器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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【あらすじ】
エボンに予言を与え、
ユウナレスカは娘のように想い、
夢のザナルカンドに封印されました。


→夢のザナルカンドから

 獣と化したエボン=ジュによって召喚される眠らない街で、我の眠りの内に低き種族の鼓動は消えて行く。我の世話をする物音の名は幾度も替わるが、この容れ物の形は不変の物となっていた。我にとって一時に過ぎぬとも、単なる物音は生と死を繰り返す。姿形を固定された我は数知れない時を過ごし、横になる寝台を移り変えた。そして、また他と変わらぬ物音が我の下を訪れる。

 

「よっ、分かるか? オレは隣のジェクトくん10歳だ」

「……隣のジェクトくん10歳」

 

「おう、長ったらしいからジェクトでいいぜ」

「……そうか」

 

「目、見えねぇんだってな。手ぇ、触ってもいいか?」

「……構わぬ」

 

「オレの手の感触が分かるか? 憶えておけよ。これがジェクトだ」

「……ふむ」

 

 そう言われても物の区別など付かぬ。我にとって低き種族は単なる物音に過ぎなかった。しかし、この物の名はジェクトと言うのか。既知の物と同じ名が、我の前に現れたのは必然に過ぎない。この容れ物に封じられてから間もなく、瞬きの内に1000年の時が流れたのだろう。

 

「……ジェクト」

「そうだ、オレがジェクトだ」

 

「……汝は水球の支配者となり、我と交わる」

「おまえが何言ってるのか、さっぱり分からねぇな」

 

「……我と契り、夢の支配者たる息子を成す」

「おい、もしかして、おまえは、オレに告白してんのか?」

 

「……違いない」

「もてる男は大変だぜ……まっ、よろしくな」

 

 ジェクトと名乗る物は容れ物を抱き上げ、我を寝台から運び出そうとする。しかし幼きジェクトの血肉では、この容れ物を長きに渡って支える事は叶わなかった。それから度々、ジェクトは我の下を訪れ、我を空の下へ移そうと挑む。他の物音が車椅子をすすめても、意地になって拘っていた。やがて我の容れ物を片手で運べるほどに、その血肉を増やす。

 

「……鈴を付けよ」

「鈴? あのリンリン鳴るやつか。なんでオレに、そんな物つけんだよ」

 

「……他の物と区別が付かぬ」

「そんなモンかね。んじゃ、今日は買い物に行くか」

 

「……息子の分も揃えておくがいい」

「オレに言ってんのか。おめぇは気が早すぎんだよ。娘かも知れねーだろ」

 

「……水球のエースとなるであろう」

「それってブリッツボールの事だろ。おめぇの表現は詩的すぎて付いていけねぇな」

 

 我の告げる未来に、低き種族は耐え切れぬ。ジェクトの腰からリンリンと、新たな鼓動が響き渡った。やがて生まれるであろう息子の分は、我に差し出される。間を置いて見えぬ物となる事を防ぐため、我の容れ物に備えた。そのため我とジェクトは揃って、リンリンと金属の鼓動を鳴らす。

 

「……息子を作るのだ」

「そんな小せぇ体で無茶言うなよ。もっとデカくなったら考えてやる」

 

「……この身は不変のもの故、姿形は変わらぬ」

「おめぇは昔からぶれねぇよな。なんでオレなんだ?」

 

「……必然に過ぎぬ」

「一目惚れってやつか。おめぇは一途で、しつこいったらありゃしねぇ」

 

 低き種族は瞬く間に年老いて行く。歳を確認すればジェクトは、いつの間にか20となっていた。弱き種族は寿命の半分も経てば子を作れぬし、いずれジェクトは海の向こうへ旅立つ。我は急ぎ、ジェクトの精を求めた。ようやくジェクトは我の求めに応じ、その精を容れ物に注ぐ。内なる混沌と精を混ぜ合わせ、魔人となる我が息子を形作った。

 

 

 

