器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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→日没の殺人鬼 3-b 「腹切END」

それは、まだ明るい時間の事だった。

チンピラにコンビニ袋からジャージまで奪われ、

ラインハルトと共に貧民街へ足を運び、

徽章を盗んだ少女は逃げ出して、

ーーナツキ・スバルは盗品蔵へ踏み入んだ。

 

木扉から入るとカウンターに当たる。

その前に固定椅子が並び、その側に小さなテーブルもある。

元は酒場だったらしい部屋の各所に、木札の付いた品々は置かれていた。

それらは不払いによって、差し押さえられている訳ではない。

古びた両手剣や銀色の皿など、外から持ち込まれた物だった。

 

ここは盗品蔵と呼ばれている。

その名を示す看板は無いので、そういう名前の酒場かも知れない。

木札の付いた品々は、どこから来たのかも分からない。

だからと言っても、ラインハルトとしては盗品を見過ごせない。

しかし、それよりもスバルの頼み事を優先した。

 

「日没の頃、ここに強盗が現れるという話を、彼から聞いた。

 そこで盗まれた物を取り返しに来た少女が、命を奪われる恐れがある。

 "一緒に来てほしい"という彼の願いに応え、僕は共に訪れた」

 

「なんじゃそりゃァ」

 

巨体の老人は呆れた声を上げる。

老人の緊張は解けて、スバルへ悪意を向けた。

改めて纏めると酷い理由だ。

老人に営業妨害と言われても仕方ない。

しかし、何の店なのか説明すれば、知られたくない事を探られる。

 

「俺の間違いだったら良いんだよ。俺の目的は、その女の子を死なせない事だからな」

 

スバルは攻勢に出ない。

盗人を見逃した際に目的は定まった。

盗品蔵と見下して、強気に出る事はなかった。

そんなスバルの様子に老人は疑問を覚える。

まさか本当に、そんな不確かな理由であると思わなかった。

 

「つまり客なんじゃな。客なら何か注文せんか。

 もっとも、酒とミルクしかないんじゃがの」

 

盗品蔵ではなく、酒場の店主として老人は振る舞う。

ラインハルトとスバルはミルクを注文し、盗品の品々を黙認した。

もちろん今回のスバルは、この国の通貨を持っていない。

おまけに数時間前は、チンピラに持ち物を剥ぎ取られていた。

なのでスバルの分も、ラインハルトの支払いとなる。

 

「爺さん。俺と同じ黒い髪で、黒い外套を羽織った女って知らないか」

「知らんのう。そいつを探しておるのか」

 

「いんや。ここに大型のナイフ……たぶんククリナイフだな。

 そんな刃物を持って、強盗に入る予定の人物」

「ふん、強盗じゃと。巨人族を舐めるでないわ。

 細っこい連中なんぞ、返り討ちにしてくれる」

 

ミルクを飲みつつ、老人と会話して、時間を潰す。

ナイフの女は、盗品蔵の従業員という事もないようだ。

盗品蔵から女が現れた時、この老人は如何なっていたのか。

老人のサービスで、スバルは酒を飲む事はない。

そのため、どこかの誰かのように吐き気を覚える事もなかった

 

『警告、敵二 接近シテ イマス』

 

トン、トン

 

店内の三人は、その音に目を向けた。

単なる木扉を叩く音で、特別な物ではない。

スバルの話を思い出した際に、警戒心を湧き上がらせた程度だ。

知人の戻って来た"可能性"を考えて、老人は心配している。

妖刀の警告から強盗と"確信"して、スバルは立ち上がった。

 

「余計な事をするでない。大人しく座っておれ」

「待てよ、爺さん。客とは限らないって」

 

スバルの言葉を老人は聞かない。

知人は盗人であると老人は知っている。

おまけに『剣聖』の同行者も、その事に気付いた様子だった。

その知人は大仕事があると言って、今日は人払いを頼んでいた。

木扉を叩いた者が知人ならば、会わせる訳にはいかない。

 

棍棒を持った老人は、木扉を押し開く。

姿を見せたのは、見覚えのある黒髪の女だった。

それは間違いなく、スバルを殺した強盗だ。

慌てるスバルを女は不思議そうな目で見る。

いいや、スバルとラインハルトの二人を見ていた。

 

「ここで女の子と待ち合わせをしていたのだけれど……」

「ああ、あいつの事じゃな。貸し切りの客が急に入ったから帰らせたんじゃ」

 

