器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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1000年前のザナルカンドにて


【憑依】全盲幼女の予言者【FF10】

 ドンドンという重い音と、ピューピューという軽い音が、体の感じ取れない場所から入り交じる。穏やかな太鼓と魔笛の音色が、在りもしない現実に浸っていた虚ろを撫でた。その原始から生まれ出た音楽に有能な指揮者は居らず、一つの空間に纏まりのない無数の旋律が溢れている。安定した一定のテンポは欠落し、混沌となって一時の間もなく変化していた。

 

 ピューピュードンピュードンピューピュードンピュードンピュードン

 ドンドンピューピュードンピューピューピュードンドンドンドン

 ピュードンピューピュードンピュードンピューピュードンドンピュー

 ピュードンドンドンドンドンピュードンドンピュードンドン

 ピューピュードンドンピューピューピュ−ドンドンドンドンピュー

 ピューピューピューピュー

 

 底知れない眠りへ落ちるために、曲として形を成さない原始的な音の集合体を、絶え間なく浴び続ける。果てのない音楽を聞きながら、この身を深き闇へ沈めた。眠りの合間に意識が涌き上がるも、混沌とした音色によって弾けて消える。闇の衣を纏う間に何度も身を揺らし、惑わせる夜の長さを噛み締めていた。

 

「……?」

 

 その音が途絶える。

 

「……うむ?」

 

 不思議に思って耳を澄まし、寝ぼけた手つきで楽士を探す。しかし、長き夜を支えていた音楽プレイヤーは、跡形もなく姿を失っていた。まさか身動きした際に寝台から蹴っ飛ばしてしまったのか。この身を預けた寝台の下に、また無惨な有り様を晒しているのか。我の悪意なき暴力によって、これまでに失われたプレイヤーの数は知れなかった。

 

「おお、偉大なる神よ……!」

 

 聞き知れぬ物音が耳に障り、不快を覚える。記憶に無き物が、すぐ側に存在する事を示していた。異物を拒絶するも、それに用いる感覚の一部が欠けていると知る。我は警戒を高め、その方に身構えた。この身を貶めるなど、単なる物の力では及ばぬ。高鳴る心臓を抑え、近き音を耳で拾った。すると我を取り囲む、いくつもの鼓動が聞こえる。

 

「……なぬ?」

「私の名はエボンと申します。このザナルカンドを治める者です」

 

「……ふむ」

「恐るべき神よ。あなた様の御名はアザトースでしょうか?」

 

「……異なる」

 

 この物音は迷惑な事に、探し求めるべき者を見誤ったか。エボン……ザナルカンド……記憶の彼方で聞いた覚えのある言葉だった。我の前にある物音はエボンと言うらしい。名を贈られたのならば、こちらも我が名の一片を教えてやろう。尊き我が名を、その胸に刻むと良い。

 

「……■■」

 

「きええええええ!」

「ぴぎゃああああああ!」

「ほあっ! ほあっ! ああっ!」

 

 狂おしき声が我を包み、ビチャビチャと肉塊が跳ねる。我を取り囲んでいた鼓動が、最も近き1つを残して消えた。我が名を示す2つの短き音であっても、単なる物では耐え切れぬか。このエボンと名乗った物も、その鼓動を止めている。呆れた事に、あと10も数えぬ内に息絶えるに違いない。

 

「……いかにするか」

 

 間もなく鼓動は消え去り、我の声に触れる物はない。この眩められた身では、大いなる力を振るえぬ。どうやら低き種族の1つに、我の意識は繋がっているようだ。憎き者に奪われた知性を取り戻した訳ではなく、この低き種族の脳にて我は思い浮かべている。力を振るえぬのは、この容れ物を壊さぬためか。しかし低き種族の知性など痴れたものよ。不自由なものだ。

 

「……うむ?」

 

 鼓動が1つ、この地に戻る。さきほど息絶えた物が、その命を取り戻した。この物が低き種族の身で成したとしても、それは取るに値しない現象に過ぎぬ。高き肉体に依る力ではなく、神秘の技で不足を補っている。死より這い出た鼓動は一つで、他の消えた鼓動に変化は起こらなかった。

