器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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【性転換】スバル以外は全員男性【Re:ゼロ】

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進学か、就職か。

それは人生の進路を決める時期の事だった。

高校3年生の頃、スバルは不登校になった。

とは言っても高校でイジメを受けていた訳ではない。

ある朝から心の糸は切れ、スバルは学校へ行けなくなった。

 

菜月・スバルは菜月家の長女で、一人っ子だ、

スバルは両親の内、目つきの悪い専業主夫の父親に似ている。

毎朝スバルを起こしに来る騒々しい父親に似る事はなかった。

ちなみに、どちらも父親で間違いはない。

最近の技術は同性による妊娠も可能としている。

 

不登校になったスバルの生活は変化していた。

朝は騒々しい父親に起こされ、家族そろって朝食を食べる。

しかし、登校時間が迫ると圧迫感を覚え、スバルの体は震える。

登校時間が過ぎると落ち着いて、その頃に回し終わる洗濯物を干す。

親に対する罪悪感から、スバルは家事を手伝っていた。

 

父親の買物に付いて行き、食材の入った袋を持つ。

スバルの食べたい物があれば、その時に買っていた。

ただし、ポテトチップスなどの油物をスバルは買わない。

肌を荒らすカップラーメンなんて視界にすら入れていない。

ブクブクと顔を太らせるチョコレートも避けていた。

 

だからと言っても、栄養のある果物は高いものだ。

なのでスバルは、安くて量の多い小魚の煮干しを買っていた。

そのままでは飽きるので、両親の好物であるマヨネーズをかけて食べる。

昼間の空いた時間は煮干しマヨを摘まみつつ、インターネットに没頭する。

夕食を食べると、美容のために風呂へ入って体を温め、早目に寝ていた。

 

スバルは真夜中に出歩くという事はない。

美容に悪いので、夜遅くまで起きている事もなかった。

だから異世界転移が起こった夜の時間、スバルはベッドの上だった。

お気に入りの着ぐるみパジャマを着て、布団に潜っていた。

その布団も転移に巻き込んで、スバルは異世界の大通りへ現れる。

 

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異世界の大通りは、両端に屋台が並んでいた。

眠り姫の第一発見者は、とある果物屋の店主だ。

ちょっと目を逸らした隙に、なぜか屋台の隣に布団が敷かれている。

おまけに獣人のような被り物をした女の子が眠っていた。

ちなみにスバルの着ぐるみパジャマは、黄色いフードに獣耳が付いている。

 

「……あれぇ?」

 

目覚めたスバルは半身を起こし、周囲を見回した。

まだ意識は曖昧で「夢を見ているのかも」とスバルは思っていた。

見覚えのある場所ならば兎も角、全く見覚えのない異世界なので混乱する。

大通りを歩く犬耳や猫耳を生やした、ファンタジーな人々を目で追った。

布団に腰を下ろしたままスバルは視線を回し、果物屋の店主に突き当たる。

 

「おは……こんにちは?」

「ああ……おはようさん」

 

おはようございます。

と言いかけたスバルは、昼の挨拶へ変える。

それは天空の中くらいに上がった太陽を見たからだ。

果物屋の店主は渋い声で、獣耳つきフードを被ったスバルの挨拶に返す。

その傷痕の付いた迫力のある顔は、どう見ても日本人と思えない。

 

「あの、ごめんなさい。どうしても聞きたい事があって……貴方は、ここは何処か分かる?」

「世に名高い【親竜王国ルグニカ】の首都。

_その大通り沿いにある、このリンガ屋【カドモン】の隣だな」

 

その外国人の言葉は、違和感のない日本語に聞こえた。

どういう理由か分からないけれど、言葉は通じていると分かる。

そこでスバルは一度、布団に座ったまま考えを纏める事にした。

しかし得た情報は少なく、いくら考えても答えは出るはずもない。

それは外部からの情報を遮断して、精神の安定を求めているに過ぎなかった。

 

「またまた、ごめんなさい。どうして私は、ここに居るのか……貴方は知らない?」

「さてな。いつの間にか、としか言いようがない。少し目を逸らした一瞬の事だった」

 

「そっか……困ったなー。どういう事だろ」

「なにか変な加護でも持ってるのか?」

 

「【加護】って?」

「自覚してないんなら、俺も分からんよ」

 