オレ様ことジェクトは、ブリッツボールの名選手だ。

ブリッツボールってぇのは、でっけぇ水の中でボールを奪い合うスポーツだ。

学生時代はチームを優勝に導き、今じゃプロチームのエースとして活躍している。

 

このザナルカンドでオレの名を知らない奴はいねぇ。

そんなオレが結婚するとなれば、けっこう大きなニュースになった。

オレと違って、あいつは一般人だから、容姿や名前は伏せる事になっている。

 

しかし、まさか一発で妊娠するとはな。

ガキみてぇな体で子供を作れるとは思わなかった。

あんな体で子供を産むなんて無理だと言ったが、聞きやしねぇ。

 

あいつは強情だからな。

初めて会った時から、オレに息子をねだっていた。

あいつとの付き合いは、もう10年になる。これからは、ずっとだ。

 

「……我が息子」

「オレに似て、かっちょいい男に育つだろうぜ」

 

「……毛色は金となる」

「おめぇと同じ髪の色か。娘だったら美人になるだろうぜ」

 

不自由な体で生まれるかも知れねぇ。

それ以前に、ちゃんと生まれるのかも分からねぇ。

そんな心配を、あいつは感じさせなかった。綺麗で真っ直ぐに、未来を信じ切っていた。

 

「あのよ……オレも、おまえで良かったと思ってるぜ」

「……既知に過ぎぬ」

 

そして子供が産まれた。

母子ともに無事と聞いて、オレは安心する。

元気な男の子で、すぐに立って歩けるようになった。

 

「……我の半神となれば必然よ」

「まっ、オレの半身でもあるからな!」

 

あとでチームの仲間から聞いた話によると、

産まれた直後に立って歩くなんて事はないらしい。

つまり、それほどオレ様の息子が、すげぇって事だな。

 

 

 

オレことティーダは7歳になった。

だけどオレの母さんは、オレよりも小さい。

いつもベッドで横になって、立って歩く事は出来なかった。

 

そんな母さんをオヤジは抱き上げる。

最近はオレも両手を使って、母さんを持ち運べるようになった。

オヤジは大きくなるまで時間がかかったから、オレの方が上だな。

 

歩く度にリンリンと鈴が鳴る。

オヤジの腰と、オレの腰に付いている鈴の音だ。

これは目が見えない母さんのための、大事な目印だって聞いてる。

 

「おめぇは強くなるぜ、ティーダ。まっ、その百万倍くらいオレは強ぇーけどよ」

「オヤジなんて、すぐにコテンパンにしてやるよ。そしたらオレ、母さんと結婚する!」

 

「おめぇなんぞに、あいつはやらねぇよ。なんたって、オレの女だからな」

「なんだよ。オヤジと母さんじゃ似合わないって! ぜんぜん大きさが違うだろ」

 

「そう言うおめぇも、その内オレみてぇに大きくなるのさ」

「じゃあ、母さんは大きくならないのか? なんでだよ?」

 

「あー、そういう病気なんだよ」

「じゃあオレ、医者になるよ! 医者になって母さんを治す!」

 

「……我が息子は父と同じ道を辿るであろう」

 

「だとよ」

「やっぱりオレ、ブリッツボールになる!」

 

ときどきオヤジは夜の海で泳ぐ。

誰にも見られないように、ブリッツボールの練習を行っていた。

その例外はオレと母さんだ。オヤジがコソコソと隠れて、努力している事を知っていた。

 

「おめぇに夜の海なんて危ねーだろ。家で大人しくしてろって」

「……汝が海の果てへ行く時は、我も共に行こう」

 

「本当にやりそうだから怖ぇーよ。付いてくんなよ! 絶対だぞ!」

 

「……我が息子よ。我が身を運ぶが良い」

「うん」

 

オヤジは見栄っ張りだ。

他人に努力している事を知られたくないらしい。

母さんは心配して、そんなオヤジに付いて行っていた。

 

そして、あの日がやってきた。

オヤジは海で泳いで、オレと母さんは砂浜にいた。

オヤジは遠くまで行って……そのまま、いつまで経っても帰って来なかった。

 

