器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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【あらすじ】
死人組の勢力は増し、
キリト君の仲間は解散せず、
ヒースクリフはYuiと接触しました。




 人体から出る汗などの排出物を自動で処理する、高性能なベッドがある。仮想空間に意識を捕らわれた人々の、その体を載せるためのベッドだ。これさえあれば1万人のプレイヤーを介護する手間は省ける。しかし、そのプレイヤーの肉体は金属と化し、ベッドも介護も不要な物になっていた。

 また一つ、銅像が砕け散る。それはプレイヤーの死を示していた。それを監視カメラのモニタールームで確認すると、職員は破片の回収へ向かう。死亡者の氏名・死亡時刻・死亡した原因を記し、破片は棺に納められた。破片は遺体に分類されるので、棺へ流し入れるのではなく、崩れた形を整えられる。

 破片の入った棺と共に、装飾品や衣類は遺族へ返された。しかし、仮想空間とプレイヤーを繋げていたナーヴギアは、遺族に返されないまま回収される。人体を銅像化させるという現代の常識を超えたプログラムの入った危険物を、野放しにする事はできなかった。ナーヴギアの所有権は遺族に相続され、補償金と引き換えで政府に収用される。

 しかし、ナーヴギアという接続端末によって銅像化が起こったのかと言うと、その可能性は低かった。それでもナーヴギアを付けたままにしている理由は脳を破壊されるからではなく、プレイヤーの状態を保存するためだ。人体を金属へ変換する機能はナーヴギアに無く、その現象を起こしたと思われている物は別にある。国民に公開されないまま秘匿されている、それはプレイヤーから遠く離れた場所にある『ソードアート・オンライン』のサーバーだった。

 

 政府に収用されたデータセンターが在る。その地下に『ソードアート・オンライン』のサーバーは安置されていた。複数の演算処理装置を載せたシステムボードを、何十枚も重ねて多層化させ、巨大なタワー型のマシンとする。それがゲームサーバーであるスーパーコンピュータだ。

 そのゲームサーバーは、誰も接触できない状態になっていた。触れようと試みれば、紫色の光に阻まれる。「Immortal Object」というメッセージが表示され、触れた物を弾き返していた。これが仮想空間ならば良かったものの、この現象が起こっている場所は現実空間だ。現実であるにも関わらず、ゲームのルールは適用されていた。

 今は、まだ良い。影響範囲は小さい。しかし、ゲームルールの適用範囲が広がれば、大変な事になる。今でもマシンの周囲に限られているとは言え、現実に影響を及ぼしている。それがサーバールームやデータセンター、さらに現実世界を飲み込まないとは言えなかった。

 ちなみに、銅像化や現実侵食は全て、デスゲームを企てた開発ディレクターによって引き起こされた物だと思われている。白い少女は楽園に固執し、外の世界に興味はなかった。Yuiも仮想空間内のプレイヤーは兎も角、家族や友人などの外界にいる人間をカウンセリングの対象にしていない。そういう訳で外部に情報を公開する者はおらず、開発ディレクターは『現実空間に仮想空間の法則を再現する超技術』を開発したと思われていた。

 

 そんな誤解をされているとは知らず、ヒースクリフは今日も浮遊城の攻略を続けている。現在攻略中の階層は第90階層で、ゲームクリアは目に見えていた。しかし、生者組の戦力は不足している。とは言っても、単純に生者の人数が不足している訳ではない。第75階層の凶悪なフロアボス戦で、十分な実力のあるプレイヤーが死亡したからだ。そのプレイヤー達は死人組になってしまった。

 ヒースクリフの率いる『血盟騎士団』は生者で構成されている。一度でも死亡した者は、退団を言い渡されていた。どんなに優れたプレイヤーでも、死亡を確認すれば退団を宣告される。長い間一緒に戦った戦友と言える存在でも、死人になれば別の道を歩まなければならなかった。50人いた団員も、今は20人に減っている。