俗に言うトリップ、異世界転移だ。

財布を持って寝る習慣はなく、お金は持っていない。

そもそも異世界の支払いに、日本円は使えないと思われる。

やはり靴を履いて寝る習慣はなく、その上に靴下も脱いでいた。

つまり布団の中に入っているスバルの脚先は、素足となっている。

 

スバルは枕元に手を伸ばす。

目覚まし時計の代わりとなっている、携帯電話を手に取った。

時計機能の表示を見れば、23:06と夜の時間を示している。

異世界の太陽は空へ昇っているため、とても真夜中に思えない。

電波は受信できず、万に一つと思った電話も繋がらなかった。

 

スバルの所持品は3点しかない。

携帯電話・布団・着ぐるみパジャマ(下着)だ。

せめて起きている時ならば、まともな格好だった。

外出している時ならば靴も付き、素足という事態は避けられる。

お店の買い物から帰る時ならば、食品も付いた事だろう。

 

絶望感にスバルは包まれる。

せめて異世界召喚ならば、良くも悪くも召喚者の存在がある。

しかし辺りを見回しても、そのような人物は見当たらない。

寝ている間に神様と会った記憶もなかった。

つまり、これは意図された結果ではなく、偶然の出来事と考えられる。

 

しばらくスバルは布団に座り込んでいた。

現実から逃避して、このまま二度寝する事を考えた。

このまま生きているよりも、死ねば辛くないかも知れない。

この時、スバルの近くに刃物がなかった事は幸いだ。

やがて気を立て直し、温かい布団から起き上がる事をスバルは決意した。

 

「ごめんなさい。布団を縛るものってあるかな?」

「リンガの箱を縛っていた物ならあるな」

 

「それって、もらえませんか?」

「構わんぞ。訳ありのようだしな」

 

「ありがとう、お兄さん。この恩は忘れないよ」

「俺には小さな娘もいるし、そんな風に呼ばれる歳じゃないさ」

 

照れながら店主は答える。

紐を貰ったスバルは布団を丸めて縛った。

その縦長い巻物を抱え、ヨロヨロと歩き出す。

丸めた布団は重く、数えるほど進む度に休む必要を覚えた。

そんな有り様でも、布団を捨てて行く選択をスバルは取れない。

 

「じゃあ、そろそろ行こうかな」

「おう、次に来る時はリンガを買ってくれよ」

 

「ーーうん。生きて、必ず戻ってくるから」

 

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決死の覚悟で、少女は異世界へ踏み出す。

変わった格好のスバルは、人々の注目を集めていた。

獣耳つきフードのパジャマに、丸めて縦長い布団だ。

フルフルと腕を震わせ、重そうに運んでいる。

おまけに、よく見れば素足のまま歩いていた。

 

スバルは涙目だ。

嫌になるほど布団は重い。

素足に小石が突き刺さって痛い。

そもそもスバルという少女は、腕力や持久力に自信はない。

それでも果物屋の店主から聞いた、衛兵の詰め所を目指していた。

 

途中で大通りから路地へ入り、スバルは休憩する。

丸めた布団を石畳に置いて、そこに腰を下ろした。

布団は汚れるけれど、気を配るほどの余裕はない。

スバルは短い休憩の後、再び立ち上がった。

しかし、路地の出口で人に当たって弾かれる。

 

「きゃっ!」

 

王都の石畳に倒れ、抱えた布団に潰された。

謝るために顔を上げれば、3人の男に出口を塞がれている。

路地の奥は行き止まりで、スバルは閉じ込められた形だ。

服の汚れた男たちは、口をニヤニヤと歪ませている。

俗に言うチンピラのようだった。

 

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「えっと……いったい何の御用なのか聞いても良いでしょうか」

「立場わかってるみたいじゃねえか。まあ、出すもん出しゃあ痛ぇ思いはしねえよ」

 

スバルは布団を握り締める。

男たちは恐いけれど、布団は渡したくない。

渡したくないけれど、男たちに勝てるなんて思えなかった。

この布団はスバルと共に転移した、大切な繋がりのある物だ。

例えるなら相棒を奪われるという事に、身を裂かれる痛みを覚える。

 

「これは私の布団で、貴方たちが思っているほどの価値はないと思うよ」

「誰の物かなんて、どうでも良いんだよ。

_高く売れるんなら金に換えるし、売れないんなら自分で使うからな」

 

「えっ、貴方が使うんだ……それは嫌かも」

「舐めたこと言ってくれるじゃねえか。

_それとも、その変わった服を脱いでくれんのか?」

 

