死徒の少女がやってきて、
セイバーはキャスターに奪われ、
シロウはグールになりました。
シロウは死徒に血を吸われた。
とは言っても、血を吸われただけで死者になる事はない。
正気を失ってシロウの血を吸った際に、死徒が血を送り込んだのだろう。
「食べ物を取ってくるから、大人しくしててね」
「あー、うー」
死者となったシロウに、人間並みの知能はない。
しかし親である死徒の命令に、死者が逆らう事はなかった。
隠れ潜む場所を移しながら、死者となったシロウは密かに飼育されている。
聖杯戦争を放り出して何をやっているのやら。
セイバーを奪われたと言うのに、"エサ"を喜々としてシロウに与えている。
聖杯戦争の戦場となっている土地を離れないという事は、まだ諦めてはいないのかのぅ。
「はい、あーん」
「モグモグ……ムシャムシャ……」
それにしても血液パックもとい、輸血パックではダメなのか?
死徒は人間を丸ごと獲ってきて、死者であるシロウに与えている。
ずいぶんとシロウの飼育に熱心だ。いいや、子を育てる養育というべきか。
しかし、いかんな。
死徒に血を送り込まれた事で、シロウの魂が変質しつつある。
このままでは未来のシロウのように、妾を握る資格がなくなるかも知れぬ。
むぅ……干渉するか。
シロウは1500年ぶりの使い手だ。
妾は自力で動けぬ故、次の使い手が何時みつかるか分からぬ。
そういう訳で妾は、シロウに干渉した。
なんとなく感覚的に、妾に合う方向へ魂の変質を調整する。
その影響で肉体の変質に大きな変化が現れ、シロウは3日で知能を取り戻した。
まあ、シロウの親である死徒は、
半日で知能を取り戻した超人なのじゃがのぅ。
通常ならば知能を取り戻すまで数年かかるため、シロウも優秀な方だ。
「シロウくんは私の子なんだから、私の命令は絶対なんだよ!」
「なんでさ」
死徒は「えっへん」と胸を張る。
いつの間にか人間じゃなくなった事に、シロウはビックリだ。
これで「魔術に関わって欲しくない」というキリツグの遺言は破られた。
「どうしてオレを化け物なんかにしたんだよ……!」
「ごめんね、シロウくん。お腹の傷が大きくて、吸血衝動を抑えきれなかったの」
さっきも言ったが、血を吸われただけで死者になる事はない。
シロウから血を吸った後に、死徒が血を送り込んだから死者になった。
喜々として死者となったシロウの世話をしていた事から、わざとに違いない。
まあ、妾にとっては都合が良い。
何を考えているのか分からぬが、ここは死徒の思惑に便乗するとしよう。
わざと死徒が血を送り込んだ件については、いつでも妾の札として使えるからのぅ。
『シロウよ。そもそもキャスターに誘拐された御主を助けるために、セイバーもといアーサーは奪われ、死徒も大怪我を負ったのだ。それにシロウが血を吸われたのは、さつきが大怪我による吸血衝動によって自意識を失っていた間の事だ。シロウを傷付ける意図のなかったさつきを責めるべきではない』
「そっか……そうだな……悪いな、さつき。ちょっと混乱してた。助けにきてくれて、ありがとう」
「うん。じゃあ、シロウくん。カリバーンさんと一緒に、セイバーさんを取り戻しに行こっか」
「カリバーンと……?」
『なにか問題でもあるのか、シロウよ。もはや人としての御主は死んだ。キリツグと交わした"カリバーンを抜いてはいけない"という誓いも意味をなさぬだろう? そもそもシロウが妾を抜き、人ではなくなる事をキリツグは恐れていたのだ。今となっては、その心配はない』
「オレが、おまえを、抜けってことか……」
『そうだ。このブリテンの王を選定する剣である妾を、御主が抜くのだ』
「ブリテンの王なんて言われてもな……」
『妾が選んだのだから、御主で間違いない』
「そもそも今の世の中に、ブリテンの王なんて必要なのか?」
『政治を担わずとも良いさ。ブリテンを繁栄へ導く方法は御主次第だ』
「でもさぁ……死んだ人間が王になるなんて、おかしいだろ?」
『むぅ……シロウよ。ちょっと、さつきに妾を持たせてくれ。話をしたい』
「おう、いいぞ」
『さつきよ、さっさと話を進めぬか?』
「うん。じゃあ、シロウくん。カリバーンさんを抜いて」
「……え!? なんだ、これ!? さつきの言葉に逆らえない!?」
「あはは、だから言ったでしょ? 私の命令は絶対なんだよ!」
シロウが無駄な抵抗を続けるので、死徒に命令してもらった。
親である死徒の命令に逆らえないシロウは、黄金の剣である妾を手に取る。
シロウの意思とは言い難いものの、ようやくシロウは妾の"使い手"となった。
『不老の加護を御主に与える。これによって肉体の劣化は止まり、吸血衝動も無くなるだろう』
「それは助かるな。人の血なんて吸いたくないし」
「えー。シロウくん、ずるーい」
『うむ、この程度の特典は無ければな……ただし不死ではない。大怪我を負えばさつきのように、肉体を修復するために血液を補給する必要が出てくるぞ』
シロウの身にエクスカリバーの鞘はない。
アーサーの召還に用いられたのは妾だからのぅ。
「傷を受けない」と云われる鞘の代わりに、剣である妾が用いられた。
……はて?
