ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

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 いまいちの出来です。


八十五話

 インペライザーは現れてから、ぎこちない動きを繰り返す。まるで何をすべきか計算しているようにそれは見えた。

 町の人たちも突如現れた鉄の塊に何をどうすればいいのかわからず、ただ立ち尽くすことしかできていない。

 しかし、次の瞬間だった。インペライザーが上半身を高速で回転させながら光弾をむやみやたらに撃ちまくったのだ。その光弾は高層ビルにぶつかり、一瞬にしてそれを破壊していく。

 町にコンクリートが降り注ぎ、人が無差別に殺された。

 だが、それを阻止すべく、メビウスに変身した宇佐美が登場と同時にインペライザーに飛び蹴りをいれる。それによってインペライザーはバランスを崩して倒れる。

 わっ、と人々が避難を始めて、辺りはパニック状態となった。

 

「セヤッ!!」

 メビウスはインペライザーに構える。その異質な物体からは明らかな格の違いが感じられた。

 だがそんなことは今のメビウスにとってはどうでもよかった。ただ、ぶちのめす。あと少しで首相官邸にたどり着けた宇佐美はそれしか考えられなかった。

「ヤァッ!」

 メビウスは走り、そしてインペライザーに連続してパンチを食らわせる。金属に本気でパンチをしているせいで、拳が痛かったが、メガリュームクラスタのせいでもうどうとも思わなくなっていた。しかしそんなメビウスのパンチはまったくきいておらず、メビウスは一旦下がり、メビゥームブレードを出現させる。

 メビウスは再び走ってインペライザーに斬りかかろうとしたが、それはインペライザーのガトリングガンによってメビウスがはね飛ばされたことで中断された。メビウスは地面に激突し、苦しそうに呻いた。それも無理はない。あれはタロウのストリウム光線とほぼ同じ威力なのだ。

 メビウスはふらふらと立ち上がる。そして何の策もないのにインペライザーへと向かっていく。

 メビゥームブレードを振りかざすと、しかしそれは装甲の前には歯が立たなく、いともたやすく刀身は折れてしまった。そしてインペライザーが振りかざす鋼鉄の腕を前にメビウスはされるがままになるしかなかった。

 確かに、宇佐美は強くなっただろう。メガリュームクラスタを圧倒できるようになり、かなり不完全ではあったが、ザギも倒せた。しかし、それでもまだ本来のメビウスにはほど遠いのだ。

 メビウスは耐えきれずにその場に倒れ、インペライザーはそんなメビウスを踏みつぶす。

 そしてインペライザーはそのままメビウスを蹴っ飛ばして、メビウスは町をごろごろと力なく転がる。

 そうするとインペライザーはメビウスに興味をなくしたのか、そっぽを向いた。

 

 

 

 少女にとってメビウスは、正義のヒーローだった。

 帰路で男たちに絡まれたあの時、メビウスがいなければ私の人生はきっとめちゃくちゃになっていた。

 あの時は本当に怖かった。怖くて怖くてたまらなくて、声をあげることもできなくて、泣き出してしまいたかった。

 そこに現れたのがメビウス……宇佐美だった。あれはただの偶然だったと思う。そっちを向いたら目を逸らしてしまったから、あの人も助けようかどうかを悩んでいたんだと思う。

 助けて。他の誰かだったら言えなかったかもしれない言葉が、なぜかあの人には言えた。そしたら助けて貰った。

 だから、今度は私があの人を助けなきゃいけない。

「頑張れーーーー! ウルトラマーーーン!!」

 少女は羞恥心と不安で震える声を張り上げて、思いっきり叫ぶようにそう応援した。

 ただ声を張り上げるだけ。応援することだけしか私はウルトラマンにできない。

 その時、あの鉄の塊がこちらを見た。

 怖くて、怖くてたまらない。足が震えて、生まれたての小鹿みたいだと、自分で思った。それでも、少女は、流れてくる人の波の中で必死に足を踏ん張って、手をメガホンのようにして、叫ぶ。

