器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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坂井悠二の裏人格として存在している転生者は、大変な事に気付いた。本当の坂井悠二は本編が始まる前に、紅丗の徒に喰われて死ぬ運命にある。


【憑依】直死の魔眼【灼眼のシャナ】

【Light side】1、こうして坂井悠二は知らぬ間に部外者となった

 

中学校を卒業し、高校受験も合格した。

高校は実家から徒歩20分で通える場所にあって、引っ越す必要もない。

そんな訳で僕こと坂井悠二は、春休みを穏やかに過ごしていた。

まだ気温は低くて、雪が降る事もある。

だけど今日は天気が良かったから、僕は商店街へ出かけてた。

 

ゲーム店や本屋へ寄って、商品を眺めていく。

特に買う物はなくて、財布を開かないまま外へ出た。

少し冷たいけれど心地いい風に吹かれながら、次の店へ向かう。

「運良く知人と会う」なんて事もなくて、早目に予定を消化しそうだ。

それならば普段は行かない場所へ行ってみようと僕は思う。

 

「……あれ?」

 

僕は思わず、心の声を漏らした。

自分の立っている場所が分からなくなる。

いつの間にか僕は、知らない場所に立っていた。

いいや、知らないという事はないか。

さっきの道から少し外れた場所に僕はいる。

それに、歩いていたはずなのに足を止めていた。

一瞬の間に何が起きたのか、僕は理解が及ばない。

 

言い知れない不安に僕は襲われる。

まずは空を見上げて太陽の位置を確認した。

次に近くの時計を見て時刻を確認した。

ボーと歩いていたから記憶が飛んだのか。

それとも瞬間移動でも起きたのか。

 

落ち着きなく歩き回っても、原因は分からない。

原因は分からないままで不安は解消しなかった。

だけど時間が過ぎると共に、別の疑問が湧き上がってくる。

もしかすると僕は思い違いをしているんじゃないか。

「無意識の内に歩いて、あの場所へ移動した」という程度の事なのかも知れない。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

右往左往する僕に、声を掛ける人がいた。

柔らかい雰囲気を纏った、同年代くらいの女の子だ。

よほど右往左往している僕が怪しかったのだろう。

そう考えると、僕は恥ずかしさ覚えた。

こんな僕に話しかけるなんて、この女の子は優しい人なのだろう。

 

「すいません。大丈夫です」

「そうですか。道に迷ってるのかと思ってしまって……」

 

「ちょっと確かめたかった事があって……でも、それは僕の勘違いだったみたいです」

「この辺りに詳しいんですか?」

 

「買い物に来るので、それなりに知っていますよ」

「そうなんですか。じつは私、この辺りに来たことは少なくて……」

 

「どこかへ行きたいんですか?」

「はい」

 

女の子は迷子だった。

僕が同じ迷子に見えたから、女の子も声を掛けたようだ。

迷子が1人なのは心細いけれど、2人もいれば気が楽になる。

でも、それは道を知っていそうな人に声を掛けた方が良かったのではないか。

僕に急ぎの用事はないので、女の子の目的地まで連れて行く事を申し出た。

 

「私、この近くにある高校へ進学するんです」

「それって、もしかして御崎高校の事ですか?」

 

「はい」

「そうなんですか。僕も御崎高校へ進学するんです」

 

「じゃあ、その時は、よろしくお願いします。私の名前は吉田一美(かずみ)です」

「僕は坂井悠二(ゆうじ)です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

名前を交換して、僕らは別れた。

同じ高校で、同じ学年なのだから、再会する事はあるだろう。

次に会った時は吉田さんと、丁寧語を抜いて喋れるだろうか。

再会したいと思っている自分に気付き、僕は思いを振り返る。

もしかすると僕は、恋をしてしまったのかも知れない。

 

 

 

【Dark side】1、こうして坂井悠二は知らぬ間に部外者となった

 

トリップとは、生身のまま異世界へ転移する事だ。

そういう奴らをトリッパーと呼ぶ。

 

トリッパーは転生者と違って「オリジナルの肉体を維持したまま転移する」という利点があった。

「私は私である」という自我を保つために、オリジナルの肉体を維持するのは有効だ。

下手に男性としての自我が強いまま女性へ転生すれば、男性としての自我が崩壊を起こす。

「俺は男だから女を愛す」や「私は女だから男を愛す」ではない。

「相手の性別に合わせて自身の性別を変える」事が、肉体を入れ換える転生者に必要な資質だった。

 

