器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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→日没の殺人鬼 1-a

『ーー警告、敵ノ 干渉ヲ 受ケテ イマス』

 

それは月の見える晴れた夜の事だった。

外出する前にヒゲを剃って、ジャージを着たままスニーカーを履いて、

母親の「いってらっしゃい」に返事もせず、ケータイを持って、

コンビニでカップラーメンとスナック菓子を買った帰り道で、

ーー菜月昴(ナツキ・スバル)は異世界へ迷い混んだ。

 

馬車を引くのは馬ではなく、トカゲっぽい大きな見た事もない生物だった。

犬耳・猫耳・リザードマンらしき異なる姿の人種が、普通に道を歩いている。

髪の色も様々で、赤・青・緑・茶・金と入り乱れていた。

これほど多様であるにも拘わらず、スバルのような黒髪は見当たらない。

さらに人々の服装は鎧やローブだったりして、ジャージのスバルは目立っていた。

 

「一年の時を経て、ついに"根こそぎ"の陰謀が始まった訳か」

『ソノヨウナ 機能ハ 私二 備ワッテ オリマセン』

 

第一容疑者の独立型妖式大太刀”根こそぎ”は否認した。

そうなると他に、異世界へ転移する原因となった心当たりはない。

スバルはネット小説のパターンを思い浮かべてみた。

最初から始める「転生」、途中で成り代わる「憑依」、

そして生身のまま異世界へ渡ってしまう「トリップ」だ。

さらに特定の目的で呼び出される事を「召喚」という。

 

スバルのように召喚主の見当たらないケースは「トリップ」と言うべきだろう。

しかし「誰か迎えに来てくれるかも」という希望から「召喚」の可能性を捨て切れない。

例えば召喚の位置が大きく外れて、山奥からスタートというケースもある。

その場合は良くも悪くも、召喚主による追っ手が掛かっている事もあった。

まだ異世界転移から間もなく、気を抜いていい状況ではない。

通貨や文字や言葉の確認を、慌てず騒がず速やかにスバルは行った。

 

このように言うと、スバルが理知的で落ち着いた人間のように見える。

実際は異世界転移のテンプレートに沿って行動しているに過ぎなかった。

そんな訳だから一通り調べ終わると、スバルは如何すれば良いのか分からなくなる。

身分証の発行に便利な冒険者ギルドが見当たらないので行き詰まってしまった。

今は大通りから伸びる裏路地の一本に腰を下ろし、スナック菓子を食べている所だ。

 

「文字は読めないけど、言葉が分かるのは幸いだったな」

 

もちろんスバルが異世界の言語を習得していた訳ではない。

異世界人に日本語で話しかけてみると、なぜか言葉は通じてしまった。

異世界の言語が日本語だった訳ではなく、異なる言語で通じてしまったのは明らかだ。

このような場合、「口の動きと発音が合わない」という現象が起こるとされる。

しかし、スバルが口の動きに違和感を覚える事はなく、日本語で喋っているとしか思えなかった。

 

「文字の形から考えても異世界言語で喋っているはずなのに、違和感を覚えないとは、これ如何に」

 

スバルは言語に関する考察を、途中で投げ捨てる。

とにかく話が通じるのならば、どのような処理が行われているのかなんて構わなかった。

空になったスナック菓子の袋を握り潰すと、コンビニ袋へ突っ込む。

小腹を満たしたスバルは、特に目的もないけれど大通りへ戻る事にした。

しかし、そんなスバルの足を、内側から聞こえる平坦な声が引き止める。

 

『ーー警告、敵二 接近シテ イマス』

 

狭い裏路地の出口を三つの人影が塞ぐ。

背後は壁に囲まれた行き止まりなので、スバルは閉じ込められた形だ。

見るからに薄汚い男たちが、スバルを見下している。

異世界の初イベントと言った所だ。

人生に迷っているスバルを救いに来た訳ではない事は明らかだった。

 

「ええっと……いったい何のつもりなのか聞く必要はあるか」

『ーー警告、敵ノ 殺害ヲ 推奨シマス』

 

「立場が分かってねーみてぇだな。まあ、出すもん出しゃあ痛ぇ思いはしねえよ」

『ーー警告、敵ノ 殺害ヲ 推奨シマス』

 

「落ち着け」

 

