ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

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七十六話

 死のう。

 その考えが現れたのは、突然のことだった。

 死ぬのはいけないということなどわかっている。意味がないなんてこと、一番よくわかっている。でも、こんな苦しいのになぜそれでも生き続けなければならないのだろうか。苦しんで、もがいて、その先になにがあるというのか。もし仮に希望なんてものがあったとしても、俺のこの罪悪感は、人間を殺したという事実は消えやしない。俺は殺したんだ。この手で。この手で友を殺したんだ。

 意気地なしだ? 細かいことを気にしすぎだ? ふざけるな! 人を殺したこの気持ちが一体誰に理解できる? 俺は軍人でなければ、既に警察官でもない人間だ。人間を殺すことが俺の役目ではないのに、なぜ殺さなければならないんだ?

 それに、友と思っていたやつを平気に、光線で跡形もなく消し飛ばせた俺は……一体なんなんだ!

 あの日、あの女の子を助けた磯崎に、俺は憧れていた。今までの自分を情けなく思うことができた。あいつは俺の目標だった。あいつがいなきゃ俺はウルトラマンなんかにならなかった。こんな正義感を持つことなんてなかった。いわば俺の元を作ったやつを平気で俺は殺したんだ。

 あいつがいなけりゃウルトラマンは生まれなかった。この世界をどうにかしてやろうと思えるやつを……そのための力を持ったやつも出てこなかった。

 そんなやつを、俺は殺したんだ……。

 何も考えないように、俺は殺したんだ。

 殺したんだよ!

 大きなことをやるには犠牲がでるってことはわかってる。でもな、だからってその犠牲の価値が小さくなるなんてことはない。いくらそいつが悪人だろうが善人だろうが、流れる血はどれも紅いんだ。どの命にも同じだけの価値があるんだよ。

きれい事とか、覚悟してなかっただけだって言うやつは考えてみろよ。その手で人を殺す光景を。息をして、胸が上下している人間に近づき、襲いかかる。相手はもちろん抵抗してくる。死ぬ気で抵抗してけるんだ。必死に逃げて、捕まってもそれでも尚、抵抗をやめない。そんな、生きたいと願ってる人間を……殺すことができるのか?

 状況が違うと言うやつがいるのはわかる。今回の場合は、明確にどちらかが襲いかかってきたわけではないからだ。互いに互いの主張を押し通した結果の戦闘だったから。でも、それでも殺せるか? 仮に殺せたとしよう。でもその後の未来に何の後悔も何もなく暮らせるか? 同じ人間を殺したことと向き合えるか?

 ……少なくとも、俺には無理だし、よほどの状況でなければ何の負い目も後悔もなく生きていけるやつはまともなやつじゃないと思っている。

 近くを見れば、ガラスの破片が転がっている。それを喉に突き刺せば、この痛みも、恐怖も、責任も、すべてが消える。

 宇佐美はそれに手を伸ばし、首元に近づけたが、しかしその手はそれ以上進まなかった。なぜなら、脳裏に楓のことが浮かんだからだ

 ここで自ら命を絶てば、自分はものすごくかっこ悪いのではないか。

 そんなどうでもいいことが、脳裏をよぎったのだ。

 もしかしたらそれは、自分が死にたくないがために、急遽死にたくない自分が作り出した意味のない理由なのかもしれない。でも、宇佐美はそれに救われた気がした。

 どうせ、俺は死ねないんじゃねぇか。

 そう思うと 無性に腹が立ってきて、気がつくと、

「チクショォォォォォォッ!!」

 と、叫んでいた。

 

 神原は陸上自衛隊の基地内にて考えていた。

 昔、自分たちが見たはずの……改ざんされる前にみんなが見ていたウルトラマンたちもみなこうだったのだろうか? 悩み、苦しみ、心がボロボロになりながらも必死こいて戦い続けていたのだろうか?

 もしそうだとしたら、俺は到底ウルトラマンにはなれそうにない。俺には誰かを励ますことはできても自分を励ますことはできない。

 それに、どうせこれから俺は殺されるはずだ。国家の転覆を図ったようなものなのだから、当然だ。誰もがウルトラマンを助けることが正しいのだと薄々感づいているはずなのに、それなのにまだほとんどの人がウルトラマンを助けようとしない。あの日降ってきた最後の光を人類自らの手で消すわけにはいかないのだ。

 我々自衛隊とは本来、国家国民の主権を守るために存在している。断じて意味のわからない宇宙人の言うことを守る存在ではない。だから、それを忘れてしまった人たちに思い出させなければならない。自衛隊とは国民を守るためにいるということ。警察とは犯罪者から国民を守るためにいるということ。政府とは全力で国民を守るために存在するということを。誰かがまた教えなければならない。

 今回のことに俺はたくさんの人たちを巻き込んだ。たくさんの自衛官を巻き込んだ。その人たちももしかしたら死ぬかもしれない。俺の下した判断のせいでそうなる。

 胸が痛くなる。自分のせいでたくさんの人が牢獄にぶちこまれるなど、望んではいない。でも、今回はそれで落ち込むわけにはいかないのだ。彼らとて何の覚悟もなく反乱を起こしたわけではない。その覚悟を踏みにじらないためにも、俺はやるしかないのだ。

 

 戦いが始まってから数分。もはやゼロに勝機はなく、ただ空を飛んで逃げ回るぐらいしかできないでいた。

 カラータイマーは既に赤く点滅を繰り返し、ザギの攻撃から逃げるゼロの動きにはどこか疲れが見える。

 別にゼロが弱いわけではない。奴が強すぎるのだ。

 そして、ただ逃げることしかできないだけのゼロに、遂にザギ・シュートが命中。高度数百mからゴツゴツした岩に叩きつけられた。もはやエネルギーすら風前の灯火のゼロに立ち上がれるだけの力は……もうない。

 地面の上でもがくゼロにザギは近づく。わざと絶望間を与えるために、ゆっくりと。

 しかし、急にザギの足は止まった。ゼロはその時に気づいた。ザギの胸にあるYの字のエネルギーランプのようなものが点滅しているのだ。

 そしてその点滅の鼓動とともに、この紫色の世界が崩壊していく。

 空が割れ、岩が崩れ、青い空と青い海の空間に戻る。

 何が起こっているのかはまったくわからなかったが、どうやら自分が助かったらしいということだけはわかった。




 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。

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