しかし、魂だけ跳ばせばいい転生者と違って、肉体を丸ごと跳ばすトリッパーは難易度が高い。

問題となるのは「異なる世界の肉体を異世界に順応させる」ことだ。

異世界の免疫を完全スルーする病気にかかる程度ならば、まだ良い。

トリッパーの肉体を異物と見なして、異世界が排除活動を始める事もある。

「結界のようなもの」を張って鎖国している異世界となると、魂の状態であっても入ることすら難しかった。

 

この『灼眼のシャナ』の世界も異物に厳しい。

「存在の力」を消費しなければ、異物は存在を保つ事すらできない。

力の消失は、存在の消失であり、それは死に等しかった。

分かりやすく言うと、生きているだけで体力が少しずつ減っていく。

その体力を補給する方法は、現地人を殺して奪うしかなかった。

 

だから転生者だ。

現地人として生まれれば、税金(存在の力)の徴収を免れる。

そこで俺は『灼眼のシャナ』のヒロイン……じゃなくて主人公の坂井悠二に転生した。

俺が得意とする能力の特性から、坂井悠二としての人格は失われていない。

俺の能力のモデルは『両儀式』で、坂井悠二は「直死の魔眼」の能力者となった。

 

しかし、うっかり俺は忘れていた。

本物の坂井悠二は本編前に死んで、偽物の坂井悠二が主人公となる。

本編が始まった後、偽物の坂井悠二に俺が憑いているとしても、その俺も偽物だ。

本物の坂井悠二の死と共に、俺は転生している事だろう。

20年も経たずに死ぬのでは、坂井悠二に転生した意味がない。

 

今の坂井悠二は俺の存在を知らない。

俺は「坂井悠二に隠れ潜む殺人衝動」というコンセプトだ。

本編の進む裏で、殺人鬼として密かに行動する予定だった。

本編のような坂井悠二を演じようと思っても、俺には無理だからな。

「徒(ともがら)と戦う中で坂井悠二は、自分の中に潜む殺人鬼に気付く」

そういう予定だったけれど、ここで坂井悠二が死んでは意味がない。

 

『あれ? なんだ、こいつ?』

『さあ、徒ではないわね』

 

『でも封絶の中で動いてるよ』

『ミステス……ではないわね。討滅の道具の気配もないし、宝具を持っているのかしら?』

 

巨人のように大きな赤ん坊と、無数の顔で固められたボールに見つかった。

存在の力の吸収に抵抗していたため、俺は当然のように発見された。

こいつらは紅世の徒によって作られた、存在の力を集める燐子(りんね)だ。

例えて言うと自力で補給できず、飼い主からエサを貰うしかないペットだ。

まさか大人しく存在の力を食われ、坂井悠二を殺される訳にはいかない。

 

俺は懐に手を入れ、そのまま小さなナイフを握る。

周囲の人々は絵のように固まり、火の粉が宙を舞っていた。

この有り様は因果孤立空間を作り出す、「封絶」と呼ばれる自在法の効果だ。

「内部にある物の時を止める結界」と考えておけば良い。

この封絶の展開と共に坂井悠二の時は止まり、代わりに俺が表に出ていた。

 

この肉体に収まっている脳は坂井悠二のものだ。

俺は魂に構築した疑似脳で思考し、今は坂井悠二の肉体を支配している。

俺の能力である「直死の魔眼」は脳に大きな負荷をかける。

人外の血族ではない坂井悠二の肉体にとって、「直死の魔眼」は猛毒に等しかった。

しかし、俺の疑似脳であれば「直死の魔眼」を安全に運用できる。

 

『いただきまぁーす!』

 

人々は存在の力に変換されて姿を消し、見通しが良くなっていた。

車が行き交えるほどに広い道路で、俺と2体の敵は向かい合っている。

ドシンドシンと道路を揺らし、巨大な赤ちゃんが駆け寄って来ていた。

よく見れば、それは巨大化した赤ちゃん人形だ。

もう1体の方も、マネキンの頭部の寄せ集めに見える。

 