「母さん……オヤジなんか放って置いて、家に帰ろう……」

「……我も共に行くと言ったであろう」

 

オレは震えながら、小さな母さんに抱きつく。

座り込む母さんが、オヤジの後を追うような気がして怖かった。

その後、オヤジの捜索は打ち切られて、二度とオヤジは帰ってこなかった。

 

 

 

 ジェクトは我らを置いて、遠き地へ渡り消えた。我と息子は覚めぬ夢の街で、『シン』となったジェクトの襲来を待つ事となる。未知として我と息子を連れて行けば、夢の終わりは必然として現れたであろう。しかし10年など我にとっては大差なく、そのうちアーロンと名乗る物音が訪れた。

 

「オレはジェクトの……友だ。ジェクトが居なくなった際、おまえ達の世話をするように頼まれた」

「……いずれ帰ってくる」

 

「ああ、ジェクトは帰ってくるだろう」

「……その時は我も連れて行くがいい」

 

「もう、いいだろ! 母さんは疲れてるんだ! 帰れよ!」

 

 アーロンと名乗る物音を、怒りに満ちた息子が遮る。息子は我が家を訪れたアーロンを追い返した。ジェクトを失った息子は、我を失う事を恐れているのか。息子の腰に付けた鈴がリンリンと鼓動し、その存在を我に教える。小さな鼓動が数を減らしたために、ジェクトと息子の区別は容易い。後日、息子の居ぬ間に訪れる物音があった。

 

「あいつは居ないのか?」

「……我が息子ならば居らぬ」

 

「そうか、ならば丁度いい。少し聞きたい事がある」

「……汝の名を問う」

 

「すまない。目が見えないのだったな。オレはアーロンだ」

「……ふむ」

 

「おまえは先日、"いずれ帰ってくる"と言っていたな。それだけではなく、"自分を連れて行け"とも。あれは、どういう意味だ」

「……ジェクトに取り憑く亡霊は、息子によって討ち果たされる」

 

「おまえは何者だ。なぜ、それを知っている」

「……我が名を受ける事は叶わず、ゆえに果てしなき魔王アザトースと伏せられる」

 

「答えになっていない」

「……この身は大召喚士に含まれぬ召喚士の義妹でもある」

 

「『シン』を倒した大召喚士に含まれぬ召喚士……ユウナレスカか!」

「……既知に過ぎぬ」

 

「なぜ、ジェクトに真実を告げなかった。おまえが教えていればジェクトもブラスカも、死を選ぶ事はなかった……!」

「……我も共に行くと告げた。されどジェクトは一人で渡った」

 

「……ジェクトから聞いた覚えがある。"あいつが止めるのも聞かずに夜の海で泳ぎ、『シン』に会って飛ばされた"と」

「……止めたのではなく、我は共に行くと言ったのだ」

 

「そうか……ジェクトは、こうも言っていた。"早く帰ってやらないと、あいつがオレの後を追ってくる"とな。あいつは何時も、おまえを心配していた」

「……いまだ時は満ちぬ」

 

「あいつの信じたおまえを、オレも信じてやろう。だが、忘れるな。息子の物語は、おまえの物語ではない。オレたちの物語は、すでに終わっている」

 

 我は夢を見ているに過ぎず、我の物語など存在しない。我が息子の物語も、我にとっては既知の物語に過ぎなかった。我は祈りの歌に包まれ、目覚めを夢見る。我が息子は書と鍵を用いて、混沌の台座へ至る扉を解き放つであろう。我が求めるまでもなく、夢の終わりは必然として訪れる。

 

「母さん! オレ、 ザナルカンド・エイブスにスカウトされたよ!」

「……我が息子よ。まもなく汝の父が災厄として姿を現す」

 

「またオヤジの話かよ……あんな奴、帰ってこなくていいだろ」

「……必然に過ぎぬ」

 

「もうオヤジは居ないんだ……母さん」

「……我らは海を渡るであろう」

 