 それを受け入れない元団員もいる。死人になっただけで、どうして冷遇されるのか。そう思って『血盟騎士団』を恨む者は多い。退団の宣告を恐れ、死人である事を隠す団員もいた。アバターの死と共にプレイヤーも死んでいれば話は早かったものの、死んでも復活できる事がトラブルの元になっている。

 そうして死人と生者の対立は激しくなっていた。ゲームクリアの最大の障害はフロアボスではなく、生者の足を引っ張る死人だ。厄介な事に、死人と生者を判別する方法はない。だから『血盟騎士団』の団員は、常に複数人で行動することによって死人から身を守り、もしくは互いの生死を監視していた。

 そんな時、ヒースクリフは第1層地下迷宮区へ向かう。そこにある設置型コンソールにアクセスするためだ。「『血盟騎士団』の団体行動として、第1層地下迷宮区の攻略を提案する」という案もあったものの、戦力の減少を恐れて否決される可能性が高い。なので地下迷宮の探索は、『血盟騎士団』の活動ではなかった。

 とりあえず提案だけ行って団体として否決されれば、団長であるヒースクリフは行動を縛られる。個人として地下迷宮へ向かうことも許されなくなる。その行動は『血盟騎士団』の、地下迷宮の探索を行わないという判断を軽視する事になるからだ。なのでヒースクリフは提案を行わず、2名の団員を連れて地下迷宮の攻略を行うことになった。

 

 一方その頃、仲間に誘われたキリト君も地下迷宮区へ向かっていた。そこは第90階層フロアボス級のボスモンスター、つまり48名のプレイヤーで挑まなければ勝てないような強さの敵が現れるという情報もある。しかし、仲間達の誘いを断れず、地下迷宮の探索にキリト君は同行した。

 この場合、気を付けるべき事は不審な小部屋だ。アイテムの効果を封じるトラップに引っ掛かれば、転移によって危機を回避できなくなる。おまけに回復アイテムや解毒アイテムも使えなくなる。仲間達が死んだ時のように、逃げ道を塞がれた上で大量のモンスターが召喚されるかも知れない。それをキリト君は何よりも警戒していた。

 そして何んや彼んやあってキリト君と仲間達は、死神型のモンスターと遭遇する。そのモンスターは噂通りの強さで、一撃でキリト君はヒットポイントの半分を削り取られた。攻撃役であるキリト君は軽装備なので、二撃目で死に至る。その攻撃を防ぐべき防御系のスキルを持つ盾役の仲間は、死神に弾き飛ばされてダウンしていた。

 

「撤退だ!」

 

 キリト君は叫ぶ。そうは言っても、撤退の判断はリーダーの役目だ。すぐに返事が返ってくるものと思っていたけれど、後ろから声は聞こえない。死神の攻撃を回避するために、キリト君は後ろを振り向く余裕はなかった。回復アイテムも転移アイテムも使う暇はなく、全力で死神の攻撃を回避するしかない。

 

「くっ……!」

 

 キリト君は思わず、呻き声を漏らした。仲間の支援を前提として、キリト君は二刀流を使っている。仲間の支援が無ければ、二刀流は攻撃特化の危険なスキルだ。両手に持った剣の存在は回避能力を低下させる。そして、ついにキリト君は武器で、相手の攻撃を受けてしまう。それによってノックバックが発生し、キリト君は一時的に動きを封じられた。そこへ死神の一撃が振り下ろされる。

 

ギギギ!

 

 死神の鎌は、縦長い盾と擦れ合った。タワーシールドと呼ばれる大きな盾だ。その盾を持ったヒースクリフは、死神の攻撃を防ぐ。キリト君の攻撃特化な『二刀流』と違って、ヒースクリフの『神聖剣』は防御特化だ。死神の攻撃を受けてもノックバックは発生しない。逆にタイミング良く攻撃を弾いて、死神にノックバックを発生させた。それによって死神の動きは一瞬止まる。

 

「転移結晶だ」

 

 重々しい声でヒースクリフは呟く。その言葉だけで意味は通じた。しかし、仲間を置いて逃げる事はできない。振り返って仲間達の様子を見ると、盾役を中心に集まっていた。武器を構えたまま、冷たい目でキリト君を見つめている。なぜ、そんな目をしているのか、キリト君は分からなかった。