張り切って殺害を推奨する妖刀に、スバルは頭を痛める。

スバルは生物を相手に刀を振るった事はない。

人を殺せるのかと言うと、その自信はなかった。

それ以前の問題として、身の丈ほどもある大太刀は重すぎる。

筋力トレーニングで鍛えたスバルの腕力を用いても、一太刀振り回せば精一杯だ。

 

「立場が分かっていないのは、どっちの事だろうな」

「俺らを馬鹿にしてんのか。ぶち殺すぞ」

 

スバルは両手を開けるために、コンビニのビニール袋を地面に下ろした。

キャンキャンと吠えるチンピラを無視して、スバルは口に手を当てる。

大太刀の短い柄を握ると、チンピラの目の前で、口から引き出し始めた。

スルスルと抜き身の刀が出てくる光景を、チンピラは唖然として見つめる。

身の丈ほどもある刃物が、どうやって体内に入っていたのか見当もつかない。

実際は体内に納まっていたのではなく、体の表面から"取り出した"に過ぎなった。

 

「てめぇ、魔法使いかッ」

「やっぱり魔法使いっているのか」

 

この異世界の魔法使いは、いったい何のような形態なのかスバルは知らない。

科学技術で再現可能なものを魔術といい、不可能なものを魔法という物語もあった。

音声に寄るものを魔術といい、魔法陣に寄るものを魔法という物語もあった。

攻撃に用いるものを魔術といい、回復に用いるものを魔法という物語もあった。

まさか、この異世界の魔法使いは、口から魔法を吐き出すのだろうか。

 

「先に言っておこう……俺の魔法は口から出るッ」

 

「なんだってーッ」

 

チンピラの反応から察するに、魔法は口から出る物ではないらしい。

スバルの態度は余裕に見えるけれど、戦い慣れている訳ではない。

すでに大太刀は口から姿を表し、黒い切っ先を石畳と擦らせていた。

両手で持ち上げても数秒後に腕が震え出すのだから、この雑な扱いは仕方ない。

それでも刃に欠けが見当たらないのは、ただの刀ではないからだ。

 

「相手が魔法使いだろうが、知った事かよ。三対一で勝てっと思ってんのか、ああっ」

「ハッタリだっ。あんな馬鹿みてーに長い剣を振り回せる訳がぬぇ」

 

スバルを魔法使いと思って、チンピラは気後れしていた。

本当に魔法使いならば不利と悟って、チンピラは退散していたに違いない。

もしも鼻血が出るほど顔を殴られたとしたら、それは別の話だ。

しかし、石畳に引きずる様を見れば、武器を扱えていないと分かる。

実際、スバルが大太刀で応戦しても、軽々と避けられる事だろう。

 

「たしかに、こんなに重い物は使えないね。本当に使えねぇ……。

 でも、これの使い方は一つじゃねーんだわ」

 

むしろ、そっちが本命だ。

チンピラ三人組は、すでに妖刀の術中にある。

機械的な印象を受ける大太刀を、スバルが改めて妖刀と認識した機能だ。

それは、かつて草を萎(しな)らせ、スバルから熱を奪った。

スバルという鞘から姿を見せた時から、妖刀は周囲の生気を吸っている。

 

「ーーエナジードレイン」

 

スバルが告げた時、すでに争いは終わっていた。

熱を奪われた肉の塊が三つ、石畳の上に転がっている。

もっとも死んでいる訳ではなく、立ち上がれないほど弱っているに過ぎない。

他人に使ったのは初めてだけれど、スバルの体験から言えば命を失う心配はない。

スバルは用の済んだ妖刀に手の平を押し付け、ズブズブと内側へ沈めていった。

 

「……面ァ覚えたぞ、クソヤロウ。

 次、このあたりで見かけたら、ただじゃおかねぇ……」

 

『ーー警告、敵ノ 殺害ヲ 推奨シマス』

 

倒れたチンピラの一人が憎悪を宿した目で、スバルを見上げる。

その目力に怯んだスバルは、再三の殺害を推奨する妖刀の声を聞いた。

事ある毎に殺害を推奨する妖刀の話を真に受けていたら、とっくの昔に殺人鬼だ。

倫理観を引き締めるまでもなく、一般市民を自称するスバルは犯罪を忌避する。

もっとも、スバル自身に危機が迫った場合は、それを言い訳にするかも知れない凡人だ。

チンピラの懐を漁るなんて事もせず、路地裏から大通りへ足を早めた。

 