 幼体であった我が息子は、わずかな間に成体へ育った。この間にエボン=ジュの支配に抗うジェクトの意識は限界に近づく。10年の休眠期間を終えて『シン』となるのだ。その前にジェクトは息子を連れて行くだろう。我も息子と共に、この夢の都から海を越える。

 

「……我も試合の会場へ行こう」

「えっ、母さん!? オレの試合、見に来てくれるのか!?」

 

「……見えぬ」

「いいって、いいって! じゃあ、次の試合のチケット取っておくから! アーロンを呼んで案内させるよ!」

 

 それから我は息子の試合に通った。客席を埋める多数の物と、幻光虫を用いて作られた水球に阻まれ、鈴の鼓動は我に届かない。試合の実況を行う物音が、会場に響いていた。しかし我にとって試合の結果など如何でも良い事よ。それよりもジェクトの襲来を我は待っていた。すると夢のザナルカンドに有り得ぬ、小さな揺れを感じる。

 

「……災厄が訪れる」

「ああ、間違いない。『シン』だ」

 

 多数の爆音が鳴り響き、空気が震えた。物音の悲鳴と建物の崩れ落ちる音が、空気を伝って我に触れる。アーロンと名乗る物に運ばれ、容れ物は大きく揺れ動いた。水の流れる音も混じり、弱き種族の足音が跳ね、いくつもの鼓動が消える。無数の物音が混じり合う中で、金属の鼓動は上から下へ落ちた。

 

「あの高さから落ちても無事だったか」

「……我が息子は傷すら負わぬ」

 

「やはり、おまえの仕業か」

「……我の半神となれば必然よ」

 

 尊き神と呼ばれる者を低き種族が傷付ける事は叶わず、例外は神と交わり生まれた魔人とされる。我の中で混沌と混ぜ合わせ生まれた神性となれば、いずれ弱き種族の皮を捨て、高き種族へ至る。ジェクトの精より夢として生まれし我が息子は、夢を支配する力を世界に及ぼすであろう。

 

 

 

オレことアーロンは、ジェクトの息子と言葉を交わす。

怪しいと言う自覚はあるものの、ずいぶんと嫌われたものだ。

しかし、単にオレを嫌っているのではなく、母親を守ろうとしていた。

 

ジェクトの女と言葉を交わす。

その女はユウナレスカの義理の妹と明かした。

ユウナレスカと同じく、1000年の時を生きる亡霊だ。

 

ジェクトの妻となったのは偶然なのか。

全てを知った上で、ジェクトをスピラへ送り出したのか。

しかし、「ジェクトと共にスピラへ渡るつもりだった」と女は言う。

 

果てしなき魔王アザトースと女は名乗った。

エボン教の僧兵だったオレも、その名は知らない。

この体の不自由な幼子に、魔王と呼ばれるほどの力があるのか。

 

だが、オレは信じてみようと思った、

ジェクトの信じた、この女をオレも信じよう、

ジェクトから聞いた女との生活が、偽りだったとは思えなかった。

 

ジェクトの息子の成長をオレは見守る。

ジェクトの息子が小さい内は、まだ常識の範囲内だった。

しかし成長するに連れて、その異常が明らかなものとなる。

 

遊び気分で車を持ち上げる。

車に乗るよりも走った方が早い。

高所から落ちても怪我の1つすら負わない。

 

息子のみやげにジェクトがバカでかい大剣を選んだ時は、

「バカなんじゃないか」と思って片手剣をすすめたものだが……。

おそらくジェクトの息子に例の大剣を渡しても、軽々と振り回して見せるだろう。

 

他の住人はスピラの一般人と大して変わらない、

その中でジェクトの息子に限って、身体能力が飛び抜けていた。

ジェクトは天才と自慢していたが、そういう問題ではない。あれは天才ではなく異常だ。

 

ジェクトは非常識でも、異常ではなかった。

刃物で切られても傷を負わないなんて事はない。

ジェクトの息子が異常なのは、あの女の仕業だろう。

 