そういえば、なぜアインツベルンは鞘を用いて召還しなかったのか。
鞘の縁による円卓の騎士ではなく、確実にアーサーを召還したかったのかも知れぬな。
さて、セイバーを取り戻しに行こうか。
なぁに、シロウが妾を持ち、力を振るえば容易いことよ。
なんて思っていた妾の感知域は、こちらに向かって高速で飛来する物体を捉えた。
槍か? 剣か?
いいや、これは矢か。
何らかの攻撃に違いない。
シロウと妾を繋げる。
広大な妾の感知域を、シロウと共有した。
しかし、シロウに妾を振らせても間に合わない。
なのでシロウの肉体を操る。
壁の向こうから迫る矢を捉え、シロウの体で妾を振った。
すると高速で飛来する矢の空間ではなく、矢自体に斬撃が発生する。
「なんだ!? 体が勝手に動いた!? 今のはカリバーンなのか?」
『うむ、おそらく敵襲だ。妾の感知域の外から攻撃するとは、アーチャーか』
「人の話を聞けよ!?」
さすがエミヤもといアーチャーさん。
妾の感知域に入っていれば、一振りで両断してやったものを。
アーチャーは剣類に対する解析眼があるから、妾の能力は見抜かれているか。
妾に斬られた矢は壊れ、爆散した。
さて、マスターは宝石魔術師のままか、それともキャスターに奪われたか。
キャスターならば襲撃の理由を察するのは容易い。宝石魔術師ならば原因は……死徒か。
ずいぶんと人を連れ去ったようだからのぅ。
それらは全て、死者であったシロウの腹の中だ。
それが土地の管理者である宝石魔術師の怒りを買ったか。
理由は何であれ、協力は望めない。
優先して排除するべきはキャスターか、アーチャーか。
妾の能力を知るアーチャーが、キャスターと繋がっているか否かで難易度は激変する。
「まずはセイバーさんを助けに行こう!」
「でも、キャスターと戦っている時を、アーチャーに狙われたら大変じゃないか?」
「セイバーさんを助ければ、きっと何とかなるよ!」
「え? いや、なに言って……」
死徒にとってセイバーが心の支えか。
セイバーの制御下から離れた事で、血に狂いつつある。
『月姫』の主人公である殺人貴は、死徒となった弓塚さつきを殺せなかったようだ。
妾の力を用いれば、吸血衝動のみを壊す事もできる。
一時的に吸血衝動を抑える必要のなくなった死徒は、パワーアップするはずだ。
妾としては聖杯戦争なんぞ放っておいて……ん? そういえば大聖杯なんて物もあった。
大聖杯を、ぶっこわすか。
大聖杯が壊れればサーヴァントは消滅する。
大聖杯からの補助が無くなれば、サーヴァントの維持は困難だ。
ただし宝石魔術師は、宝石を用いて維持できる。
シロウを蘇生させた時に秘蔵の宝石を使用したものの、
アーチャーの用いる投影魔術の魔力消費が少ない事を考えると、影響は少ないか。
『死徒よ。この聖杯戦争を強制終了させる方法があるのだが、試してみぬか?』
「私達やセイバーさんに、どんな影響があるの?」
『大聖杯を破壊する。サーヴァントの現界に必要な魔力は、大聖杯によって補助されている。この大聖杯を破壊すれば、マスターやサーヴァントを、ほぼ戦闘不能に陥れる事ができる。マスターでもサーヴァントでもない御主等に影響はないな』
「それってセイバーさんは大丈夫なの?」
『さてな』
ちっ、当然のように気付いたか。
セイバーは大聖杯と繋がっていた。おそらく、あれは受肉とは異なる。
心臓を大聖杯の中身で補った神父のようなものだ。その繋がりをキャスターに断たれた。
大聖杯を破壊すればセイバーは消滅する。
それを死徒は認められず、子であるシロウは死徒に逆らえない。
そういう訳でアーチャーに狙われている不安を抱えたまま、キャスターの下へ向かった。