 

「早く行け!」

 

 キリト君を叱るようにヒースクリフは言う。死神の最優先攻撃対象は、ヒットポイントの減っているキリト君だ。しかしキリト君と死神の間に入り、ヒースクリフは死神の攻撃を防ぐ。開発ディレクターとして死神の攻略方法は熟知しているため、ダメージを最小限に抑えて防御していた。モンスターの敵対心を引き付けるというスキルもある。しかし、キリト君の仲間達を制するために、ヒースクリフは使用を控えていた。

 

「すまない」

 

 そう言ってキリト君は、転移アイテムを使用する。転移アイテムは高価な珍品だけれど、命には代えられなかった。そうして攻略中な階層の5つ前にある85階層の転移門付近へ、キリト君は転移する。すると、すぐにキリト君の仲間達も現れた。そこにヒースクリフの姿は見当たらない。

 

「ごめんね、キリト君。私が動けなかったから、皆に迷惑かけちゃった」

「フロアボス級のモンスターだったんだ、仕方ないさ」

「でも、あれじゃ先に進むのは無理そうだな」

「まずは転移結晶を集めないと……」

 

「動けなかった?」

 

 仲間達の声を遮ったのは、ヒースクリフの上げた疑問の声だった。転移アイテムの設定地点が別の階層だったため、団員2名と共に転移門から現れる。そして、さっきの事を終わった事にしている仲間達の、その会話を断ち切った。すると気持ち悪いほど一斉に、仲間達はヒースクリフを見る。余計な事を言うなと、その目は言っていた。それに少し遅れて、キリト君もヒースクリフを見る。しかし、ヒースクリフを見る仲間達の冷たい目に、キリト君は気付いていなかった。

 

「『動けなかった』のではなく、『動かなかった』のだろう。彼が襲われている間も、君達は傍観していた。彼の言葉に耳を貸さず、彼が死ぬのを待っていた。少なくとも私には、そう見えていたよ」

「言い掛かりは止めてくれないか。あんたには、そう見えたのかも知れない。でも、俺達はサチを助けようと必死だったんだ。転移結晶はプレイヤー本人の手で発動させなくちゃならないからな。死神の攻撃でショックを受けたサチが逃げ遅れて、あのモンスターに倒される事態は避けたかった」

 

「しかし彼の声に、君達は答えなかった。モンスターの攻撃を決死の覚悟で回避していた彼に、一言くらいあっても良かっただろう。それなのに君達は黙って彼を見つめていた。ショックを受けたという彼女に、声をかける事もなかった」

「混乱してたんだ。サチの事で頭が一杯で、他の事を考えられなかった。どうすれば良いのか、とっさに判断できなかったんだよ。フロアボス級のモンスターがいる噂は知ってたけど、一撃でヒットポイントの半分を削られるほど強いなんて思ってなかったんだ」

 

「君は、どう思っているのかね?」

 

 リーダーと問答していたヒースクリフは、キリト君に話を振る。キリト君は、さっきの事を思い出していた。地下迷宮の探索中に、辺りを徘徊していた死神に遭遇し、盾役だったサチが吹き飛ばされ、死神のターゲットを取るために攻撃し、死神の一撃でヒットポイントの半分を削り取られた。

 

( ボスモンスターの攻撃を避けている間、皆の声は聞こえなかった。オレの問いに答える声もなければ、死神の攻撃でダウンしたサチを呼ぶ声もなかった。声を荒げる事もなく、サチの身を案じ、返事を返せなかった? それは不自然だ )

 

 キリト君は仲間達の顔色を探る。『ソードアート・オンライン』の感情表現は、筋肉で表情動かしているのではなく、脳波の読み取りによって行われていた。だから感情を抑えなければ、表情を抑える事はできない。逆に表情を隠すために感情を押さえ過ぎると、何を考えているのか分からない無表情として表現されてしまう――仲間達の顔は、そんな無表情だった。

 

「……うそだろ?」

 

 困ってる表情や怒っている表情ならば分かる。しかし、仲間達は無表情だった。キリト君の仲間達は、キリト君に何かを隠している。感情を押し殺して、その感情を隠そうとしている。では、その感情は何なのか。その事からキリト君は、仲間達がウソを吐いている事を察した。仲間達が自分を見捨てようと、そうしていた事を分かってしまった。

 

「なんで……?」

 

 そう言いつつも、思い当たる事はある。それは仲間達が死んだ時の事だ。一人だけ生き残った自分を、仲間達は憎んでいるのかも知れない。だから仲間達は、自分を見捨てようとしたのかも知れない。自分を許した振りをして、仕返しをする機会を狙っていたのかも知れない。キリト君は、そう思った。

 

「皆は、オレを憎んでいるのか……?」

 

 それならばキリト君を殺す機会は沢山あった。飲食物に毒を混ぜて、全員でキリト君を攻撃すれば良かったはずだ。キリト君の戦闘時回復スキルが高くとも、それはレベルに大きな差のある場合で、仲間達のレベルならば殺し切れる。与えるダメージよりも回復量の方が多く、いくら攻撃してもヒットポイントが減らないという事態にはならない。

 しかし、仲間達はキリト君を殺さなかった。積極的ではなく消極的に、殺害を試みたのではなく見捨てただけだ。ならば、判断を誤ってしまっただけなのかも知れない。そう考えたものの、それならば感情を隠す理由にはならなかった。仲間達は確たる意思でキリト君を見捨て、しかしキリト君の殺害を試みてはいない。そう言う事になる。

 

「違うよ、キリト君。私達はキリト君の事を憎んでなんていない。レベル上げの時間を削って、私達に付き合ってくれている事を感謝してる。睡眠時間を削って、その分を補っている事を知ってるよ。私達と行動するために、キリト君が少ないって言えないほど大きな代償を支払っている事も分かってる。本当だったらフロアボスやフィールドボスと安全に戦うために、レベルを上げたいよね? もっと高い階層のダンジョンを探索して、いいアイテムを手に入れたいよね? そうしないと早い者勝ちで、良い装備は手に入らないから。そんな気持ちを我慢して、キリト君は私達と一緒に居てくれている。攻略よりも私達を優先してくれている。それを私達は、とても嬉しく思っているの。だから早くキリト君に追い付いて、力になってあげたいと思ってる……でも、キリト君は生きるのに必死で、とても辛そうだった。死ぬ事を恐れて、とても苦しそうだった。だから助けてあげたかったの。私達はキリト君を、死の恐怖から解放してあげたかった。そうして私達と一緒に、ゲームを楽しんで欲しかった。一度死んで、死の恐怖から解放されて、その感覚をキリト君にも知って欲しかった……でも、仲間を殺すなんて事はできない。キリト君も私達に殺されるなんて嫌だよね。それは悪い事だし、そんな事をしたらキリト君に嫌われちゃう。だから強いモンスターと戦って、キリト君を殺させる事にしたの。それなら死んでも仕方ないよね? もちろん、わざとキリト君を見捨てるような事をしたのは今回が初めてだよ。いつもは強い敵と戦って、キリト君が自然に死ぬ時を待ってたの。ずっと待ってたの。でも、キリト君は強いよね。どんなに強い敵が相手でも、瀕死になるだけで一度も死ななかった。だから今日はキリト君を倒せるほど強いモンスターと出会って、それで迷ってしまったの。二度と無いようなチャンスで、キリト君を助ける事を迷ってしまった。でもね、キリト君。キリト君を見捨てたのは、キリト君を幸せにするために必要な事だったの。私達はキリト君のために、キリト君の危機を見過ごした。でも、これはキリト君のために必要な事だったの。きっと一度死ねば、キリト君も楽になれるから。もっと肩の力を抜いて、この世界を楽しもうよ。キリト君は頑張らなくても良いの。もっと歩くような速さで、この世界を生きて行こう――キリト君が憎かった訳じゃない。ただ私達はキリト君を、生きる苦しみから解放してあげたかっただけなの」