魔王アザトースという名は飾りではないか。

息子の試合へ通う様子を見れば、熱心な母親なのだがな……。

よく見れば試合中は常に気を張り、試合が終わると気を緩めていた。

 

父親といい、母親といい、

素直に「愛している」と言えない、愛情表現の苦手な夫婦らしい。

そういえば「付き合ってから10年待たせた」と、ジェクトも言っていたな。

 

成長したジェクトの息子がシュートを決める。

その光景を見ていると、オレの心を揺らす物を感じた

ジェクトの息子は立派すぎるほどに育って、ブリッツボールで活躍している。

 

オレの場所に居るべきなのは本来、ジェクトだった。

ジェクトは女と共に、息子の試合を観戦していた事だろう。

オレは過ぎ去った時間を思い、取り返しの付かない痛みを味わった。

 

ジェクトの息子は誰よりも強くなる。

出来る事ならば剣を持たせ、戦士として鍛え上げたい。

しかし、それはオレの我がままだ。オレの思いを押し付けているに過ぎない。

 

オレに次などない。

すでにオレは終わった存在だ。

オレに許されるのは、あいつらを見守る事だけだ。

 

新たな物語の担い手は、

次の世代に託されなければならない。

選ぶのはジェクトの息子やブラスカの娘で、オレではなかった。

 

いずれジェクトが息子を迎えにやってくる。

今のような平穏は破られ、ジェクトの息子の物語が始まる。

それまでは平和な夢の中で、ただの人間として生きるといい。

 

 

 

オレことティーダは母さんの世話をする。

母さんは目が見えないし、体が不自由で立って歩けない。

だからオヤジが居なくなってから、母さんの世話はオレの仕事だった。

 

アーロンには任せたくない。

オレが居ない間は、女性の知人が手伝ってくれる。

母さんも女の子なんだから、男性の手伝いはオレが断っていた。

 

オレは母さんの体を洗う。

服を脱がせ、その肌を素手で撫でた。

スポンジで擦ると、あとで赤くなるからな。

 

手に泡を付けて、上から順に洗って行く、

長く伸びた金毛を掻き分け、頭皮を洗った。

そんな母さんの髪に似て、オレも髪も金色だ。

 

これは染めている訳じゃない。

オレの髪色は母さんからの遺伝だ、

黒髪のオヤジに似なくて良かったと思う。

 

母さんの手足は細い。

割れ物を扱うように腕を洗う。

歳上と思えないほど、肌触りは良かった。

 

母さんの脇に手を入れて撫でる。

5歳で成長の止まっている母さんの胸は平たかった。

上から下まで大きさの変わらない腹回りを、撫で下ろして行く。

 

へこんだ下腹部を撫で、

平べったいおしりの割れ目を擦る。

鏡に映る母さんは、オレに身を預けていた。

 

純真で無垢な母さん。

まるで妖精のように幻想的で綺麗だ。

母さんの息子である事を、オレの誇りに思っている。

 

オレが居ないと母さんは生きて行けない。

そう考えると忙しくても、つらいなんて思わなかった。

正直に言うと、もうオヤジは帰って来なくていいと思っている。

 

オレは意地悪なオヤジが嫌いだった。

母さんを独占しているオヤジがうらやましかった。

オヤジが居なくなって、母さんと2人きりになって、今のままで良い。

 

母さんは成長しない。ずっと母さんは変わらない。

病気の母さんを言い訳にして、オレは恋人を作らなかった。

結婚なんて出来なくていいんだ。ずっと母さんと、このままで居たいから。

 

だけどオヤジが居なくなってから、

母さんは「オヤジが帰ってくる」と言っている。

母さんを海の底へ連れて行かれるような気がして、オレは嫌だった。

 

 

そんな母さんが「オレの試合に行きたい」と言った。

母さんは目が見えないから、ブリッツボールなんか分かんないだろうな。

だけど母さんがオレを「見てくれる」と思って、飛び上がるほどオレは嬉しかった。

 

おかげで試合は絶好調だ。

オレがシュートを決めて、オレのチームは攻めまくった。

これなら優勝も夢じゃないと思っていた時に……そんな時に限ってオレの夢は壊れた。

 

