクスと笑う。よほど妾を怒らせたいようだ。長剣の切っ先を向けて、妾は突進する。しかし、やはり横に動いて回避されてしまった。それでも諦めずに中てようと思い、直進以外に使える軸回転を用いる。すると、空中でクルクルとコマのように回ってしまった。そんな妾の様を見て、偽リーリンはクスクスと笑う。この野郎・・・。

 妾は偽リーリンに中てられず、偽リーリンは妾を破壊できない。このままでは何時まで経っても決着しない。その間に侵食は広がり、レイフォンの精神を塗り替える光は広がっていた。奴を倒す以外、他に方法は無いのだろうか。偽リーリンに切っ先を向けたまま動きを止め、妾は少し考える事にした。

 

 やはりダメだ。倒す方法を思い付けぬ。そもそも何が起こったのか。まず、レイフォンが天剣に襲われ、レイフォンの錬金鋼を妾が破壊し、レイフォンの精神へ潜ると偽リーリンが居て、争ったものの決着は付かず、焦ってレイフォンに呼びかけると偽リーリンも呼びかけ、レイフォンが妾と偽リーリンを見つけ、名前を問われたので妾と偽リーリンが答え、レイフォンがハッスルした・・・考えれば考えるほど訳が分からなくなる。

 何となく外の様子が気になり、妾は半身を通して外界を覗いた。すると、移動都市の外縁部へ戦場が移っている。いつの間にか10体ほどの武芸者が集まり、レイフォンだったバケモノに対して、一発で都市が半壊するような攻撃を行っていた。どちらがバケモノか分からない有様だ。それによってバケモノはエアフィルターを越え、都市の外へ押し出される。

 すると、一発で都市が半壊するような攻撃の威力が上がり、一発で都市が全壊するような砲撃が放たれた。都市の外縁部に近い建物が、その余波で粉々になる。住民の避難は済んでいるのだろうか。恐るべきなのは全員で力を合わせた結果ではなく、武芸者1体の力で都市が全壊するような攻撃を放った事だろう。妾が覗き見た10体の人影から察するに、十二本あるという天剣の授受者なのか。その砲撃を受けて傷一つないバケモノの白い鎧も相当な物だ。

 外へ押し出されたバケモノは力を使って宙を走り、都市へ戻ろうと試みた。そこを天剣に狙い撃たれる。しかしバケモノは、背中から火を噴くように力を放出し、巨大な力の塊を突っ切った。その様を視ていた妾も、どのようにバケモノが力を使ったのか分からない。いったい何時の間に、あんな移動技を覚えたのか。少なくともレイフォンの養父から習った技ではない。

 そう思っていると分身する。バケモノが5体に増えたのだ。それらは口を開き、光線を発射した。変身した頃は直進するだけだった光線は、今は形を変え、扇状に放出される。単体攻撃から広範囲攻撃へ変化した光線は、バケモノ達の目前にあったエアフィルターを破裂させた。汚染物質から都市を守るエアフィルターを破壊したのだ。あのエアフィルターは物質を透過させる性質があると言うのに、どうやって破裂させたのだろう。

 分からない事ばかりだ。それでも一つだけ予測できる事がある。このままではレイフォンが都市に居られなくなる。いや、もう手遅れか。寄生型の汚染獣に憑かれた時点で、レイフォンは抹殺の対象となっているのだ。もはや、この都市にレイフォンは居られない。しかし、汚染物質に満たされた都市の外で、何の準備もないまま生きる事はできない。ここでレイフォンに死ねと言うのか。

 認められぬ。こんな馬鹿馬鹿しい結末は許せない。妾を引き出した其の日に、我が主は死ぬと言うのか。そもそも、バケモノとなったレイフォンは妾を使っていない。光線を吐くばかりで剣を振るっていない。なぜだ、なぜ我が主は妾を使わない。使わないのならば、なぜ最初に引き出した。なぜ妾ではなく、偽者の力を使う。

