ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

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八十八話 正体

 北海道の夜の空を、2機のイーグルが物凄いスピードで飛行していった。

「こちらカイザー・3。CCP、カイザー・リーダーのブリッツが消えた。どうなっている」

 カイザー・3を操縦する田﨑はそう尋ねた。

『CCP、カイザー・3。残念だが……撃墜されたものだと思われる。救難信号は確認できていない』

 田﨑は唇を強く噛んだ。仲間が2人もやられた。それがとてつもなく悔しかった。

『だが、彼らからの情報によると、怪獣は霧の中にいるもよう』

 そう言われると、田﨑は左後方を飛行している小林に無線を送る。

「小林、危ないと思ったら迷うことなく撃て。怪獣との距離はじゅうぶんに保つように」

『……大丈夫でしょうか』

 励ますつもりで言った言葉に返ってきたのは、不安そうな声だった。

『田﨑さん。僕らが知る限り、岡崎さんも篠原さんもミサイルを一発も撃ってないんですよ? つまり撃つ間もなくやられたってことじゃないですか!』

 その言葉に、田﨑は口ごもった。

 自分自身、恐くないと言えば嘘になる。カイザー2機がミサイルを一発も撃っていないというのは、マルチデータリンクをもっているF-15Jのレーダー上で見れば明らかだった。

「……小林、俺たちは自衛官なんだ。そして自衛官ならそこにあるのが死だとしても、行かなきゃなんねぇだろ。この時代で自衛官の道を選んだのは紛れもねぇ俺たちなんだからよ」

 しかし、そう言っても小林が納得しないということはわかっている。俺たちは本当に死ぬことを想定して自衛官になったわけではないのだ。人を守れるからという平和ぼけ。そして給料などにひかれて自衛官になって、そこに死ぬなどということは、頭のどこかにはあっても、大丈夫だろう。と思っていた。

「無理強いはしない……何年かブタ箱に入らなきゃなんねぇかもしれないが、今ならまだ基地に戻れる。帰りたいなら帰れ」

 本心だった。自分よりも若い小林を死なせたくなかった。

 イーグルが二機もやられた今、たかが一機減ったところで何も変わりはしない。むしろ迷いのある者は良くても囮、最悪の場合は足手まといにしかならない。

『……やります』

 小林のその言葉に、田﨑はホッとした。だが同時に、虚しくなった。これで小林が死んだら、その責任は間違いなくこの俺にあるのだから。

『そのかわり、生きて帰ったらうまい酒を奢ってくださいよ』

「ああ。約束する。うまい店知ってるんだ」

 そう言って田﨑は酸素マスクの下でにぃっと笑った。

 おかしなものだと思ったのだ。死ぬかもしれないのに未来の話をするというのは。もしかしたら、無意識のうちに人間は生きることをを考えているのではないか、と。

『CCPよりカイザー・3、カイザー・4。もうすぐで現場空域だ。ウェポンズフリー。すべての武器の使用を許可する』

「ラジャー。カイザー・3。ウェポンズフリー」

『カイザー・4。ウェポンズフリー』

 そして2機のイーグルは高度をさげて、雲の下にでた。その途端、2機は霧に包まれた。

「今、霧に入った」

 そう言った瞬間に、背筋がぞくりとした。

「小林うしろだ!」

 ほぼ反射的に、叫ぶような声量で怒鳴ると田﨑はアフターバーナーを全開にして急降下をした。同時にフレアを焚く。

『ぐぅ……っ!』

 イヤフォンから小林のものと思われるくぐもった声が聞こえた。田﨑はレーダーを確認するが、小林のブリッツはまだ消えていなかった。こちらに来ないということは、何かは小林のことを追っているはずだ。

 田﨑はそのまま旋回し、なにがそこにいるのかを見極めようとする。

 そして右を見て、田﨑は息をのんだ。

 そこにあったのは、不気味な触手だった。

 太く、長く、禍々しい色をした触手が俺たちを追っているものの正体だった。しかし触手の主は見えない。

 田﨑はそのまま行けば触手の主にたどり着けるという判断のもとで速度を緩めないまま、その触手を辿る。

 しかしその時、前方から更に触手がのびてきた。

 ほぼ一瞬の判断で、田﨑はバルカン砲を発射した。ミサイルを発射するには距離が近すぎたうえ、そもそもその触手はレーダーで捉えることができなかったからだ。

 毎分6000発で発射されるJM61A1 20mmバルカン砲が低く唸りを上げ、その振動がコクピットにまで伝わってくる。

 運良く命中した銃弾は触手を蒸発させて、田﨑の行く道を切り開く。

 気がつくと、エンジンの出力が少しさがっていたが、気にすることなく触手の根元へ向かって直進した。

 そして霧の中に、うっすらと黒いシルエットが浮かび上がった。

 迷うことなく、そして力強く、田﨑はミサイルを二発発発射した。

 空に解き放たれた二発のミサイルは、その黒いシルエットへ向かって飛翔していき、それを()()した。

「――ッ!!」

 黒いシルエットを貫通したミサイルは少しの間迷走した後に、地面に衝突、爆発した。

 驚愕しながらも、黒いシルエットに近づいていくと、その正体がわかった。それは、巨大な『カタツムリ』だったのだ。

 まるで巻き貝のようなものを背負った黒いカタツムリ。それが敵の正体だ。その大きさはバカデカイ。本体だけで軽く150m、巻き貝の部分を入れたら170mはある。ウルトラマンメビウスの高さが約50mだから、メビウスの三倍のでかさだ。

 カタツムリの後頭部がうにょうにょと波打つ。そう思った途端にその波打った一つ一つが無数の触手となり、田﨑のイーグルを襲う。

 田﨑は再びアフターバーナーをたいた。

 襲いかかるGに、ぐっと歯を食いしばり、それから逃げようともがく。しかし、思ったより速度がでない。

 レーダーを確認すると、小林ははるか左を飛行していて、機首はこちらを向いていた。どうやら急旋回をした自分とは違い、やつは普通に旋回したみたいだ。

「カイザー・3よりCCP! 戦闘の続行は困難! エンジンの出力がかなり落ちている! カイザー・4とともに現場空域を離脱する」

『CCPよりカイザー・3。エンジンの出力が……? いったいどういうことだ』

 んなこと俺が知るか!

 異常接近を知らせるアラートが鳴り響いた。

 後ろを見ると、エンジンの出力がさがった影響か、無数の触手が迫っていた。

 死ぬ。

 そう思った。

 しかし次の瞬間、その触手たちは何かに切り裂かれて地面に落下していった。

 なんだと思っていると、イヤフォンから声が聞こえた。

『田﨑さん。田﨑さんが死んだら誰が俺に酒を奢ってくれるんですか』

 小林の声だった。どうやら、バルカン砲で触手を撃ってくれたようだ。

「小林……」

 田﨑は涙腺が緩むのを感じた。しかし、今は泣いている場合ではないと気持ちを入れ替える。

 再び小林に無線をいれようとした時だった。

「――なっ!?」

 ふっ、と唐突にレーダーから小林のブリッツが消えた。

 なにが起こったのか、理解できなかった。しかし、怒りだけは湧いてきた。

 田﨑はターンをし、再びカタツムリを向かっていく。

「小林の……(かたき)だ!」

 彼はそう言うと、ミサイルを次々に発射した。

 視界に再び無数の触手が見え、コクピットに迫ってきたのは、その時だった。

 その日、航空自衛隊、千歳基地のF-15Jイーグル。カイザー・リーダー以下の4機の戦闘機は、未帰還となり、パイロットたちの生存も確認できなかった。




 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。

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