「そうなの。困ったわね……仕方ないわ、この足で会いに行きましょう。

 どこに住んでいるのか、教えて貰えないかしら」

「あいつも今日は大口の依頼を持ち込むと言っておったからな……良いじゃろう」

 

"あいつ"と言うのは、汚れた少女に違いない。

汚れた少女は、精霊術師から徽章を盗んだ。

依頼の関係者らしい女は、いったい何なのか。

そもそも女は何を依頼をしたのか。

それは徽章を盗む事だったのではないのか。

 

「あんたは盗んだ徽章を手に入れて、どうするつもりだ」

「さあ、私も依頼された立場だから知らないわ。盗まれた物かは知らないけれど」

 

スバルの問いに、女は答えた。

しかし、ここまでにラインハルトの動く理由はない。

「徽章は盗まれた物」と言っても、スバルの言い掛かりに過ぎなかった。

ここで女を見逃せば、ここで精霊術師の少女は死なない。

ただし、徽章を探している少女の方から、死に辿り着くかも知れない。

 

「ーーふふ」

 

なぜか女は笑った。

必死に追求するスバルの様子が面白かった訳でも、

言い逃れはできないと悟った訳でも、

勝利を確信した訳でも、

ない。

 

「ごめんなさい。

 もう少し付き合ってあげても良かったのだけれど、我慢できなかったものだからーー」

 

次の瞬間、思わぬ方向から痛みは来た。

首を後ろに引っ張られ、床で腰を強打する。

スバルの後ろにいたのはラインハルトに違いない。

いったい何のつもりなのかと思えば、太いナイフの輝きを見る。

黒衣の女は強盗の……あるいは殺人鬼としての正体を現していた。

 

ーー日没の時間だ。

 

隠れていた鬼は正体を現した。

それを退治するために『剣聖』は立ち上がる。

しかし、腰に下げた騎士剣を抜く様子はない。

あの騎士剣は"抜くべき時にしか抜けない"とスバルは知っている。

その代わりとしてラインハルトは、何も持っていない手を構えた。

 

「黒髪に黒い装束。そして、"く"の字に折れた北国特有の刀剣。

 ーーそれだけあれば見間違えたりはしない。君は"腸狩り"だね」

 

「燃える赤髪に空色の瞳、それと鞘に龍爪の刻まれた騎士剣。

 ーーそういう貴方は騎士の中の騎士、ラインハルト。"剣聖"の家系ね」

 

ラインハルトと女は、もはや別世界の住人と化している。

すでに外様と化していたスバルと老人は、ラインハルトの勧めで奥へ避難した。

ラインハルトは素手で突っ込み、ナイフを持った女に蹴りを入れる。

その余波は床を破裂させ、大きな音と共に衝撃波を発生させた。

そんな蹴りを食らった女は突き破る事もなく、壁に上手く着地する。

いったい蹴り飛ばされたエネルギーは、どこに流れたのかと聞きたくなる有り様だ。

 

「小僧。まさか、ここまで読んでおったのか」

「あんな超人の仲間入りをした覚えはねぇよっ」

 

戦場に慣れていない上に、超人決戦を見たスバルは混乱していた。

壁際の古びた両手剣を蹴り上げ、ラインハルトは武器を手にする。

それだけで視界は歪み、寒さを感じるという、怪奇現象を引き起こした。

ラインハルトの一撃は建物ごと引き裂き、暴風を撒き散らす。

そこに女の姿は残っていなかった。

 

「あいかわらず、あいつの人外っぷりは極まってるな」

「まるで昔から知っているように君は言うのだね」

 

ラインハルトの開けた風穴から、スバルは空を見る。

前回スバルの死んだ場所は、二度と人の住めない有り様だ。

これで精霊術師の少女も、命を奪われる事はないだろう。

その代わりとして「あの貴族っぽい少女に恩を売る計画」はダメになった。

少女の探している徽章よりも、少女の命を優先したのだから仕方ない。

 

「いったい、なにがあったの」

 

盗品蔵の出入口は消し飛んでいた。

外の暗闇から銀色の少女が顔を覗かせる。

白いコートを羽織った精霊術師の少女だ。

日没後である、この時間に盗品蔵へ辿り着いた。

盗人である汚れた少女とは会えなかったらしい。

 

「エミリア様、という事は盗まれた徽章というのは、もしや……」

 