我等は山寺へ向かう、
しかし、その道中で待ち伏せを受けた。
四方八方から魔力の塊や、刀剣が降り注ぐ。
おまけに死徒とシロウは動けない。
キャスターの仕業であろう。空間が固定されていた。
妾の感知域の外から攻撃されている。やはりキャスターとアーチャーは組んでいるな。
ここでシロウを失うのは惜しい。
なので妾は、固定された空間に干渉して解除した。
魔力弾や刀剣に照準を合わせ、いつでも斬れる状態にする。
妾は剣であるが故に、
斬るか否かはシロウが決めねばならぬ。
妾とシロウは繋がっているため、照準はシロウも知覚している。
『妾を振れ、シロウよ!』
「うわああああ!?」
シロウは悲鳴を上げ、妾を振るう。
やれやれ、もっと格好は付かなかったものか。
そんな有様でも妾は振られた。照準を定められた全ての物を、一斉に断つ。
『うむ、良いだろう。困った時は妾を振れば、どうにかなるぞ!』
死徒の周りの空間が歪む。
キャスターによる空間転移か。
それも一振りで破壊して、死徒の誘拐を防いだ。
「お前って。すごい剣だったんだな……」
『ふふん、エクスカリバーとは違うのだよ。真っ直ぐ進むしか脳のないエクスリバーとはな!』
さすがにキャスターも山寺の外で、
強制転移を無条件で発動させる事はできない。
こっそりと設置されていた魔力糸を砕き、罠の数々を砕いた。
しかし、これでは防戦一方ではないか。
潜んでいる場所の分からぬキャスターと戦うのは不利だ。
この場でキャスターと戦う上手い方法は思い付かぬ。アーチャーも居るしのぅ。
『キャスターの本拠地である山寺を破壊するべきだろう。そうすればキャスターが山寺に蓄えている魔力は無くなる』
キャスターは動き回るものの、
キャスターの神殿である山寺は動き回れん。
あそこには全7騎のサーヴァントを維持できるほどの、魔力の蓄えがあるはずだ。
「山寺って……あそこは知り合いの家だ。それに、中に人も居るかも知れない」
『そうか。では山寺を傷付けぬよう、魔術的な物に限って壊せば良い』
ふむ、一般人か。
住んでいる人間の事など、気に留めていなかった。
まあ妾が気付かずとも、山寺の結界を壊す際にシロウが気付いていただろう。
『ふふふ、それは良い事を聞いたわ』
なに!? キャスターか!?
しかし妾の感知域にサーヴァントの反応はない。
これは声だけを届けているのか……しかし、どうやって?
『人質を殺されたくなければ、そこで足を止める事ね』
そうか、分かった。
近くにスピーカーがある訳でも、使い魔を通して喋っている訳でもない。
遠くから発せられた音波が重なって、ここにキャスターの声を作り出していた。
妾の感知を擦り抜けている。
この短時間で妾の欠点を探り当てたか。
キャスターめ、侮れんな。妾であれば人質なんぞ無視するのだが……。
「行こう、シロウくん!」
「待てよ、さつき!」
死徒も人質を無視しおった。
その言葉に子であるシロウは逆らえない。
死徒にとっては寺の人間など、どうでも良いものだ。
『セイバーを自害させても良いのよ? どうせ最後に残るのは私一人なのだから』
サーヴァントであるセイバーが人質か。
これはシロウと死徒を、大きく買ってもらったものだ。
その言葉は死徒に効果があったらしく、シロウと共に足を止めた。
面倒だな。
セイバーを無視すれば良いものを。
それにしても「勝つのは私一人」ではなく「最後に残るのは私一人」か。
文字通りの聖杯ではなく、
聖杯戦争の"聖杯"が英霊の魂で満たされる物だと気付いているのか?
しかしキャスターは本来、聖杯戦争のシステムについて詳しく知らないはずだ。
聖杯戦争を監督する教会に手を伸ばしている……か?
