八十七話 紋別壊滅
北海道、紋別警察署で当直をしている白崎巡査はデスクの上で鳴る電話を手に取った。
時刻は既に午前3時をまわったころだった。
「はい、こちら紋別警察署」
『……!! ……!! ――ッ』
受話器からは何やら騒ぐような、何かが壊れるような、明らかにただ事ではないことを思わせる音が聞こえてくる。
「どうしましたか? なにがあったんですか!」
『た、助けてくれ!! 助けてくれ!!』
また何かが壊れるような破壊音。そして次の瞬間からは男の断末魔と思われる叫び声が聞こえた。そして電話がきれる音。
白崎は確かな恐怖を感じ、しばらく受話器を握ったまま動けなかった。
しかしぶんぶんと頭をふり、すぐに通報者の元へ警官を送るべく近くの駐在所に電話をかける。
だが、電話は繋がらず、それが白崎をさらに不安にさせた。
自分が行くしかないと腹をくくり、歩き出した。その時だった。
背筋がどきりとした。
気がつくと、濃い霧が部屋の中に充満している。
あり得ない光景に、白崎は動けなくなった。
窓の方から視線を感じて、ゆっくりとおそるおそるそっちを向く。
「――ッ!!」
そこに見えたのは、巨大な目だった。
見たこともないような、巨大な目。
白崎の意識は、そこで途切れた。
千歳基地、第2航空団第203飛行隊所属、F-15J二機は、現在紋別市上空に向かって飛行していた。
夜間に突然スクランブルがかかったからてっきりロシアかと思ったが、どうやら違ったらしい。なんでも怪獣がでたという話だった。
「カイザー・リーダーよりCCP。もうすぐで現場空域に到着する」
コールサイン、カイザー・リーダー。航空自衛隊のパイロット、岡崎2等空佐はそう呟いた。
『こちらCCP。カイザー・リーダー、カイザー・2。高度を下げて怪獣がどこにいるかを報告せよ』
無茶なことを言う。
怪獣がどんな力をもっていて、どんな攻撃方法をするのかすらわからないというのに。それなのに敵に姿をあかせとは。
しかしそう思ったところで仕方がない。岡崎は腹を括る。
「カイザー・リーダー。ラジャー」
そう短く言うと、岡崎は高度を下げて雲の下に出た。
そうして見えた地上の景色を見て、岡崎は目を見開いて絶句した。
「か、カイザー・リーダー、CCP。視界に何も確認できず」
『カイザー・リーダー。それは何も異常がないということか? わかるように報告せよ』
「違う。何もない。建物も何も……消滅している。おそらく紋別市だけじゃない……周辺地域もだ」
視界には、何もなかった。あるのは、真っ黒な地面だけ。街灯の光も、それに照らされる建物も何もなかった。岡崎はその光景が信じられずにただあり得ないというふうに、首を横に振る。
そのとき、カイザー・リーダーの機体は白い霧のようなものに包まれる。
何も見えなくなった。それにさっきまでこんな霧はなかったはずだ。これはいったい? 岡崎がそう思ったその時だった。悲鳴のような声がイヤフォンから聞こえてくる。
『CCPよりカイザー・リーダー! カイザー・2ロスト! なにが起こっている! 状況を報告せよ!』
そう言われた瞬間、カイザー・リーダーははっとしてレーダーを確認した。
確かにあったはずのブリッツが、どこかに消えていた。
「カイザー・リーダーよりCCP。霧で何も見えない!」
ぞわりと、背筋に悪寒がはしった。
何かの視線を感じて、岡崎は左に顔を向けた。
「――!?」
そこにあったのは、巨大な目だった。
次の瞬間、異常接近を知らせるアラートが鳴り響いて、岡崎は咄嗟に機体を上昇させる。
アフターバーナーを全開にし、襲いかかってくる重力と戦いながらその場から逃げだそうとする。その時に計器類を見ると、高度も何もかもをが絶対にあり得ないような、でたらめの数値をはき出していた。
「カイザー・リーダーよりCCP! 怪獣発見! 繰り返す。怪獣を発見! 怪獣は霧の中にいる! 計器類はイカれてる!!」
その間も、異常接近を知らせるアラートは鳴り響いていた。
後ろから何かが迫ってきているのはわかっていた。
そしてそれがどんどん近づいてきているということも。
岡崎は重力に歯を食い縛りながらフレアを放出させた。運が良ければフレアがそれに命中すると思ったからだ。
『CCPよりカイザー・リーダー! たった今千歳より新たにカイザー・3と4を出撃させた! それまで――』
そこで無線が突如とぎれた。
気がつくと、エンジンの出力もかなり下がっている。
そして機体がガクンと揺れる。なにが起こったのかと思って首を回して翼を見ると、そこには、あるはずの翼が消滅していた。
接触した……? いや違う。そんな衝撃はなかった。
1983年、アメリカ軍のF-15戦闘機は片翼を失いながらも無事着陸したことがある。だがしかしそれはアフターバーナーを仕様することで体勢を立て直すことができたからだ。今の岡崎の機体はアフターバーナーを全開にしているにも関わらず、スピードがまったく出ていない。
バランスを失った機体はきりきりと回転しながら地面に向かって墜ちていく。
慌ててベイルアウトしようとレバーを引いても、何も反応しなかった。
なにが起こっているのかわからないまま、彼の意識は彼の乗る機体が地面に衝突する前に、濃い霧の中に分解されていった。
※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。