器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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→【眼】

ナツキ・スバルは【彼女】を殺した。

そうしてスバルの片目は、【彼女】の物となる。

殺人の刑に服していたスバルは、無気力を極めていた。

そんなスバルは突然、そこから姿を消す。

ーーこうしてナツキ・スバルの異世界生活は始まった。

 

「異世界だよなぁ……」

 

古風な石造りの町並みだ。

それに限れば、太陽系第三惑星地球の辺境という可能性もあった。

巨大なトカゲに引かれる馬車を、スバルは眺める。

犬耳や猫耳を生やした、二足歩行の人類もいる。

これらを常識的に考えれば、地球では有り得ない。

 

刑に服していたスバルは、薄い囚人服だ

当然、その身に余計な物は持っていない。

携帯電話も無ければ、裸足のまま靴も履いていなかった。

財布も金も、腹を満たせる食料も持っていない。

髪も剃られてから間もなく、丸坊主で心細い。

 

「俺みたいな奴を喚んで如何するよ……やっばり偶発的な現象か」

 

人目のある大通りからスバルは逃れる。

すると、破れの見える服を着た3人組が現れた。

彼らは「よお、兄弟」と親しげに挨拶する。

しかし、スバルの片目を見ると表情を変えた。

不気味な物を見た感じで、3人組は立ち去る。

 

「しまった……【彼女】の眼か」

 

刑に服していると、人と関わる事が少ないから忘れていた。

スバルの片目は手裏剣の模様が浮かび上がっている。

表情と目の死んでいるスバルと合わせれば、一種のホラーだ。

「あー」とゾンビのような声を上げながら、スバルは空を見上げる。

大通りから外れた建物の、その隙間から見える空は狭かった。

 

「どけどけー!」

「待ちなさい!」

 

スバルの前を女の子が2人、通り過ぎた。

「騒がしい街だな」とスバルは思う。

その姿を目で追えば、彼女らは壁を登っていった。

異世界の女性は、ずいぶんと力強い。

再びスバルは視線を空に戻し、そのまま動かなくなった。

 

やがて空も暗くなる。

冷たい風はスバルの体温を奪う。

それでもスバルは動かなかった。

そんなスバルの下へ近付く者がいる。

3つの人影は、スバルを取り囲んだ。

 

「おい、あんた余所者だろ。いつまで居座ってんだよ。早く退け」

「ああ……悪いな。邪魔をした」

 

スバルは立ち上がる。

しかし、冷えた体の動きは悪い。

今にも止まりそうな人形のように歩き出した。

しかし、3人組に遮られ、スバルは動きを止める。

どうやら3人組は、まだスバルに用があるようだ。

 

「立ち退く前に金を払いな」

「ここに居座った料金か?」

 

「話が早いじゃねーか」

「あいにく無一文で、なにも持ってねーよ」

 

「だったら体で払ってもらおうか」

「俺みたいな奴は、何の役にも立たないと思うが……」

 

「そうでもないぜ?_使い捨ての駒は、いくらあっても足りねーからな」

「そうかよ」

 

3人組の言葉を聞いて、「まあ、いいか」とスバルは思う。

あまりにも無気力なスバルは、3人組の後を付いていく事にした。

スバルは立ち上がって、目を合わせると案内を促す。

しかし、なぜか3人組は崩れ落ちた。

苦しそうな荒い息を吐いて、そのまま体を震わせている。

 

なにか悪い物でも食べたのか。

それとも無理をして歩き回っていたのか。

ペシペシと叩いてみるものの反応はない。

顔を覗き込むと、怯えた表情で顔ごと逸らされた。

スバルは訳が分からない。

 

「さっきまでの強気は、どこに行ったよ……」

 

このまま見捨てるのは気分が悪かった。

スバルは大通りへ出ると、警察や病院を探す。

親切な通行人に尋ねると、衛兵は存在するようだ。

衛兵の詰所へ向かうものの、相手にされない。

早々に説得を諦めて戻ってみると、3人組の姿はなかった。

 

「なんだかなぁ……」

 

無駄足だった訳だ。

すると、お腹が減っている事にスバルは気付く。

もはや歩く気力も湧かず、また建物の隙間へ座り込んだ。

空を見上げれば黒く、滲んだ星が輝いている。

星の数を数えながら、ナツキ・スバルは静かに目を閉じた。

 

ーー( @ )ーー

 

俺らの縄張りに、そいつは座り込んでいた。

死んだような目で、希望を失った顔をしている。

そんな奴は貧民街じゃ、珍しくもない。

ただし、その片目は異様な物だった。

あんな風に見た目は腐っても、魔法使いかも知れねぇ。

 