教会にいるはずの言峰神父もギルガメッシュも、この世界には居らぬ。
言峰神父は前回の聖杯戦争で死んでいるし、召還されたのはモードレッドだ。
教会か。
キャスターの目的は聖杯の確保だ。
バーサーカーのマスターであるホムンクルスの中に、聖杯があると知っているのか?
死徒によってシロウが行動不能になった時は、
セイバー、キャスター、アーチャー、バーサーカーが残っていた。
セイバーはキャスターの支配下に置かれ、アーチャーもキャスターに組している。
宝石魔術師からキャスターへ、アーチャーは寝返ったのか?
もはやキャスターの一人勝ち状態になっていても不思議ではない。
ついでに言うと聖杯の汚れは、キャスターならば除去し、正常に使用できる。
『いつの間にやら、すべて終わっていたのかも知れぬな』
「どうしたんだよ、カリバーン。なにが終わってたって?」
『聖杯戦争がな』
これは時間稼ぎだ。
おそらく今頃アーチャーは、キャスターを裏切っている。
先に裏切らなければ、キャスターによって自害させられるだろうからな。
さて、聖杯を手に入れた者は誰か。
キャスターならば良い。しかし、アーチャーは不味い。
聖杯を手に入れたアーチャーが願う事と言えば、衛宮士郎の抹殺に違いない。
『どうやら我等はキャスターに謀られたらしい。シロウ、空を見よ』
「おい、カリバーン。なんだよ、アレ?」
『"根源"へ繋がる穴だ』
空に黒い穴が開く。勝ち残ったのはアーチャーか。
あの穴が開いたという事は、何者かが聖杯に願ったという事だ。
キャスターならば聖杯が汚染されたまま、不用意に穴を開く事はないだろう。
サーヴァントの魂は、小聖杯に蓄えられる。
しかし蓄えられているサーヴァントの魂は、それだけでは役に立たない。
聖杯に蓄えられている魂や魔力を用いても、受肉や死者蘇生には足りぬだろう。
サーヴァントの魂は、小聖杯から大聖杯へ。
山寺のある山の中に隠されている大聖杯から"根源"へ戻る。
その時に開いた"根源へ繋がる穴"から力を引き出し、願いを叶えるのだ。
しかし大聖杯は汚染されている。
小聖杯に願えば、それは破壊という過程を通って叶えられる。
おまけに"根源へ繋がる穴"から引き出された力であるが故に、抑止力が働かない。
『根源へ繋がる穴が開いたという事は、すでにセイバーは死んでいる。とりあえず。あんな物が頭上にあると面倒だ。破壊するぞ』
「破壊って……できるのか?」
『シロウよ、御主は何だと思っているのだ。この妾に斬れぬ物などない!』
シロウが妾を振る。
それだけで、空に開いた穴は破壊された。
たとえ不定形であろうと概念であろうと、妾の照準から逃れる事はできない。
「おい、カリバーン。穴が広がってないか?」
『……うむ』
穴というか、空間が裂けた。
例えて言うなら、門を打っ壊したせいで開きっ放しになった状態か。
なんでも斬れば済むという物ではないな……妾に出来るのは斬る事だけで、直せない。
空に開いた穴が割れる。
そこから黒い液体が漏れ出した、
見ただけで危険な物と分かる、"この世全ての悪"だ。
『逃げよ、シロウ! あれに触れれば、キリツグのように呪われるぞ!』
「オヤジが!? いや、それより、どうにか出来ないのか!?」
『大聖杯を破壊すれば何とかなるかも知れぬが……確実とは言えぬ』
「その大聖杯って、どこにあるんだ!?」
『山寺の下だ』
死徒とシロウは走り出す。
その背後で黒い液体が降り注ぎ、周囲の建物を侵していた。
シロウは妾を振り、黒い液体を斬り裂く。しかし、空から溢れる液体は止まらない。
