器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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【登場人物】
ルシオラ(GS美神) 
マオ(コードギアス)
六道冥子(GS美神)


能力シャッフル・ロワ 『沈黙 の マオ』

ルシオラは兵器だった。

魔王の道具として作り出され、魔王に従属していた。

1年しか生きられない代わりに、上級魔族に等しい力を持っていた。

 

それは過去の話だ。

ルシオラは魔王の呪縛から解き放たれた。

そこまでルシオラを導いたのは、横島忠夫という男だった。

 

ルシオラは恋をした。

魔族が人間に恋をしていた。

短い時間だったけれど、横島忠夫と共に過ごした。

 

しかし、その横島忠夫が死に瀕する。

ルシオラは自身の一部を分け与えて、横島忠夫を補った。

その結果ルシオラは消滅し、次に目覚めると暗い夜の世界にいた。

 

そこはルシオラが見た事のない場所だった。

小さな机と椅子が大量に並べられている狭い部屋だ。

その椅子の一つに、ルシオラは座っている。座っている自分に気が付いた。

 

いつの間に座っていたのか。

目が覚めた時には座っていた。

記憶を飛ばされたような違和感を覚える。

 

「生き残った参加者に蘇生の機会ね……」

 

「説明」を思い出す。

いいや、この表現は正しくなかった。

ルシオラは初めて、「説明」を確認する。

 

いつの間にか「説明」は、ルシオラの一部になっていた。

このプログラムの「目的・首輪の役割・参加者・能力」を、ルシオラは知っている。

誰かから聞いた訳でもなく、何かで見た訳でもないのに、その体に植え込まれていた。

 

「戦って、勝ち抜いて、最後の一人になっても……ヨコシマが死んじゃったら意味ないじゃない」

 

ここには横島忠夫もいる。

その時点でルシオラに勝ち抜く意思はなくなった。

どうにかして横島忠夫と共に、生還しなければならない。

 

そう、生還だ。

「説明」によると、参加者は死んでいる。

ここにある体は幽霊のような物で、生きていた頃の肉体ではなかった。

 

しかし、ルシオラは魔族だ。

生前から「幽体が皮を被っているようなもの」だった。

今の状態は死んでいると言えず、生前と大して変わらない。

 

違いがあるとすれば、首輪だ。

「説明」によると、この首輪を外すと霊体を保てなくなる。

魔族である自分も霊体を保てなくなるのか、ルシオラは興味があった。

 

もしも、そうであるとすれば、

霊体を保てない理由があるはずだ。

霊体の維持を阻害する何かが、この場所に存在するに違いない。

 

首輪を外した場合の調査も必要だが、

この生温かい首輪の仕組みを調べることも重要だ。

首輪の温度が高いのではなく、逆にルシオラの体温が低いという可能性もある。

 

( 早くヨコシマを探しに行きましょう。体調はいいわ。ヨコシマに与えて失った霊其構造も、どういう訳か元に戻っている。そんなに簡単な事じゃないんだけど…・・・こんな事ができる物を私は知っている。私を造ったアシュ様が作り出したコスモプロセッサ。あれを使えば、「霊基構造を与えて消滅寸前な世界の私の意思」を、「魔王の呪縛に囚われた世界の私の体」へ移す事もできるでしょうね。

 おかげで以前の力を取り戻したけど……アシュ様の仕掛けた「10の指令」も有効になっている。今の私は人間との行為が制限されているわ。これじゃヨコシマとイチャイチャできないじゃない……! )

 

問題だ、大問題だ。

せっかく横島忠夫と再会できるのに、それはない。

「おのれアシュ様め……!」とルシオラは、見当違いの相手に怒りを向けた。

 

「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」

 

突然、爆音のような泣き声が聞こえる。

何事かと思って窓から外を覗いて見ると、真っ暗だ。

校内の何処かから、子供のような女性の泣き声が聞こえていた。

 

他の参加者がルシオラの近くにいる。

あれだけ大きな声で泣いていれば、危険な参加者も集まるだろう。

そんな事も分からない参加者を助ければ、余計な厄介事を抱える事になる。

 

ルシオラは移動を始める。

泣き声が聞こえる方向ではなく、その反対側だ。泣き声が遠ざかっていく。

月明かりに照らされている外と違って校舎の中は暗く、ルシオラは歩きにくかった。

 

その途中で窓がガタガタと震える。

外の風は強いのか、とルシオラは思った。一瞬だけ思って、否定した。

すぐにガタガタと言う音は大きくなり、耐え切れなくなった窓ガラスが割れる。

 

室内に暴風が吹き込んだ。

ガラスの破片が、いくつもの刃となってルシオラを襲う。

ルシオラはレーザービームもとい霊波砲を打っ放し、その小さな刃を吹き飛ばした。

 

霊波砲は壁に大穴を開け、外にある他の建物に打ち当たる。

それでも風は治まらず、開いた大穴から室内に吹き込み続けた。

そのままルシオラの周囲で渦を巻き、外から運び込んだ砂粒や木片を撒き散らす。

 

「これは、攻撃されている……!?」

 

パリン、パリン、パリン

と次々に廊下の窓ガラスが割れていく。

さらに風は勢いを増し、壁をギシギシと軋ませ始めた。

 

恐るべき速度で、風は勢いを増す。

風圧によって、校舎の壁が破裂するように打ち崩された、

窓ガラスを割るように壁は次々に弾け、校舎は丸裸になっていく。

 

薄い木の壁ではない。

厚いコンクリートの壁だ。

その風の勢いは凄まじい物だった。

 

暴風の中、飛来する鉄骨を叩き割る。

この程度で死ぬほど、今のルシオラは弱くない。

自身の体に絡み付いて動きを阻害する暴風を、霊波を放出する事で跳ね除けていた。

 

( 私を狙っているんじゃないわ。これは、この建物を対象とした無差別攻撃! 建物の中にいる参加者を殺すために、こんな馬鹿げた事をする奴がいるなんて……! もしも、こんな事をする奴に、ヨコシマを狙われたら大変だわ。ヨコシマが襲われる前に、危険な奴は倒せる内に倒しておかなくちゃ。こんな事をする参加者は、放っておけない! )

 

黒い竜巻が立ち昇る。

もはや校舎は跡形もなかった。

風が大地を抉り、空へ巻き上げていく。

 

 

そんな破壊を引き起こした参加者は、嵐の中心にいた。

薄い水の層で自身を覆い、高速で飛来する破片を防いでいる。

それは水を用いているのではなく、圧縮された空気が液化した結果だった。

 

その体表面で、2種の魔術文字が輝いている。

1つは校舎ごと参加者を破壊し、1つは身を守るための物だった。

片方は圧力を変化させて暴風を引き起こし、片方は圧力を掛けて空気の層を作り出した。

 

魔術文字を介して圧力を操作する。しかし、それだけではない。

この特殊能力は体内に刻まれた魔術文字をなぞる事で、様々な現象を発現させる。

混血の魔術師を殺すために作られた、キリング・ドールが所有していた特殊能力だった。

 

混血の魔術師が扱う音声魔術では、

実現できないほどの影響範囲を有する。

水の中だろうと壁の中だろうと関係ない。

 

これを『沈黙魔術』という。

魔術文字を媒介にして発動する。

現在の所持者は、マオという青年だ。

 

「アハハ! こいつは凄いや! 僕のギアスなんかより、よっぽど役に立つ! これさえあれば何だってできる! 待っていてよ、C.C.! 今度こそ連れて行ってあげるから!」

 

マオは楽しそうだ。

破壊の渦の中心で笑っていた。

その声は空気の層に阻まれ、外に通っていない。

 

話をしよう。

それは彼の話だ。

魔女に踊らされた哀れな男の話だ。

 

C.C.という不老不死の魔女がいた。

魔女は「他人の思考を聞き取るギアス」をマオに与える。

その力を手にしたマオは、他人の真意を聞き取れるようになった。

 

他人の本音を知ったマオは、他人に失望する。

しかし能力を与えたC.C.にギアスは通じなかった。

C.C.の真意を聞き取れないマオは、知らないからこそ期待する。

 

マオは期待していた。

C.C.も自分を愛してくれていると期待していた。

最後の時まで、C.C.の愛を疑わなかった。疑えなかった。

 

そしてマオは捨てられる。

姿を消したC.C.を探し、マオは旅を始めた。

何度かC.C.を見つけたけれど、何度も逃げられてしまう。

 

そこでマオは思った。

「なぜC.C.は僕から逃げるのだろうか?」

C.C.の真意を聞き取れないマオは、嫌われていると思っていなかった。

 

思っていないだけで、知ってはいる。

もはやC.C.は、自分の側に居てくれないと分かっていた。

それを「C.C.の真意は聞き取れない」と思って、誤魔化していた。

 

マオの中のC.C.は、マオに笑いかける。

本当のC.C.は、マオに笑いかけてくれない。

その矛盾を解消する事ができず、マオの心は破綻した。

 

「C.C.は僕の事が好きだ」

「でも、体が言う事を聞かない」

だからマオは、C.C.の手足を切り落とす事にした。

 

C.C.を誘拐し、チェーンソーを取り出す。

しかし、魔女の僕(しもべ)がマオの邪魔をした。

マオは全身を銃弾に貫かれ、気が付くと、ここにいた。

 

『他人の思考を聞き取るギアス』は取り上げられている。

その代わりとしてマオに与えられたのは『沈黙魔術』だった。

雑音が聞こえなくなってもマオの目的は変わらず、C.C.と共にある事だ。

 

それ以外の人間は、敵だ。

蘇生を約束されている参加者は一人限りだ。

他の参加者は最終的に、C.C.を殺す事になる。

 

だから誰かの泣き声が聞こえた時、

マオは体に刻まれた『沈黙魔術』を発動させた。

あるいは、その泣き声を不快に思って、校舎を根こそぎ吹き飛ばした。

 

 

マオは魔術を停止させる。

嵐が止むと校舎は、跡形もなく吹き飛ばされていた。

土地は更地になり、風に抉られた跡が大地に残っている。

 

光源は月明かり一つ。

遠く離れた場所から瓦礫の崩れる音が聞こえた。

校舎の中にいた参加者は死んだのだろうとマオは思う。

 

しかし、その体に衝撃が走る。

訳の分らないままマオの視界は回転した。

両脚に霊波砲の直撃を受けたマオは、地面に倒れ伏す。

 

ルシオラだ。

死角となっている上空から闇に紛れて、マオを狙い撃った。

殺そうと思えば一撃で殺せたものの、首輪を回収するために手加減している。

 

「なんだ! なにが!?」

 

マオは痛みを感じなかった。

その代わりにゴッソリと、「何か」を削り取られる。

倒れたマオの両脚は、ヒザから下が消し飛んでいた。

 

血は出ない。

その代わりに傷口から、「何か」が零れ落ちる。

それはマオの霊体を構成する、霊力の欠片だった。

 

マオは身を震わせる。

自分を失うという感覚を覚えた。

霊力の流出と共に、心も欠けていく。

 

肉体が粒子化する。

粒子化した肉体は、空中に溶けて消える。

それはマオの下に、二度と戻ってこなかった。

 

「ふーん、怪我をすると、こうなるのね」

 

マオの両脚を削ったルシオラは驚く。

参加者が霊体である事を、改めて思い知らされた。

その隙にマオは、防御魔術を発動させる魔術文字を、なぞろうと思って指を動かす。

 

しかし、威力を弱めた霊波砲で、右手を吹き飛ばされた。

マオが魔術文字をなぞり終わるよりも、ルシオラが霊波砲を撃つ方が早い。

首輪の欲しいルシオラは首周りを避けるため、代わりにマオの下半身が的になっていた。

 

ルシオラの基礎能力は全能力ランク5と判定されている。

マオの基礎能力は全能力ランク0、つまり一般人と判定されている。

それは一般人と上級魔族の間にある、圧倒的な基礎能力の差だった。

 

マオに勝ち目はない。

その常識を覆すのが特殊能力だ。マオに与えられた『沈黙魔術』だった。

先にルシオラを認識して『沈黙魔術』を発動させていれば、これほど一方的ではなかった。

 

しかし、もう遅い。

ルシオラのキルゾーンに、マオは入っている。

1ターンに2回行動されるが如き不公平っぷりで、マオの行動は封殺されていた。

 

これほどルシオラの攻撃が苛烈なのは、

マオに与えられた広範囲・高威力な特殊能力を警戒しているからだ。

だから『沈黙魔術』の発動条件と知らずとも、マオの動かした指を狙い撃った。

 

『他人の思考を聞き取るギアス』を所有していれば、

闇に紛れて近寄るルシオラの接近を、意識せずとも察知できただろう。

『沈黙魔術』にも探知系の魔術はある。しかし、マオは使う事を思い付かなかった。

 

他人の思考が聞こえなかったからだ。

他人の思考が聞こえないから、誰も居ないと思ってしまった。

今のマオにとって思考が聞こえない事は、他人が周囲に存在しない事と同じではない。

 

マオは霊波砲によって、徹底的に痛め付けられる。

考える余裕は与えられず、連続で体を削られ続けた。

少しずつ確実に体を削られていく事に、マオは恐怖を覚える。

 

「待て! 待ってくれ! 何が目的だ!?」

「おまえの首輪よ。あと、危険性の排除ね」

 

交渉の余地はない。

校舎を丸ごと破壊し尽くした危険人物だ。

首輪が必要でなければ、一瞬でチリに変えていただろう。

 

「こんな事をするつもりは無かったんだ! 僕に与えられた能力が暴走して、こんな事になってしまった! 信じてくれ! 僕は、こんな事をするつもりじゃなかった!」

「それなら、なおさら生かしておけないわ。こんな危険な暴走の仕方をする奴なんて、生かしておける訳ないじゃない」

 

マオは言い逃れをする。

しかしルシオラの答えで切り捨てられた。

マオの状況は詰んでいた。どうしようもなく終わっていた。

 

ルシオラはマオの左手も破壊する。

両手を破壊されたマオは、『沈黙魔術』を使えなくなった。

足から腹の辺りまで破壊されたマオは、そんな状態になっても生きている。

 

マオの下半身は吹き飛んでいた。

生きている人間ならば、ショックを起こして死んでいるだろう。

しかし、すでに死んでいる参加者に、ショック死なんて物はなかった。

 

痛みはない。

でも、気持ち悪さはある。

何よりも自分の欠けていく感覚が、マオを蝕んだ。

 

ここでルシオラは、初めてマオに近寄る。

倒れているマオの首に手を伸ばし、片手で掴んだ。

ルシオラの動作をマオは認識できたけれど、今さら何もできない。

 

マオは死を感じた。

目の前にある、これがマオの死だ。

必死に身を捻るけれど、何の役にも立たない。

 

首に触れる、女の手がおぞましい。

その手の冷たさに、マオは身を震わせた。

どうにかしなければ、どうにかしなければ、ここで死ぬ。

 

死にたくない。

C.C.に会いたい。

恐怖に震えるマオの口は、自然と願望を漏らした。

 

「――C.C.」

 

愛しい人の名を呼ぶ。

最後に一目会いたいと思った。

最後に漏れ出た感情は恐怖ではなく――恋心だった。

 

濡れた男の声が、ルシオラの耳に響く。

男の首に掛かっていた手は、その動きを止めた。

ルシオラは男の表情を探るものの、すでに男の意識は、そこになかった。

 

『大丈夫か、マオ』

『安心しろ、マオ』

『私が一緒にいる』

 

『マオ』

愛しい我が子を呼ぶように、彼女は言う。

 

『マオ』

愛しい弟を呼ぶように、彼女は言う。

 

『マオ』

愛しい恋人を呼ぶように彼女は言う。

 

それは母でもあり、姉でもあり、恋人でもあった。

家族のいない孤児だったマオにとって、その人は全てだった。

しかし、その人にとって、マオは全てではなかった。その人は魔女だった。

 

「C.C.、もう君の声が聞こえない。君の声を録音したプレイヤーは何所に行ったのかな……?」

 

憎んでいた。

そうでなければC.C.の存在を確かめないまま、

校舎を丸ごと吹き飛ばすなんて事はしなかっただろう。

 

憎んでいた。愛していた。

それらの感情は矛盾なく成立する。

憎んでいるのと同じくらい、C.C.を愛していた。

 

僕を愛して欲しかった。

それは、きっと、嘘だろう。

僕だけを愛して欲しかった。

 

 

ゴキリ

 

と鈍い音が響く。

マオは首の骨を圧し折られて、絶命した。

すると粒子化が一気に進行し、死体となったマオの体は消えていく。

 

サラサラと音が鳴る。

砂粒のように、マオの体は崩れ落ちた。

痛みも感じず、血も出ず、跡形もなくなる。

 

人間の死に方ではなかった。

死者である参加者は、死体すら残せない。

マオという男は、家名のない名前と、特殊能力だけを残して消え去った。

 

他人の真意を知り、苦しんでいた男がいた。

男にとって真意の分からない女の言葉こそ真実だった。

沈黙の魔法を手に入れた彼の耳には、もう何も聞こえない。

 

――マオを殺害し、特殊能力『沈黙魔術』を取得しました!

 

通達を受ける。

ルシオラの頭の中に、場違いなメッセージが流れた。

皮膚の下に複数の魔術文字が刻まれ、その効果をルシオラは知る、

 

気に障った。

目の前の男の死をバカにされているようで、

この通達を行った存在にルシオラは怒りを覚えた。

 

マオの所持していた『沈黙魔術』だ。

魔術文字をなぞる事で、数百種類の魔術を発動できる。

なぞる場所さえ知っていれば、能力保持者でなくても発動できる特殊能力だった。

 

マオの死体は消えた。

後に残ったのは銀色の首輪だ。

それをルシオラは拾い上げ、詳しく首輪を見る。

 

生温かい。

繋ぎ目のない首輪だ。

それはルシオラの首にも付いている。

 

「マオ、か」

 

殺した参加者の名を、ルシオラは呟く。

最後に男は「C.C.」と、誰かの名前を呼んだ。

参加者リストから察するに、マオとC.C.は同じ世界の出身なのだろう。

 

恋人だったのかも知れない。

あんなに愛しそうに呟いていたのだから、恋人なのだろう。

ルシオラにとっての横島忠夫であり、横島忠夫にとってのルシオラだったのだろうか。

 

( 攻撃された時は、殺してやろうと思ったわ。積極的に殺人を行う参加者を、ヨコシマを殺す可能性のある参加者を生かしては置けない。解析するための首輪も手に入るし、丁度いいじゃない……でも、後味は悪かった。あんな奴でも愛している人がいた。C.C.、それがマオの片割れの名前ね……もしもヨコシマを殺されたら、殺した相手を私は許せるかしら? いいえ、きっと許せない )

 

ルシオラは自分と重ねて、相手を想う。

言わなければ、マオを殺したとバレない。

しかし言わなければ、気になって仕方なかった。

 

C.C.だ。

どんな女性なのだろうか。

マオを殺したと知ったら、きっと悲しむだろう。

 

もしかするとマオはC.C.のために、

校舎ごと参加者を破壊するなんて無茶苦茶な事をしたのかも知れない。

C.C.と自分以外の参加者を敵だと思って、殺そうとしたのかも知れなかった。

 

( ……こんな事を考えている場合じゃないわ )

 

思考を切り替えて、首輪の事を考える。

マオによって更地となった、校舎跡地から移動した。

明るい街灯の下へ行き、光に照らして銀色の輪を詳しく調べる。

 

金属のような触感だ。

しかし、強く押すと凹む。

少しは弾力があると分かった。

 

爪を用いて表面を滑らせる。

すると、金属を引っ掻くような音が鳴った。

さらに力を入れ、首輪の表面に傷を付けてみる。

 

首輪から白い液体が出る。

血のように見えるソレは、本当に血だった。

金属のような触感で、強く押すと凹み、傷付けると血が出る。

 

その傷口にルシオラは指先を突っ込む。

すると再び、金属のような触感に突き当たった。

さらに切り開くと管があり、それを引っ張ると内臓が引き摺られて現れる。

 

( 生物のようだわ。これで参加者の霊体を維持しているのかしら? )

 

首輪に機械は入っていなかった。

入っていたのは金属のような内臓だけだ。

心臓と思われる器官もあった。しかし、止まっている。

 

首輪の外側は銀色で、内部も銀色だ。

生物のような白い血が、銀色の肉に通っていた。

内臓の構造はシンプルで、種として未発達な部分を見て取れる。

 

とても心の弱い人に見せられない光景だ。

しかしルシオラは淡々と、白い血を流す首輪を切り開く。

その中身を見たルシオラは嫌悪感よりも、構造に興味が湧いた。

 

横島忠夫を探さなければならない。

首輪を調べる事なんて、いつでも出来るだろう。

ルシオラは思うものの、すでに切り開いてしまった物は仕方ない。、

 

霊体の参加者は血を流さない。

怪我を負っても粒子化するだけだ。

それに対して首輪は、逆に生々しかった。

 

ルシオラは首輪を解体する。

バラバラになるまで首輪を解体した。

それでも首輪は、参加者と違って粒子化を起こさない。

 

( 首輪は生物でしょうね。霊体の参加者と違って、生物の首輪は粒子化しない。生物ならば粒子化しない。でも、この首輪に内蔵はあるけれど、口はなかった。こんな状態じゃ生命活動を行えない。私が切り開いた時には死んでいたのかしら? それとも生きていたのかしら? その生きているのか死んでいるのか分からない首輪が、参加者の粒子化を防いでいる……いいえ、首輪は生温かった。熱を発していたという事は、首輪は生きていたはずよ。こんな生物として有り得ない状態でも、私が切り開くまでは生きていた )

 

この首輪を人体で作れば如何なるか。

輪を作るために骨を抜き、内臓を抜かなければ成らない。

そう考えると首輪は、最初から輪となる物で作られたに違いなかった。

 

ルシオラは蛇を思い浮かべる。

金属の内臓を持つ銀色の蛇だ。

それが参加者の首に巻き付いている。

 

粒子化を止める手段は、参加者の受肉だ。

肉体に霊体を入れれば、粒子を防げるに違いない。

しかし参加者の霊体が入るほど、大きな容器を探す必要があった。

 

ところで、ルシオラに与えられた特殊能力は『錬金術』だ。

この『錬金術』は物質を、他の物質に作り変える事ができる。

ただし、その物質を理解している必要があった。理解できなければ練成できない。

 

ルシオラは練成陣を地面に描く。

練成陣なしで練成する方法もあった。

しかし、その知識は『錬金術』に付属していない。

 

『錬金術』の工程は「理解・分解・再構築」に分かれる。

ルシオラは首輪の死体を構成している物質を予測し、何度か練成を行った。

しかし白い血も銀の肉も変化せず、ルシオラの知っている物質ではないと分かる。

 

( 粒子化を防ぐための人体は、肉体なのかしら? それとも首輪と同じ材質なのかしら? まずは人体で試してみましょう。それでダメだったら難しいわね。その場合は首輪の材質を解明しなくちゃならないわ。『錬金術』を用いれば、その機材の材料を用意する事はできる。でも、先にヨコシマを見つけなくちゃ。そうでなくちゃ無駄になるもの )

 

まずは人の練成だ。

ルシオラは練成陣を敷き、『錬金術』を用いて必要な材料を土から練成する。

そして人体練成を禁忌と知らないまま、禁忌とされている人体の練成を行った。

 

『錬金術』の所有者だった参加者は、人体練成で肉体を失っている。

その兄の血でフルプレートアーマーに血印を描き、魂を繋ぎ留めていた。

それは単に人体を練成しようとしたのではなく、母親を蘇らせようとしたからだ。

 

ルシオラは人体を練成する。

それは実験のため、自身に似た肉人形を練成した。

単に人体を練成するだけならば、肉体を奪われる事はない。

 

もしも心まで作ろうとすれば、

ルシオラの前に真理の門が現れただろう。

そしてルシオラは代償として、全てを奪い取られていた。

 

ルシオラは人体練成を禁忌と知らない。

『錬金術』に付属した知識は、そこまで教えなかった。

ルシオラは『錬金術』の危険性を知らないまま、その能力を行使している。

 

「これじゃダメだわ……」

 

結果だけ言うと、ダメだった。

練成した肉体に、ルシオラは入れない。

そんな事だろうと思っていたルシオラは、練成した肉体を前に考える。

 

ルシオラに似せて練成した肉体だ。

しかし、練成による物質の構成は「ムラ」がでる。

具体的に言うと、組織の断裂している部分があったり、顔の造りが違ったりしていた。

 

この肉体を如何したものか。

まさか、このまま放置するなんて事はできない。

練成した肉体は等身大で、持って行くなんて事もできなかった。

 

そんな訳でルシオラは、肉体を破壊する。

自身の肉体と分らないように霊波砲で吹っ飛ばした。

こんな物を横島忠夫に発見されれば、ルシオラの死体と勘違いされるだろう。

 

霊波砲によって肉体は四散する。

それでルシオラは、練成した肉体が粒子化しない事に気付いた。

とりあえず成果はあったと思い、街灯の下に飛び散った肉片を放置する。

 

「錬金術で解体すれば良かったじゃない」

と気付いたものの今さら、飛び散った肉片を集めるのは面倒だ。

「肉体ならば消えて無くならない」という証拠になると思い、ルシオラは自分を納得させる。

 

その後、ルシオラは民家へ侵入した。

水筒へ水を注ぎ、好物の砂糖を入れて頂く。

その水筒をカバンに入れて、民家から持ち出した。

 

解体した首輪はビニール袋で包む。

その白い血で汚れたビニール袋をカバンに入れた。

この首輪は壊れているけど、持っていれば何かの役に立つかも知れない。

 

ルシオラの目的は、横島忠夫と再会する事だ。

そのためにルシオラは、北東区における横島忠夫の捜索を行った。

しかし横島忠夫は見つからず、その代わりに見つかったのは六道冥子だった。

 

 

校舎の建っていた場所は更地になった。

巨大な獣が腕を振り下ろしたような、暴風の爪跡が残っている。

その周辺には巻き上げられた瓦礫が散乱し、建物や地面に突き刺さっていた。

 

そんな光景の中にボールが転がっている。

しかし、それをボールと例えるには大き過ぎた。

人を包み込めるほどの大きさの球体は、月明かりを受けて銀色に輝いている。

 

それは水銀だ。

『魔術礼装・月霊髄液』という特殊能力だった。

敵の攻撃に対して、自動で防御を行ってくれる優れものだ。

 

『魔術礼装・月霊髄液』が防御形状を解く。

すると、その中から少女と見間違えるような大人の女性が現れた。

その女性は銀色に輝くスライムのような物の上で倒れたまま、気絶している。

 

六道冥子だ。

「ふぇぇぇぇぇぇん!」という爆音のような泣き声を発し、

『沈黙魔術』による校舎壊滅の切っ掛けとなった参加者だった。

 

ルシオラと同じ世界の出身だ。

とは言っても、六道冥子はルシオラを知らない。

六道家に伝わる「死の試練」に、六道冥子は挑んでいた。

 

元始風水盤の事件が終わった後だ。

それは魔族が地上を魔界に変えようと企んだ事件だった。

ルシオラと六道冥子が会うのは、それから少し先の未来になる。

 

六道冥子は「死の試練」に落とされた。

しかし、目が覚めると真っ暗な教室にいた。

いつも一緒にいた十二体の式神が、どこにも居なくなっていた。

 

六道冥子は式神使いだ。

『式神十二神将』という強力な式神を所有していた。

しかし、その特殊能力は取り上げられ、『魔術礼装・月霊髄液』を与えられている。

 

ちなみに六道冥子の『式神十二神将』は、

一般人を洗脳しようと企むケイネスに与えられていた。

ケイネスの保有していた特殊能力は、『魔術礼装・月霊髄液』となっている。

 

『式神十二神将』と『魔術礼装・月霊髄液』。

六道冥子とケイネスの特殊能力を交換する形だ。

もしも六道冥子とケイネスが出会えば、互いの特殊能力を取り戻そうとするだろう。

 

真っ暗な中で式神の不在に気付いた六道冥子は、

これが「死の試練」と思い込み、パニックに陥って泣き叫ぶ。

その泣き声を聞いたマオは不快に思って、『沈黙魔術』を発動させた。

 

『沈黙魔術』の暴風に襲われた六道冥子は、

『魔術礼装・月霊髄液』の自動防御によって守られる。

水銀のボールは風に巻き上げられ、箱庭学園の敷地内に落下した。

 

しかし、乱気流や落下の衝撃は防げなかった。

六道冥子は全身を打撲し、当然のように気絶している。

目覚めたとしても六道冥子は、自力で動けない状態だった。

 

水銀の上で六道冥子は眠る。

夜の風に撫でられ、六道冥子から粒子が飛んでいく。

少しずつ六道冥子の体は粒子化し、崩壊しつつあった。

 

その怪我に『魔術礼装・月霊髄液』の自律機能は反応しない。

『式神十二神将』ならば、怪我を治療できるイヌの式神が治してくれただろう。

しかし『魔術礼装・月霊髄液』に、能力所持者の怪我を治療する判断力はなかった。

 

 

そんな六道冥子を発見したのはルシオラだ。

マオを殺害し、マオの首輪を解体し、肉体に霊体を入れる実験を行った後だった。

横島忠夫を捜索していたルシオラは、銀色スライムの上で眠る六道冥子を発見する。

 

ルシオラと六道冥子は顔見知りだ。

横島忠夫や他の霊能力者と共に、魔王を倒しに行った事もある。

まさか六道冥子が、「ルシオラと顔見知りになる前」から来ているとは知らなかった。

 

どちらにしても、横島忠夫の知り合いだから助けただろう。

横島忠夫の捜索を中止し、六道冥子を近くの民家に運び込む。

六道冥子を抱き上げたルシオラの後を、銀色のスライムが付いて来ていた。

 

( これは水銀ね。特殊能力の『魔術礼装・月霊髄液』かしら? 「説明」によると『詠唱を用いて水銀を操作する。敵の攻撃を自動で防御する』とあるわ。でも、私は敵と判断されなかった。六道冥子が気絶しても動いている事から、霊力を貰って自律しているようね。賢い子だわ )

 

ルシオラは六道冥子を民家へ運んだ

それでも六道冥子の粒子化は止まらず、どうした物かとルシオラは思う。

そこでルシオラは、マオから取得した特殊能力の事を思い出した。『沈黙魔術』だ。

 

ルシオラは治癒魔術を発動させる。

その使い方は特殊能力に付属していた。

肌の下に刻まれた魔術文字を、指先でなぞる。

 

なぞられた魔術文字が光り輝いた。

すると六道冥子の変色していた肌が治る。

カバンを覗いて解体した首輪を見ると、その傷も治りつつあった。

 

六道冥子の治療が終わる。

ついでに解体した首輪も綺麗に修復された。

粒子化も止まり、しばらく待つと六道冥子は目覚めた。

 

「おはよう。私が誰か分かる?」

「……? あなた、だ~れ~?」

 

「ルシオラよ。ヨコシマの恋人の」

「そ~なの~。仲良くしてね~」

 

( この子、私のこと忘れてるんじゃないかしら? )

 

忘れている所ではない。

六道冥子はルシオラを知らなかった。

しかし、ルシオラは疑念を胸の内に留める。

 

その時、午前3時の通達が行われた。

ルシオラと六道冥子の頭の中に、メッセージが流れる。

それに驚いた六道冥子はルシオラを見て、経験済みだったルシオラは黙って耳を傾けた。

 

――午前3時をお知らせします。

――プログラムの開始より3時間が経過しました。

――崩壊地区の指定と、死亡者の発表を行います。




【氏名】ルシオラ 『GS美神』
【状態】異常なし
【位置】北東区 箱庭学園
【基礎能力】
 短命魔族(全能力の向上ランク5)
【特殊能力】錬金術、沈黙魔術
 錬金術(練成陣を描き、理解している物体の分解と再構築を行う)
 マオの沈黙魔術(自身の体内に刻まれた魔術文字をなぞる事で、地下遺跡を破壊するほどの魔術を放つ事もできる。魔術文字の場所さえ分かれば、能力保持者でなくても発動できる)
【所持品】カバン(水筒に砂糖水、袋入りの解体した首輪)
【思考】
1、「10の指令」を解除する方法を探して、横島忠夫とイチャイチャしたい
2、横島忠夫を殺す可能性のある参加者は生かしておけない
3、『錬金術』で作った肉体に、霊体を保存する方法を考えましょう
4、横島忠夫と再会するために、「南西区 神族の妙神山」へ向かう
5、マオの恋人と思われるC.C.は、マオの死をどう思っているのかしら?
6、ふざけた通達を行っている存在を許せない
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【氏名】六道冥子 『GS美神』
【状態】異常なし
【位置】北東区 箱庭学園
【基礎能力】
 六道の血統(霊力の向上ランク6)
【特殊能力】魔術礼装・月霊髄液
 月霊髄液(詠唱を用いて水銀を操作する。敵の攻撃を自動で防御する。slap=攻撃指示、ire:sanctio=索敵)
【所持品】なし
【思考】
1、令子ちゃ~ん、みんな~、どこにいるの~?
2、ルシオラちゃんは横島君のお友達なの~?

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