 まさか奴を本当のリーリンと勘違いしているのか。外界にいる本者ではなく、レイフォンの精神に巣食う偽者の下へ帰ろうとしているのか。なるほど、そういう事か。だから奴はリーリンと名乗ったのか。今まで存在を知られていなかった妾ではなく、馴染みのあるリーリンを選ぶと予想していたのだろう。妾とレイフォンの関係が深くない事は、偽リーリンを突き刺した時に起きたレイフォンの狂態から、奴に察せられていた。

 違うのだ、我が主よ。それは7年間一緒に孤児院で生活したリーリンではない。御主の肉体を乗っ取ろうと企む、汚らわしい獣だ。その声を聞いてはならない、その存在に心を寄せてはならない。きっと其の獣は、最後に御主を食べてしまう。甘い声で誘き寄せて、罠に掛かるのを待っているのだ。

 

 レイフォンの精神へ、妾は意識を戻す。少し見ない間に、不気味な光の浸食は広がっていた。その中心に居るのは偽リーリンだ。妾が意識を外界へ移している間も、妾に対して干渉を行わなかったらしい。今思えば、ずいぶんと間抜けな事をしたものだ。運が悪ければ、偽リーリンの攻撃を受けていた。しかし、攻撃を行わなかったと言う事は、偽リーリンが妾を排除する手段は少ないと察せられる。まあ、そんな事は構わない。それよりも我が主に呼びかけ、奴が偽者である事を伝えるのだ。

『我が主よ、妾の声が聞こえるか。このままでは御主の居場所は失われる。孤児院で御主の帰りを待っているリーリンの下へ帰れなくなる』

「ああ、怖い。また剣が私を殺そうとするの。助けて、レイフォン」

『御主の中に居るリーリンは偽者だ。御主に寄生する汚染獣が見せる幻だ。その証拠に、奴は何度殺しても蘇える。御主のリーリンは、御主が破壊している都市にいるのだ』

「いやっ! 助けて、レイフォン! 私の中に、あいつが入ってくるの。こんなの、やだよ・・・」

 ぬおー、邪魔だ! 妾の言葉と重ねるように喋りおる! 少しは黙らぬか、このクソ虫が! 寄生虫のくせに出しゃばりおって! と叫びたかったものの、レイフォンに暴言を聞かれてしまう恐れがあるので言えない。感情を抑えるため押し黙った妾に対して、偽リーリンは言いたい放題だ。わざとらしいセリフに身振り手振りを加えながら、レイフォンに訴えている・・・その有様を視ていると殺意が湧く。しかし、偽リーリンと鬼ごっこをしても無駄だ。レイフォンに訴えなければ状況は好転しない。

『我が主よ、これは夢だ! 汚らわしい獣の見せる夢だ! いつまで寝ているつもりだ。いい加減、外を見ろ! 御主は天剣に命を狙われているのだぞ!』

 光に蝕まれた闇が揺れる。今の言葉は効いたようだ。そうか、分かったぞ。リーリンを話題とした説得ではなく、外敵である天剣を話題とした説得を行えば良いのだ。フハハハハ、そうと分かれば偽リーリンの戯言に惑わされる恐れはない。現実を直視させて、レイフォンの意識を叩き起こすのだ。

 そう思っていた妾は突然、レイフォンの精神から叩き出される。外界に出ていた半身との繋がりも切れ、妾に戻ってくるのを感じた。まさかレイフォンに、妾は拒絶されたのか。なんということだ。いかん、呆然としている場合ではない。早く戻らなければ、偽リーリンの思うがままだ。

 レイフォンの精神へ、妾は侵入を試みる。しかし、進行方向から圧力が加わり、妾は押し返された。レイフォンの精神へ切っ先を合わせつつも、そのまま一歩も先へ進めない。レイフォンが妾を拒んでいるのだ。詰んだ。終わった。いや、まだだ。せめて偽リーリンに一撃を入れなければ、気が済まない。

『ぬうぉぉぉぉぉ! ブチ抜け!』

 強引にレイフォンの精神へ侵入する。押し返そうと働く圧力を貫き、白く染まった外殻を破壊した。精神の一部が壊れ、破片となって闇へ散らばる。そのまま、驚いている偽リーリンの体を貫き、前と同じように剣身を回転させて引き裂いた。ハハハ、ザマァない。妾を追い出して墓穴を掘ったな、寄生虫め!