肉体の目ではなく、魂に搭載した感知機能で、俺は敵を捉える。

「直死の魔眼」で坂井悠二の目を介すると、失明の恐れがあった。

それに人体の視覚と異なる魂の感知機能は、視覚と異なる情報を俺に伝えてくれる。

「直死の魔眼」によって見える死の情報も、人体と異なる物だった。

「直死の魔眼」に特化した疑似脳は、問題なく敵を殺せると教えてくれる。

 

俺は魂によって、坂井悠二の肉体を強化する。

俺の魂は肉体と重なるように存在していた。

この世界には「気」も「魔力」もない。

肉体を強化する方法は、存在の力を用いた願望の実現だ。

しかし俺は使い慣れた、魂による肉体の補強を選んだ。

まさか坂井悠二の存在を切り崩して、肉体を強化する訳にはいかない。

 

懐から抜き出した、小さなナイフを振るう。

赤ちゃん人形の巨大な手は、弱点を剥き出しにしていた。

人の目であれば線として見える死が、俺の感知機能を介して螺旋に見える。

感知機能で捉えた無数の螺旋に、小さな刃を差し込んだ。

とは言っても赤ちゃん人形は螺旋だらけで、どこを刺しても死に中る。

 

巨大な赤ちゃん人形は、一瞬で解体された。

一言でいうと、もろい。

普通の人間よりも、こいつらは死にやすい。

この能力の元となった世界で例えれば、「死徒の作るゾンビ」よりも弱い。

この世に確たる物として存在していないから当然だ。

こいつらは死ぬと、存在を証明する跡すら残せずに消滅する。

 

『よくも、御主人様の燐子(りんね)を!』

 

残った人面ボールが突進してくる。

静止した状態から助走する事もなく、車のような速度で飛び出した。

さっきの奴と違って待ち構えず、俺は前へ駆け出す。

衝突する寸前で、ナイフの射程内に入った人面ボールを解体した。

崩れ落ちる破片から噴き出す炎を突き抜け、私服の長袖に手首まで覆われた左手を伸ばす。

魂の一部によって構成された不可視の左手が長く伸びて、その先にいた物を掴んだ。

 

『きゃあ!』

 

掴んだ女を道路へ叩きつける。こいつは人面ボールの中身だ。

外側の人面ボールを突撃させて、密かに逃走を試みていた。

こいつを破壊すると、さらに中身があって、本体は小さな人形だ。

3回も殺すのは面倒なので、中に隠れている本体の人形を殺す。

右手でナイフを握り、左手で暴れる女の頭をアスファルトに押さえつけた。

感じ取れる死の螺旋から本体の位置を探り当て、逆手に持ったナイフを突き立てる。

 

『申し訳ありません。ご主人様……』

 

本体だった小さな人形を17の部品へ解体した。

人形の破片から熱を感じない炎が噴き上がる。

人形の髪を纏めていたリボンやワンピースが溶けるように消えていく。

女を形作っていた存在の力も、世界へ還元されていった。

巨大赤ちゃんも人面ボールも、すでに跡形もない。

俺の感知機能に敵の反応は引っ掛からなかった。

 

「……しまった」

 

俺は思わず、心の声を漏らす。

敵の反応もなければ、人の反応もない。

さっきの燐子に食われたままで、周囲は無人になっていた。

本来ならばトーチという人の偽物を、さっきの燐子が配置するはずだった。

しかし、その前に殺してしまったので、トーチを配置する奴がいない。

もちろん俺は存在の力を加工し、トーチを配置する方法なんて知らない。

 

このままでは緩衝材となるトーチが居らず、世界の歪みは大きな物となるだろう。

この世を荒らす紅世の徒ですら、そんな事をする奴はいない。

正確に言うと昔は居たが、敵や味方にすら敵視されて絶滅した。

「封絶を張って、人を食ったらトーチを置く」それが現代の常識だ。

そんな暗黙のルールを破るなんて、なんて非常識な奴等なのだろう。

 

維持する者の居なくなった封絶が、解けようとしている。

封絶の端に残っていた人々に、俺は紛れ込んだ。

とある宝具によって、この町は監視されている。

しかし、因果孤立空間である封絶の中は覗けない。

このまま人の群れに紛れ込めば、燐子を殺した犯人は分からなくなる。

 