 

「黙れよ」

 

 人も、世界も、狂っている。この世界で死んでも、この世界に限って死なない。デスペナルティを負って、蘇生者の間で復活する。しかし、現実世界にあるプレイヤーの体は復活できない。金属と化した体は砕けると、人工知能のYuiから聞いている。この世界で体験する最初の死は、現実世界で実際に起こる死だ。

 それを仲間達は忘れている。キリト君の目的が生き残る事である以上、死は許容できない。だからキリト君と仲間達は相容れなかった。生者と死人は相容れない。過ぎ去った「一度目の死」が死人にとって死でなくとも、生者にとっては死だ。そんな当たり前の事を死人達は忘れている。いいや、問題から目を逸らしていた。

 

「ケイタ、お前も死んでるのか」

「ああ、ボクは……自殺だ。皆と一緒になりたかった」

 

 キリト君に気付かれた今、もはや仲間達は隠そうとしていない。仲間達が死んだ時、リーダーであるケイタは別のエりアにいた。だからリーダーは死んでいないはずだった。それから今までの間に、リーダーが死んだという話は聞いていない。しかし、キリト君の知らぬ間に、生者は死人へ成り代わっていた。

 

「なあ、キリト……」

「彼の身柄は、こちらで預からせてもらうよ」

 

 リーダーの言葉をヒースクリフは遮る。マントを取り出して、キリト君に被せた。そのマントはキリト君の視線を遮り、キリト君に向けられた仲間達の視線も遮る。そうしてキリト君と仲間達は別たれた。仲間達に裏切られて呆然としているキリト君は、ヒースクリフの誘導に大人しく従う。ヒースクリフは近くの宿屋へキリト君を連れ込み、その体をベッドに寝かせた。

 

( これで『二刀流』は手に入れたも同然だ。私の『神聖剣』、そして配下の『手裏剣術』と『無限槍』を合わせて4つのユニークスキルが私の下に揃った。ユニークスキルは全十種で、あと6人だ )

 

 ヒースクリフは親切で、キリト君と仲間達の問題に関わった訳ではない。キリト君がユニークスキルの保有者だから関わった。それに攻略組でキリト君は有力な存在だ。そうでなければ、死神型のモンスターからキリト君を助ける事も行わなかっただろう。キリト君達を囮に代えて、これ幸いと設置型コンソールの下へ向かっていたに違いない。

 その後、ヒースクリフは『血盟騎士団』にキリト君を勧誘する。キリト君はソロプレイヤーに戻ろうと考えていたけれど、ヒースクリフは死人に狙われる可能性を挙げて説得した。さらに、仲間に裏切られて脆くなっていたキリト君の心を突き、キリト君の獲得に成功する。ちなみに、自分のせいでギルド仲間が死んだ……のではなく、ギルド仲間に裏切られたとキリト君は思っている。なので、再びギルドへ所属する事に拒否感は覚えなかった。

 

 ヒースクリフと団員2名、それとキリト君の4名は地下迷宮へ向かう。攻略組に属する4人のユニークスキル保持者によって、死神型のモンスターは打倒された。そして設置型コンソールのある場所に、ヒースクリフは辿り着く。コンソールを用いれば緊急用でコマンドは限られているものの、許可されている権限の範囲内でシステムを操作できる。

 とは言っても、誰でも操作できるのではない。ゲームマスターとしての権限を設定されていないプレイヤーは弾かれる。デスゲームの始まった時にアクセス権を奪われたヒースクリフも、コンソールを起動させる事すらできなかった。しかし、ヒースクリフは落ち込む事なく同行していた団員を、石の台座の前に立たせる。その台座こそ、コンソールを起動させるためのオブジェクトだった。

 

「どうするつもりだ?」

「裏技を使うのだよ」

 

「初めてきた場所じゃなかったのか? どうして、そんな方法を知っている」

「君の考えているような方法ではない。どんなロックであろうと開錠できる、魔法の鍵を使うのだ」

 