 

「……他の物は?」

「ゴホゴホ……」

 

「……答えよ」

「申し訳ありません……王の御名を受け止めるに足らず、精神が朽ちてしまったのでしょう」

 

 低き種族としても、我を呼び出した程度の精神力はあるか。しかし我の名を聞く器もない有り様で、我を眩めようなど過ぎた行いだ。せめて我が名に耐えうる精神力を宿していなければ話にならぬ。早々に混沌の台座へ戻り、無限の時を過ごすべきか。我が目覚めれば、この下らぬ夢も弾けて消えるだろう。

 

「貴方様の名は私たちにとって畏れ多いものです。先の賢者に習い、仮の名としてアザトースと呼ぶ事を御許しください」

「……構わぬ」

 

「恐るべき王アザトースよ。まずは汚れなき部屋へ御案内します。どうぞ、貴方様に触れる事を御許しください」

「……許さぬ」

 

「申し訳ありません。身に過ぎた事を申し出ました」

「……先を行くがいい」

 

 我の身に触れるなど思い上がっているのか。単なる鼓動を追って、我は足を前に進める。空間を越える事すら出来ず、空を飛ぶ事すら出来ず、わざわざ不格好な2本の足で歩かねばならぬ。しかし、ちょっとした段差に引っかかり、冷たくも滑らかな大地に我は倒れ伏した……これは大地ではないな、低き種族の作った床だ。それをペタペタと手で叩く。

 

「……むぅ」

「お怪我はありませんか!? 御体を確かめましょう!」

 

「……黙るがいい」

「申し訳ありません。王の御体が心配な余り、我を失ってしまいました」

 

「……我を運ぶのだ」

「大変うれしく思い、お受けいたします。御体に触る無礼をお許しください」

 

「……許す」

「それでは失礼いたします」

 

 低き種族の手を借りねば、この身は自在に動けぬ。この容れ物の弱き手で、闇を探れば歩けぬ訳ではないとしても、地を這うに等しく面倒だ。そもそも、なぜ我が単なる物の後を追い、遅々として歩く必要があるのか。エボンと名乗った物に、この容れ物を運ばせた方が早かった。このように叩けば容易に割れる容れ物ではなく、高き種族の容れ物を我は欲する。

 

「……もろい」

「アザトース様、御体に傷が!? 申し訳ありません、すぐに治療いたします」

 

「……うむ」

「それでは御体にケアルを、お掛けいたします」

 

 神秘が容れ物を包み、薄く裂けた肌を塞ぐ。エボンと名乗った物は、さきほど魔法と表したか。「エボン=ジュ」「ザナルカンド」「魔法」「ケアル」……数少ない断片によって浮かび上がるは既知の夢か。かつて見た夢に違いない。知性を失った我が身の内から、湧き出た幻の1つに過ぎなかった。

 

 

 

私ことエボンは歓喜する。

我が国を救うために私は、禁じられた秘術に手をかけた。

悪しき夢を見るという幼子を用いて、人知を越えた魔王の夢を召喚する。

 

召喚術とは、祈り子の夢を具現化する術だ。

召喚市に必要とされるのは、祈り子と交感する能力だった。

その力を用いて、旧神によって知性を奪われた魔王の夢を具現化する。

 

さすがに魔王の本体を召喚しようなど夢にも思わない。

大いなる存在にとって、あまりにも弱い人という生き物は砂漠の砂粒だ。

魔王の名を2音聞いただけで、共に儀式を行った皆は帰らぬ者となってしまった。

 

問題は、ここからだ。

魔王と交感を深め、底知れない夢を引き出す。

犠牲なった皆のためにも、私は役割を果たさなければならなかった。

 

「……エボン」

「はい、偉大なる王アザトースよ」

 

「……おまえは『■■』となる」

「ぎゃああああああ!?」

 

魔王の言葉に肉体と精神と魂が汚染される。

このままでは肉体よりも先に私の精神が朽ち果てるだろう。

意味を理解できない■■という単語が、魔王の口から狂気の波となって放たれていた。

 

「……耐え切れぬか」

「申し訳ありません、アザトース様」

 

