器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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【寄生】ナツキ・スバルの目玉【Re:ゼロ】

高校2年生の夏、ナツキ·・スバルは告白を受けた。

2学期末の試験が終わって、夏休みに入る前の事だ。

その頃は梅雨前線の北上が遅れ、気温の低い雨の日が続いていた。

下駄箱を覗いても恋文は入って無かったし、携帯電話に着信もない。

そもそも携帯電話の登録は、家族と行政機関の番号しかなかった。

 

「菜月・昴くんはいますかー?」

 

教室の出入口から、見知らぬ女子生徒は呼びかける。

次の瞬間、同級生の視線はスバルに集中した。

そうして受けた視線に焦りつつ、スバルは席を立つ

この時点で色事なんてスバルは想像していなかった。

「事務的な用事で呼ばれている」と思い込んでいた。

 

なにしろ、スバルは孤立している。

この高校に友人なんて存在しない。

それは周囲から差別されている訳ではなかった。

自己紹介の時に馬鹿な事をやって、避けられているに過ぎない。

スバルは友人もなく、授業を受けるために通う、虚しい高校生活を送っていた。

 

だがら告白なんて思わなかった。

スバルは教室の出入口で立ち止まっている女子生徒に近付く。

スバルにとって見覚えのない、別の学科に属する生徒だ。

やはり事務的な用事で来たとしか思えない。

しかし見知らぬ相手のため、その用事に心当たりはなかった。

 

「こんにちは、スバルきゅん」

「俺の聞き間違いかな。敬称おかしくない!?」

 

「失礼、噛みました」

「なんだ、噛んだのか。それなら仕方ない」

 

「ウソだよ!!」

「マジかよ!!」

 

出入口の境界を中心として寸劇は始まった。

ついつい合わせてしまったスバルは首を傾げる。

空想上の幼馴染みのように気が合ってしまった。

その女子生徒の顔を見つめるものの、やはり見覚えはない。

その下に視線を滑らせると、グラウンドのように平らな胸が見えた。

 

「見ましたね」

「いや、誤解だ!?」

 

「男の人は皆、そう言うんです」

「あんたが勝手に、そう思ってるだけだよね!?」

 

「責任を取って貰わなければ成りません」

「そんな不条理な!?」

 

謎の女子生徒は両手で胸を隠す。

この謎という表現は間違っていない。

いったい何の用で来たのか、少しも分からないからだ。

スバルと関係のない場所で行われた罰ゲームの可能性を疑う。

罰ゲームの駒となっている可能性を考えると、スバルは嫌な気分になった。

 

「僕と付き合ってください」

「ぼく?_もしかして、あんた女装してる?」

 

「誰が貧乳だってコラァァァ!!」

「俺は貧乳なんて言ってないだろ!?」

 

「視線が胸に行ってるんだよ!_気付かないとでも思ったのか、ああっ!?」

「言葉遣いが荒いなァ!_さっきまでの女の子らしい感は何処に行ったんだよ!?」

 

おこった女子生徒は、スバルの肩を掴んで揺さぶる。

スバルの頭は大きく揺れ動き、スバルの意識を混乱させた。

スバルと女子生徒と口論は、まるで二次元のようだ。

その騒ぎに他の生徒も目を引かれ、「何事か」と思う。

その時、事件は起こった。

 

「いてぇ!?」

 

スバルの唇が、柔らかい物に衝突した。

その勢いに優しさはなく、押し潰されて唇を痛める。

一瞬の事だったので、スバルは良く分からなかった。

女子生徒を見ればスバルから手を離し、唇を押さえている。

ラブコメのごとき唇の接触イベントが発生したのは明らかだった。

 

「これは、もうスバルくんの彼女になるしかありませんね」

「なんで、そうなる!?_あんたの思考にビックリだよ!」

 

「だがら、さっきも言ったじゃないですかーー僕と付き合ってください」

「いや、俺だって、こんなキワモノじゃなくて……もう少しマトモな彼女が欲しい!」

 