なにが起こったのか、よく分からない。

試合会場に爆弾でも仕掛けられていたのかと思ったくらいだ。

ザナルカンドのあっちこっちから煙が立ち上り、火で赤く染まっていた。

 

「母さん! 大丈夫か!?」

「……必然に過ぎぬ」

 

「アーロン! 早く逃げないと!」

「おまえを待っていた。行くぞ」

 

「どこ行くんだよ! そっちは危ないって! ちょっと待て、母さん置いてけよ!」

 

うっかりじゃ済まされないぞ。

アーロンのやつ、母さんを持ったまま行きやがった。

逃げる人波に逆らって、オレは慌ててアーロンの後を追う。

 

 

なんか時が止まったり、

幽霊みたいな子供と会ったり、

もーわけ分かんない事ばっかりだ。

 

『はじまるよ……泣かないで』

 

夢を見ているようだった。

とびっきりの悪夢にうなされる。

だけどオレの目は覚めてくれなかった。

 

 

「待てよ、アーロン!」

「見ろ」

 

立ち止まったアーロンから母さんを奪い取る。

そうして上を見ると、大きな水の塊が空に浮いていた。

その異様な光景を見たオレは、自然と母さんの小さな体を抱き寄せる。

 

「オレたちは『シン』と呼んでいた」

「……汝の父が帰ってきたのだ」

 

「母さん、あれは絶対にオヤジじゃないって……」

 

母さんは目が見えない。

だから何が起こっているのか分からないのだろう。

空に浮かんでいる不自然な水の塊だって、母さんには見えていないんだ。

 

水の塊から何かが飛び出る。

それはビルに突き刺さって、大きな輝く触手を広げた。

その開かれた内側から角張った魔物が飛び出し、オレとアーロンを取り囲む。

 

「使え」

 

アーロンが黒い大剣を差し出した。

刃が身長の半分ほどもある、幅の広い剣だ。

これって幅が広い分、アーロンの長剣よりも重いんじゃないか。

 

「ジェクトのみやげだ」

「オヤジの!?」

 

片手は母さんで塞がっている。

オレは大剣の柄を片手で掴み、魔物を薙ぎ払った。

昔から人並み以上の力はあったんだ。このくらいなら差し支えない、

 

「オーバーキルか……」

「……我の半神となれば必然よ」

 

邪魔な魔物を切り捨てる。

魔物の間を駆け抜けて、立体道路の上を進んだ。

角張った魔物の放ったトゲを、加速した大剣で切り払う。

 

飛んできた何かが落ちて、立体道路が大きく揺れた、

歪んだ道路に突き刺さった、大きな触手が発光して輝く。

それから角張った魔物が放たれて、オレたちの行き先を塞いだ。

 

「……奴は重力を用いて、我らの体力を削ぐであろう」

「え?」

 

片手に抱いていた母さんが、そんな事を言う

本当なのか、それとも妄言なのか、オレは判断に迷った。

すると重力魔法が展開され、オレとアーロンと、母さんに重圧がかかる。

 

「あのデカいやつ、生きてんの!?」

「『シン』のこけらだ」

 

さっきの魔法で、ごっそりと体力を削られた。

あの輝く触手の魔物が、この魔法を使ったのか。

こういう範囲攻撃は防げないから、母さんの体力が危ない。

 

「好き勝手あばれやがって!」

 

大剣を下から上へ斬りつける、

地面から光の柱が立ち昇り、触手の魔物を空へ吹っ飛ばした。

アーロンも長剣を道路に突き刺し、爆発を起こして他の魔物を片付ける。

 

「アーロン、逃げた方がいいって!」

「迎えが来ている」

 

「はあ?」

「……ここまで進めば、もはや退けぬ、上を見よ」

 

母さんの言葉に従う。

すると巨大な水球が空にあった。

明らかに、あっちからオレたちの方へ近付いて来ている、

 