 妾の発言が原因で追い出されたような気もするが・・・細かい事を気にしてはいけない。それよりもレイフォンだ。このバカ騒ぎを収めなければ、レイフォンが都市に居られなくなる。とりあえず、天剣授受者と思われる集団を叩き潰そう。相手はレイフォンを汚染獣ごと殺すつもりだ。それに、レイフォンが強い事を証明できれば、脅迫という手段も使える。

 

『さあ我が主よ。今一度、妾を抜け! 妾と共に奴等を倒し、安全を勝ち取るのだ!』

 白い光の浸食が止まった闇の中で、勇ましく妾は叫ぶ。しかし、何の反応もなかった。これは妙だ。偽リーリンはバラバラに引き裂いて、肉片へ変えたと言うのに、レイフォンの意識は戻らない。いったい、どう言う事なのか。まったく・・・偽リーリンを片付けたと思ったら次はレイフォンか。

「貴方バカでしょ? バカなんでしょ? あの鎧は誰の物だと思ってるの? 私を殺したら、体を守るものが無くなるに決まってるでしょ? おまけに宿主の精神を壊すなんて、それでも主と思ってるの?」

 散っていた肉片が寄り集まって、偽リーリンを形作る。その様は、まるで個々の肉に意思があるように見える。ああ、やはり生きていたか、寄生虫め。しかし、偽リーリンの言葉も一理ある。妾の剣と同じように、偽リーリンから鎧が抜き出されたのならば、偽リーリンを倒せば鎧は消えてしまう。天剣らしき武芸者に襲われている中、鎧が無くなればレイフォンは跡形も残らないだろう。それを防ぐために、偽リーリンの力は必要なのだ。さすが汚染獣、やり方が汚い。

「このままだと宿主が死んじゃうし、仕方ないから手伝ってあげましょうか?」

『・・・このままレイフォンが死んで共倒れになるのは、貴様も同じことだろう』

「敵と戦って死ぬか、敵の内部に潜むか。汚染獣の私にとっては、どちらも同じ事だと思わない?」

『死ぬ事は重要ではないと、まるで道具のような有様だな』

「貴方は宿主を振り回して、まるで人のように身勝手だわ」

 やはり殺すか。こんな奴の力を借りるくらいなら、死んだ方が良いかも知れぬ・・・いいや、これも我が主のためだ。レイフォンの生死を、道具である妾が決めてはならない。しかし、偽リーリンはレイフォンの命を脅かす物だ。そんな物の力を借りて許されるのか・・・そんな事は後でレイフォンに聞けば良い。そうだ、その通りだ。レイフォンを生かさなければ話もできない。

『我が主を生かすために、貴様の力が必要だ』

「じゃあ、お願いしますって言うのかしら?」

 もうダメだ・・・限界だ・・・この野郎を打っ飛ばさないと、妾の気が済まない・・・! いいや、ダメだ。落ち着け、クールになれ。寄生虫のくせに何言ってんだ、このクソ虫がーッ! いやいや、違う違う。レイフォンを生かし、答えを聞くためにも、ここは「お願いします」と言うのだァ!

 

『Please!』

 

 この世界の言語ではないものの、そういう意味の単語に違いはない。無いと言ったら無いのだ。きっと、この言葉を聞いた時、銃を持って店へ押し入る強盗の姿を想像するだろう。その強盗は「Please!」と言うのだ。いや、待てよ。アレは「Freeze!」だったか。まあ、良いだろう。細かい事を気にしてはいけない。

「どこの言語なのかしら? まあ一応、お願いしますって意味の言葉に違いは無いようね。よろしい。では、このリーリンさんが、宿主に話を付けてあげましょう」

 偉そうに偽リーリンは言う。どうせ妾の気に障るよう、わざと遣っているのだろう。そんな手に引っ掛かるものか。それにしても二度、体を引き裂いたにも関わらず、偽リーリンは復活した。さきほどのように肉片が寄り集まって、元に戻ったのだろう。妾の刃を用いて刺した程度では殺せないのか。ゴキブリのような生命力だ。しかし、刀剣による点や線の攻撃ではなく、火炎放射器のような面の攻撃を行えば効くかも知れない。