舞い散る炎が消え、封絶が時間切れで解けた。

何事もなかったかのように、人々は動き始める。

多くの人々が消えて発生した空白を、不思議に思う者はいない。

坂井悠二は生き残り、坂井悠二のトーチは生まれず、日常へ帰っていく。

この日、坂井悠二は物語から外れた。

 

 

 

【Other side】1、こうして坂井悠二は知らぬ間に部外者となった

 

「アラストール、今の……」

『うむ、何者かが封絶を張らぬまま人を食らったか、あるいはトーチを置かぬまま封絶を解除したのであろう」

 

「トーチを置かない」という行為は、厳しい処罰の対象となる。

歪みの拡大を加速させ、さらに徒の存在を人々に露見させる行為だからだ。

それは危険な行為と認識されているため、敵や味方を問わずに批難される。

もちろん紅世の徒を狩る討ち手は、そんな行為を見過ごせなかった。

"炎髪灼眼の討ち手"と呼ばれる者は、歪みを感じた方向へ歩みを進める。

 

ーー"炎髪灼眼の討ち手"は御崎市へ接近しています

 

 

紅世の徒や燐子は、この世の物ではない。

存在の力を消費して、この世に存在している。

その力は討滅されると世界へ還元され、徒や燐子の存在した証も消滅する。

だから何者かによって燐子が殺された事は、封絶が解けると共に明らかとなった。

"狩人"と呼ばれる紅世の王は、驚きと共に立ち上がりかけた椅子へ、再び腰を下ろす。

 

『ニーナ、配下を引き連れ、マリアンヌの捜索へ向かえ』

『承(うけたまわ)りました、御主人様』

 

御崎市の有り様を表示する宝具を、"狩人"は厳しい目で見つめる。

不自然な人の空白は「燐子が人を食い、トーチを置く間に討滅された」という事を示していた。

トーチを置かずに封絶を解くなど、世界の歪みを嫌う討ち手の仕業ではない。

この監視用の宝具に映し出されない、紅世の徒が犯人という可能性が高かった。

しかし、討滅された燐子は"狩人"にとって愛しい者で、そこらの徒ならば勝てるほどの実力がある。

それ以上の力を持つ"紅世の王"と呼ばれる者が犯人と考えても、その大きな気配を"狩人"は市内から感じなかった。

 

『私の愛しいマリアンヌ……』

 

すでに愛しい燐子は討滅されている。

それを思うと"狩人"は椅子から腰を上げ、燐子を討滅した犯人を探しに行きたかった。

しかし、"狩人"の椅子は宝具であり、紅世の王である"狩人"の大きな気配を隠している。

犯人の方が強い場合は、"狩人"の居場所を悟られないために。

犯人の方が弱い場合は、"狩人"に気付いて逃げられないために。

どちらにしても宝具を用いて戦う"狩人"自身が向かうのは、感情に任せた行為に思えた。

 

『必ず……君の仇は討ってあげよう』

 

"狩人"の愛しい燐子を討滅した犯人は、討ち手でも紅世の王でもない。

監視用の宝具に表示される人型を、"狩人"は見つめていた。

封絶から解放された人間は100に満たず、その中に犯人が潜んでいるに違いない。

"狩人"は燐子たちに指示を出し、容疑者の追跡を割り当てる。

捜索に出した燐子が戻ってくると、容疑者を1人ずつ"殺害"する指示を"狩人"は新たに出した。

つまり目立つ封絶を使わず、人食いによる歪みで犯人に暗殺を察知される事もない。

もしも燐子が撃退されれば監視用の宝具で特定可能で、犯人に封絶を張られても起点は明らかだった。

 

ーー"狩人"は容疑者の殺害を命じました

 

 

▽△▽△▽△▽△▽△▽△

 

 

【Light side】2、こうして坂井悠二は母親を失った

 

物音が聞こえて、僕は目を覚ました。

時計を見れば真夜中の2時だ。

何の音かと思って、僕は不安になる。

もしかすると泥棒かも知れない。

僕は寝床から身を起こして、様子を見に行く事にした。

 