その威圧感に圧されてオレは思わず、後退する。

だけど角張った魔物が飛来して、オレの逃げ道を埋めた。

オレは魔物を切り捨て、先に行ったアーロンと合流を図るしかなかった。

 

「ふん、手に負えんな。おい、あのタンクローリーを落とすぞ」

「なんで!?」

 

「面白い物を見せてやる」

 

立体道路の端に引っかかっていたタンクローリーを落とす。

すると、下から大きな爆炎が立ち上って、側にあった建物が傾いた。

そうして魔物ごと立体道路を押し潰した建物の上を、オレたちは駆け抜ける。

 

オレは立体道路の端に飛び乗った。

後ろを見れば建物が沈み、燃え上がる炎に呑まれて行く。

安心したせいか体を軽く感じて……体が浮き上がっている事に気付いた。

 

ここは巨大な水球の真下だ。

上を見れば、得体の知れない巨大なバケモノの口が開いている。

立体道路ごと浮き上がり、その波打つ巨大な肉塊に呑まれようとしていた。

 

「いいんだな?」

「……汝の父が我らを迎えにきた」

 

「母さん、これオヤジじゃないって!」

 

母さんは仕方ないとしても、

アーロンまで意味の分からない事を言っている。

その様子は肉塊に向かって語りかけているように見えた。

 

ダメだ、こいつ。

このままじゃバケモノに食われる。

アーロンを見捨てて、母さんと2人で逃げよう。

 

オレは瓦礫を掴み、逃げようと試みた。

だけどアーロンがオレの服を掴み、引き止める。

オレと母さんはアーロンと共に、肉塊へ引き寄せられた。

 

「おい! ふざけんなよ! アーロン、放せっての!」

「覚悟を決めろ……他の誰でもない。これは、おまえの物語だ」

 

波打つ巨大な肉塊に吸い込まれる。

オヤジのみやげと云う大剣を手放し、オレは母さんを両手で抱いた。

身を丸く屈め、小さな母さんの体を守る。その温もりを最後まで感じていた。

 

 

リンリンと鈴が鳴る。

母さんからもらった鈴だ。

オレと他人を区別するための大事な鈴だった。

 

リンリンと遠くから聞こえる。

オレの物じゃない鈴の音が響いている。

互いに呼び合っているようにリンリンと鳴っていた。

 

『……おい! おい!』

「オヤジ……?」

 

不気味なほど静かなザナルカンドの街で、

腕の中にいたはずの母さんは居なくなっていた。

そこで心配そうに呼びかけるオヤジの声を聞いた気がする。

 

暗い暗い闇の中、

太鼓と笛の音が冷たい台座に響き渡る。

かわいらしい金毛の幼子が、その中心で眠っていた。

 

『……汝の名は■■■■■■■■』

 

母さんの声が、よく聞こえない。

頭がボーッとして、なんだか眠くなって。

体が溶けて、いろんな人の声を聞いていた。

 

子供の頃のオレが見える、

だけど、そのオレは髪の色が違っていた、

母さんに似た綺麗な金色じゃなくて、薄汚れた茶色の髪の毛。

 

「おまえ……誰だ?」

『ここは、おまえなんかの来る所じゃない!』

 

夢を見た気がする。

誰もいない家で、ひとりぼっちになる夢。

母さんがオレを見てくれない、寂しい夢だった。

 

ひとりぼっちは嫌だった、

体を震わせ、冷たい息を吐く。

ずっと母さんに、側にいて欲しかった。

 

「母さん……どこに居るんだよ」

『……我が息子よ』

 

「——かあさんっ!」

 

母さんの声が聞こえた。

オレは必死で足掻き、闇の中に手を伸ばす。

その先にあった金色の輝きを掴み取って、オレは抱き寄せた。

 

オレを包んでいた闇が砕け散る

オレと母さんは海の中へ放り出された。

オレの物ではない鈴の音は、もう聞こえない。

 

もう二度と母さんから離れたくない。

魂を引き裂かれるような感覚を覚えていた。

だってオレは母さんから生まれた半身なのだから。


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