「ウルトラマーーン!!」

 その瞬間、インペライザーの頭部にあるガトリングガンご鈍い光と共にチャージを始めたらしかった。

 足が震えて、逃げられなかった。

 気がつけば、周りに人はいなくなっていた。

 死ぬんだ……。

 その言葉が、不思議と頭に浮かんだ。

 怖くて、制服のスカートを強く握る。

 そして、素早い音とともに光弾が撃たれたことがわかった。死の恐怖がより一層高まり、現実的なものとなる。少女は恐怖で目を閉じることすらできず、それを待つ。

 

 しかし、その光弾は少女に当たるより前に何かにあたって弾けた。

 

 視界いっぱいに広がるのは、巨大な赤と銀の背中。周囲はしんと静まりかえり、ピコンピコンという音だけが運良く残ったビルに反射している。

 

 

 

 とことん自分がバカだと思う。勝てるかどうかすらわからないのに身を挺して子どもを守り、さらに体力を消耗する……笑えてくる。自分で言うのはなんだが、こんなお人好し、世界中を探したとしてもあんまいないのではないだろうか。

 メビウスはよろよろと立ち上がり、そんな力はもう残っていないにも関わらず、力を振り絞るようにして、バーニングブレイブに姿を変える。

 ここで諦めるわけには、いかないのだから。

 そう思い、メビウスはインペライザーに構えた。

 肩が上下する。それは止めようと思って止められるものではないのだろうが、今はやかましくてしょうがなかった。

 何がなんでも目の前の相手に集中しなければならない。そうでもしなければ勝てるかどうかわからない。

 昔の資料で見たことがあるが、やつには再生能力があり、木っ端みじんになっても再生するらしい。それを阻止するために過去では超強烈な一撃をやったり、圧縮したりしたらしい。しかし残念ながら自分にそれだけの力は残されていない。もしできたとしてもその時はメガリュームクラスタを倒したあの時と同じように死にそうなほどの激痛が襲ってくるはずだ。

 万事休す……? いいや違う。

 人に頼るのはあまりかっこよくないし、少し恥ずかしい。しかし、今は頼りたい。自分の読みが正しければもうすぐで彼らが来るのだろう。なぜなら彼らはあのお方たちが大嫌いなのだから。

 と、はるか頭上から何かが轟音とともに飛行する音が聞こえた。しかしその方向を見てもその姿はすでになく、青い空が広がっているだけだった。

 そして次の瞬間にインペライザーが爆発する――いや、正確ち言えばインペライザーに放たれたミサイルが炸裂したのだ。

 メビウスは上空を探し、そして米粒のようなそれ――A-10を見つけた。

 煙が晴れた時、インペライザーは大きく体が抉れていた。それを再生能力で治癒しようとするが、それをさせないようにミサイルが降り注ぐ。

 インペライザーは無数の破片にわかれ、しかしそれでも再生しようとバラバラになった破片が空中に集まる。

 その瞬間をメビウスは見逃さなかった。

 メビウスブレスから出現した炎を胸に集め、巨大な火球を生成し、そしてそれをまだ再生途中のインペライザーに叩き込む。

 炎がインペライザーに衝突し、その体を包み込み、大きく爆発した。

 

 

 

 少女はメビウスの勝利を見て、心底ホッとした。そして同時に彼の戦いは、本当に命がかかっているのだと理解した。

 彼女はしばしメビウスの背中を見続けた後、帰路につこうとした。しかしそこで、五人くらいの人たちがこっちを不安そうに……あるいは怒ったように見ているのに気がついた。

 そして突然、一人の男らしきものの声が叫ぶ。

「あいつはウルトラマンの仲間だー!! ウルトラマンがあいつを身を呈して守ったぞー!! ウルトラマンを応援してたぞー!!」

 その言葉に、他の人たちもこっちを向く。その表情はどれも、恐ろしい。

「全部あいつのせいだ!! あいつのせいで町が壊れた!! あいつがウルトラマンの仲間だったからあの怪獣は現れたんだ!! 全部こいつのせいだ!!」

 人々が詰め寄ってくる。

 ああ、これが群衆の心理というものだろうか。

 少女は背筋が冷たくなるのを、強く感じた。

 