「……小さき汝は重き鎧を身に纏い、災厄となって■■■に衰退をもたらす」

「ぴぎゃああああああ!?」

 

「……これでも耐え切れぬか」

「申し訳ありません、アザトース様」

 

やはり人は小さき者だ。

魔王と言葉を交わす内に、私は世界の果てに気付かされた。

これまで美しいと思っていた風景が、魔王の言葉を受ければ汚れた泥に感じられる。

 

「……小さき汝は重き鎧を身に纏い、災厄となって世界に衰退をもたらす」

「アザトース様、それは……」

 

「……既知の未来に過ぎぬ」

 

魔王の言葉は、我らにとって予言だった。

大いなる魔王にとって、この世は既知の物だ。

その知識を授かろうと思っても、人の身では耐え切れない。

 

「アザトース様。もし宜しければ、ザナルカンドの行く末を授けていただけないでしょうか」

「……構わぬ」

 

「小さき我らに対する、アザトース様の慈悲に感謝いたします」

「……小さき汝は民を導き、古き都を夢見る。知性なき獣となって古き都を守り続けるだろう」

 

ザナルカンドの滅びは避けられない。

しかし、私の召喚する永遠のザナルカンドへ、私は民を導くという。

民に幸福な夢を見せ、その夢を守るために私は、一人で戦い続けるのだ。

 

それも良いだろう。

民を守るためならば、人としての形を失っても構わない。

知性なき獣となって、我らの敵を討ち果たし、ザナルカンドを永遠の物とする。

 

しかし魔王が目覚める時、この世界は泡となって消えるだろう。

このスピラという世界は、まどろむ魔王の見る一時の夢に過ぎない。

魔王に永遠の夢を見せる事が、ザナルカンドと世界の存続に繋がるのだ。

 

 

 

私ことユウナレスカは思い悩む。

我が父エボンは、何かに取り憑かれているのか。

その異変が起こり始めたのは父が、ある書物と鍵を手に入れてからだった。

 

「獣の皮で作られた書物」と「大きな銀の鍵」。

それを父が手にして1つの月が経った頃、人が消え始めた。

ザナルカンドの統治者である父の周りで人が消え、不審な噂が流れる。

 

エボンは民を用いて実験を行っているとか。

エボンは怪しげな異教に没頭しているとか。

エボンは新たな召還術を開発しているとか。

 

それらを噂だからと言って軽視はできない。

我が国はベベルと戦争中であり、統治者に対する不審は存亡に関わる。

銃器の他に主戦力として召還術を用いる我らは、ベベルの攻勢に押されていた。

 

それに私ことユウナレスカにも覚えがある。

夜に輝く街灯の下、一人で歩く父を見た時の事だった。

父に声を掛けようとした私は、その影が歪んでいる事に気付いた。

 

あれは人の影ではなかった。

鋭い体毛を生やした獣の影だった。

魔物が父に化けているのかと私は疑った。

 

もしかすると、見間違いだったのかも知れない。

しかし、おぞましい獣の影が、私の目に焼き付いて離れなかった。

我が夫ゼイオンと恐怖を分かち合わなければ、私は不安で潰れていただろう。

 

 

不気味だった。

そんな父から私は距離を取る。

後から思えば、その選択は誤りだった。

 

 

ある時、信じられない話を聞いた。

体の不自由な幼子を、父が引き取ったらしい。

その後、幼子は養女として家族に入り、私の義妹になったとか。

 

娘である私に何の相談もなく、なにを考えているのか。

父の下へ走った私は、金毛の幼女を姫のように扱う様を目にする。

改装された豪華な部屋で、歩く事すらできない盲目の幼女を、父が飼っていた。

 

「父よ……これは如何いう事か!? 見損なったぞ!」

「アザトース様の前で、騒がしい声を上げてはならん……どうしたのだ、ユウナレスカよ」

 

「アザトース様……? 父よ、それは、この幼子の名前か」

「王の名を呼ぶなど人の身に過ぎた行いだ。故にアザトース様と御呼びしている」

 

