楓は、どこともわからぬ田舎町の橋の下で静かに寝息をたてながら寝ていた。
辺りにはパラパラと小雨が降っていて、普段は農作業をしている農家の人々の姿も、唸り声を轟かせるトラクターを音もなく、吹いてくる風はとても冷たいものだった。
楓の全身は泥だらけで、靴も履いていない足の裏は、まるで山の中を全力で走ったかのように傷だらけだった。
そんな中で、楓は目を覚ました。
最初に感じたのはどうしようもない空腹感だった。それもそうだ。ここ数日なにも食べていないのだから。最後に食べたのはなんだったのかと思い、記憶を探るとそれは病院を抜け出す前に食べたおいしくない病院食だと思い出して、どうせならもっと美味しい物を食べておけばよかったと、今さらながらに後悔した。
楓はため息をつく余裕もなく、ただただぼーっとした。もはや動くのさえ、頭を働かせるのさえ怠くなった。そのはずなのに、自然とあとどのくらい生きられるのだろう、と考えてしまう。ここ数日、楓が何度も思ったことだ。しかし結局はいつも、もう長くはないだろう、という結論に達する。瞼を閉じると、しっかりと縁を型どった死の形がそこに見える気がした。
そんな楓を、何か強い光が襲った。
楓はその光に怯みながらも、そちらを向く。そこには嫌な感じのする男がカメラを構えていた。
「君、榊原楓ちゃんだよね? とある人に頼まれてきたんだ」
その男はそう言った。しかし興味のない楓は目を逸らして、そしてなぜか自分の名前を知っている見ず知らずの男に少し警戒した。
「宇佐美って人にね」
宇佐美、その名前が聞こえた瞬間に、どろどろのヘドロに捕まったようだった脳が軽くなり、思わずその男を見返した。男はそんな反応がおかしいのか、少しにやける。
「宇佐美が会いたがっているんだ。一緒に来てくれないかな?」
楓は迷った。自分が気になっている宇佐美なる人物と会うべきなのか、そしてこの男は信用できるのか。
「あ……」
出しかけた言葉は最近ろくにしゃべっていなかったせいか、途中で途切れてしまった。
気を取り直して、楓は言葉を発する。
「あなたは誰なんですか?」
その声は自分でも不思議に思うくらい怯えていて震えていた。まるで本能がこの男が危険だと言っているかのように。しかし、もはやそれを楓にわかるだけ頭は働いてくれなかった。
「俺はね」
男が一歩近づき、橋の影の下に入った。
「ヒルカワというものだよ」
そのう言って出された笑顔は、どこか薄っぺらいものだった。
※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。