「ーー失礼、少し話を聞かせては貰えないだろうか」

 

またもやスバルは裏路地の出口を塞がれる。

チンピラ三人組と比べると、そもそも服の質から異なっていた。

見映えのいい黒い服を着た、赤い髪と空色の瞳を持つ人間だ。

彫刻を施された立派な鞘に納められた、妙な威圧感を放つ剣を携えている。

スバルは自身の内側に意識を向けてみたものの、チンピラの時と違って妖刀の警告はなかった。

 

「僕の名はラインハルト、今日は休日で目的もなく王都を散策していたんだ」

「近き者は耳を立て、遠き者は近う寄れっ。俺は万夫不当の一文無し、ナツキ・スバルーーッ」

 

スバルは横目をラインハルトの向こうへ逸らし、大通りを行き交う人々を見る。

ラインハルトへ名乗り返す前から、スバルは注目されているような気がしていた。

もっとも、見知らぬ人々に注目される心当たりはある。

着ているジャージは変わった格好に見えるし、他にも幾つか理由は思い当たった。

しかし"マナ"を感じ取る能力に乏しいスバルは、エナジードレインの効力を過小に評価している。

 

「一文無しとは穏やかじゃないね。

 君の格好を見る限り、貧民街との関わりは薄いように思えるけれど……財布でも落としたのかな」

「さっきまで、あいつらに財布ごと脅し取られそうだったんッスよ。でも、この通り、守りきりました」

 

石畳の上に倒れているチンピラをスバルは指す。

スバルは自身を守ったに過ぎず、悪いのはチンピラと主張した。

ラインハルトの言う「貧民街」の住人を、「痛めつけて楽しんでいた」と思われては困る。

地面に倒れているチンピラの服から、鉈(なた)の錆びた刃が姿を見せていた。

それに対してスバルは、コンビ二のビニール袋を片手に持っているに過ぎない。

妖刀による証拠隠滅は完璧であると、スバルは思っていた。

 

「ーーで、ラインハルトさん。聞きたい事って何でしょう」

「呼び捨てで構わないよ、スバル。

 聞きたい事と言うのは……あそこにある重い剣を引き摺ったような跡に心当たりはあるかな」

 

「えっ。どこ、どこ、分かんなーい」

 

スバルは頭の上に両手を広げてパーする。

しかし、ラインハルトの発した軽い威圧感を受けると諦めた。

ラインハルトの穏やかな笑みが消えない内に、事実を認めた方が良いだろう。

こんな時に限って警告しない妖刀を、心の中でポンコツと呼ぶ。

いくら思っても言葉に出さなければ、スバルの内側に潜む妖刀へ伝わらないけれど。

 

「スイマセンッシターーーァ」

「こんな所で立ち話は落ち着かないだろう。近くの飲食店に入ろうか」

 

「俺、怪しくないよっ。非力で気弱な、優しい男の子だよっ」

「もちろん飲食の支払いは私が受け持とう」

 

「ゴチになりますっ」

 

これ以上はラインハルトを怒らせると、スバルは判断する。

けして食事に釣られた訳ではないと思う。

この辺りは露店が多いらしく、飲食店の並ぶ通りまで二人は歩いた。

入った店はメニューがなく、代金を前払いすれば、店側の決めた料理が出てくる。

そのため幸いな事にスバルは、文字が読めないという欠点を晒さずに済んだ。

 

「さきほど一文無しと言っていたけれど、財布は持っていると言っていたね。

 もしやスバルは、この国の通貨を持っていないのかな」

「おまえがエスパーすぎて、俺は驚きだよ。職業は探偵か。

 もしかして俺は、名探偵ラインハルトの助手役として呼ばれたんじゃ……」

 

「私は国に仕える衛兵の一人として任務を拝命しているよ」

「目の前に吊り下げられたエサに、ホイホイと食い付いた結果が、これだよーーッ」

 

ラインハルトは治安機関の一員らしい。

キラキラとしたラインハルトの外見からは察せられない職業だ。

むしろ、この国の王子様と言われた方が納得できる気品を見て取れる。

さて、ラインハルトが治安機関の一員と分かれば、スバルの警戒心は引き上げられる。

ソワソワとして落ち着きがなくなった……しかし、よく考えると、いつもと変わらない。

 

