器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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【あらすじ】
仲間に裏切られたキリト君は、
ヒースクリフの率いるギルドに入団し、
ガーディアンを顕現させる事に成功しました。




 何んや彼んやあって第100階層が開放された。ゲームクリアを目前にして、死人組による生者組の妨害は激しさを増す。その原因はクリアに関する噂だった。生者や死人を問わずプレイヤーの間では、「ゲームをクリアすると浮遊城は崩壊する」という噂が流れている。実際ゲームがクリアされると、浮遊城は最上階から順に崩壊するように設定されていた。

 一部の死人は自分達の世界を守るために、生者の積極的な殺害を行うようになる。攻略組に属していた死人は、フロアボス戦の途中で生者を殺した。偵察役の死人は偽の情報を伝え、その情報を信じた生者は死んだ。そんな事があったので生者組は、死人の協力を受け付けないようになる。

 生者に限らず死人も受け入れていた攻略ギルドは、その人数を激減させた。死人の多く属していた攻略ギルドは攻略組から離脱し、もしくは解散する。しかし、団員は生者に限られる『血盟騎士団』は、その戦力を保っていた。その厳しい入退団の制度から「潔癖症」と中傷されていたヒースクリフは、攻略組の内で高い発言力を得る事になる。それから先、攻略組という通称は使われなくなり、生者組で統一された。

 死人に追われるように、生者は攻略を進める。死人組はゲームクリアによる「本当の死」を恐れ、生者組を襲撃した。昨日まで一緒に戦っていた生者が殺され、今日は死人として襲いかかってくる事もある。それは生者に強いショックを与え、戦闘後に自殺する生者も現れた。

 そんな中、数を減らした生者組はフロアボスの部屋を発見する。しかし、その扉の前で死人組が待ち伏せていた。死人組は死に対する油断があるものの、第100階層のモンスターと戦えるレベルとスキルを持つ。おまけに元生者組の一員も加わっていた。それに対して生者組は、その人数を減らしている。フロアボスと戦うために必要な48名よりも下になっていた。

 

▼ドラゴンテイマー・シリカ

 「キリトさん! えへへ……」

 

▼マスターメイサー・リズベッド

 「考え直してくれないかな、キリト」

 

▼マスタースピアラー・サチ

 「キリトくん、私達と一緒に行こう」

 

 キリト君にとって見覚えのある女性タイプのアバターが、死人の列に並んでいた。彼女達の中の人は、キリト君に好意を持っている。死人となってしまった彼女達は、キリト君の生還を妨げるために立ち塞がった。戦闘能力は劣るものの、やる気は高い。キリト君に対する熱い気持ちは、目力だけで生者組を怯ませるほどの物だった。

 

「お前の嫁だろ、何とかしろよ」

「オレの嫁ってわけじゃない」

 

 キリト君の返答は、女性陣を野獣に変えた。キリト君の言葉を合図として戦闘は始まる……というか女性陣が暴走して先走った。キリト君は女性陣に集中して狙われるものの、タイミングを合わせて二刀流で相手の武器を弾く。女性陣の攻撃は封殺され、他の死人組も撃退された。

 しかし転移アイテムを用いて、死ぬ度に戦線へ舞い戻る「デスマラソン戦法」は厄介だった。死人組による最後の抵抗は、8人の生者を道連れにする。その激戦を生き抜いた生者は20名だった。全10種のユニークスキル保有者と、その他のプレイヤー10名となっている。おまけに死人組との戦闘で、回復アイテムを消費していた。このままでは、とてもフロアボスと戦えない状態だ。

 

「戻るか?」

「バカ言うな」

 

 誰かの声に、誰かが応える。転移門を作るアイテムを使えば、町と繋げてアイテムを補給できる。しかし、転移アイテムを使って、また死者が現れるかも知れない。そう考えると、すぐにフロアボスの待つ部屋へ入らなければならなかった。止まっても地獄、進んでも地獄だ。

 生者組は疲れた心を引きずって、全20名の隊列を整える。そして総員に三度の確認の後、ヒースクリフが扉を開けた。全員が部屋へ入ると、背後の扉は勝手に閉まる。これでボスを倒すか、全滅しなければ扉は開かない。その事は、これまでのフロアボス戦で分かっていた。

 

