霧の中、一人の男がレンズ越しに火の玉になって墜ちていく戦闘機を見て舌打ちした。
一瞬遅れて、ズーンと腹に響く音が聞こえてきた。
「クソが……」
俺が撮りたかったのはこんなものじゃない。俺が撮りたかったのは、俺が呼び寄せたあの怪獣にメビウスがかんぷなきまでに叩きのめされるところだ。たかが戦闘機が撃墜されるところなんて、つまらなくて仕方ない。
ヒルカワは、深くため息をつく。
そして後ろにある黒いワンボックスカーの扉を開け、運転席に腰かけた。
後ろの席を見ると、一人の少女が椅子に縛り付けられて、口を塞がれていて泣き叫べない代わりに、両目にたっぷりと涙の粒を浮かべていた。そんな光景を見ると、なにやらぞくぞくと体が震えた。
俺は今、やつが一番大切にしている存在をこうしている。これを見たら、あいつはどうするだろうか? さぞかしおもしろいことになるはずだ。
しかし……。
ヒルカワはそう思ってフロントガラスから夜空を眺めた。
濃すぎる霧に阻まれた空には何も見えないが、それでもヒルカワは空を見なければならなかった。
しかし、ヒルカワは少しだけ霧が薄くなっているような気がして、慌てて怪獣を見た。見ると、どうやら巻き貝のような殻が破損していた。おそらく自衛隊が放ったミサイルが命中してしまったようだ。これでは霧が薄くなっているのも当然だ。
あの霧は特別なものだった。簡単に言えば霧の一粒一粒が生きていて、ものすごい暴食だとでも言うべきか。そしてその霧を作り出しているのが、あの巻き貝のような殻だった。
自衛隊に生じたエンジントラブルも、町が更地になったのも、すべてはあの霧が食べてしまったからだ。
メビウスが遅い。
いつもならばもう現れてもおかしくないはずだ。それなのに今日に限って、あいつは現れない。早く現れないと、霧がどんどん薄くなってしまう。
ヒルカワが、夜空に向かってため息を吐いたその時だった。空がうっすらと赤く光った。
ずいぶん遅い登場だ。だがいい。これで役者は揃った。あとはシャッターチャンスを待つだけだ。
危機管理センター。
戦闘機が四機も撃墜されたものの、手に入った情報は怪獣が霧の中にいることと、霧の中に入ったら戦闘機のエンジンが狂うということだけだった。
今は陸上自衛隊の無人機を霧の中に送り出して怪獣を捜しているのだが、ここ、危機管理センターに映し出される映像はただ真っ白な画面だった。
村形総理はそんな光景に一度、ため息を吐いた。
総理をやっているうちに何度もここに来たのはおそらく自分だけだろう。なぜ自分が総理の時に限って面倒なことが起こるのか。この国はなかなか楽をさせてくれない。
怪獣の名前は『ウララ』に決まった。アイヌ語で『霧』を表す言葉だ。
今回の件は歴史に名を残す大事件となるだろう。なにせ一つの町とその周辺地域が更地に変わっていたというのだ。つまりそれは、そこにいた人たちも死んだということだろう。この件が解決したら野党はうるさいだろう。
村形総理は再びため息を吐くのだった。
※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。