「珍しい髪と服装、それに名前だと思ったけど……スバルは何処から」

「いずれ聞かれると思ってたぜ。まぁ、パターンからすると東の小っさい国だな」

 

「ルグニカは大陸図で見て最も東の国だから、この国から東なんてないよ」

「嘘、マジで。東の果てーッ。じゃあ、ここが憧れのZIPANG」

 

「王都の人間じゃないのは確かなようだけれど、なにか理由があっての事だろう。

 今のルグニカは平時より少し落ち着かない状況にある。僕で良ければ手伝うけど」

 

ラインハルトの提案を断る理由はなかった。

後ろ暗い理由や、何者かに禁じられている訳でもない。

異世界で伝手のないスバルにとって、ラインハルトは貴重な存在だった。

この機会を逃せば、次は無いかも知れない。

異世界を訪れたばかりの不安定なスバルは、差し出された手を無視できなかった。

 

「正直、金もない、仕事もない、家もない。言葉は通じるけれど文字も読めない。

 世の常識も物価も何も分からねぇ。いろいろ教えてくれると、助かる」

 

飲食店のカウンターで隣に座るラインハルトへ、スバルは頭を下げた。

「頭を下げる」という動作が、異世界で通用するのかは分からない。

しかし、ラインハルトの誠実な言葉が、スバルに伝わったのは見て取れた。

こうしてラインハルトは暦から硬貨の価値まで、スバルに説明する事となる。

その過程でスバルが「生まれたばかりの赤ちゃん」のように何も知らない事は知れた。

 

「さて、次は仕事か。ここへ来る前は、スバルは何をやっていたんだい」

「自宅警備……いや、何でもない。学生だったけど、バイトでホテルの清掃なんかをやった事はある」

 

「スバルの髪や肌は整っているね。荒事との関わりは薄く見えるけれど、武芸を身に付けているのかな」

「そうかァ。むしろ不精な方だろ。武芸と言うか、中学の頃は剣道をやってたな」

 

「手の大きさもだけれどね。君の身体は"重い何かを無理に引き摺ろうとした"かのような歪み方をしている」

「人の手の大きさが見て取れるのは兎も角として……マジで。そんなに歪んでるぅ。やだ、矯正しないとーッ」

 

妖刀について話す事に、スバルは抵抗があった。

じつを言えばエナジードレインはスバルに制御できない。

妖刀と交わした契約の二つ目『私ノ 機能ヲ 貴方ノタメニ 使ウ コト』だ。

機能の主導権は妖刀にあって、スバルの内側から抜き出せば問答無用で発動する。

それでも打ち明ける気になったのはラインハルトの人柄と、

そのラインハルトも妙な威圧感を放つ剣を所持し、理解の下地を感じ取れたからだった。

 

「じつは呪いの武器を抱えててな。どこかに捨てても戻ってくるから出来ねーんだわ」

 

ちょっと手放しても、呼べば飛んで戻ってくる。

捨てようと手離せば、呼ばなくても飛んで戻ってくる。

ペットならば可愛いものだけれど、あれは金属の塊だ。

身の丈ほどの大太刀が、高速で向かって来るのは恐ろしい光景だった。

そのまま内側へ入ったから良いものの、刺し殺されるかとスバルは思った。

 

「"呪い"と言うと北方の……なるほど」

 

ラインハルト言葉に、スバルはハテナマークを浮かべる。

北方で生まれた呪術という魔法の一種があった。

この国でスバルのような黒髪は珍しく、黒髪は南方に多い。

この事からラインハルトは、スバルの出身に見当を付けた訳だ。

"呪い"と"北方"に何の関係があるのか、日本出身のスバルは分からなかったけれど。

 

「僕の剣は"抜くべき時以外は抜けない"から困っているよ」

「ああ、やっぱりラインハルトの剣も訳アリなんだな。

 お互い、癖の強い得物を持つと苦労するよなっ」

 

スバルが妖刀について、他人に話をするのは初めての事だ。

異世界に来る前は、妖刀について相談できる相手はいなかった。

妖刀の存在を信じる以前の問題として、日常の悩みを相談できる相手がいなかった。

似たような問題を持つラインハルトならば、スバルも気に負わず話せる。

こうしてスバルは十数年ぶりに、心から話せる機会を得た。

 