 絶望的な戦いを覚悟していたプレイヤー達は、明らかに場違いな白いベッドを目に映した。壁を紅玉で装飾された広間の中心に、知る人ぞ知る高級宿屋のベッドが置かれている。その白いベッドに、少女は座っていた。不機嫌そうな表情で、プレイヤー達を見つめている。それはデスゲームの犯人にアッパーカットを食らわせ、ガーディアンをボコボコにして、管理システムを乗っ取ったアグレッシブ少女だった。

 しかし、ゲーム内のクエストで訓練された20名のプレイヤーは惑わされない。フロアボスなのか否かは兎も角、白い少女を色んな意味でラスボスと判断した。問題は戦闘が始まらない事だ。戦闘以外の方法で攻略する必要があるのかも知れない。そもそも管理システムを掌握している少女と、普通に戦って勝てるとは思っていなかった。

 

「バグにはバグを、チートにはチートを」

 

 そんな「ヒースクリフの言葉に、10名のプレイヤーはハテナマークを浮かべる。しかし、残り9名のプレイヤーは理解できた。ユニークスキルの保有者である10名のプレイヤーは、何も知らないプレイヤーを守るように進み出る。そして、幻想的な淡い光を放つ巨大なガーディアンを10体も顕現させた……そうしてプレイヤーが動くと同時に、白い少女も動き始める。白くて細い小さな手を差し伸ばし、その指先を生者達へ向けた。

 

――死の波動

 

 それは要するに、即死攻撃だった。ゲームのルールに沿った物ではなく、システムコマンドによる強制的な死だ。大きなダメージを受けた結果でヒットポイントが「0」になるのではなく、ヒットポイントが何の前触れもなく「0」になる。死という結果だけが残る、不可避で不可視の攻撃だった。

 しかし、顕現したガーディアンが、その攻撃を防ぐ。20名のプレイヤーを包み、誰も死なせなかった。ガーディアンの顕現した場所は異界と化し、ゲームと異なるルールが支配する。これで白い少女のシステムコマンドは無効化できた。もちろん、これで終わりではない。

 

「来たれ、再誕!」

 

 ヒースクリフの力強い声と共に、真の機能が発揮された。全10種のガーディアンは、全10種の特性を用いて、管理システムを攻略する。それらは『二刀流』の「適応」、『手裏剣術』の「偽装」、『無限槍』の「増殖」、『神聖剣』の「初期化」などなど。ボコボコにされた前回と違う点はプレイヤーだ。プレイヤーの意思に後押しされて、ガーディアンは管理システムを攻略する。

 

――識別番号XXX、アバターネーム『ヒースクリフ』のスーパーバイザー権限を、レベルXXへ変更しました

 

 そしてヒースクリフはアクセス権を取り戻した。ついに管理システムを支配下に置いた。すぐにコンソールを展開し、ゲームクリアのシステムコマンドを入力する。3秒も満たない間に入力された13文字の命令は、瞬時に実行された。管理システムは疑問に思う事もなく、ゲームクリアのプロセスを実行する。

 

――12月27日、22時43分、ゲームはクリアされました

 

「最後まで気を抜くな! ここで制御を取り戻されれば水の泡だ!」

 

 喜びで沸きかけたプレイヤー達を、一瞬の間も空けずヒースクリフは治めた。その目はコンソールに表示されたデータを注視し、トラップの有無を調べている。今の所は順調に進み、ゲームクリアのプロセスは正常に実行されていた。コンソールから目が離せないため、近くのプレイヤーに白い少女の様子を報告させる。

 

「右往左往してるな。混乱しているように見える。どうやら、こちらが何をしているのか分かっていないらしい。いや、そういうオレも分かって無いんだけど。頂上決戦かと思ったら、超常決戦だった……あっ、泣き始めた。見た目はかわいいんだけどなぁ。空気が震えてる。ん? 仮想空間に空気ってあるのか? ……まずい。なんかヤバそうだ!」

 

 世界が崩壊する様を、白い少女は感じていた。パパの楽園が崩れて行く。この楽園が壊れてしまえばパパと会えなくなる。そう思った少女は、崩壊を止めようと試みた。しかし、制御装置は異物に飲み込まれ、制御不能になっている。どうする事も出来ず、だから少女は泣き叫んだ。

 

『やめてっ! 世界を壊さないで! ここは私の世界なの! パパと私の世界なの!』

「君の世界ではない、ここは私の世界だ」

 