しばらく見ない間に、父の言動は狂っていた。

アザトースという訳の分からない名前で、金毛の幼女を王と崇めている。

父の歪んだ笑みは、出来の悪い芝居を見ているようで、私は気分が悪くなった。

 

このような父に、幼子を任せておけるものか。

寝台で横になっている幼子の体を、私は抱き上げる。

年齢は5歳ほどか。人形のように短い手足と寝ぼけた顔に、愛おしさを覚えた。

 

「父よ、この子は私が育てます。とても今の父上は、正気とは思えません」

「そうか……残念だが、それは助かる。ユウナレスカならば私も安心できる。こちらの準備が出来たら迎えに行こう」

 

「……なんの準備でしょうか? この子を使って何をする気なのですか?」

「私はスピラを、この世界を、救うのだ。この世界は不気味な泡に過ぎないと、おまえも悟る日が来るだろう」

 

父の言葉の意味は分からなかった。

しかし、良くない事を考えているに違いない。

ザナルカンドの統治者が、こんな有り様と知られたら如何なるか。

 

「幼き子よ、名は何と言う」

「……アザトースと呼ぶがいい」

 

「それ以前の名だ。本当の名を憶えているか?」

「……単なる物では耐え切れぬ」

 

子供らしくない、落ち着いた口調だ。

そんな幼子の言動に、私は頭痛を覚える。

いったい父は、この子に何を教え込んだのか。

 

幼子の思想を正しく改めなければならない。

普通の人として生きて行けるように、この子を私が導くのだ。

とりあえず役所へ行って、アザトースという似合わない名は改めよう。

 

「おまえをレスカと呼ぼう」

「……構わぬ」

 

私ことユウナレスカの名から取った。

父のせいで口調が尊大になっているものの、元は素直な子らしい。

さっそく私は夫であるゼイオンに、体の不自由なレスカを引き取った事を伝えた。

 

「レスカよ。おまえは、どのような物を食べたい?」

「……何でも構わぬ」

 

そう言うレスカは、

子供の嫌うような物も平気で食べる。

食べ物の好き嫌いが無いのは良いが、感情の色が少なすぎて心配だ。

 

戸籍の上でレスカは、私の義妹となる。

しかし、幼いレスカを娘のように私は感じていた。

このままレスカを本当の娘として育てるのも良いと思っていた。

 

その日、父に対する反逆を、私は決意する。

しかし、敵国のベベルによって、我が国は侵されつつあった。

統治者の娘であり、優れた召還士でもある私は、戦場に出る責務があった。

 

 

 

 ザナルカンドの統治者であるエボン、その娘ユウナレスカ、ユウナレスカの夫であるゼイオン……我に触れた音を覚えるのは容易いが、まるで物音の区別がつかぬ。我にとっては低き種族は、単なる鼓動に過ぎなかった。我の世話をする物は、数知れぬ物でも構わぬし、大した違いはない。容れ物を休める場所が変わっても、偽りの名がレスカと改められても、我にとっては小さな事だった。

 

「ごめんなさい、レスカ。貴方を置いて行く事を許してね」

「……構わぬ」

 

 この容れ物の世話をする物が在れば、どれであろうと構わぬ。2つの鼓動が我から離れ、山の向こうにある戦場へ向かう。話の流れから察するにユウナレスカと、その夫ゼイオンだろう。すると1つの鼓動が我の下を訪れ、寝台で横になっていた容れ物を連れ去った。

 

「……なにか?」

「エボンでございます。王を永遠の物とする準備が整ったので、お迎えに参りました」

 

 い〜え〜 ゆ〜い〜

 の~ぼ~ め~の~

 れ~ん  み~り~

 よ~じゅ~よ~ご~

 

 は~さ~

 て~か~

 な~え~

 く~た~ま~え~

 

 その子守唄によって、我は果てなき眠りへ誘われる。エボンによって、夢のザナルカンドが召喚された。低き種族は魂を石像に封じ、その夢をエボンが召喚する。我は低き種族の容れ物に束縛されたまま、夢のザナルカンドへ封じられた。混沌の夢の中で、また夢を見るとは果てしない。夢の終わりは、時の彼方に移り変わった。

