器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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→日没の殺人鬼 2-b 「炎上END」

それは夜の始まる時だった。

ラインハルトの下を離れて死んだと思ったら別の場所にいて、

少女に命を救われ、助力を申し出たものの断られ、

諦め切れずに盗人の行方を探索して、

ーーナツキ・スバルは人殺しと出会った。

 

すでに日没の時間は過ぎている

辺りに街灯なんて物はなく、唯一の頼りは月明かりだ。

盗品蔵の暗闇から現れた女は、黒いローブを身に纏っていた。

光量の不足によって、スバルの視界は滲んで見える。

もしも女を見失ったら、再び捉えられるか分からない。

 

「おい、大丈夫かよ」

「……逃げて」

 

少女の声に力はない。

あんまり、よろしくない状況だ。

もしや、この危険な女は盗品蔵の主なのか。

少女の腹を切った大型のナイフを片手に持っている。

もしかすると女は、なにか誤解をしているのかも知れない。

 

「待てッ。俺達は盗られた物を"買い戻し"に来ただけだ」

「あら、それは不幸な偶然ね。気付かなければ見逃しても良かったの」

 

和解の希望は潰える。

女は盗品蔵の関係者ではなく、第三者だ。

それも強盗の類いである事を察せられる。

スバル一人ならば走って逃げられるかも知れない。

しかし、腕の中の温もりを手放すのは惜しく思えた。

 

武器だ。

なにか長物が欲しい。

盾を貰えれば泣いて感謝しよう。

しかし、女を留め置く視界の中に、都合の良い物は落ちていない。

だからと言って女から目を離せば、気付かぬ間に死んでも不思議ではなかった。

 

『ーー警告、敵ノ 殺害ヲ 推奨シマス』

 

「切り札的な物はあるけど、使い辛くて仕方ねぇ」

 

傷を負っている少女の側で抜けば、寿命を縮めるに違いない。

スバルの妖刀は、体外にあるマナや体内にあるオドを吸う。

スバルは気付いていないけれど、もしも妖刀を抜けば状況は悪化していた。

エナジードレインは黒衣の女よりも、精霊術師の少女に大きな影響を与える。

それは魔法を使うために必要となる見えない"孔"が、吸い上げる通り道になるからだ。

短く言えば「敵に対しては効果が弱く、味方に対しては効果が高い」ーー悪い意味で。

これをスバルが知れば「使えねぇ」から、「マジ使えねぇ」へランクアップする事だろう。

 

だから女が攻撃した時、スバルは体を盾に代えるしかなかった。

存在を忘れられつつあったコンビニ袋を投げる。

少女を抱いたまま背を向けると、スバルは首に違和感を覚えた。

痛覚に狂いが生じ、灼熱の温感となって、異常を脳へ伝える。

それは一瞬の事で、スバルは息苦しさを覚える間もなく死んだ。

切り裂かれたスバルの首筋から血が溢れ、少女の頭に降りかかる。

 

「ーーっ」

 

スバルの血を浴びて、少女の記憶は開きかけた。

しかし瞬きをすれば、その歪みは消え去る。

少女に湧き上がった激情は、歪みと共に抑制された。

力を失ったスバルの体は倒れ、少女を抱いたまま石畳に打ち付ける。

スバルの体から這い出た少女は、腹部の傷を押さえながら体を起こした。

 

「どうして……」

 

なぜスバルが庇ったのか少女は分からない。

スバルと少女は出会ったばかりで、互いの名前も知らない。

重荷となる少女を見捨てて、スバルは逃げても良かった。

姿を隠すために用いていた白いローブは、その効果を失っている。

この正体を知っても抱いて支えてくれた理由が、少女は分からなかった。

 

「その子は倒れ、なのに貴方は動かない。諦めてしまったの」

 

抑制された感情は、少女に平静を保たせる。

押さえていた腹部の傷は、魔法によって塞がれた。

それでも重傷は変わらず、落ち着いた場所で治療する必要がある。

もはや、そんな暇はなかった。

今も少女が生きているのは、女に見逃されているからだ。

 

「……ごめんなさい、巻き込んで」

 

ここに居るのは女が二人だ。

男を巻き込む心配はしなくても良い。

精霊術師の少女は、切り札を使うことを決めた。

それはスバルの妖刀と同じように、使った本人しか残らない。

空中のマナではなく、体内のオドを用いて精霊を呼ぶ。

 

「私、すごーく怒ってるんだからーー」

 

パリパリと乾いた音を立てて地面は凍る。

女の体を絡め取るために、冷気の手を伸ばした。

肌に触れる空気も、張り付くほどに冷えていく。

女の投げたナイフは弾かれ、這い寄る氷に埋もれた。

やがて闇夜に氷の花が咲き、すべてを凍らせる。

 