「やだなー。もしかして、マトモな彼女が出来ると思ってるんですかー?」

「ああ、分かってるよ。分かってるけど、あんた最低だな!」

 

ファースト・キスなので、スバルは恥ずかしい。

いいや、ファーストじゃなくても恥ずかしい。

教室という人目のある場所でキスしたのも恥ずかしい。

見知らぬ女の子とキスしたのも恥ずかしい。

とにかくスバルは恥ずかしかった。

 

「そうだ、そうだよ。そもそも、あんたは何なんだ!?」

「だから、さっきから言ってるじゃないですかーー付き合ってください」

 

「話が逸れすぎてるよ!_付き合ってってって?」

「他に付き合っとっとっと?」

 

「え?_マジで」

「はい、本当です」

 

冗談としか思えない酷い告白だ。

ようやくスバルも告白されたと理解した。

場所は教室の出入口で、雰囲気も何もない。

スバルの脳はラブコメ時空から、現実へ収束する。

現実へ戻ったスバルは、どう答えればいいのか分からなかった。

 

「彼氏ゲーット、イェーイ」

「俺、まだ返事してないと思うんだけど!?」

 

「やだなー。ここで断ったら一生、恋なんて出来ませんよ?」

「さっきから、あんた俺を何だと思ってんの!?」

 

「【ぼっち】【引きこもり予備軍】【童貞】」

「もう止めろよぅ!_俺に何の怨みがある!?」

 

「憎んでいる訳でも、怨んでいる訳でもありませんーー愛しています」

 

何度も言うけれど、ここは教室の出入口だ。

そこで女子生徒は最も恥ずかしいセリフを言い放った。

もはや素面(しらふ)で、この事態に対応する事は叶わない。

この女子生徒に対して、真面目に対応すると話しに付いていけない。

女子生徒から目を逸らし、遠い目をして菜月・昴は悟った。

 

「ほらほらスバルくん、【彼女】って呼んでくださいよ!」

「じゃあ俺が【彼氏】やるから、あんた【彼女】な!」

 

「きゃっ!_スバルくんに彼女って認められちゃった!_ご両親に挨拶しなくちゃ!」

「婚約でも申し込みに行くつもりか!?_どんだけ気が早いんだよ!」

 

「ちぇー、スバルくんは鋭いなー」

「本気だったのかよ!?_油断の隙もないな!?」

 

この頃になると、教室の生徒は元に戻り始めていた。

スバルと【彼女】の寸劇は、休み時間の終わりまで続く事になる。

チャイムが鳴ると【彼女】は去っていった。

ただし鳴ってから戻っても、授業に遅れる事は明らかだ。

その後ろ姿を見送るスバルは「やっぱり見たことないな」と首を傾げた。

 

 

下校するスバルは【彼女】と再会した。

と言うか、【彼女】は下駄箱で待ち構えていた。

なぜかスバルの靴箱へ向かって、拳を繰り出している。

シュッシュッという擬音が聞こえる気分だった。

他人から見た自分のように思えて、スバルは心を痛める。

 

「俺の下駄箱に、なにか怨みでもあるのかよ」

「いいえ、暇だったのでイメージトレーニングを少々」

 

「ここで待つより、教室まで来た方が早かったんじゃないか?」

「そんな……恥ずかしいじゃないですか」

 

「教室の前で告白した奴の言うセリフ!?」

「あれはノリですよ、ノリ!_仕方ないじゃないですか!」

 

「ノリなら仕方ないな」

「そうでしょう、そうでしょう」

 

スバルと【彼女】は並んで歩く。

しかし、いつも独りなスバルは足が早かった。

歩調を合わせる事は叶わず、気付けば【彼女】を置いて行く。

そんな事を繰り返していると、スバルは手を取られた。

【彼女】に片手を握られて、その重さに引き寄せられる。

 

「彼女を置いて行かないでください。ぶっころしますよ」

「彼女が積極的すぎて、俺の命が危うい!?」

 