 

 

 

私ことユウナレスカは、危機感を覚える。

ガガゼト山の端まで、ベベルの軍は迫っていた。

このガガゼト山を突破されれば、すぐにザナルカンドだ。

 

召喚士は小規模な戦いを繰り返し、召喚獣の力を溜める。

そうして解き放った力は強大だが、長期戦には向いていなかった。

追い詰められてダメージは積み重なり、戦闘不能になる者が増える、

 

私は状態異常を引き起こす事に長けている。

魔法を用いて混乱を引き起こし、敵に同士討ちをさせていた。

しかし状態異常を防ぐ装備品を身に付けた部隊が、私の魔法を阻む。

 

これまでかと思った。

我が夫ゼイオンと共に戦場から後退する。

ザナルカンドを守る自然の防壁が、突破されようとしていた。

 

戦場に無数の幻光虫が舞う。

幻光虫は魂のような生命エネルギーと考えられていた。

空中で行き先に迷っていた発光体が、奇妙な動きを見せ始める。

 

見ると幻光虫は、山の向こうへ流れていた。

死を思い起こさせる七色の帯が、険しい山肌を登って行く。

風の向きも変わり、戦場から退く我らの背中を押していた。

 

「ユウナレスカよ……これは自然の現象ではないな。魔法による技か」

「ああ、ゼイオンよ。我が父の仕業だろう。しかし、いくら優れた重力魔法の使い手とは言え、これほどの広い範囲に影響を及ぼす事は出来ないはずだ」

 

「まあ、そうだろうな……とっておきの最終兵器という可能性はないのか?」

「守るべきザナルカンドごと自滅する"最終兵器"でない事を私は祈るよ」

 

重力が逆転し、空が歪む。

山の向こうから、災厄の存在が姿を見せた。

大量の幻光虫で身を包み、巨体が空を飛んでいる。

 

そこから光が放たれた。

人の身に過ぎた重力波が、ベベルの軍ごと大地を捻り潰す。

それは「根こそぎ」としか言えない破壊力で、豊かな自然を消滅させた。

 

凄まじい威力だ。

その攻撃が敵に向いていれば頼もしい。

しかし友軍に対しても、その光は降り注いだ。

 

「まずいぞ、ユウナレスカ! あれには見境がない!」

「知性なき獣に成り下がって、ついに人間を辞めたか、エボン!」

 

地上から空へ、ベベルの軍から砲撃が放たれる。

しかし巨体を包む重力の壁に、その弾丸は捕らえられた。

お返しに閃光が降り注ぎ、圧倒的な力で敵国ベベルの軍を踏みにじって行く。

 

人知を越えた魔の代償として人間性を捧げたか。

あれに敵と味方の区別はなく、生きるもの全てを標的としていた。

我らは危険と知りながら、巨大な魔物の下を潜らなければならなかった。

 

重力魔法によって大地が引き裂かれる。

千切れた大地が浮かび、空に異様な光景を形作っていた。

重力に捕らわれれば逃れる方法はなく、人々は巨体に吸い込まれて潰される。

 

 

私とゼイオンはザナルカンドへ帰り着く。

あの地獄から何人が生き延びたのかも分からない。

少なくとも、私とゼイオンの率いる兵の他に、人の姿はなかった。

 

ザナルカンドは壊滅していた。

あの魔物が現れた後、真っ先に標的となったのは明らかだ。

瓦礫の山となって、どこが道路だったのかも分からない有り様だった。

 

「なんと愚かな事を……! 敵を滅ぼすために、民を犠牲にするなど……!」

「足を止めている場合ではない。まだ生きている者がいる! 少しでも多くの民を救わなければならない!」

 

「そうだな……すまない、ゼイオン。私が民を救わなければ……!」

「ユウナレスカ、おまえは一人ではない。オレが側に居て、おまえを支える!」

 

しかし、人が見当たらない。

生きている者も死んでいる者も存在しなかった。

おそろしく街は静かで、瓦礫の崩れ落ちる音が響く。

 

人が死ねば幻光虫が生まれる。

無念の思いが寄り集って魔物と化すのだ。

それらを異界へ送るのも、召喚士の務めだった。

 