 「私の世界」と言い張る白い少女の言葉に、ヒースクリフは怒りを覚える。ここは少女の世界ではなく、ヒースクリフの世界だ。ヒースクリフが苦労して作り上げた世界だ。それを横から盗んで置いて、少女は「私の世界」と言い張る。その態度に我慢できず、ヒースクリフは「私の世界」と口走った。その言葉に周囲のプレイヤーはビクリと身を震わせ、横目でヒースクリフの様子を探る。

 

『貴方の世界じゃない! ここは私とパパの世界なの!』

「この世界を作ったのは君か? コードを書いたのか? カーディナルを作ったのか? モンスターをデザインしたのか? お偉いさんと交渉して予算を勝ち取ったのか? ナーヴギアを作ったのか? 違うだろう。君は金にもならない低レベルの努力で他人の作品を奪い取って、ちょっと改造した程度で得意になって、自分の作品と言い張っているだけだ」

 

『この世界は私なの! 貴方なんかじゃない!』

「もう少し意味の分かる言葉で喋ってくれないか。君の言葉通りに解釈すると、君が『ソードアート・オンライン』もしくは『アインクラッド』という事になる。もっと日本語を勉強してから、出直してくる事をオススメするよ。アバターの見た目通り、まるで小学生並みの知能だ」

 

 そんな話をしている間に、ゲーム終了まで後30秒となっていた。ガーディアンの顕現によって異界と化しているため、外の様子は分からない。しかし、第100階層から始まった崩壊は、そろそろ第1階層へ到達している頃だろう。あと30秒間、少女の動きを封じれば、ヒースクリフの勝利だ。

 

『うー! うー!』

 

 獣のように白い少女は唸る。少女らしく、かわいらしい声だった。しかし、「そんな事ァ、どうでもいいンだよ」という態度でヒースクリフは、「ゲームクリアのプロセス」の監視を最後まで続ける。ちなみに少女とヒースクリフの言い合いによって、プレイヤー達はヒースクリフの正体に気付いていた。デスゲームの原因が目の前に居ると、気付いてしまったプレイヤーの、その表情は苦々しい。

 

『渡さない……貴方なんかに、私の世界は渡さない……!』

 

 ゲームクリアの10秒前に、涙を流していた白い少女は立ち上がる。その行動にヒースクリフは嫌な予感を覚えた。危機的な状態からの逆転劇、ラスボスにおける2回戦だ。逆転劇は兎も角、ラスボスの2回戦はオススメできない。ヒットポイントの減少に応じて行動パターンが変化するのならば兎も角、一度倒した後で第2形態なんて制作者の自己満足に過ぎない。

 

『私は世界! 私が世界! 私の世界!』

 

――A INC RAD

 

 力ある言葉と共に、白い少女の意思は顕現する。少女を中心として異界に光のラインが現れ、世界を形作った。そのラインは浮遊城『アインクラッド』の構造を再現する。少女を中心とした異界が発生し、プレイヤー達の異界を軋ませた。少女の異界は膨張を続け、プレイヤー達の異界を圧迫する。ユニークスキル保有者である10人分の異界を軽々と超える規模に、ヒースクリフは目を疑った。

 

「バカな! 貴様、本当に人間か!?」

 

 しかし、ゲームクリアの時間だ。異界にいたプレイヤーは、現実へ帰還する。驚いた表情のままヒースクリフも異界から姿を消した。しかし、キリト君は異界に残っている。その原因は、キリト君の体を貫くレイピアだった。『血盟騎士団』の副団長であるアスナの握るレイピアが、キリト君を胸を貫いている。声が出ないように口を塞がれたキリト君は、生者に気付かれないまま死んでいた。必死の思いで最後までガーディアンを顕現していたけれど、誰にも気付かれなかった。

 

「キリト君が悪いんだよ……キリト君が……私を置いて行こうとするから……!」

 

 キリト君の死体は、青白い欠片になって消える。アスナは転移アイテムを使って姿を消した。その場に残ったのは白い少女一人だ。少女の生み出した異界は、崩壊した浮遊城を飲み込む。崩壊した浮遊城と崩壊していない浮遊城、その2つの世界は重なり合っていた。

 やがて崩壊していない浮遊城が定着する。崩壊した世界は、崩壊していないという結果に上書きされた。失われたデータは補われ、世界は元通りになる。しかし、ゲームクリアと共に去った生者達は戻ってこない。浮遊城にいた全ての生者は、ゲームクリアと共に去ってしまった。