 人間とは、愚かだ。

 ただ応援したというだけで、どうしたら小学生の女の子を責めることができる。

 そして俺はもっと愚かだ。

 応援したらそうなるということはもっと考えればわかったかもしれない。それなのに、ただ嬉しいと思っただけでなんの警戒もしなかった。

 こんなバカが他にいるか? こんなにも愚かなやつが他にいるか?

 悔しくてたまらない。こうして目の前にいて、唯一自分を励ましてくれた子が今こうして泣きそうな顔をして青ざめているのを見るのは大嫌いだ。

 昔は考えた。自分のイメージが悪くなったら大変だと。

 しかし、それを理由にして誰かを助けないことなど、どうすればできようか?

 宇佐美は一歩を踏み出して、少女の前に、まるで少女の盾になるかのように出た。するとテレビで見たことを覚えているのか、何人かの顔が恐怖に染まる。それが彼らが自分にもっているイメージなのだろう。

「責めるなら……俺を責めろ」

 誰も、何も言わない。それがイラつく。

「この子はあの怪獣と何の関係もない。ただ応援したらその大声にあの怪獣が反応しただけだ。それで俺は応援してもらえたから助けた。それだけだ。だからこの子は悪くない。罵倒したいなら俺を罵倒しろ。殴るなら俺を殴れ。殺すなら俺を殺せ」

 誰も、何も言わなかった。その場から動くこともなく、ただ冷や汗が流れ落ちる。

 叩く対象がひとりの女の子からウルトラマンに変わっただけでこれだ。イラついて、仕方なかった。

「……あんたら、大人だろうが!」

 宇佐美は怒鳴るという風ではなく、説教するかのように怒った。その声はしんとしたその場によく通った。

「子どもを導かなきゃならない大人が……なんでこんなことをするんだよ。なんで大人が子どもを見捨てるんだよ。そのせいで苦しんだやつがいるのをお前ら知ってるのか?」

 宇佐美の脳裏には自然と磯崎……そして楓の顔が浮かんだ。磯崎も弟が見捨てられたせいであんな風になった。あれさえなければやつが歪むことはなかったのだ。楓も大人が彼女を見捨てなければああはならなかった。

「あんたら恥ずかしくねぇのか……? こんなガキを集団で責めるのが正しいことなのかッ! 人間をなんだと思ってやがる!! ふざけんなッ!!」

 我慢していたが、結局怒鳴ってしまった。だが自分としては上出来かもしれない。いつもなら既に殴っている。

 ふつふつと煮えたぎる怒りをどうにか抑えながら、拳をギュッと握る。

「お前ら全員保育園からやり直してきやがれ」

 宇佐美はそういい放つと、少女の腕を掴んで群衆をかき分けていく。

 化け物。お前のせいだ。死ね。殺してやる。正義の味方のつもりか。そんな声が何度も耳に届いた。だがそんなことはどうでもいい。そんなことを言う奴など守らなければいい。見捨ててしまえばいい。そうすればいつかわかるはずだ。間違っていたのは自分自身だと。そう思って後悔して勝手に苦しめばいい。

 

 深夜、都内の某公園。

 宇佐美は街灯が真上から照らすベンチの上に座っていた。そしてそんな宇佐美の横ではあの少女が宇佐美の肩に寄り添って静かに寝息をたてている。じわりと感じられる体温が、なぜだか宇佐美を安心させた。

 一歩間違えたら犯罪者だな。などと割りと冗談にならない冗談を思いながら、宇佐美は大きく息を吐いた。

 自分はもしかしたら、この女の子と楓をどこかで重ねているのかもしれない。自分を応援してくれるというか、思いやりがあるというか、素直というか……よくはわからないが、どこか楓と似ているのだ。

 そう思いたい。




 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。

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