太陽が地平に沈んでも、変な男は座り込んでいた。

気力を失った顔から、弱そうに見える。

俺たちは稼ぎを終えて帰る前に、そいつを取り囲んだ。

もしもヤバい奴だったら、さっさと逃げる事にする。

そうでなかったら金になる。

 

「使い捨ての駒は、いくらあっても足りねーからな」

「そうかよ」

 

変な男は大人しく立ち上がる。

しかし次の瞬間、片足で強く地面を踏み鳴らした。

ドシンと地面は揺れ、腹部に割れるような衝撃が走る。

目にも止まらない速さで、変な男は拳を突き出していた。

その衝撃は全身に響き、もはや立ち続ける事は叶わない。

 

「てめぇ!」

「よくも!」

 

また地面が揺れる。

恐ろしく力の入った踏み込みだ。

人体から聞こえるべきではない重低音を、その後に打ち鳴らす。

仲間の2人も、変な男の拳を受けてしまったに違いない。

仲間たちの呻く声から、俺は状況を察した。

 

不気味な片目は兎も角、寒さに震える弱そうな男だった。

なによりも無気力な様を見て、この結果は想像できない。

外見から想像もできない戦闘力を、変な男は持っていた。

容赦のない一撃は、俺に死を連想させる。

怯える体は無意識の内に、その場から逃げ出そうとしていた。

 

「ぎゃああああああ!!」

 

背後から伸びた手が、俺の頭を掴む。

5本の指から凄まじい力が伝わって、俺は悲鳴を上げた。

頭が割れて、潰されそうだ。

俺は手足を振り回すものの、無駄に終わる。

ひたすらに痛みを感じて、叫び続けるしかなかった。

 

突然、俺は地面で顔を打つ。

男の手から解放された事に、遅れて気付いた。

これは喜ぶべき事なのだろう。

しかし、まったく治まらない頭の痛みに苦しめられる。

その痛みが消えるまで、俺は我慢するしかなかった。

 

体を軽く叩かれる。

変な男は俺の顔を覗き込んだ。

体に刻まれた痛みから、男に対する恐怖が湧き上がる。

とても、この男を直視できない。

面目を取り繕う余裕はなく、俺は顔を逸らした。

 

「さっきまでの強気は、どこに行ったよ……」

 

それは呆れた声だった。

強い意思の感じ取れない、気の抜けた声だった。

しかし、その体から生み出される暴力を、俺は知っている。

弱そうに見えたけれど、それは間違いだった。

なんて俺たちは運が悪いんだ。

 

不気味な片目を持つ、変な男は去っていく。

それでも受けた痛みは体に響き、しばらく動けなかった。

仲間の様子を見れば、俺と同じような状態らしい。

倒れたまま痛みに苦しむ、仲間の姿があった。

外傷は見えないけれど、内臓に傷を付けられたのかも知れない。

 

「おい……動けるか」

「……なんとか」

 

「あの野郎が戻ってくるかも知れねぇ。逃げるぞ」

「無理だ……」

 

「バカ野郎……起きろ。今度こそ殺されるぞ……!」

 

もう二度と顔も見たくない。

俺らは怒りよりも、恐怖を覚えた。

頭の中から気持ち悪く、自力で立ち上がる事も叶わない。

俺らは壁に寄り掛かって、上半身を起こした。

地面に伏して休みたい欲求に耐え、互いに体を支えあった。

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

目覚めると、空は明るくなっていた

石造りの隙間から見上げれば、太陽の位置は真昼に近い。

ずいぶんと長い時間、スバルは眠っていたようだ。

しかし、同じ姿勢を続けた事による体の痛みは感じない。

特に成すべき事もなく、スバルは呆けていた。

 

「よお、兄弟」

 

その声に振り向けば、あの3人組だった。

しかし、スバルの顔を見ると表情を変える。

不気味な物を見た感じで、3人組は立ち去った。

「いや、昨日も見たじゃん」と突っ込みたい。

表情から反応まで、3人組は昨日と変わらなかった。

 

「あいつらパターン入ってるな」

 

スバルは「立ち退け」という言葉を思い出す。

ここに居ると何かの邪魔になるのかも知れない。

その程度の理由で、スバルは重い腰をあげた。

この怪しい囚人服で大通りを歩けば目立つに違いない。

とりあえず衛兵に捕縛されない事は、昨日の件で分かっている。

 

「ちょっと、どけどけどけ!」

 