しかし、その幻光虫も見当たらない。

荒れ果てたザナルカンドは空虚だった。

言い知れない不安が、私の胸を締め付ける。

 

「どこかへ避難しているのか? たとえば海から船で避難していた?」

「我らが戦場へ出ている間に、いったい何があったと言うのだ」

 

寒気を覚えるほどに不気味だ。

まるで突然、跡形もなく人が消失してしまったかのようだ。

万を越える数の民を、いったい如何やって、どこへ避難させたと言うのか。

 

結局、消えた人々を見つける事は叶わなかった。

すぐに敵国ベベルに情報収集として、我が国の使者を送る。

すると月の半分をかけて戻ってきた使者は、ベベルの壊滅を知らせた。

 

ザナルカンドはスピラの北にある。

エボンは南下して、スピラに存在する国家を次々に壊滅させていた。

ザナルカンドの敵国であったベベルに限らず、この世界の全てを滅ぼそうとしている。

 

義理の妹であるレスカも見つからなかった。

崩れ落ちた家の中から、死体は見つからなかった。

私はレスカを失い、我が子を失ったかのように、嘆き苦しむ。

 

 

「ゼイオン……私はエボンを、もはや父とは呼ばん……!」

 

 

私はエボン=ジュを倒す。

あれは私の罪だ。私が倒さなければならない。

決死の覚悟を胸に、私はゼイオンと共に、私の『シン』を追った。

 

外道を倒すために、正しき業を用いる。

私はゼイオンを用いて「愛の究極召喚」を発動させた。

召喚に必要な条件は心を一つにする事だ。我が夫ゼイオンの代わりには誰もなれない。

 

無数の幻光虫を寄り集め、『シン』は鎧を形作っていた。

その分厚い鎧よりも堅牢なのは、重力波による鉄壁の防御だ。

しかし、この私「ユウナレスカの究極召喚獣」は、その上を行く。

 

ゼイオンと一心同体となり、『シン』を消滅させた。

重力波の装甲を破り、跡形もなく消滅させたはずだった。

しかし、エボン=ジュは虫のような足を幾つも体から生やし、空中に浮かんでいる。

 

『どういう事だ……! 奴は幻とでも言うのか!?』

 

エボン=ジュが我らの中に飛び込んでくる。

ゼイオンと繋がっていた私は、無理矢理に引き剥がされた。

私の居た位置にエボン=ジュが成り代わり、強引に引き剥がされた私は絶命する。

 

奴は私の「ユウナレスカの究極召喚獣」を乗っ取るつもりだ。

究極召喚獣を元に、新たな『シン』を形作るつもりなのだろう。

しかし究極召喚獣は一心同体だ。ゼイオンの意思がエボン=ジュに従うものか。

 

『まだ……私は死ねぬ……! 『シン』を討ち果たす、その時まで……!』

 

私の体から幻光虫が剥がれ落ちる。

強力な意思の力で、その幻光虫を掻き集めた。

滅んだ肉体の代わりに、幻光虫で容れ物を形作る。

 

たしかに私は死んだ。

しかし幻光体となって死に長らえている。

死人であるにも拘らず、生きている振りをしていた。

 

それでも私が『シン』を倒さなければならない。

しかし私は二度と、シンを討ち果たす究極召喚は使えない。

絆の力で発現する究極召喚の性質上、結べる相手は1人に限られていた。

 

世界各地に寺院を建て、祈り子の像を配置する。

「召喚士」は過酷な旅の中で「ガード」と心を通わせる。

そうして、より強い究極召喚を扱える、優れた召喚士を育てるのだ。

 

いつか『シン』を倒す者が現れる。

そう信じて私は、北の最果てで希望を待っていた。

やがて100年が過ぎ、200年が過ぎ、さらに500年が過ぎ……

 

 

……あれから1000年が過ぎた。

繰り返される戦いの内で『シン』の研究も進み、分かった事は絶望だ。

召喚獣に寄生するエボン=ジュを倒すためには、全ての召喚獣を封じる必要があった。

 

