九十五話 火星より
火星の地表は赤く酸化した大地で覆われていた。
表面温度は低く、おおよそ生物が生存することは不可能だと思われる地に、人間の姿をした男が一人、悲しげに彼の兄弟の無残な姿を見ていた。
『兄弟』とは言っても彼らに血縁関係があるわけではなかった。同じ目的のために力を合わせて戦うための、言わば誓いのようなものであった。
「ジャック……エース……」
それが、赤い砂に体を埋まらせてる巨人たちの名前であった。共にカラータイマーの輝きもなければ、目に光も灯っていない。彼らがどうしてこのような状況に置かれているのか、それは薄々分かっていた。
タイラント出現の時にウルトラサインを送ってくれた、あの時にやられたのだ。本当は自分がもっと早くにここに来なければならなかったのに、こんなにも遅れてしまったことが情けなかった。
至らない自分が情けない。人類の味方に徹するわけでも、あのお方たちの側に付くわけでもない、何もかもハッキリと決められない、己の優柔不断さ。それがただただ嫌だった。
「愚かよね。敵うはずもない相手に向かっていったウルトラマン。彼らの命に何か意味があったかしら?」
後ろから女の声が聞こえた。振り向くとそこには一人の白人の女がいた。長い金髪が印象的なこの女と、ダンはこれまでに何度か会ったことがある。
「君に会うのは、タイラントのとき以来かな?」
「さあ? そんなこと忘れてしまったわ」
笑みを零しながら女は答えた。
「そんなことより、こんな所で何をしているの? まさかご兄弟の姿を一目見ようと?」
「……いいや、ボクはただ、謝りたくて来たんだ」
「バカね。死体に謝ったところで何もならないわよ。それはただの物体、それ以下でも以上でもない。意思なんてものはないわ」
女は蔑むように吐き捨てる。それが一体どのような感情から来るのか、どんな経験から来るのか、考えたくなくても考えてしまう自分に気が付きながら、しかしダンはそれを顔に出したりはしなかった。
「死者に名誉を与えなければ、せめてもの敬意を表さなければ。それは確かに生きているボク達が勝手に思って勝手にやっている事だ。でも、それしかボク達には出来ないんだ」
「身勝手ね。死んだ人たちはそんなこと望んでないかもしれないわよ。静かに眠らせて欲しいかもしれないわよ」
「そうだとしても、ボクにはそんなことは出来ないよ。彼らはボクの兄弟だから」
女は押し黙った。
「もう、戦いはやめないか?」
それに女は鼻で笑って答えた。
「戦いは続くわ。どちらかが倒れるまで永遠に終わることはない。前回は我々の慈悲であなたたちと人間を生かしてやった。しかし次に抵抗した時には人間は絶滅させ、ウルトラマンは星ごとこの宇宙から消して見せるわ」
「君たちはどうしてそんな考え方しか出来ないんだ? 共存の道はないのか?」
「なら逆に聞くわ。我々が仲良くしようと言ったらあなたたちは信用する? 人間は我々を許す? あなたたちは許せるの?」
「この戦いは君たちが始めたものだ。なら君たちが落とし所を見つけるべきのはずだ」
「なぜ下種如きにそこまでしなければならないのかしら?」
「人間を下に見るほど、君たちにはもう余裕がないはずだ。日本は徐々にウルトラマンの味方になりつつある。それなのに君たちが日本を滅ぼさないのは何故だ? 君が言うように君らが強いのなら悪い眼を摘み取るはずだ」
どうだ、とダンは女を見る。
しかし女は何がおかしいのか、ククク、と笑う。
「アーハッハッハッ」
高らかに笑う女に、ダンは怪訝そうな表情をする。
「何がそんなに可笑しい?」
腹を抱えてゲラゲラと笑う女はやがて息を整えて、半笑い気味にダンを見る。
「今の人類のそれは反抗なんて大したものじゃないわ。それに、もう済んだことよ」
「どういうことだ?」
「人間はもう用済みなのよ。私たちの作戦は既に第二段階に入っている。今さらどう足掻いたところで未来は変わらないわ」
「君たちの目的はなんなんだ? いったい何をしようとしているんだ?」
ダンはてっきり彼らの目的は遂げられたものだと思っていた。地球を支配下に置き、またウルトラマンには手を出させないようにする。それが彼らの目的であるとばかり思っていた。しかし、その言い方ではまるでなにか別の目的のために地球を制服したかのようだ。
「まだ気がついていなかったの? 何故我々が地球をあのように統治したと思う? とっくの昔に分かっているのかと思ってたのに、ウルトラセブンも落ちたものね」
意味ありげに笑う女の姿を見ていてダンはハッとする。
「まさか、君たちはあれを!」
「ご想像にお任せするわ。ウルトラセブン。せいぜい頑張りなさい」
そう言うと、女は消えてしまった。
ダンは額から嫌な汗が止まらなかった。奴らの目的がアレだとするのなら地球が、いや全宇宙が危ない。その前になんとしても戦力を集めなければならない。
ダンはジャックとエースの姿を見る。あの女は死んでいる、と言ったが、そんなことで死ぬほどウルトラマンはヤワじゃない。ボク達はこの世界で最もしぶとい存在だ。時間はかかるが、まだ何とかなる。
ダンは決意し、二人の兄弟の元へ足を進めた。
しばらく見ないうちにハーメルンがいろいろと変わっていて驚きましたね。
※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。