「レイフォン、貴方の力が必要なの。おねがい、私に力を貸して」

 目を涙を溜めた偽リーリンが、レイフォンに祈る。演技臭ぇ・・・と思っていると、光に侵食された闇に、大きな眼が現れた。レイフォンの眼だ。妾の訴えに対してレイフォンは問答無用で叩き出したと言うのに、偽リーリンの訴えに対してレイフォンはアッサリと答えた。この差は何だろう。やはり硬くて冷たい長剣よりも、柔らかくて温かい人型の方が良いのか

 

「今、貴方の体は強い武芸者と戦っているわ。でも、このままでは勝てない。レイフォン、貴方の力が必要なの。剣を手に取り、私と一緒に戦って。共に行きましょう」

「君 は ・ ・ ・」

「私はリーリン、貴方の中にいるリーリン、貴方の願ったリーリンという形よ」

「僕 の 願 っ た リ ー リ ン ?」

「貴方が他人や物事と対するために必要な心の壁、貴方の心を護るイメージの具現体」

「 ? 」

「後で全部話してあげる。だから今は戦って」

「う ん」

 

 偽リーリンの指示を受けたレイフォンによって、妾の半身が引き抜かれる。レイフォンの精神へ意識を戻している間に時間は過ぎ、戦場の状況は大きく変わっていた。まず、戦場が都市の上ではない。汚染物質で満たされ、防護服が無ければ5分で死に至るという都市外の荒野だ。おい、これは不味いのではないか。

『あー、あー、テステス。聞こえるかしら、レイフォン。それなら状況を纏めるわね。天剣授受者であるクォルラフィン卿に命を狙われた貴方は、私達の呼びかけに応えて剣と鎧の力を手に入れたわ。でも、そのショックで貴方は意識を失い、制御を失った鎧が暴走している状態なの。

 それに対して10人の天剣授受者らしき人物が迎撃に出て、今は都市外へ追い出されたまま交戦中よ。今、貴方と戦っている足止めらしき天剣授受者は5人。移動都市であるグレンダンは戦場から離れて行くから、このままだと帰れなくなるわ』

「ええっ、天剣に襲われてるの!? それって、もう死ぬんじゃ・・・」

『私が守るから死なないわ。貴方の体を私の鎧が守っている限り、どんな攻撃も汚染物質も貴方に届きはしない。ただし、加わった力を吸収するわけじゃないから、大きな力で押されれば、その分だけ移動するわ』

「どうすればいい?」

『天剣を倒して、グレンダンに君臨するのよ』

「ええっ!? なんで!?」

『相手はレイフォンを抹殺するつもりなの。天剣が動いたという事は、女王の命令なのでしょう? 命令を撤回させるためには武力の象徴である天剣を討ち倒し、権威の象徴である女王を屈服させる以外に方法はないわ』

『おい、妾が黙っていれば好き勝手に言いおって。重要なのは如何すれば良いのかではなく、レイフォンが如何したいのかだ。そこで聞こう我が主よ、御主は如何したいのだ』

「ボクは帰りたい。家に帰りたいんだ」

『そのためには・・・帰還を妨げる天剣共を倒せばいい。都市に帰った後のことは、後で考えれば良いのだ。案ずるな、御主の前に立ち塞がる障害は、妾が斬り伏せよう』

『それって結局、私の言ってる事と同じじゃない? 敵を倒せば終わりって話じゃないのよ?』

『貴様の意思で行う事と、レイフォンの意思で行う事は違う』

『いや、そういう意味じゃなくて・・・もう、なんで目の前の事しか考えないのかな。こっちのアホの子は放って置いて、とりあえず天剣を倒す方法から考えましょう」

「えーと・・・?」

『さっきも言った通り、相手の攻撃で傷付く心配はないわ。こっちの動きを止めようと、糸のような物で縛ろうと試みる相手も居るけど、武芸者の持つ剄で強化した貴方の腕力なら引き千切れる。それと、剄が尽きる心配もする必要はないわ。どこからか不思議パワーが無限に湧いてくるから』