大聖杯が妾の感知域に入った。
地下の大聖杯に妾は照準を合わせる。
しばらくシロウが走れば、大聖杯の全てに照準が合った。
『大聖杯を捉えた。良いぞ、シロウ』
「行くぞ、カリバァァァァァァン!」
おお、なんか必殺技っぽい。
シロウが妾を振れば、地下の大聖杯が破壊される。
サーヴァントを維持するために蓄えられていた魔力ごと、断ち切った。
さて、黒い液体は……。
……うむ、空間からの流出が止まらんな。
やはりダメだったか。穴を壊したのが不味かったな。
「ダメじゃないか!?」
『確実とは言えぬ、と妾は言ったであろう』
しかし大聖杯は壊した。
根源との繋がりが消えたため、穴は塞がるはずだ。
塞がらないとなれば、抑止力さんが働いてくれるに違いない。
もっとも抑止力が英霊を用いる事は稀だ。
多くの場合は人の行動を後押し、人に認識される事なく役目を終える。
それは人の抑止力で、星の抑止力が仕事をすると大陸ごと消えたりするからのぅ。
「なあ、カリバーン。あの黒い物、オレたちの後を追いかけて来てないか?」
『残念ながら気のせいではないな。どういう訳か、我等は狙われている』
アーチャーが願いを叶えたのならば、目的はシロウの抹殺か。
しかし、それにしては動きが遅い。もっと早く済む、別の方法もあるだろう。
「引き寄せられている」という感じだ。山寺から離れても、それは変わらなかった。
『仕方あるまい。こうなれば最終手段だ。根源を破壊するぞ』
「……なあ、それって大丈夫なのか?」
『抑止力が仕事をせぬし、仕方あるまい。それに妾は最終手段と言った』
つまり最悪の方法と言う事だ。
すぐに滅ぶという事はないが、確実に星は滅びへ向かう。
それに根源さんが、大人しく破壊されてくれるとは思えなかった。
黒い液体を斬り飛ばし、割れた空間の下へ向かう。
やはり割れた空間が塞がる様子はない。抑止力は仕事をせぬか!
そう思っていると我等の前に、魔力が集って立ち塞がった……そういう意味じゃない。
『シロウ! 形になる前に斬れ!』
「分かった!」
シロウが妾を振り、魔力を霧散させる。
しかし再び魔力が集い、英霊を形作ろうとしていた。
サーヴァントではなく英霊だ。抑止力のバックアップを受けたガーディアンだ。
あれの恐ろしい所は、
抹殺対象を上回るスペックで現れる事だろう。
おまけに英霊としての意識は消され、キリングドールと化している。
まずいのぅ。
英霊の実体化を防ぐだけで手一杯じゃ。
おそらく実体化すると裂けた空間ではなく、我等に襲いかかってくる。
「シロウくん、乗って!」
黒い液体が迫ってくる。
それに対して死徒は、シロウを背負った。
シロウは英霊の実体化を防ぎ、シロウを乗せた死徒が戦場から逃げ出そうとする。
しかしなぁ……妾には射程がある。
その射程から外れれば、英霊の実体化は防げない。
だからと言って留まれば、黒い液体に飲まれるだろう。
どちらを選んでも死ぬ。
ならば、殺られる前に殺るしかない。
射程を伸ばす方法がない訳ではないのだ。
『シロウよ、妾には感知域という物がある。目も耳も無いが故に、感知域が妾の射程距離だ。しかしシロウの目は、妾よりも遠くを見通せる。シロウの目で根源を捉え、そして妾を振るえば、妾の感知域では捉えられぬ距離に存在する物も断ち切れるであろう』
「つまり?」
『御主の意思で根源は斬れる』
「本当かよ……」
実際、アーサーに使われていた時は斬れていた。
ぶっつけ本番という訳ではない。1500年前に実績のある事だ。
しかしシロウが使い手となって、まだ半日も経っていない。妾の補助抜きで、やれるか?