布団を盾に代えて、男たちの視線から身を隠す。

服を透かして見られているような気分で、スバルは落ち着かない。

その時、パジャマのポケットから固い感触が伝わった。

そこにある携帯電話の存在を、スバルは思い出す。

布団やパジャマよりも、繋がらない携帯電話の優先度は低かった。

 

「布団とパジャマは生活するために必要だから……これは、どう?」

「この小さなガラクタが何だって?」

 

「ここを押すと……」

「おおっ!?」

 

画面を点けて見せた程度で、良い反応を得られた。

カメラ機能なんて教えたら、どのくらい驚くのか。

しかし、強盗に詳しく教えてあげる義理はない。

チンピラは携帯電話をスバルの手から奪い取る。

そして光を発して輝く画面を、他の2人に見せて回した。

 

「じゃあ、私は先を急ぐから失礼するよ」

「まあ、待てよ。これだけって事はねえだろ?」

 

強欲なチンピラの言葉に、スバルの気は重くなる。

「他は持ってない」と言ってもチンピラは信じないに違いない。

それを確かめる方法として、スバルの体は確かめられるのか。

こんな下品な奴らに、スバルは触られたくなかった。

後退するスバルに対して、チンピラは迫ってくる。

 

「ちょっと、どけどけどけ! そこの奴ら、ホントに邪魔!」

 

大通りから大きな声が上がる。

行き止まりの路地に駆け込む姿があった。

それはセミロングの金髪を揺らす小柄な少年だ。

赤い瞳に強い意思を秘め、唇の端から八重歯を覗かせている。

生意気そうな印象を受けるけれど、小動物のような愛らしさもあった。

 

チンピラは慌てて避ける。

突進する少年は、スバルの横まで駆け抜けた。

ここでスバルは少年に期待する。

なにしろ狭い路地の奥は行き止まりだ。

壁の他に何もなく、他の用事で来たなんて思えなかった。

 

「なんかスゲー現場だけどゴメンな!_オレ忙しいんだ!_強く生きてくれ!」

「ええ!?_そんなぁ!?」

 

軽やかにスバルは見捨てられた。

その少年は板を蹴って、壁の凹凸に手をかける。

そのまま器用に壁を登って、建物の屋根に上がった。

屋根の上を走り去った少年に、チンピラは呆然としている。

「逃げるのならば今しかない」とスバルは思った。

 

「おっと、逃げられると思ってんのか?」

「はーなーしーてー!」

 

布団を抱えたスバルの捕獲は簡単だった。

男たちはスバルを取り囲み、息を荒くしている。

もはや物取り以外の目的を抱いているのは明らかだ。

殺されないけれど、死ぬよりも酷い目に会うかも知れない。

スバルは大声を出すために、空気を大きく吸い込む。

 

「ーーそこまでだ、悪党」

 

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その冷たい声を聞いて、スバルの息は止まった。

スバルを取り囲むチンピラの向こう、その路地の入口に彼はいた。

腰まで届く銀色のストレートヘアに、理知的な紫紺の瞳を持つ。

白を基本とした服装で、羽織る白いコートは金糸で装飾を施されていた。

薄汚れたチンピラと別格の、一目で分かるほど高貴な存在感を纏っている。

 

「それ以上の狼藉は見過ごせないなーーそこまでだ」

 

誰も彼も、少年から目を逸らせない。

少年の放つ気配を受けて、チンピラは固まっていた。

今ならば逃げ出せるけれど、スバルも動けない。

丸めた布団を握り締めて、その体を支えていた。

今の状況すら忘れるほどに、スバルの心は少年に囚われる。

 

「今なら許してやろう。僕の不注意もあった。だから潔く、盗った物を返してくれ」

「……へ?_盗った物?」

 

「アレは大切な物なんだ。アレ以外ならば諦めるけれど、アレだけは絶対に譲れない。

_頼む。どうか大人しく渡してほしい」

「ちょっと待て!_話が食い違ってると思うんだがっ」

 

「……なんの事だ?」

「こいつを助けに来た……って訳じゃねえんで?」

 

チンピラはスバルを指す。

薄汚れた3人組の中心にスバルはいた。

着ぐるみパジャマという変な服装で、素足のままだ。

布団を丸めて持っているのは、場所を選ばず寝るためか。

薄汚れた3人組に混じったスバルは、同類に見える事もある。

 

「……変な格好の奴だな。仲間割れの途中か?