『なんだ、その不思議パワーと言うのは』 

『不思議パワーよ。暴走中に300発ほど口から光線を吐いたけど、剄が尽きる様子はない。これを不思議と言わず、何を不思議と言うの? 無色の    粒子でも積んでいるのかしら?』

『ん? 今何と言った? その・・・なんとか粒子と言うのは何だ?』

『おっと、いけない。それは禁則事項よ。私の好感度を上げたら教えてあげる』

『訳の分からぬ事を・・・まあ、暴走している様を見る限り、明らかに我が主の持つ力の量を超えている。それに、全力を出さずに勝てる相手とも思えない』

『あと暴走している間に、相手の使った技を学習していたの。体が覚えていると思うから、貴方も使えると思うわ。例えば振動破壊、斬撃波、衝撃浸透、内部爆破、広域衝撃波、超移動、分身よ。力を溜めて放つ斬撃が一番簡単で強いけど、溜めている間に逃げられるわ。力任せに暴れるんじゃなくて、小技を繋げて大技を入れる隙を作ること。相手は天剣らと思われるほど強いの、手加減する必要はないわ』

「分かった。武器と防具に加えて、それだけ準備を整えてくれれば十分だよ。ありがとう、えーと・・・リーリンさん、ツルギさん」

『奴の名を先に呼ぶとは毒されおって・・・さん付けはいらぬ』

『私もリーリンでいいわ。紛らわしいけど、リーリンって呼んでね』

 

『それじゃ暴走を治めるわ。5・4・3・2・1、えいっ!』

「よし・・・うわっ!」

 肉体の自由を取り戻したレイフォンは、一歩目で引っくり返った。そこへ地面を吹っ飛ばすほどの攻撃が降り注ぐ。攻撃に込められた膨大な力にレイフォンは驚き、目を閉じてしまった。次々に攻撃が重ねられ、レイフォンは地面に沈んで行く。しかし、その攻撃で鎧に傷が付くことは無かった。

「すごい・・・これなら!」

 レイフォンは感嘆する。長剣を握る手に力が入り、それによって妾は快楽を感じた。ああ、いいぞ我が主よ。もっと妾を強く握るのだ。もっと強く、もっともっと強く! 凄まじい量の力がレイフォンの肉体を流れ、無数の細胞を強化する。そうして、ついに妾は振られ、解き放たれた斬撃は、眼前の全てを斬り裂いた。

 

 化物もとい汚染獣の動きが不自然に止まる。ダメージが蓄積していると、その様から判断した天剣授受者は皆無だ。天剣授受者の一人、サーヴォレイド卿の鋼糸で動きを止められなかった時点で、汚染獣の力は老生体の第十期を遥かに超えていると察せられる。しかし攻撃を行わないという選択肢はなく、各々が汚染獣に必殺の一撃を放つ。その膨大な力の渦は荒れた大地を押し潰した。

 しかし、全ての力が大地へ加えられる前に、その力は分断された。巨大な斬撃が地上から飛び立ち、天へ駆け上って、空に浮かぶ月を破壊する。その衝撃波は大気を捻じ曲げ、大地を引き剥がして空高く舞い上げる。それらは追撃を行っていた5人の天剣授受者を等しく襲い、都市外装備という防護服を切り裂いた。素肌を晒した5人の天剣授受者達は汚染物質に焼かれ、汚染獣に対する攻撃を続けたまま後退を始める。

 舐められたものだ、と天剣授受者達は思う。あの長剣は汚染獣が、最初から手に持っていたものだ。しかし、口から光線や技を真似るばかりで、全く使っていなかった。それを今さら使い始めたと思えば、一振りで此の様だ。たったの一撃でスーツを切り裂かれ、5人の天剣授受者が使い物にならなくなった。