大通りへ出る前に、スバルは女の子と出会う。

危うく合体事故が起こる寸前で、女の子は華麗にスバルを避けた。

スバルが避ける必要もないくらい、見事な反応速度だ。

「とっとっと」と言いながら、スバルは女の子の姿を横目で追う。

風に揺れる金髪と、首に巻かれた長いスカーフだ。

 

「避けて!」

 

そんな声が聞こえる。

次の瞬間、腹部に激痛が走った。

「変な物でも食ったのか」と思ったものの、昨日から何も食べていない。

お腹を押さえてみれば、固い物に邪魔をされている。

よく見るとスバルの腹部に、太い氷が突き刺さっていた。

 

「ーー?」

 

言葉は形にならない。

驚きのまま、体から力を失う。

スバルは目の前が真っ暗になった。

氷の突き刺さった衝撃で、スバルは後ろに倒れる。

それを放った銀色の少女は、小さな悲鳴を上げていた。

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

夢だったようだ。

お腹に氷の塊が突き刺さるという悪夢を見た。

目覚めてみれば、建物の隙間から明るい空が見える。

スバルは座っていた位置から、少しも動いていなかった。

あの3人組が同じセリフを口走っていたのは、そう言う訳だ。

 

「よお、兄弟」

 

その声に振り向いて見れば3人組だった。

そしてスバルの片目を見ると去っていく。

3人組の反応を、スバルは不可解に思う。

まるで同じ行動を繰り返しているかのようだった。

いいや、夢を除けば2回目に過ぎないと考え直す。

 

「どけどけー!」

「待ちなさい!」

 

見覚えのある女の子が2人、スバルの前を駆け抜けた。

よく見れば金髪と銀髪の少女で、夢の中の姿と一致する。

これほど既知の出来事が重なれば、スバルの疑念は高まる。

まさか、あれは夢ではなかったと言うのか。

スバルの死も現実に起こった事と考えられる。

 

「つまり、ここはゲームの世界なのか」

 

人々は同じ行動を繰り返していた。

スバルの死など、一定の条件でリセットされる。

つまり、あの3人組は再びスバルを脅しに来るのだろう。

とりあえず、スバルは立ち上がって移動する事にした。

行くべき場所もないので、見晴らしの良い場所を探す。

 

「何も食べてないのに、腹が減らない訳だ。でも、俺の記憶はリセットされてない」

 

この異世界の住人ではないからか。

「どうしたものか」とスバルは思う。

いいや、どうする必要もなかった。

「どうにかしろ」と誰かに言われた訳ではない。

このまま繰り返される時に身を埋めるのも悪くはなかった。

 

その時、今にも泣き出しそうな女の子が見えた。

その女の子は大通りの端で、独りで立っている。

それはタイミングが良かった。

女の子を見た瞬間、スバルは自身の役割を設定する。

少なくとも空を眺め続ける現実逃避よりは良かった。

 

「お嬢さん。困り事かな?」

 

スバルは女の子に話しかける。

しかし、女の子はスバルを怖く思った。

なにしろ怪しい囚人服な上に、片目は異様だ。

一円玉すら持っていないので、隠し芸の手品も見せられない。

こうなれば体を張って、変な顔を見せるしかなかった。

 

「はーい、べろべろばー」

「う゛え゛え゛え゛え゛え゛ん」

 

泣かれた。

よほど怖かったに違いない。

顔の皮を引っ張った努力は無駄に終わった。

むしろスバルのせいで悪化したのではないか。

女の子を落ち着かせたいものの、上手くできなかった。

 

「どうしたの?_この怪しい人に変なことされたの?」

 

女の子とスバルの間に、銀髪が割って入る。

その2人をスバルは見守るしかなかった。

銀髪と言えば、スバルは見覚えがある。

前回、スバルの腹部へ氷を撃ち込んだ方に似ていた。

それに少し前の銀髪は、金髪の方を追っていた

 

「そう、お母さんと逸れちゃったのね」

 

女の子は迷子らしい。

事情を聞き出した少女は、迷子の親探しに付き合う。

途中から会話の外にあったスバルは、置物と化していた。

「まあ、いいか」とスバルは思う。

きっと迷子は、最初から少女に救われる運命だったに違いない。

 

大通りを歩き続けて、緑のある場所を見つける。

公園らしい場所でスバルは横になった。

見通しのいい場所であるため風は冷たい。

もうすぐ日没だ。

そこでスバルは重要な事に気付いた。

 

「ここまで歩くの面倒臭ぇ……」


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