_女性を男3人で取り囲むなんて感心しないが……

_僕と関係あるのか聞かれたら、無関係と答えるしかないな」

 

チンピラの意図は伝わっていない。

盗まれた物を取り戻したい少年は苛立っていた。

するとチンピラは慌てて、人違いである事を説明する。

チンピラの言葉に少年は困惑し、スバルに視線を移した。

熱い視線を浴びたスバルは反射的に、チンピラの言葉を肯定する。

 

「ウソじゃ……ないようだな。じゃあ、盗った奴は路地の向こうか?_急がなければ」

 

少年は背を向ける。

またスバルは見捨てられる。

男たちは安心し、スバルは落ち込んだ。

救いを求めて伸ばした手は力なく、声も出ない。

この息の詰まる空間から、スバルは解放してほしかった。

 

「ーーそれはそれとして、見過ごせる状況じゃないな」

 

振り返った少年は、開いた手から輝きを放つ。

そこから撃ち出された弾丸は、チンピラを吹っ飛ばした。

スバルの側に高い音を立てて、拳ほどの氷塊が落ちる。

スバルの感じる気温は暖かく、氷の降る天気ではない。

つまり、その氷は少年によって、この場で生み出された物だった。

 

「ーー魔法」

 

スバルの耳に詠唱は聞こえなかった。

石畳に当たった氷は幻のように消える。

この世界の魔法は、物質として残る物ではないらしい。

スバルは魔法よりも、魔法を放った少年の姿に衝撃を受ける。

希望を失って諦めた所で、やっぱり救われて、スバルは嬉しかった。

 

「やって……くれやがったな!」

 

チンピラの1人は気絶していた。

残った2人は立ち上がって、ナイフと棍棒を取り出す。

布団を抱えたスバルは、慌てて少年の方へ避難した。

あんな凶器を持っているなんて知らなかったスバルは恐怖を覚える。

もしも下手に逆らっていたら、ナイフで刺されていたのかも知れない。

 

「こうなりゃ相手が魔法使いだろうが貴族だろうが知ったことかよ。収まりがつかねえ。

_囲んでぶっ殺す!_2対1で勝てっと思ってんのか、ああ!?」

 

「そうだな。2対1は厳しいかも知れない」

『ーーじゃ、2対2なら対等な条件かな?』

 

「せ、精霊術師か!」

 

少年は指先に小猫を乗せている。

その灰色の小猫は、人の言葉を喋っていた。

「精霊術師」と叫んだチンピラは弱気になる。

少年の警告に従って、仲間を連れて立ち去った。

危機は去って、安心したスバルは御礼を言う。

 

「ありがーー」

「ーー動くな」

 

冷たい声に遮られた。

少年の警戒している様子は見て取れる。

たしかにスバルはチンピラの仲間ではない。

しかし、スバルの【獣耳つき着ぐるみパジャマ】は警戒に値する。

そんな服装で歩き回るなんて、変人としか思えなかった。

 

そんな少年の瞳に、スバルは魅了される。

少年に見つめられて、スバルは恥ずかしくなった。

顔も洗っていないし、髪も整えていない。

思わずスバルはフードを引き下ろし、顔を隠した。

そんなスバルの反応を見た少年は、自信を高める。

 

「ほら、やましい事があるから目を逸らしたんだ。僕の目に狂いはないみたいだね」

『どうかなー。今のは女の子的な反応ってだけで、邪悪な感じはゼロだったけど』

 

「パックは黙っていてくれ。ーー君は、僕から徽章を盗んだ奴を知っているだろう」

「ごめんなさい。期待されてる所に悪いけど、まったく全然これっぽっちも知らないの」

 

「え、なっ、ウソだろ!?」

 

凛々しかった少年の仮面は剥がれ落ちる。

慌てる少年は、手の平に乗せた小猫と相談を始めた。

その様子を眺めていたスバルは辺りを見回す。

何度も見ても、路地に見当たらない物があった。

チンピラに見せたスバルの携帯電話だ。

 

「持って行かれた……」

 

どうせ繋がらない携帯電話だ。

なんて思ってもスバルは納得できない。

持ち物を盗られて、何も思わない訳もない。

少しも幸せに思えない、ひどい異世界だ。

それでも果物屋の店主や銀髪の少年は、スバルを救ってくれた。

 