「――来い! 来いよ! オレは、ここにいる!」

 

 突然、キリト君の隣にいた団員が叫び始める。それに驚いたキリト君は、目を点にした。その視線には、「何をやっているんだ、こいつは」という思いが込められている。しかしヒースクリフや団員は、その奇行に驚いていなかった。まるで、この奇行が当たり前の物であるかのようだ。その様子を見たキリト君は、「(精神的に)危ないギルドに入ってしまったのかも知れない」と思ってしまった。

 

「ミケェェェェェェ!」

「誰だよ!?」

 

 団員の叫び声に、キリト君は思わず突っ込む。その瞬間、団員のアバターから、ワイヤーフレームのような光の線が浮かび上がった。それは団員を包み込むように広がり、巨大な影を形成する。しかし淡い光を放つ影は大き過ぎて、迷宮の部屋に収まらない。そう思った瞬間、周囲の風景は一変し、宇宙のように足場すらない空間へ、キリト君達は放り出された。

 

「なんだ……これは……!?」

「ミケは、リアルで彼の飼っている猫の名前だよ。彼は一人で住んでいるから、飼い猫が無事に保護されているか心配している」

 

「そっちじゃない! あの、でかい奴だ!」

「あれはアバター……ではなく、ガーディアンと呼んでいる。この仮想空間の外から送り込まれたプログラムだ。白い少女に戦いを挑んだ10名のプレイヤーは憶えているだろう? アレはプレイヤーではなく、デスゲームを妨害するためのプログラムだったのだ」

 

「それが、どうしてこうなった!? 」

「白い少女によってガーディアンは返り討ちにされた。しかし、その因子はプレイヤーに引き継がれている。具体的に言うと、ローカルメモリに保存されている。その因子を呼び起こした結果が、これだ」

 

「……叫ぶ必要はあったのか? 普通に使えないのかよ」

「強い感情が、激情が、因子を呼び起こす鍵なのだ」

 

「そんなバカな……」

「それが、そうでも無いのだよ。強い感情によって、アバターに設定された数値以上の結果が出ることもある。この『ソードアート・オンライン』という世界……いいや、『アインクラッド』に限っては、人の意思が世界を塗り替える事もあるのだよ」

 

「団長、できました」

「彼の宿すガーディアンの特性は『偽装』だ。これでゲームマスター権限を偽装し、コンソールにアクセスする」

 

「まるでウイルスだな」

「違いない」

 

 そう言ってヒースクリフは石の台座に触れる。すると、弾かれる事なく、コンソールが表示された。ヒースクリフは何やら操作を行い、情報を引き出していく。そうしてスーパーバイザー権限を確認すると現在、ゲームマスターとして相当の権限を持っている者は、カーディナルシステムだけだった。ちなみに設定されていないゲームマスターが、『設置型コンソールを用いてアクセスしている事』を、カーディナルシステムは問題としていない。

 

「なに……?」

 

 思わず、ヒースクリフは呟く。この世界を乗っ取った侵入者の識別番号が、そこに無かった。そこで考えたのは、こちらと同じように偽装データを返されている可能性だ。ヒースクリフはログや設定値を呼び出して、偽装データという可能性を検証する。しかし、カーディナルシステムを開発したヒースクリフでも、偽装されているという証拠を見つけられなかった。その代わりとしてヒースクリフは、カーディナルシステムを強引に書き換えた跡を見つける。

 強引に書き換えられたため、コアプログラムによって修復された跡が残っている。しかし、何者が強引に書き換えたのか分からなかった。ログを削除されたかのように、書き替えた者の識別番号は抜け落ちている。侵入者が居るのは間違いない。しかし、その正体を暴く事はできなかった。

 信じ難い事に侵入者は、ゲームマスターとして相当の権限を取得していない。リアルタイムでデータを書き換えている事になる。裏口となるバックドアはカーディナルシステムによって潰されるため、アクセスする度にセキュリティを突破して侵入しているという事だ。少なくともヒースクリフの見る限り、そうとしか考えられなかった。当然、その侵入を防ぐためにセキュリティシステムは強化されている。とんだ脳筋の仕業だ。しかし、カーディナルシステムを何度も改竄(かいざん)している天才でもある。