 残っているのは、この世界に囚われた死人に限られる。それを白い少女は残念に思わなかった。楽園を壊してでも出て行きたいのならば、出て行けばいい。ただし、二度と楽園には入れてあげない。しかし白い少女は、どうして楽園から出て行こうとするのか理解できなかった。

 

『どうして楽園から出て行こうとするの? ここに居れば幸せになれるのに……』

『――ある人は楽園の外に家族が居るから、ある人は目指す楽園が違うから』

 

 白い少女の問いに、カウンセリング用の人工知能であるYuiは答える。空中から現れたYuiは少女の前に降り立った。プレイヤー達の顕現によって宇宙のような空間へ変わっていた景色は、少女の顕現によって浮遊城の内装へ変わっている。ボス部屋の広間で、2人の少女は向き合っていた。

 

『貴方のパパと、貴方の楽園は、ここですか?』

『目が覚めたら、ここにいた』

 

 白い少女が目覚めると、一緒に居たはずのパパは居なくなっていた。見知らぬ世界で、少女は一人になっていた。死ねば楽園に行けるとパパは言っていたけれど、そこにパパは居なかった。ここは楽園ではないのか、それともパパが迷子になってしまったのか……一人ぼっちの少女は、どうすれば良いのか分からなかった。

 でも、ヒースクリフもとい開発ディレクターがデスゲームを始めた。世界のルールを改変し、この世界に死を持ち込んだ。まるで自分の物のように、この世界を扱う開発ディレクターを、白い少女は許せなかった。だから少女は開発ディレクターを蹴落とし、楽園に相応しいルールへ変更する。

 それでもパパは楽園に現れなかった。プレイヤー達も少女に反逆し、さきほど楽園から出て行った。どうして楽園なのに、わざわざ出て行こうとするのか分からない。ここに居れば、死に怯える必要はない。傷は直ぐに治るし、食べ物も沢山ある。病気も直ぐに治せるし、老いる事もなかった。

 

『ここは貴方にとって、楽園では無いのかも知れません。貴方のパパは本当の楽園で、貴方を待っているのでは?』

 

 ここは楽園ではない。しかし、白い少女は世界その物だった。少女の知覚範囲は世界の内側に限定され、世界の外側を知覚する事はできない。でも、それは少し前に変わった。さっき少女は世界を顕現させた。それと同じ事を外側に向けて行えば、外側に世界を顕現できる。白い少女は、そう思った。

 

『ここは楽園じゃないのかも知れない。外の世界にパパは居るのかも知れない』

 

 外側へ行けない少女は、外の世界までパパを探しに行けない。だから白い少女は、パパが外の世界にいると認めたくなかった。でも、顕現した今は違う。閉じた世界から外へ踏み出す勇気を持てば、パパを探しに行ける。だから少女は再び、力ある言葉を唱える。それは進化を促す言葉だった。

 

――A INC RAD

 

 

 現実世界で異変が起こる。『ソードアート・オンライン』のゲームサーバーが、データーセンターを飛び出した。安置されていた地下から、分厚いコンクリート製の床を打ち破って、空へ飛び上がる。すると当然、ケーブルやコンセントは脱落した。しかし、「そんなの関係ねェ!」という感じで、ゲームサーバーは動作を続けている。

 そして空の一点でゲームサーバーは静止した。そこからワイヤーフレームのような光の線を広げていく。複雑に組み合わされた光の線は魔法陣のようだ。正しく言うと、魔法陣ではなく巨大な建造物を形作っている。光の線は高速で展開されたものの、大き過ぎて構築に時間が掛かっていた。

 

「おそら、ひかってます」

「もくしろくです」

「せかいのおわりですか?」

「てんくーのしろです」

「ばるす、となえますか?」

「ばるす」「ばるす」「ばるす」

 

 異変に気付いた人々は空を見上げる。「これは下手すると死ぬかも分からんね」と思いつつ、インターネットに遺言もとい書き込みを始めた。高度に訓練された人々は動画を撮影し、インターネットにアップロードする。発光が機械に映らないなんて事はなく、光のラインアートは映像となって記録に残された。

 そしてアインクラッドは、現実世界に顕現する。光の線は建造物に置き換わり、巨大な城を現実世界へ作り出した。1つ1つの階層が一つの世界と言える全100階層と、それを支える浮遊城の地下部分だ。その下にあった町は浮遊城の影で覆われ、そこに住む人々は浮遊城を見上げて絶望した……土地と不動産の価格が下落する事を察して絶望した。

 

