ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

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五十六話 心はまだ正義を掲げ

『今日、ウルトラマン駆除法が公布され、明日に施行される予定です。この法律はもしもウルトラマンが国内に出現した場合、内閣総理大臣の命令なくミサイルなどの兵器の使用を、例え攻撃を受けていなくともウルトラマンが相手だった場合のみ個々の判断により可能となることです。このことにより、各国の代表者たちは村形新総理の判断を高く評価するとコメントをしています。また、あのお方たちもウルトラマンが何度も出現する日本に戦力を集中させ、現在17体体制の対ウルトラマンロボ、メガリュームクラスタを30体増やした47体体制にし、ウルトラマンの駆除に全力を尽くすとコメントしています』

 …………。

 宇佐美は頭を掻いた。

 状況がどんどん悪くなっている。このままではいつか俺たちウルトラマンは圧倒的物量の差に埋め尽くされる。

 何かこの状況を打開できる方法はないのか。ツルギだってそのうちまた人を殺すはずだ。でも例えそうだとしてもそれに俺は何もできない。今の俺に奴を納得させられるだけの言葉はない。俺が人間を守っているのはただそれしかないからということだ。故に奴は理解してくれないだろう。今は落ち込んでいて人を殺してないが、もって後2日といったところだろう。

 しかし、俺はなんで人間を守っているのだろうか? それしかないというのは紛れもない事実だ。しかし、まだその中にもっと具体的な理由があるような気がする。

 宇佐美はそこまで考えると微笑した。

「俺は俺のことすらわからないのか……」

 笑っていたが、声は重々しく、言った後の表情はどこか悲しげだった。

 自分のことすらわからない今、俺にツルギを止める資格なんて存在するのだろうか。俺のやっていることは、実はものすごく身勝手なわがままじゃないだろうか。

 自分自身の本当の気持ちも何もわからず、ただ動く。それはとても楽なことだし間違っていることではないし、後悔することもないだろう。しかし、今はそれができない。俺一人の決断ですべてが動く。ただ動くだけでは守れるものも守れず、行き着くはずの答えにもたどり着くことはできやしないだろう。

 にも関わらずそんな軽率な行為なんて……できるはずがない。

 人は時に全部自分に任せろと言う。しかしそれはとても厳しいことだ。自分が一つ何かを間違えたら誰かの命が失われてしまうかもしれない。死ぬ必要のなかった人が死んでしまうかもしれない。それが一日二日ならいい。でもそれがずっと続いたら……少なくとも俺だったら頭がおかしくなる。

 だからできない。

 その時だった。

『速報です。先ほど警察庁が緊急の記者会見を開き、ウルトラマンメビウスの人間体を全国に指名手配しました。今回指名手配されたのはウルトラマンメビウスの人間体で、警察庁は元警察官で無職の宇佐美翔夢(23)を全国に指名手配しました。また、共犯者として同じく元警察官で無職の磯崎健二(23)も全国に指名手配しました。繰り返します――』

 速報と共に街頭テレビに表示されたのは無表情の宇佐美の顔写真と磯崎の顔写真。しかもどちらも警察手帳のものだ。

 状況がどんどんまずくなっている。

 宇佐美は辺りを確認し、自分のことをまだ誰も宇佐美だと気がついていないことを確認すると、静かにその体を裏路地に滑り込ませた。

 

「…………」

 目の前で行われているそれは、小学生を言葉巧みに路地裏に連れてきたであろう四人の男たちの卑劣な行為……の前兆。

「ねぇ、君何小? 名前は?」

 運がないとは正にこのことだろう。姿を隠そうと入った裏路地でこれだよチクショウ。

「え、いや、あの……」

 見た感じ小学四年生の少女が言葉を濁しながら涙目でこちらを見てくるそれは、おそらく助けを求めているからだろう。

 しかしこんな狭い路地で戦うのは結構きつい。物理的な意味で。

 ずっとちらりちらりと見てくる少女。だが、そんな目で見られても困るのだ。見た感じ私立だし、私立って普通大人が送り迎えしてることが多いんじゃなかったっけな。もしかして低学年だけなのかな?

 一見穏やかに考えているようだが、宇佐美はこれでも怒っている。ただこうでも考えていないとすぐにでも男たちを殴ってしまいそうだからだ。

 宇佐美は迷っていた。今ここで彼らを止めることは武力行使を使って簡単にできるだろう。しかし、それは同時にウルトラマンが人間に暴力を振るったということにもなる。このことが世間にバレればウルトラマンの立場はますます悪くなる。そんなことになればもはや地球は奴らことあのお方たちの思うままとなる。せめて指名手配されていなければなんでもできたのだが……。

 クソがッ!

 宇佐美は口の中で言う。そして少女から顔を反らし、くるりと後ろを向いて裏路地から出ようとした。その時だった。

「た、助けて!」

 少女の必死の声が、とても小さな声のように聞こえたが、宇佐美の耳に届いた。

 四人の男たちがこちらを向いたのが雰囲気でわかった。

「ありゃ、見てみぬふりですかぁ? 悪い人ですねぇ」

 男が言った。バカにされているようでムカついたが、しかし宇佐美は、

「いえ、なんのことでしょうか」

 世の中には、小さな存在を守れぬ者に大きな存在は守れぬと言う奴がいる。しかし、それは決してすべての場合に適用されるわけではない。この場合、小さな存在は切り捨てなければならない。

 男たちの笑い声が聞こえる。それが宇佐美の感情を逆撫でする。宇佐美は頭の中で奴らをぶん殴るイメージをして、どうにか怒りをやり過ごす。

 少女の表情が沈んだのがわかってしまった。その表情が宇佐美は嫌で嫌で仕方ない。

 助けてやりたい。でも、できない。

「度胸ねぇなぁ、あんちゃん」

 テメェらよりも年上だ。黙ってやがれ。クソガキどもが。

「俺ら優しいからさぁ、あるもん全部置いてきゃ見逃してやるよ」

 これ以上俺から奪える物はなんだ? バカにしてんのか?

「あ、それとも仲間んなっちゃう?」

 誰がどぶねずみみたいな奴らと、勘弁しやがれ。それに俺に少女趣味はない。俺をなんだと思ってる。

「――おい、なんとか言えよ」

 男が宇佐美の肩に手を置く。

「……勘弁してくださいよ。僕は面倒なことに絡まれるの嫌なんですよ。それに今は何も持ってませんし」

 宇佐美はにこやかに笑ってその場から立ち去ろうとする。

 胸糞悪い。

「いやいや、ならこの子襲っちゃって。それ俺ら撮るから。高く売れるんだよねぇ」

 胸糞悪い。さっさと消えろ。

「だからさぁ」

 男がニヤリと笑う。

 気持ち悪い。

 少女の助けを乞う目が、宇佐美を恐怖する目へと変わった。

「……やんねぇよ」

 今まで弱腰だった宇佐美の口から急に強気の声が出たものだから、男たちは「あ?」と声を漏らした。

「テメェ今なんつった?」

「俺に触るなクソ豚どもがと言ったんだ。ガキに手をだす害虫が」

 宇佐美は一回呼吸してから続ける。

「いくら世界が汚れきっても、やっぱり子どもの笑顔くらいは守りてぇよ」

「おいおいおい、何急に調子のってんだよ」

 次の瞬間、宇佐美の左腕に出された物を見て、男たちはぎょっと目を見開いた。

「な、なんなんだよそれ……ッ」

「俺はウルトラマンだ。あんま調子のってっとