器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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→日没の殺人鬼 1-b 「客人END」

それは異世界で初めて見る日没の時だった。

異世界でチンピラに絡まれ、妖刀の機能を使って撃退し、

衛兵らしいラインハルトに出会い、飲食店で食事をいただき、

暦から物価まで常識を教えてもらい、その帰り道で、

ーーナツキ・スバルは妖刀の危険性について警告された。

 

王都の道に敷かれた石畳は、硬い感触を足に伝える。

凸凹とした歩きにくさは無く、施工技術の高さを察せられた。

大通りの両脇に並び立つ建物は、屋根に生えた煙突から白い煙を伸ばしている。

建物の材質は木造ではなく石造で、窓は木扉ではなくガラスが取り付けられていた。

少なくとも大通りに並ぶ家を持つ人々は、生活の質が高いことを察せられる。

 

「僕の家に泊まらないか。スバルが良ければ、僕の家で客分として扱おう」

「さんざん脅した後で、平気で家に誘える、その神経にビックリだよ」

 

「僕の家は裕福な方でね。一人増えた所で負担にはならない」

「おまえが言うと"家"って言葉が、俺には"屋敷"としか聞こえないな」

 

危険な妖刀を所有するスバルを、野に放しても構わないようだ。

しかし、これから妖刀を抜く際は、ラインハルトを思い出す事になる。

そもそも妖刀を抜かなければ良い話だけれど、命の危機となれば抜くだろう。

なにしろ剣を振って戦うよりも、よほど楽に勝てるのだから。

もしも妖刀を持たないまま異世界へ来ていたら、スバルは全てを奪われていた。

もっとも、それでこそ初まる出会いもあるのだけれど。

 

「ラインハルト、いろいろと常識を教えてもらって、さらに頼み事をするのは悪いと思う。

 おまえに損させてばっかりだけど、いつか受けた恩は返すから、俺に生き方を教えてくれ」

「まだまだ僕も至らない身さ。それでも良ければ、僕の家に来てほしい」

 

「おんぶに抱っこで世話なんてさせられねぇよ。だから俺を働かせてくれ」

 

妖刀に頼らずとも生きて行くためだ。

そのために安全な職をスバルは求めた。

ラインハルトについてスバルが知っている事は少ない。

衛兵の一人である事と、気難しい剣を持っている事だ。

ラインハルトに負担を掛けないために、スバルは自分を戒めた。

 

「分かった。僕が何とかしよう。歓迎するよ、スバル」

「よろしくな、ラインハルト。思いっきり足を引っ張ると思うけどっ」

 

ラインハルトが『剣聖』と呼ばれる有名人と知るのは、すぐ後の事だ。

衛兵と自称していたラインハルトが、『最強の騎士』である事をスバルは知る。

異世界へやってきた当日に、ラインハルトと出会えたスバルは幸運だった。

とは言え、妖刀を王都で抜いたのならば、ラインハルトが駆け付けるのは必然だ。

そんなラインハルトの紹介を受けて、スバルは就職活動をする事になる。

 

「そう言えばラインハルトは、この屋敷に一人で住んでるのか」

「ーーああ」

 

ラインハルトの家は、やはり屋敷だった。

それほど大きい屋敷ではなく、使用人も数少ない。

名声も実力もある『剣聖』の家系にしては不自然だった。

数日ほど寝泊まりしているスバルも、ラインハルトの家族を見ていない。

返答に詰まったラインハルトの様子を見て、スバルは不味い事を聞いたと気付いた。

 

「"血縁"は本宅にいるよ。ここに住んでいるのは僕だけさ。だからスバルが居るのは新鮮だ」

 

特級の地雷である事をスバルは悟る。

父とか母とか兄とか弟とか、そういう呼び方すらラインハルトは避けた。

そんな弱さがラインハルトにある事を、スバルは意外に思う。

スバルにとっての父親のように、ラインハルトを上回るほどの偉人なのか。

それとも逆に、不登校だったスバルのように忌まれる出来損ないなのか。

スバル自身の事が頭を過ったために、スバルは詳しい事情を聞かなかった。

 

「仕事先で聞いたんだけど、"王選"が始まったんだって」

「ああ、昨日の事だ。"三名"の候補者が出揃ったよ……」

 

意味ありげな声と共に、ラインハルトは目を細める。

この王国は現在、王がいない。

王族が一人残らず死に絶えるという異常事態だ。

そこで王を補佐する賢人会は、石板の預言に従って候補者を探していた。

五千万の国民を調べるという気の遠くなる作業の結果、四名の候補者は探し出された。

 

「ラインハルトは誰を応援してるんだ? おまえが推すとなれば当選は確実だろ」

「僕は今回、中立の立場だよ。王選に囚われて、国土の守りを疎かにする訳にはいかないからね」

 