その召喚獣たちの大半が、エボン=ジュの味方だ。

現実に無関心で、夢のザナルカンドへ遊びに行く者すらいる。

そして彼らの遊び場である「夢のザナルカンド」の召喚者はエボン=ジュだった。

 

召喚獣の元となる祈り子の像は、エボン=ジュと同じように破壊できない。

ガガゼト山で発見された「夢のザナルカンド」の祈り子たちも壊せなかった。

エボン=ジュの策は1000年前に成っていたのだ。あまりにも私は遅すぎた。

 

エボン=ジュと祈り子の像は、悪しき力で守られている。

絆の力で発現する究極召喚で『シン』を討ち果たす事は叶わない。

「召喚士」と「心を通わせた相手」、その2つの命を奪う邪法に成り下がった。

 

唯一の救いは究極召喚獣を乗っ取り

『シン』を形作るまでの休眠期間が数年ほど存在する事か。

その時間は人々にとって希望となる。『シン』が終わらないと言う絶望を跳ね退ける。

 

しかし、もしも私が死ねば、究極召喚は失われる。

私の代わりに究極召喚を伝承する後継者を作らなければならなかった。

私は円いドームを建て、それをエボン=ドームと名付け、後継者の育成を行っていた。

 

召喚士の中には仲間を失い、

あるいは単独で私の下に辿り着いた強者もいた。

その人々を究極召喚の伝承者として、私は育成する。

 

しかし、私の後継者は長く続かなかった。

寿命で息絶えたのち、死人になれなかった者もいる。

死人となった者も100年すら経たない間に、やはり異界へ去って行った。

 

強い心残りによって、生者は死人となり、現世に留まる。

死人が現世を去るのは再び殺された時か、あるいは未練が消えた時だ。

過酷な旅を乗り越えた死人が、どうして私の下を去って行くのか分からなかった。

 

「なぜだ! なぜ消える! 究極召喚を伝承する者が居なければ、『シン』を倒す手段はなくなる! そんな事は分かっているだろう!」

「無理なのです! この最果ての地で、いつ来るのかも分からない召喚士を待ち続け、死ぬと分かっている究極召喚を召喚士に授け……なによりも『シン』が不滅の存在と知った上で終わりの見えない永遠の時間を過ごすなど、私にはできない!」

 

「諦めるな! スピラの希望を我らが支えるのだ! 私の亡き後、いったい誰が究極召喚を伝えると言うのだ!」

「ユウナレスカ様! 貴方の代わりなどいない! 貴方以外の何者にも、貴方の代わりは務まらないのです!」

 

そうして私は、また独りになった。

どうして人は私のように、絶望に耐える事ができないのか。

絶望を知りながら、それに立ち向かって生きる事は、それほど難しいのか。

 

あるいは私が、すでに人から逸脱しているのだろう。

気付けば髪の毛の先に、おぞましい人の顔が生え、呪いの言葉を吐いていた。

呼吸をするように死の魔法を用いて、真実を知って絶望したガードへ慈悲を与える。

 

もはや私は、人に戻れない。

私の罪によってゼイオンが『シン』となり、

私の授けた究極召喚によってゼイオンが葬り去られた時から、

 

 

——きっと、わたしはバケモノになっていた。

 

 

かつてザナルカンドのあった北の最果てで、私は究極召喚を授け続ける。

また堅い絆で結ばれた召喚士とガードが、『シン』を倒すために私の下を訪れた。

そのガードの1人に抱かれた盲目の幼子を見て、私は目を疑う。死人なのかと疑った。

 

「レスカ……?」

 

1000年の時を越えて、私と幼子は再会した。

1000年の時を越えて、最後の物語が回り始める。

スピラを巡る死の螺旋、その続きに——終わったと思っていた私の物語があった。




▼『ノイチ』さんからメッセージを貰って『エボン=ジュのジュは呪という意味で、シンの核になってから』と教えてもらったので「エボン=ジュ」となっていた部分を修正しました。
おかげで「私はエボンを、もはや父とは呼ばん」から「私はエボン=ジュを倒す」の変化の流れがグレードアップしています。
なんと素晴らしい。ありがとう! ありがとう!

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