シロウは集中する。
妾は何もできず、見守る事しかできない。
感知域の共有も余計な雑念が入るのでカットした。
そしてシロウが妾を振る。
黄金の剣である妾を、割れた空へ向けた。
その隙間から見える暗い闇の全てを、斬り裂く。
——斬り裂いた
「やったか!?」
『待て、馬鹿者。気を抜くな』
その間に実体化していた英霊を斬り裂く。
残された黒い液体を斬り飛ばせば、宙に溶けて消えた。
空から漏れ出ていた黒い液体は止まっている。しかし空は割れたまま直らない。
とりあえず大丈夫そうだ。
根源が壊れたら、緩やかに世界は滅びる。
それでもシロウが無事なのだから構うまい。
「やったのか?」
「やったよ、シロウくん!」
「やったのか!」
「やったよ、シロウくん!」
楽しそうじゃのぅ。
シロウと死徒が喜んでいる。
聖杯戦争も、これで終わりだ。
妾にとっては大きな収穫があった。
妾に選ばれたシロウが、ブリテンの王だ。
さっそくイギリスの中にあるブリテンへ帰還せねばならぬ。
結局セイバーは死んだ。
死徒もとい弓塚さつきは歯止めがなくなり、血に狂う。
シロウは死徒としての力が足りず、弓塚さつきを止める事は出来なかった。
弓塚さつきによって冬木市に死者が増える。
シロウが人の血を吸わない限り、死徒は止められんな。
しかし妾によって吸血衝動を抑えられているシロウは吸血を好んでいなかった。
貪欲さが足りない。
これでは何時まで経っても、死徒を止められない。
正義の味方ではないシロウには、やる気が足りなかった。
『早くブリテンへ行くぞ。冬木市に知り合いが居るから、御主も気分は良くないだろう。セイバーの治めた土地へ行ってみようと、さつきに言ってみると良い』
「そうだな……さつきに提案してみる」
セイバーをエサに死徒は釣れた。
一応、生きている事になっているシロウは別れの挨拶をして回る。
間桐兄が死んでから学校を休んでいた間桐妹の下にも、別れを告げに言った。
「こっちも色々あって、シンジの葬式に来てやれなくてごめんな」
「いいえ、そんな……先輩も大変だったんですよね」
「じゃあな、サクラ。また合いにくるよ」
「はい……さようなら、先輩」
別れの挨拶を済ませる。
間桐邸から少し離れ、シロウは足を止めた。
まだ間桐邸は妾の感知域にある。間桐邸を移動する間桐妹の全身も感じ取れた。
切っ掛けは地下の蟲蔵か。
それに気付いたシロウは、間桐妹の肉体を詳しく調べる、
すると間桐妹の体のあっちこっちに、気持ちの悪い蟲が寄生していた。
「カリバーン、これって……」
『見ての通り、感じての通り、あの娘は蟲に寄生されている』
「大丈夫なのかよ?」
『大丈夫に見えるのか?』
「そんな訳ないだろ……!」
大丈夫に見えなかったらしい。
シロウは妾に巻いていた布を解く。
数万を超える数の蟲を妾が捉え、妾をシロウが振り下ろした。
それだけで蟲が死ぬ。
間桐妹の心臓に寄生していた蟲も死んだ。
たしか、あれは間桐の蟲爺だったか。もはや意識は残っていないと思うが。
『しかし、シロウよ。蟲を殺しても、その蟲を取り除いた訳ではないぞ』
「そういう事は先に言えよ!」
蟲を殺したショックで、間桐妹は倒れた。
それを感じ取ったシロウは、慌てて間桐邸へ戻る。
無断で侵入するとトラップが作動したため、妾を用いて破壊した。
間桐妹を病院へ送り届ける。
やらかしてしまったシロウは、間桐妹が目覚めるまで待っていた。
そうして目覚めた間桐妹は、シロウが蟲を殺してしまった事に気付く。
「ねえ、先輩。私は……これから如何すれば良いんでしょう」
そうしてシロウにすがった。
意訳すると、「責任とれよ!」だ。
ここぞとばかりに押し込んだ間桐妹は、シロウの事情を聞き出した。
「もうオレは人間じゃないんだ。だからサクラは連れて行けない」
「だったら私も、先輩と同じ化け物にしてください」
無理だな。
死徒に血を送り込まれれば、確実に死徒になる訳ではない。
死んでしまう者が大半で、グールとなれる者が少数で、死徒に至れる者は極めて少ない。
「意識のない死者でも良いんです。私は先輩の側にいたいんです!」
「無茶言うなよ、サクラ……」
結局、シロウはサクラを受け入れなかった。
サクラの側から逃げ出して、死徒の下へ戻る。
そうして死徒とシロウは、ブリテンへ旅立った。
そういえば宝石魔術師を見ないな。
生きているのならば死徒を放っておく訳が無いから、すでに死んでいるか。
ランサーのマスターは、"ルーン石の耳飾り"が蟲蔵に落ちていたから食われたのだろう。
やがて死徒とシロウは、聖堂教会に命を狙われる。
死徒は固有結界を発現させ、死徒二十七祖へ成り上がった。
その護衛としてシロウは名を上げ、ブリテンを死者の島に変える大きな助けとなる。
まあ、助けというか、
死徒の起こすトラブルを解決していただけだが。
まあ、魔術を使えなくなっているようだから片付けるのは簡単なものよ。
死者の王か。
これも一つの治世と言える。
やはり妾の選定に狂いはなかった。
おわり