本来ならば候補者は五名だった。

最後の一人は見つからず、騎士団に捜索の任務が下されていた。

しかし、スバルを招いて間もない頃、石板に記された候補者は四人に減った。

時間切れとなったのか、あるいは最後の候補者が命を落としたのか。

ラインハルトは任務を完了できなかった事を悔やんでいる。

 

王選の始まりから数日後の事だ。

スバルが異世界で生活を始めて、一月も経っていない頃の事になる。

王都から離れた街道の一つに『霧の魔獣』が現れた。

正確に言えば、『霧の魔獣』の領域である『霧』が確認された。

災厄の証である『霧』を見た時点で、その中を進もうと思う者は一人もいなかった。

 

「スバル、しばらく僕は帰ってこれないと思う。

 おそらく戦の準備を整え、そのまま『白鯨』の討伐へ向かう」

「どのくらいだ」

 

「早ければ出立は2日後、移動に半日、討伐そのものは1日で終わるだろう」

「それじゃ準備の方が大変そうだな。おまえの家は俺が見ててやるから、安心して行ってこいよ」

 

「ああ、スバルもーー気を付けて」

「俺は問題ねぇよ。おまえの家で我が物のようにヌクヌクとしておくからなっ」

 

しかし、ラインハルトが『白鯨』の討伐へ向かう事はなかった。

ラインハルトは王都の守りとして、王城へ残る事を命じられる。

『白鯨』の討伐は「王選の候補者が率いる部隊」と「騎士団」の合同で行われた。

その結果は王選の候補者であるクルシュ・カルステンと、

ラインハルトの叔父であるヴィルヘルム・ヴァン・アストレアと、

近衛騎士団所属ユリウス・ユークリウスの消失で終わった。

 

王選の開始から一月も経たない間に、残る王選の候補者は二名となる。

王選は戦いではなく、国民の支持によって決まるものだ。

それから長い時を経て、王国の女王は決まった。

女王は巫女として、龍と対話を行う。

こうして親竜王国ルグニカは繁栄を約束された。

ーーめでたし、めでたし。

 

そんな話はスバルにとって、関係のない話だ。

剣と魔法の物語は英雄であるラインハルトに任せておけば良い。

それよりもスバルにとって大事な事は就職だった。

スバルは行く先々でトラブルを起こし、紹介された仕事も長続きしない。

『剣聖』ラインハルトに寄生する人物として、スバルの悪い噂は広がっていた。

 

「スバル、君を使用人として雇う事もできる。それではいけないのか」

「最初に言ったろ、ラインハルト。おんぶに抱っこで世話なんてさせられねぇよ」

 

それはスバルの意地だった。

ラインハルトに依存する事は我慢ならない。

ラインハルトと上下の関係なんて、スバルは嫌だった。

やがてラインハルトは結婚し、妻を迎える事になる。

その後、スバルの姿を見たものは誰もいなかった。

 

 

「ごめんなさい、ロズワール」

「こまぁーりましたねーぇ」

 

精霊術師の少女と、その後見人は困っていた。

少女は王選の候補者で、その王選に参加する予定だ。

しかし、候補者の証である徽章(きしょう)を盗まれてしまった。

その事が明らかになれば非難されて、少女は資格を失うに違いない。

もちろん少女は盗人を追ったものの、途中で見失ってしまった。

 

「"盗品を売るなら貧民街"っていう事までは分かったんだけど……」

「微精霊からはぁーなしは聞ぃーけなかったのですかぁー?」

 

「変な力が働いて、みんな居なくなっちゃたの」

 

その時の事を少女は思い出す。

まるで強大な力を持つ精霊が現れたかのようだった。

空中の微精霊やマナに限らず、人の持つオドまで奪われた。

精霊と関わりの深い少女は、自力で立てなくなるほどの影響を受けた。

まさか偶然と言う訳もなく、徽章を奪うために起こされたのだろう。

 

「わーかりましたぁ。こちらの伝手を使って探してみーましょう」

 

これ以上できる事はなく、少女は部屋を出る。

後見人は使用人と共に、少女を見送った。

そして少女の後見人は溜め息を吐く。

もはや徽章を取り戻しても無駄と知っていた。

辿り着くべき少年が、辿り着けなかったのだから。

 

「記述と変わるのなら、ここが……私の行き着く先ということかーぁね」

「ロズワール様……」

 

精霊術師の少女は故郷へ帰ることになる。

こうして王選の始まる前に、候補者の一人は除外された。

その存在は無かった事にされたため、少女を知る者は限られる。

人気のない森の奥で、人知れず少女は眠っていた。

かつて契約していた精霊の姿もない。

一人の魔女だけが、それを知っていた。


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