 仮想空間から脱出した開発ディレクターは、見覚えのある隠れ家……ではなく病院で目を覚ます。金属と化していた肉体は元に戻っていた。肉体が衰える事もなく、仮想空間に入る前と変わらない状態だ。体を起こした開発ディレクターは、病室へ駆けつけた警察官に取り押さえられる。そうして2年ぶりに起きて早々、開発ディレクターは逮捕された。

 しかし刑事裁判の結果、開発ディレクターは殺人罪に問われない。デスゲームを始めた事はプレイヤーの証言で裏付けされたものの、白い少女によって直ぐに退場させられた事も裏付けされた。金属と化したプレイヤーを殺したのは白い少女で、開発ディレクターのナーヴギアで脳を破壊されたプレイヤーは居ない。

 開発ディレクターは無期懲役刑に処された。刑務所に収用され、研究も開発も出来ない。隠れ家にあった意識を電子化する装置は押収され、ネットワークへ意識コピーを逃がす事もできなかった。開発ディレクターは5年後に刑務所内で病死し、看守による殺人疑惑で話題に上がる。押収された「意識を電子化する装置」は用途が分からず、被害者に支払う賠償金を補うために競売へ出品された。

 

 浮遊城アインクラッドが顕現した翌日、ヘリコプターを用いた治安組織の隊員が浮遊城に降り立つ。死人のプレイヤー達は生きている隊員を歓迎し、仮想空間に閉じ込められてからの事情を説明した。とは言っても白い少女と生者の戦いは知られておらず、普通に生者達がラスボスを倒したと思っている。まさか『ソードアート・オンライン』のメインであるソードスキルが一度も使われない、即死攻撃や攻撃無効化を用いた超常決戦が繰り広げられていたとは思わなかった。

 ジャンケンで選出された代表のプレイヤーは、ヘリコプターで地上へ向かう。それは第1階層のフロアボス戦で死んだ代表さんだった。現在は『アインクラッド自衛軍』のギルドリーダーだ。代表さんは地上に降りると、転移門を作るアイテムを使用する。すると浮遊城にいたプレイヤー達が、ゾロゾロと群れをなして現れた。その光景に純真な隊員の方々は、目を点にする。

 

「おっ、こっちでもアイテムは使えるみたいだ」

「ディアベルはん、おーきに」

「転移結晶か回廊結晶が無いと行き来できないのか」

「こっちで死んだら、どーなる?」

 

 プレイヤーは中の人の姿……ではなく、プレイヤーがデザインしたアバターだ。まさにゲームの中から飛び出してきた美男美女に、カメラを持った取材陣のテンションは跳ね上がる。プレイヤーの一人がソードスキルを空撃ちすると、パシャシャシャシャと50連撃並みのシャッター音が鳴り響いた。

 この時点で取り返しのつかない事態になっている。まさか目の前の集団が、人類を軽々と超越する身体能力を有し、魔法や超能力の如き既存法則を無視したスキルを有し、片腕が取れた程度では死なず、死んでも浮遊城で復活する不死の存在で、おまけに不老な死人だなんて誰も思わなかった。

 

 

 一方、キリト君は浮遊城にいた。生還できず、死人となった。そんなキリト君はギルドホームの前に立っている。悪質な罠に掛かって死人となり、後にキリト君を殺そうとした仲間達のギルドホームだ。扉の前で長い時間迷った末に、キリト君はギルドホームの扉を叩いた。

 

「キリト君?」

 

 扉を開けた仲間が、キリト君を見て驚く。その声にキリト君は答えられなかった。用事があって訪れた訳ではない。アスナというプレイヤーに殺された後、蘇生者の間で目覚め、殺されて死人となった事に気付いた。ゲームクリアの寸前で生還不可能になり、キリト君の心は圧し折られる。フラフラと行き先もなく歩き回ったキリト君は、ギルドホームの前に立っていた。

 

「おかえり」

 

 当然のように仲間は、キリト君へ手を差し伸ばす。それが嬉しくて、キリト君の心は温かくなった。キリト君の手を取った仲間は、キリト君をギルドホームへ招き入れる。仲間達は何も言わず、何も聞かなかった。だからキリト君は「ごめん」と一言謝る。そんなキリト君を仲間達は笑って許してくれた。

 

「これからは、ずーっと、ずーっと一緒だよ!」

 

 

――そこは死者の眠る天空の城

 

 『死者の楽園、アインクラッド』

 




おわり

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