僕の寝室は2階にある。母さんの寝室は1階だ。

父さんは家ではなく、今は外国にいる。

僕は電灯を点けて、1階へ下りた。

そうして階段を下りた場所にある電灯のスイッチを押す。

すると廊下の明かりに照らされて、血塗れの母さんが寝室から浮かび上がった。

 

「母さん」

 

その姿を目にした僕は恐怖を覚える。

いつものように母さんが答えてくれる事を期待していた。

母さんの体から流れ出た血が嫌でも目に入る。

頭がクラクラして、心臓が激しく動揺していた。

間もなく僕は、母さんが返事をできない状態である事に気付く。

 

「救急車……救急車を呼ばなくちゃ!」

 

僕は消防署へ電話をかける。

母さんの状態を説明すると、警察署へ通報するように促された。

そうして、やっと母さんの下へ戻ってくる。

母さんに呼びかけてみたけれど、やっぱり返事は返ってこなかった。

血は流れ尽くして、止まっている。

 

救急車よりも警察官が先にやってきた。

他の場所でも同じような事件が起きているらしくて、救急車が足りないらしい。

警察官は母さんの状態を確認すると、先に居間へ行くように僕を促す。

少し遅れて居間へ来た警察官に、母さんを発見した時の状況を聞かれた。

そうして説明している内に僕は、もう母さんに救急車が必要ない事を悟る。

 

眠れないまま朝になった。

母さんの遺体が運び出され、血塗れの布団も持ち去られた。

血の跡が付いた部屋や割れた窓を前に、僕は体の力が入らない。

いったい、これから何をすればいいのか。

とりあえず母さんの葬式だろう。そのための費用は何処から下ろしてくれば良いのか。

そんな事を考えていた僕に、警察官が写真を見せる。

 

「これに見覚えはあるかな?」

「いいえ」

 

白い布、トランプ、ハンドベル、指輪。

写真に写されている物は、統一感のない組み合わせだ。

なにかの心理テストなのかと思った。

警察官によると家の庭に落ちていたものらしい。

そう聞いて割れた窓から庭を見ると、奇妙に沈んだ庭の一部が見える。

 

「あれ……?」

「どうしたんだい? なにか気付いた事でも?」

 

「あの凹みって何かなと」

「あの凹みは、以前にはなかった物なのかい?」

 

「いえ……どうかな」

「他にも気付いた事があれば、遠慮なく言って欲しいな。それが事件の解決に繋がるかも知れない」

 

テレビを点けると、夜の事件について報道されている。

窓を強引に割って侵入するという似たような手口で50件以上、200人以上が一夜の内に殺されていた。

御崎市を中心として広範囲に渡って起きているため、複数の犯人がいると考えられている。

侵入された家は皆殺しだ。

それならば、どうして僕は生きているのだろう。

 

どうやら生き残った僕の事は報道されておらず、秘密にされているらしい。

複数いるという犯人は、まだ1人も発見されていない。

いったい、どんな集団の犯行なのか。

家の庭に落ちていた物は、宗教上の意味があるのだろうか。

母さんが殺された理由を、僕は知りたかった。

 

 

 

【Dark side】2、こうして坂井悠二は母親を失った

 

窓ガラスの割れる大きな音を聞いて、坂井悠二は目を覚ます。

現在の時刻は深夜2時で、すでに坂井悠二は部屋を暗くして寝ていた。

しかし魂だけの状態でも活動できるため、そもそも俺は眠らない。

俺は光を像として結ぶ必要のある眼球ではなく、魂に搭載した感知機能によって敵を捉えている。

なので坂井悠二の母親が寝ている1階で、何が起こっているのか分かっていた。

 

パジャマを着ている坂井悠二は、怪しい物音を不審に思いつつ部屋の電灯を点ける。

その際、坂井悠二の左手を操って、ベッドの側に置いてあったナイフを懐へ入れた。

坂井悠二は左手が何をしていたのか気付くことはなく、ナイフという異物の重さを感じる事もない。

警戒心の足りない坂井悠二は足音を消す事もなく、ギシギシと階段を泣かせながら下りていく。

そして1階を繋げる廊下の電灯を点けた坂井悠二は、母親の寝室から出てきた怪物にーー

 