 呼吸を止めれば肺は焼かれない。しかし、都市へ一度戻らなければ全身が炎症を起こし、肌が腐れ、髪は抜け落ち、目も焼けて光を失い、耳も聞こえなくなる。武芸者の持つ剄で肉体を強化しても5分で限界に至る。かゆみなどの後遺症に悩まされる恐れがあるため、天剣授受者達は汚染物質の中に長居したくなかった。 

 汚染獣が、その後を追う。いや、追うというほどの焦りはなく、悠々と歩いていた。まるで歩き始めた子供のように、汚染獣は地面を踏み締める。全身を白い鎧で包み、片手に長剣を持っていた。それは老生体の寄生型だ。武芸者の子供が素体となったため身長は低い。弱点と言えば、派手な攻撃を行えば簡単に転ぶことだ。しかし、さきほどから長剣を使い始めた汚染獣は攻撃を耐え、その場に留まるようになった。いったい、どれほど手を抜かれていたのか。

 やがて地平線の果てに都市が見える。すると汚染獣は都市へ向かって跳び、天剣授受者達を追い越した。瞬く間に汚染獣は都市へ接近し、内部へ侵入を図る。しかし、それは予想できた事だ。そのため王城に居るべきグレンダンの女王が都市の外縁部で待ち構え、滞空する汚染獣を狙い撃つ。都市を一撃で沈めるような力が放たれ、その反動で巨大な移動都市が傾き、間違いなく汚染獣に直撃した。

 

「天剣を足留めに出したのは失敗だったか・・・厄介な事をしてくれたわね」

 空を見上げながら女王は呟く。汚染獣の斬撃で破壊された月が、その視界に映っていた。まさかアレを壊されるとは思っていなかったのだ。ついでに封じられていた物も真っ二つに成っていれば良かったものの、その月から這い出る影がある。現況をゲームで例えると、経験値の多いレアな雑魚との戦闘中、その雑魚が仲間を呼び、なぜか中ボスを引き連れたラスボスが現れたような物だ。明らかにバグっている。やっていられない。

 その時、グレンダンの上空に都市を覆うほどの影が出現した。月に封じられていた汚染獣の一体だ。封じられていた汚染獣は合計4体いるものの、1体目は主を守るために盾となって即死し、2体目は主の下に留まり、3体目がグレンダンの上空に現れた影であり、4体目はグレンダンへ急行している。さらに、女王の攻撃を受けて吹っ飛んだ汚染獣も、遠くから傷一つなく戻って来ていた。

 都市の外へ出ていた天剣授受者も戻り、上空と地上から襲い来る汚染獣の襲撃に備える。しかし、地上の汚染獣と戦った後で、天剣授受者は万全と言い難い。この上、今まで傷一つ付けられなかった地上の汚染獣と、都市を覆うほど大きい上空の汚染獣を同時に相手するのだ。天地の汚染獣を倒す前に、都市は壊滅するに違いない。

 天地の汚染獣に対するは、非戦闘員を含む11人の天剣授受者と都市の女王だ。天剣授受者の総出で地上の汚染獣を都市外へ叩き出した際に、天剣授受者と女王以外の人々は武芸者か否かを問わないままシェルターへ避難させている。そうでなければ天剣授受者も本気を出せなかった。天剣授受者が人を超えた化物である事を、人々に覚られてはならないからだ。

 

 最初に動いたのは地上の汚染獣だった。と言うか女王に遠くへ飛ばされたため、都市へ向けて跳んでいたのだ。しかし、天剣授受者の待ち構える都市ではなく、都市の上空へ地上の汚染獣は向かう。汚染獣同士で連携を取るつもりか。そう考えた天剣授受者達の目の前で地上の汚染獣は、自身の何万倍も大きい上空の汚染獣を、玩具のように小さく見える長剣で分断した。

 さきほど月を破壊した時と同じ斬撃が、空へ解き放たれる。その一撃で上空の汚染獣は真っ二つになった。天剣授受者達は微かに驚くものの、斬った汚染獣に対して隙は見せない。それに、上空の汚染獣は真っ二つにされても生きていた。味方に見えていた汚染獣を最大の障害と認定し、一塊の状態では危険と判断すると、上空の汚染獣は分裂する。無数の汚染獣と化してグレンダンに降り注ぎ、その流星を天剣授受者達は迎撃した。