ラインハルトによると「エミリア様」らしい。

やはり少女は貴族の身分なのだろう。

今回、スバルは少女と関わっていない。

徽章の窃盗を依頼した代理人は討ち果たされた。

しかし、汚れた少女と共に、徽章は行方不明となっている。

 

「これで解決したとは言い難いよな」

 

命は助かったのだから成功としたい。

スバルも死なない、少女も死なない、ハッピーエンドだ。

ラインハルトはエミリアという少女の方へ。

老人は木片に埋もれた品々を掘り起こしていた。

スバルは今にも崩れそうな廃屋から脱出を試みる。

 

『警告、敵二 接近シテ イマス』

 

「ラインハルトッ。まだ、いるぞーっ」

 

妖刀の警告にスバルは声を上げた。

ラインハルトは振り返ると、踏み込む。

それと同時に廃材を跳ね上げ、女は姿を現した。

あのラインハルトが仕留め損ねた事にスバルは驚く。

おまけに手足の一本も千切れておらず、まだピンピンしていた。

 

木片を掘り返していた老人は、刺付きの棍棒を置いていた。

女の刃を防ぐことは叶わす、老人は片腕を切り落とされる。

曲がっていたナイフは、それで折れた。

しかし、女は懐から2本目を取り出す。

自身の破れた服に構わず、スバルへ向かった、

 

「てめぇーッ」

 

スバルは裂かれた首の痛みを思い出す。

前回と違って、守るべき少女はいない。

ここで妖刀を取り出すことに迷いはなかった。

しかし、もはや完全に抜き出す余裕はない。

スバルは体の反射に従った。

 

ーー首だ。

 

すぐ側に通りすぎる風を感じた。

視界から女は消え去り、遅れて全身から汗を噴き出す。

そのまま息を吐く事もできず、スバルは固まった。

まだ辺りを見回して、女を警戒しなければならない。

しかし、動いたら死ぬような恐怖をスバルは覚えていた。

 

これまでにスバルは二回、死んでいる。

一回目はラインハルトの下を離れ、病にかかって死んだ。

よく考えると、異世界の病原菌に免疫が反応するのか怪しいものだ。

二回目は精霊術師の少女を追って、首を裂かれて死んだ。

ラインハルトの下にいれば、どのくらい安全だったのか分かる。

そんなナツキ・スバルの感覚は、再三の死を捉えていた。

 

ーー俺は、ここで死ぬ。

 

スバルは固まったまま、ラインハルトを目に映す。

それで焦った様子のラインハルトを認識した。

スバルが妖刀を抜いたから、あれほど焦っているのか。

それとも焦る原因が、他にあるのか。

意外なラインハルトの姿を見て、スバルは笑ってしまった。

 

血に濡れた温かい内臓が、スバルの腹部から溢れる。

スバルの体は前に倒れ、床に押された妖刀は内側へ戻った。

肌に感じる感覚は温かくても、熱を失った体は冷えていく。

とても寒くて、スバルは歯を震わせた。

なんだか可笑しくて、スバルは歯を震わせた。

 

 

ラインハルトにとって最悪の結果と言える。

ここまでラインハルトを導いた少年は死んだ。

盗品蔵の主らしい老人は重傷だ。

少年を殺した"腸狩り"に逃げられた。

"エミリア様"の様子から察するに、徽章も盗まれたままだ。

 

「そう、あの人が貴方を連れて来たの」

「はい、エミリア様。彼はエミリア様の、お知り合いなのでしょうか」

 

「ううん、会った事はないと思う」

「そうですか。彼は、

 "盗まれた物を取り返しに来た少女が、殺されるかも知れない"

 と言って私の同行を求めました」

 

「じゃあ私の、命の恩人って事になるのね」

 

精霊術師の少女は、老人の治療を終える。

次にラインハルトによって、運び出された男に近寄った。

当然の事ながら、腹を切り裂かれた男は死んでいる。

腹部から内臓は飛び出て、無惨な有り様だ。

しかし、その死に顔は笑みを残していた。

 

「なんで貴方は、そんなに嬉しそうなのかしらーー」

 

精霊術師の少女は複雑に思う。

知らない人が自分のために働いて、

まともに顔を会わせる事もなく命を落とした。

それなのに男は満足して死んだように見える。

どうして自分のために男は死んだのか、少女は分からなかった。


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