ーー俺は1歩で燐子の下まで飛び、死の螺旋にナイフを突き立てた。

俺に殺された燐子は炎を噴き上げ、マネキンのような体はバラバラになって崩れ落ちる。

魂に搭載した感知機能によって寝室を覗いてみれば、すでに坂井悠二の母親は死んでいた。

母親の悲鳴は聞こえなかったし、起きる間もなく殺されたのだろう。

まさか燐子を殺して半日も経たずに、俺の居場所を探り当てられるとは思わなかった。

それにしても、なぜ封絶を張らずに、存在の力を食らう訳でもなく殺したのか。

 

とりあえず警察を呼ぶべきだろう。

どうせ殺すのならば、存在の力を食らって欲しかった。

そうすれば死体は残らないし、最初から居なかった事になるので手間も減る。

母親が殺されたとなれば、坂井悠二は悲しむだろう。

高校へ入学する直前に母親を殺されるなんて不幸な奴だ。

 

坂井悠二の意識を戻そうとして、思い留まる。

俺の感知機能は空飛ぶ物体を捉えていた。それは家の庭に降り立つ。

母親の死体の向こうに割れた窓がある。家の庭に面している大きな窓だ。

その向こうにフワフワと漂う長衣に囲まれた、スーツを着た奴がいた。

あの特徴のある姿を見た事はないけれど、俺の記憶には覚えがある。

紅世の王である"狩人"に違いない。分かりやすく言うと、怪物のボスだ。

 

『君かな? 私の愛しいマリアンヌを殺したのは』

「知らないな。マリアンヌなんて名乗った奴を殺した覚えはない」

 

あの人形は名乗ってなかったからな。

人形が名乗っていたら、俺も殺さなかったかも知れない。

どちらにしても坂井悠二を殺そうとするのだから、俺に殺される運命だったのだろう。

"狩人"は何気なくトランプを取り出し、カードを左手から右手へ飛ばす。

あれは一見ただのトランプに見えるけれど宝具で、増殖する飛び道具として使える。

 

『実の所、私の可愛いいマリアンヌを殺した犯人が、君か否かは構わない』

「髪をリボンで留めたワンピースの女の子なら殺した覚えはあるな」

 

人じゃなくて燐子で、小さな人形だったけど。

光に依存する視覚を介さない感知機能の構造上、どんな色だったのかは分からない。

燐子に対しては「もろかった」「死にやすかった」という感想しか浮かばなかった。

火線が地面を走り、俺を飲み込む。封絶が張られ、炎の粉が舞う。

当然、俺は止まらない。結界の中で止まらない俺を見て、"狩人"は微笑んだ。

 

『あの場にいた疑わしい者を、1人残らず殺せば良いのだからね』

「なるほど。俺を特定した訳じゃなくて、容疑者を皆殺しにしていたのか」

 

既知外の発想だ。一夜で殺人事件が多発する事になる。

あの近くにいた吉田一美は巻き込まれているのだろうか。

吉田一美が死ぬと、坂井悠二は悲しむ。

坂井悠二は死なず、トーチではなく、宝具「零時迷子」も宿していない。

もはや坂井悠二は主人公ではない。そうして坂井悠二を生かす事を選んだのは俺だ。

 

トランプのカードが弾幕のように飛び交う。

障害となるトランプを殺して、その隙間を擦り抜けた。

坂井悠二の足を傷付けないように、ガラスの破片を避けて通る。

その間に俺の感知機能は、"狩人"と人形が入れ替わった事を教えてくれた。

同時に人形へ干渉する力が発生し、爆発の予兆が膨れ上がる。

宝具「ダンスパーティー」による燐子の爆破だ。

 

ナイフの射程内に入った人形を切る。

一振りで爆発を殺し、二振りで人形を殺した。

そうして庭の上空に浮かび上がった"狩人"を見上げる。

人間に過ぎない俺のために燐子を1体も使い潰すなんて、評価されたものだ。

存在の力を込められたトランプのカードが美しく整然と並び、俺を取り囲む。

 

『驚いたよ。存在の力も感じないのに大した身体能力だ』

「気配を遮断する宝具なんて珍しくもないだろう」

 

『それは、その宝具を君が纏っていればの話だ』

「こいつは透明なんだ」

 

