ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

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 今回は、磯崎の話です。


七十七話

――数日後。

 

 そこはやたらと暗い部屋の中らしかった。嫌な臭いが部屋中を包み込み、その中でわずかな刺激が鼻をついた。

 体を起こそうとするが、体中が痛くて力が入らなかった。しかしそれでも力を振り絞ってなんとか立ち上がる。近くにあるテーブルに体重を預ける。そうして一息ついたところで喉がひどく渇いていることに気がついたが、残念ながらテーブルの上に飲み物はなかった。

 体を確認すると、やはりどこもかしこも傷だらけで、しかし腰に挟んでいた拳銃はまだ使えそうな感じがした。警察官を辞めたにも関わらず拳銃を返していないなど、奴らが地球に来る前なら新聞の一面を飾るほどの一大事だが、今ではあまり気にしていない。それは行政的にどうなのかと思うが、皮肉にも自分は今という時代の価値観のおかげでこうして最後の悪あがきをする武器を持っているのだから非難しようにも、それはできない。

 男――磯崎はふらふらと歩き、立ち並ぶテーブルからテーブルへと体重をうつしかえていく。

「なんだ、起きていたのかい」

 そうして歩いていると、ふと誰かから声をかけられた。振り向くと、そこにいたのはイギリス人風の男だった。磯崎は思わずギョッとしたが、すぐに平然を装う。

「感謝してくれよ? 君を助けるためだけにメガリュームクラスタを一機失ったんだ」

「そうか。……それは悪かった」

 メビウスのあの光線。あれは明らかに今までのそれと違った。まともに受けていたら跡形もなく消し飛んでいただろう。しかし攻撃が当たるその瞬間にメガリュームクラスタが前に飛び出してきて、そのおかげで自分は助かったのだ。

 だが、俺は忘れていない。あの光の中にあったものを。あれは明らかな暖かいものだった。わかりやすく、手に入れようとすれば誰でも手に入れられるはずなのに、この時代の誰もが忘れてしまったもの。

 あれは、人のぬくもりだ。

 おしゃべりとか、遊びとか、食事とか、昔、人がすべてのことに感じていたものだ。

 どうでもいい人の行為とかそういうものに感動し、涙し、心が温かくなる。それがあの光にはあった。

 俺はバカだ。大切なことを忘れていた。俺たちが作るべき未来は犠牲の上に成り立つものではない。俺たちが守るべき未来は……まだよくはわからないが、守るべき未来はそうじゃないのだ。

 だから、俺は……やる。

 磯崎は決意すると、素早い動きで腰に挟んである拳銃に手を伸ばし、イギリス人風の男に狙いを定める。しかしその瞬間、腹に痛みが走り、気がつくとテーブルをなぎ倒して自分の体は地面に横たわっていた。

 腹にまったく力が入らないから、腹筋がやられたのかもしれない。

「やはり我々にウルトラの一族を入れるべきじゃなかった。まったく、これだから嫌いなんだよ。人間は。結局最後は光にひかれる」

 そこには見たこともない銃のような武器を持ったイギリス人風の男がニッコリと微笑んでいた。

 こいつは最初からわかっていた。自分がいつかこうするということを、こいつはわかっていたのだ。それをわかっていながら、平然を装っていた。

「あんなに人間を殺しておいたのに、今さら正義を振りまこうとする。……君は愚かにもほどがある」

 そんな挑発的なことを言われ、むかついて、少しだけ腹に力に入り「愚かなのは……貴様もだ」と言ってやった。

「俺は許せない。正義を貫き通せなかった自分も、人間を見下し、馬鹿にすることしかしない貴様も……ッ!」

 イギリス人風の男はまるでつまらないというように鼻で笑った。

「くだらない。……ならそこでしっかりと見ているがいい。大好きな人間が死にゆくさまを。……いや、見ていやがれ裏切り者が」

 イギリス人風の男はそう言うとスーツの内ポケットから黒い筒を取り出し、それを掲げた。

 その瞬間に筒から闇があふれ出し、磯崎は無駄だとわかっていながらもぎこちない動きで手で顔を覆った。

 部屋にはちきれんばかりに充満した闇は建物の壁を粉砕して外に漏れる。壁が破壊され、闇が行き場を求めるように外に出て行った後、磯崎の目に飛び込んできたのはたくさんの人が行き交う霞が関の姿だった。

 そこに闇が凝縮し、巨大な人形を造り上げていく。

 そして闇が完璧に人形を形成した後、闇は鼓動するように、一度大きな振動波を出す。

 それは官庁街の窓ガラスを粉々に砕いて、人々を吹き飛ばす。降ってきた窓ガラスが体に命中し、人々はなすすべもなくその生命を奪われていく。

 首が斬れて頭が転がり、ガラスに腕を持っていかれたり、そして逃げるためには絶対に必要な足を持っていかれたり、そんな人たちを見て悲鳴をあげる人たちで町は埋め尽くされていく。

 しかし磯崎はそんな光景を見ているだけしかできない。おそらく腹の傷は相当なものだ。ほおっておけばもうしばらくで死ぬと思う。

 結局、自分はバカだった。何も守れず、ただ死ぬのだ。ウルトラマンという強大な力を持っているというのに、自分は何もできないまま死ぬのだ。

 バカだと笑え。情けないやつだと笑え。

 人間がやり直すには悪人すべてを殺さなければならないというリアルしか信じられなかった俺を、そして結局は人間を捨てきれなかった俺を、笑え。笑ってバカにして唾を吐き捨てろ。

――それでも……いいから……。だから、

 磯崎は右腕にナイトブレスを出現させ、震える左手でナイトブレードをそこに差し込む。

 町では、黒い巨人が暴れていた。警視庁本部などを破壊している。このままでは皇居すらも危ないだろう。

 人は泣き叫びながら逃げる。子どもは何が起こっているのかわからないまま、ただそこに立ち尽くし、殺される。

 ナイトブレスには光が溢れ、それが磯崎の体を包んでいく。

 こんなことをして、自分の罪が消えるとは思わない。人間を殺したという事実が変わるとは思えない。だが、何もしないのなら、俺はそれこそ本当にクズだ。こうしてもクズという事実は変わらないかもしれないが、それでもやるのだ。

「ヒカリよおおおおおおおおおおおおお!!」

 例えその代償が、自分の命であったとしても。




 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。

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