 分裂した汚染獣に対して、剣を持った汚染獣は追撃を行う。少し力を溜めると、空へ向かって光線を発射した。その光線は幾万条の線に分かれて反転し、地上へ向かって降り注ぐと、分裂した汚染獣を撃墜する。ドンッドンッドンッと彼方此方で爆音が鳴り、空に数え切れないほど多い光の華を咲かせた。

「412072」

 都市に落ちる破片を、天剣授受者のサーヴォレイド卿は鋼糸で細断する。鋼糸から伝わる感覚で破片の数を数えつつも、光線を放った汚染獣から目を離さなかった。初期は一本の直線だった光線に誘導性能が付き、今は無数の標的を狙い撃っている。その様を視てサーヴォレイド卿は、汚染獣に手加減されていたとは思わない。実力を隠していたのではなく、奴は成長したのだ。時間が経てば経つほど、さらに勝率は下がって行くだろう。

 剣を持った汚染獣は辺りを見回す。そして、光線によって叩き出された物を視界に入れると宙を駆け、片手に持った長剣で切り裂いた。それは巨大な汚染獣の中心核だ。無数に分かれた汚染獣は数分で命を絶たれ、その活動を止める。凶悪な造形の仮面を付け、傷一つない白い鎧で全身を覆い、月すら断つ白い剣を片手に持つ、そんな化物が後に残った。

 

 剣を持った汚染獣が都市に降下し、天剣授受者達と向き合う。ついに決戦の時が来たのだ。もはや都市に及ぶ被害を構う余裕はなく、天剣授受者達は力を放つ。しかし、戦いというほどの事は起こらなかった。襲いかかる力の波を無い物であるかのように汚染獣は振る舞い、淡々と行う作業のように天剣授受者を斬り伏せる。そうして天剣授受者達を倒した汚染獣は、女王の下へ辿り着いた。

「降伏してください」

 寄生された少年の声で、汚染獣が言う。少年の体を使って、汚染獣が喋っているのだ。人に寄生した汚染獣が、これほど厄介な物だと女王は思わなかった。寄生された子供の除去を適当もといテキトーな奴に丸投げしたのが、そもそもの間違いだったのか。しかし、今さら後悔しても遅い。天剣や女王に敗北は許されないのだ。敵の言葉に従って、降伏を認めるという選択肢はない。

「断るッ!」

 汚染獣へ向けて、女王は突進する。その踏み締めで巨大な都市が傾き、耐え切れず脚部が破損したため移動都市は動きを止める。女王は瞬時に汚染獣へ接近し、一撃を叩き込んだ。その反動で汚染獣は吹っ飛び、音速を超えて都市の外へ飛んで行く。それを追い掛けると汚染物質に塗れた荒野へ叩き落し、全力の一撃を汚染獣へ打ち込んだ。例え天剣授受者が其の様を見たとしても、速過ぎて何も見えないに違いない。

 その余波で大地が弾け、移動都市よりも大きな穴が開いた。発生した衝撃波と移動都市の足場が消し飛んだ事で、移動都市は横倒しになる。無人となっていた都市は衝撃波で建物が粉々に砕け、その瓦礫も移動都市から荒野へ吹き飛んで行った。シェルターの中も安全ではなく、避難していた人々は壁に向かって落死し、または積み重なって圧死するという事故が起こる。この事故によって数百人が死んだ。残念な事に、シェルターにシートベルトは付いて無かったのだ。

 それでも汚染獣は死んでいなかった。それどころか、やはり傷一つ付いていない。それに対して女王は、放った力の余波によって着衣が消し飛び、全裸の状態になっていた。まるで奴隷のような有様だ。そんな女王の体に長剣が突き立てられ、意識を失った女王は崩れ落ちる。そうして、ようやく、戦いは終わった。汚染獣の圧勝だった。

 