『それに、そのナイフは私の見る所によると宝具でも何でもない、ただのナイフだろう』

「それは間違いないな。ホームセンターで買ったステンレスナイフだ」

 

『しかし、存在の力で強化したカードを切り裂き、私の燐子を殺してみせた』

「カルシウムが不足してるんじゃないか」

 

宝具「ダンスパーティー」で燐子の爆破を試みた事は口に出さない。

紅世の徒は特有の能力を持ち、"狩人"は「物事の本質を見抜く」。

説明書のない宝具の使い方が分かるし、俺のナイフも安物と分かる。

俺が気配を遮断する宝具を持っていない事なんて、お見通しだ。

どう見ても普通の人間にしか見えない俺が、存在の力を無視するような動きを見せる。

"狩人"にとって初めて見る生き物だろう。

 

俺を取り囲んでいたトランプのカードに命令が下される。

それが分かったのは、"狩人"とカードを繋ぐ力に変化が生じたからだ。

力の流れが行き着く前に、俺は"狩人"とカードを繋げる力を殺す。

すると力の流れは断ち切られ、力を失ったカードはパラパラと地に落ちた

"狩人"は再びトランプを操ろうとしているものの、それは無理だ。

 

切ったのではなく、俺は殺した。殺した物は二度と直らない。

そう思っていると"狩人"は、トランプからカードを新たに生み出した。

……まあ、宝具の本体を殺した訳じゃないから、新たに生み出したカードは別だな。

しかし、その隙があれば十分だ。

魂の一部によって構成された不可視の左手を、空へ伸ばす。

俺は空を飛べないが、飛ぶ鳥を落とす事ならできる。

 

『かっ!?』

 

不可視の左手で掴まえた"狩人"を、俺は地面へ叩きつけた。

"狩人"が起き上がる間を与えず、死の螺旋にナイフを突き立てる。

最後の言葉を言う暇すら与えない。

"狩人"の体はバラバラになって、熱のない炎を噴き上げた。

この世から消えて行く"狩人"の体から、いくつもの宝具が転げ落ちる。

 

宝具が貴重品と言っても、俺や坂井悠二には必要のないものだ。

俺は次の世界へ持って行けない道具を信用しない。

俺の武器は「直死の魔眼」で、この能力さえ在ればいい。

物語から外れた坂井悠二にも宝具は必要ない。

宝具「零時迷子」を持たない坂井悠二は、もはや紅世と関係がなかった。

 

そういえば前回、坂井悠二の意識を戻した時、場所や体勢が変わった事を怪しまれていた。

「因果孤立空間である封絶の解除と共に、坂井悠二の記憶は修正される」と思っていたけれど違ったらしい。

坂井悠二が疑問に思わないように、手動で調整する必要がある。

俺は母親の死体の横を通り、その死体が見える1階の廊下で半回転を行う。

そのまま母親の死体を見て驚いている形を作り、"狩人"の張った封絶の自然解除を待った。

 

 

【Other side】2、こうして坂井悠二は母親を失った

 

「あの子、ウソついてますよ」

 

坂井悠二の靴下は泥で汚れていた。

おまけに窓から庭へ出て、また窓から入った足跡が庭に残っている。

ただし割れたガラスの隙間に落ちていた泥は、第三者の可能性があるので何とも言えない。

最低でも坂井悠二は、泥の付いていない靴下で庭へ出て、泥を付けて室内に上がった訳だ。

あの窓は坂井悠二によって、外側から打ち破られた可能性があった。

 

ーー警察官は坂井悠二を疑っています

 

 

『御主人様が帰ってこない』

『私達はどうすればいいの』

『このままでは消えてしまう』

『御主人様の仇討ちを!』

 

紅世の王である"狩人"は多数の燐子(りんね)を従えていた。

燐子は集めた存在の力を、そのまま利用する事はできない。

"狩人"から存在の力を与えられなければ、燐子は自然に消滅する存在だ。

"狩人"の討滅によって、時限爆弾のスイッチは起動した。

本来ならば"炎髪灼眼"のために数を減らされていたはずの燐子は、完全な状態で残っている。

存在の消滅を恐れた燐子は百鬼夜行となって、存在の力を食らうために御崎市へ繰り出した。

 

ーー"狩人"の燐子が人食いを始めました


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