「スバル。僕は一つ、疑問に思っている事がある」

 

ラインハルトが切り出したのは、

気難しい剣と刀に対する文句を言い合った後だった。

飲食店の外を見れば、暗くなり始めている。

スバルは夕暮れの訪れと共に、楽しかった時間の終わりを悟った。

カウンターの隣を見れば、態度を正した真剣なラインハルトの顔がある。

 

「僕がスバルに声をかける少し前の事だーー君は刀剣を抜いたね」

「ああ、三対一に素手じゃ厳しいと思ってなーー俺は刀を抜いた」

 

「しかし、スバルは刀を持っているようには見えない」

「俺の体が鞘の代わりになってるんだ。だから刀は俺の内側にある」

 

「なるほど……スバル。僕が君の下へ駆けつけたのは、精霊の求めに応じたからだ」

「精霊の声が聞こえる事を当たり前に話す、おまえに俺は驚いたよ」

 

「生まれてからの付き合いだからね。僕の見た所、スバルは人並みだよ」

「そもそも精霊って何だよ。それと仲良くなったら良いことでもあるのか」

 

「彼らは触れ合いによって、あるいは契約によって、我々に力を貸してくれる隣人だ」

「なるほど……その才能が俺にない事だけは良く分かったぜ」

 

「あの時、精霊は悲鳴を上げていた。多くの微精霊が逃げる間もなく食い殺された。

 ーーその原因はスバル、君だろう」

「……それはっ」

 

心当たりはあった

無差別に発動する妖刀のエナジードレインだ。

ラインハルトの鋭い視線が、スバルを責めているように感じる。

その行為を反省する事に抵抗を覚え、思わずスバルは反論しかけた。

しかし、ラインハルトの雰囲気に気圧されて、スバルの言葉は途切れる。

 

「心当たりがあって安心したよ、スバル。おそらく、君の所有する呪いの武器によるものだろう」

「あれは恐喝してきた、あいつらが悪いんだッ。精霊を食い殺しているなんて俺は知らなかったッ」

 

「それでも君の中に在れば、呪いは発動しなかった。

 そして刀を抜いたのは他の誰でもないーー君だ」

 

大声で否定するスバルを、冷静な声でラインハルトは戒める。

少なくない言葉を交わし、親しくなった分だけ、その断罪はスバルの身に染みた。

渋い顔をする飲食店の店主に、ラインハルトは言い争った事を謝る。

落ち込んでいるスバルを連れて、飲食店から出ると歩き始めた。

空を見上げれば赤く染まり、黒い星空に侵食されつつある。

 

ーー日没の時間だ。

 

「精霊だけではない」

 

突然、ラインハルトは声を上げる。

話の続きであると気付くまで、スバルは時間がかかった。

いつの間にか露店が増え、元の場所へ戻ってきた事に気付く。

数時間前にコンビ二袋を持って、異世界へやってきた事は記憶に新しい。

ずいぶんと長い間、飲食店でラインハルトと言葉を交わしていたようだ。

 

「空中を漂うマナも、人々に宿るオドも、君の刀は食い散らす。

 外と内のマナを循環させて、人は生命を維持しているんだ。

 もしもマナを食い尽くされれば、人は窒息する。

 オドとなれば言うまでもない」

 

王都の内側で、人の多い場所で、それを行った。

「他に方法が無かったから」なんて言い訳は通用しない。

もしもスバルに人々を害する意志があったのならば、大変な事になっていた。

ラインハルトはスバルを見かけたのではなく、その異変を察して飛んできた。

そうして何も分かっていないスバルからラインハルトは、時間をかけて事情を聞き出した。

 

「知らなかったのならば、覚えていてほしい。

 そして安易に刀を抜かないでほしい。

 そうでなければ僕は、

 ーー君を討たねばならなくなる」

 

決まった事であるかのように、ラインハルトは警告する。

飲食店で語り合った時間が嘘のように感じられた。

もしもスバルが人に仇なせば、言葉通りにスバルを討つだろう。

 

だからと言って、

人としての優しさがない訳ではなく、

人としての温もりがない訳でもない。

それは剣のような人間だった。


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