 自律型移動都市、槍殻都市グレンダン。汚染獣との戦いで、その都市は大きなダメージを受けた。移動都市の上に建てられていた住居は破壊され、人々の住む場所は無くなった。生き残った人々はシェルターの中で生きるしかない。しかし、食料などの生産設備も破壊され、もはや生活は維持できない。少し前に流行った伝染病の影響で、食料の備蓄もなかった。

 さらに止めとしてエアフィルターが故障したため、シェルターから出ようと思えば都市外装備が必要になる。何よりも都市にとって致命的だったのは、汚染獣に負けたことだ。最強の都市が汚染獣に踏み荒らされた事実は、人々の心に傷を付けた。恐慌の予兆として、人々に不安が広がる。

 この事態の危険度を察した者は、都市外装備を着てシェルターの外へ出る。都市外装備が無くなれば、暴動が起こった時に都市を脱出できなくなるのだ。そうなれば、シェルターの中で餓えつつ死を待つしか道はない。その飢餓は、きっと残酷な結末を引き起こすだろう。そうして運良く都市外装備を手に入れた人々は身を潜め、他の都市へ移動する放浪バスを待っていた。

「リーリン! リーリン!」

 汚染獣だった少年が、シェルターを走り回る。一緒に育った少女の名を呼び、必死に探し回っていた。人々は少年に注目するものの。すぐに興味を失う。そんな事よりも不安なのだ。これから如何すれば良いのか、人々は分からなかった。グレンダンの女王は行方不明のまま、人々を導いてはくれない。

「まさか・・・」

 生きている人々の中に、少女の姿は見当たらない。ならば死んでいる人の中か。そう思ったレイフォンは死体置き場へ向かう。すると、見覚えのある髪色の遺体を見つけてしまった。しかし、よく分からない。なぜか眼球が抉り取られているため、リーリンか否かを判別できなかった。判別できないと思った。レイフォンは、そう思いたかった。だからレイフォンは、リーリンの遺体を探し続ける。見慣れた衣服を剥ぎ取られ、幼い体が剥き出しになっていたのは、きっとレイフォンにとって幸いな事だった。

 結局、死体置き場で養父や孤児院の仲間は見つけたものの、リーリンは探し出せず、レイフォンは崩壊寸前の都市を去る。都市外装備を確保できなかったため白い鎧で身を守り、汚染物質に塗れた荒野を歩き始めた。それは、子供だからと言って放浪バスに乗せてくれるとは限らないからだ。例え武芸者としての力を示しても、レイフォンは金を持っていないため放浪バスに乗れない。そもそも汚染獣と戦闘する回数の多いグレンダン、そんな都市に訪れる放浪バスは少なかった。

 幸いな事に、偽リーリンの告げた謎パワーのおかげで、空腹に苦しみつつも死ぬ事はない。そうして3日ほど過ぎると空腹の苦しみは消え、物を食べなくても生きて行ける事にレイフォンは気付いた。それを便利だと喜ぶレイフォンは、人として外れた事に気付かない。

 

「天剣の人達と、女王陛下は大丈夫かな?」

『肉体を傷付けず、少し精神を斬っただけだ。精神は記憶によって形作られる。よって、少し記憶を失うだけで、女王に大事はない。しかし、天剣は女王の攻撃に巻き込まれたのだ。あの惨状で生きているとは言えぬ』

 

「グレンダンが壊れたのは、ボクの責任なのかな」

『レギオスを壊したのは、あの女王だ。御主は巨大な汚染獣を退治したり、都市に被害を与えないように気を付けていただろう。都市が崩壊したのは御主の責任ではない。無暗に力を使って都市を破壊した、天剣や女王の責任だ』

 

「リーリン・・・」

『死体は無かったんでしょう? それなら何処かで生きているのよ。都市を渡り歩いていれば、きっと何時か再開できるわ。だから一緒に頑張りましょう』

 

『我が主よ。妾は御主の剣だ。例え、どんな困難が立ち塞がっても、妾が道を切り開こう』

『貴方は私が守るわ。誰にも傷付けさせはしない。だから何も怖がる必要はないの』

 

『妾の名はツルギ、妾と共に行こう』

『私の名前はリーリン、一緒に行きましょう』

 

「・・・うんっ!」


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