 

ーーその前に減衰は始まった。

冷気は勢いを失って、少女の足元へ引き下がる。

地面に張り付いた氷も、蒸発するように消え去った。

少女を守る領域は、見る間に小さくなっていく。

それは良い機会であるはずなのに、女は動かなかった。

 

細長い刀が取り出される。

サーベルと呼ぶには、あまりにも刀身が長すぎた。

観賞用と言えば納得するほど、実用性に欠けている。

かたい物を斬れば、自らの重さで折れるように思えた。

それを持って、大太刀を持って、傷付いた男は立ち上がる。

 

「あなた、なんで……」

 

男の首筋は開いたままだ。

すでに血は勢いを失っている。

その目は開かれたまま、虚空を見つめていた。

生きているはずは無かった。

それなのに死体は動いている。

 

『イイエ、私ハ なつき・すばるデハ アリマセン。

 私ハ "独立型妖式大太刀"ト 申シマス』

 

それは男の口で、そう答えた。

少女から熱が奪われ、精霊は姿を消す。

精霊術師の少女からオドが吸い上げられていた。

魔法使いではない上に、複数の命を有する黒衣の女は余裕だ。

フレンドリーファイアとしか言えない有り様だった。

 

『契約二従イ なつき・すばるノ死後二、ソノ肉体ヲ 授カリマシタ』

「ーー精霊、精霊ね。ふふふ、素敵」

 

『契約ハ 果タサレ マシタ。

 契約二従イ なつき・すばるノタメ二、私ノ機能ヲ 行使シマス』

 

男の体は熱を持ち、蒸気を立ち昇らせる。

妖刀に吸い上げられた活力が、男の体に注ぎ込まれた。

そうした過剰供給によって男の力は増大する。

しかし、他人のオドなどを注ぎ込めば、それは破壊として作用するものだ。

吸血鬼のような再生能力を有しない男は、肉体の崩壊を止められない。

 

そんな人に有り得ない力で、黒の大太刀は振るわれた。

切り裂かれた空間は崩壊によって、多くの熱量を生み出す。

そのままであれば膨張によって、大きな爆発となっていたに違いない。

そうなる前に、発生した熱量は妖刀に吸い尽くされた。

複数の命を有する女も、肉体を再生する間はなく、熱量と共に溶かされる。

 

妖刀を内側に納める事なく、吸収機能は停止した。

これは妖刀の有する機能の一つなのだから当然の事だ。

それでも男の体に宿った熱は下がらない。

むしろ使われなくなった事で内側に溜まっていた。

ナツキ・スバルの死んだ今、「肉体を害さない契約」は意味を成さない。

 

「ーーここで何が起こったのか、話を聞かせて貰えるだろうか」

 

蒸気を噴き上げる男の前に、『剣聖』ラインハルトは降り立つ。

エナジードレインによって引き起こされた異常を察して駆けつけた。

場所は王都の外壁に沿って立つ、盗品蔵の前だ。

エナジードレインの影響で呼吸困難を起こし、少女の意識は奪われていた。

そんな倒れ伏した少女の側に、異様な長さの長剣を持った男が立っている。

おまけに蒸気を噴き上げる男の首筋は開き、どう見ても死体だ。

とても怪しかった。

 

『申シ訳アリマセン。コノ肉体ハ、マモナク限界ヲ 迎エマス』

 

蒸気を噴き上げていた、その体は燃え上がった。

その現象に慌てる事もなく、痛みを感じない男は立っている。

ラインハルトは目を見開き、男に駆け寄った。

その状態をオドなどの過剰供給と見抜き、ラインハルトは余分を抜き取る。

しかし、内側から燃える男は、もはや救えなかった。

 

『詳シイ事情ハ、ソノ精霊術師ニ 聞クト 良イデショウ』

「すまない。君の目の前にいながら、君を救う機会を、僕は見逃してしまった」

 

『問題ハ アリマセン。なつき・すばるハ、スデニ 死ンデ イマシタ』

「なにか言い残したい事はないだろうか。"騎士"の名誉にかけて必ず、僕が聞き届けよう」

 

『デハ、一ツ問イマショウ』

 

ラインハルトは、その問いに答えられなかった。

答えが分からない以前の問題として、質問の意味が分からない。

しかし、問い返す時間は残されていなかった。

男の最後の望みも叶えられず、自身の至らなさをラインハルトは悔やむ。

黒く焦げた死体は、耐え難い悪臭を放っていた。

 

その死体は、

ーー今ハ、"何回目" デ ショウカ

と聞いたのだった。


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