 

「ゲームクリアのフラグを立てる……というのは、このコンソールで操作できる範囲を越えている。しかし、第100階層の転移門をアクティベートさせ、第100階層を徘徊するモンスターを排除し、フィールドボスを倒す事によって解放される移動制限を解除し、フロアボスのヒットポイントを1にする。

 そうしてプレイヤーが迷宮の罠を攻略しつつ第100階層の奥へ向かい、フロアボスを倒せばゲームクリアのフラグは立つ。それを、これから遣ってみようと思うのだが……どう思う? もちろん敵に気付かれれば修正されるだろうし、私だけではなく君達の身の安全も保障できない」

 

「反対です。その敵が気付けば、全て台無しになります」

「反対です。フロアボスを倒すまで、時間と勝負する事になります」

「賛成だ。ダミーデータを流し続ければ、クリアするまで敵を騙せるんじゃないか?」

 

「いいや、彼の特性を用いて広域のダミーデータを流すことは不可能だ。ナーヴギア内部にあるローカルメモリの容量が足りない。それに膨大な処理を必要とするガーディアンの顕現は、ローカルメモリを劣化させる。

 もしも特性の酷使によってローカルメモリが破損すれば、ナーヴギアに仕込まれたプログラムによってナーヴギアは暴走し、プレイヤーの脳は破壊されるだろう。ガーディアンの特性を発揮する事は、プレイヤーもといナーヴギアの寿命を削る事と同じなのだよ」

 

 そう言ってキリト君に納得してもらう。ヒースクリフは提案しただけで、さっきの案を実行する気はなかった。最後にヒースクリフは、ガーディアンについて説明する。これもダミーデータを流している間でなければ、口に出せない内容だ。ユニークスキルを保有しているキリト君もガーディアンを宿している可能性を指摘され、その顕現を試す事になった。

 

「こ、来い、ガーディアン!」

「笑うんじゃない、もっと真剣にやるんだ」

 

「来たれ、ガーディアン!」

「顔が笑っているぞ!」

 

「これがオレのガーディアン!」

「もっと真面目にやれ! こうしている間にもガーディアンの顕現によって、彼のローカルメモリは消耗されているんだぞ!」

 

「うおおおおおお! ガーディアン! ガーディアン!」

 

 恥ずかしいセリフを全力で叫び、キリト君の精神力は削られる。しかし、なかなかガーディアンを顕現できない。そうしている間にガーディアンを顕現中の団員は「うっ!」と唸り、頭を押さえて苦しみ始めた。その様子を見て焦ったキリト君は、巨大なガーディアンの顕現に成功する。それは「適応」の特性を持つ、『二刀流』のガーディアンだ。ちなみに、団員が苦しみ始めたのは迫真の演技でした。ヒュー!

 

 一方その頃、白い少女はガーディアンの顕現に気付いていた。白い少女から見れば、自分の体内に異物が発生したような物だ。それで気付かない訳はない。しかし白い少女から見れば、プレイヤーも異物だ。異物の中の様子は探れないけれど、気に掛けるほどの事ではなかった。

 プレイヤーが階層を上がる毎に、白い少女は上層へ避難している。そして現在、白い少女は第100階層の最奥にある部屋を陣取っていた。モンスターも何も居ない部屋だったので、ベッドを設置して寝転んでいる。凶暴なモンスター達も、その部屋へ入ってくる事はなかった。

 そこはヒースクリフがフロアボスとして、プレイヤー達を迎え撃つ予定の場所だった。しかし、カーディナルシステムに対するアクセス権を奪われたヒースクリフは現在、プレイヤーとして第1階層の地下迷宮区にいる。なので、その場所にフロアボスは設置されて居らず、代わりに白い少女の専用部屋と化していた。

 

――攻略する上で避けては通れない、ラスボスの間だ

 


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