「じゃあ、急いでいるから、もう僕は行く。

_厳しく脅したから、あいつらは関わってこないと思うが、

_こんな人気のない路地に1人で入るなんて危ないぞ。

_それと、これは心配じゃなくて忠告だ。

_次に同じような場面に出くわしても、僕が君を助けるメリットはない。

_だから変な期待はするな」

 

あまりの早口に、スバルは聞き取れなかった。

目を点にしているスバルの様子を、少年は肯定と受け止める。

すると少年は身を返し、スバルに背を向けた。

その長い銀髪と共に、白いコートを揺らす。

遠くなる少年の姿を、スバルは見送るしかなかった。

 

「ゴメンね。素直じゃないんだよ、うちの子。変に思わないであげて」

 

男か女か分からない中性の声だ。

その小猫の外見から性別を判断するのは難しい。

そうして援護する言葉を残した小猫は、少年の後を追う。

少年の肩に乗った小猫は、髪の中へ潜るように消えた。

その精霊の大きさから考えて、本当に髪の中へ潜んでいる訳ではない。

 

小猫は「素直じゃない」と言った。

そもそも少年は大切な物を盗られたらしい。

それなのにスバルを助けて、その上に感謝の言葉も受け取らない。

スバルを助けた際の足止めで、犯人探しは困難な物となるだろう。

だからと言って、それを理由に協力を申し出れば、少年の気遣いを否定する事になる。

 

「ーーねえ、待って!」

 

スバルは後を追う。

路地の出口で、少年は行き先に迷っていた。

追ってきたスバルを見ると、困った様子を見せる。

それでもスバルは、少年を放って置けなかった。

こんなに良い人の側にいたかった。

 

「なんだ?_言っておくが、これ以上は僕も、ちょっとしか付き合ってあげられない」

「若干、甘さ見えてるよ!_それより大切な物なんでしょ?_私も手伝わせてよ」

 

「しかし、君は何も知らないと……」

「たしかに、盗んだ人の名前も素性も、どこ中かも知らないけど、少なくとも姿形くらいは分かるよ!

_八重歯が目立つ金髪の子犬ちゃん!_身長は貴方よりも低かったから歳下!

_そんな所でいかがでしょう!」

 

スバルは両手を振り上げ、ガオーとする。

そんなスバルの様子に、少年は首を傾げた。

ここまで歩いて傷付いて、汚れの付いたスバルの素足は痛々しい。

その柔肌から「素足に慣れている訳ではない」と明らかだ。

「なにか苦しい事情をスバルは抱えている」と察せられた。

 

「ーー変な奴だ」

 

どうやら少年は懐かれてしまったらしい。

獣耳つきフードの効果もあって、スバルは小動物に見えた。

少年は王都に慣れていないので、スバルの道案内に期待できる。

しかし、名も知らない少女の足下を見れば、痛々しい素足だ。

そんなスバルを連れ回す事に、少年は抵抗を覚える。

 

『悪意は感じないし、受け入れても良いと思うよ?

_まったく手掛かりなしで探すなんて、王都の広さからしたら無謀でしかないし』

「しかし、こんな事に巻き込む訳には……」

 

『意地っ張りなのも可愛いと思うけど、意地を張って目的を見失うのも馬鹿馬鹿しいと思うよ。

_ボクはボクの息子が、バカな子だと思いたくないなぁ』

 

スバルを支援するのは小猫精霊だ。

スバルは心の中で小猫精霊を応援する。

しかし、それでも少年の決断に至る事はない。

そのままであればスバルの同行は断られていた。

すると小猫は表情を消して、空を見上げる。

 

『それに、もう日も傾き始める頃だからね。夜になったらボクは手を貸せなくなっちゃう。

_暴漢くらいが相手なら心配しないけど……弾除けは多い方がいいよ』

「物騒な役割が割り振られた感があるね!_けど、なに?

_今の話だと、貴方って夜だと出られない感じの雇用条件なの?」

 

「弾除け」と聞いてスバルは気後れる。

しかし次の瞬間、小猫の流し目から全てを悟った。

スバルは今、小猫に試されているに違いない。

だから、その程度は何て事のないように話を流した。

その横で少年は「あー」「ううん」「しかしっ」と色っぽく悩んでいる。

 

「ーー言っておくが、なんの礼もできないからな。こう見えて僕は、無一文だ」

 

「大丈夫、安心して。私も無一文だから」

『ちなみにボクも素寒貧だけど。ひどいね、この集まり』

 

こうして、着ぐるみ少女と精霊術師のチームは結成された。


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