「いいじゃないですか。もうキスまで済ませたんですから」

「あれは事故だろ!?_ノーカン、ノーカン!」

 

「本当にーー事故だと思ってたんですか?」

「やだ、この子、こわい。あと俺の手を握り潰そうと力を入れないで!」

 

痛いけれど、手を振りほどく事は叶わない。

中学校の頃、スバルは剣道部に所属していたので人並み以上に手は大きい。

それからも筋力トレーニングは続けていたので、力は衰えていないはずだ。

その力を用いても抗えない【彼女】の腕力に、スバルは恐れ入る。

スバルと【彼女】の上下関係が決まった瞬間だった。

 

「不思議に思ってる事があるんだけど、なんで俺なんだ?」

 

好意を抱かれているなんて、スバルは思えない。

スバルは自分が嫌いで、自身に好意を持っていなかった。

だから好意を向けられても、その好意を受け入れられない。

強引に手を握った【彼女】にスバルは問いかける。

もしも偽りならば、早く明らかにしたかった。

 

「それはスバルくんが、【バカ】で【マヌケ】だからです!」

「やっぱりオマエ、俺のこと嫌いなんじゃね!?」

 

「いいえ、好きですよ。大好きです」

「なんで好きなんだよ」

 

「だって僕は、僕よりも優れている人が【嫌い】ですから」

「おまえの性格が悪いって事は、よく分かった」

 

「本当にバカですよね。あんな事を自己紹介で言うなんて」

 

スバルは心を痛める。

高校に入学して早々の失敗は、大きな傷として残っていた。

痛みの残る所を【彼女】に突かれて、スバルは怒りを覚える。

この【彼女】は、あまり性格が良ろしくない

【彼女】と組み合わさった手に、スバルは過剰な力を込めた。

 

「だから僕はスバルくんが好きなんです。そんなスバルくんが好きなんです」

「訳が分からねぇ。頭が、どうにかなりそうだ」

 

「僕の事なんて分からなくて良いんです。僕がスバルくんを好きなんですから」

「押し付けがましいなァ、おい……」

 

「だって、バカで、マヌケでーーかわいらしいじゃないですか」

 

【彼女】は壊れているに違いない。

本当に嬉しそうな、歪んだ笑みを浮かべていた。

【彼女】と繋がった手から、スバルは恐怖を覚える。

おぞましい物に捕まってしまった事に、スバルは気付いた。

スバルの隣に存在する者は、【怪物】だ。

 

「怖いんですか、スバルくん?」

「怖くねーし!_そんな事ねーし!」

 

「大丈夫ですよ。だってスバルくんも、僕と似たような物じゃないですか」

「お前みたいな【怪物】と違って、俺は何処にでもいる平凡な【人間】だ」

 

「そんな事はありませんよ。スバルくんも他人に理解されないモノなんですから」

「おまえと同じにするなよ……」

 

「じゃあスバルくんは、他人に理解された事がありますか?」

 

小学生の頃は過激な遊びに手を出して、気付けば仲間は居なくなっていた。

それで反省したスバルは、目立たないように慎ましく学校生活を送る。

中学校の頃は剣道部の部活仲間がいたけれど、部活限りの付き合いだ。

スバルの抱える悩みを相談できる相手は居なかった。

学校と違って自宅のスバルは明るく振る舞い、両親を心配させなかった。

 

「スバルくんと僕は同じモノです。だがら、きっと分かり合えます」

「そんな事ねーし……」

 

【彼女】の言葉を聞いている間に、スバルの怒りは治まっていた。

【彼女】に対する否定の言葉は弱々しく、繋いだ手を振り払う事もない。

ルンルンと無駄に機嫌のいい【彼女】にスバルは引っ張られて行く。

それからスバルの自宅に着くまで、スバルと【彼女】の間に言葉はなかった。

「なんで俺の住所を知ってるんだYO」と突っ込む気力も湧かなかった。

 

ーーストーカーの可能性が微レ存


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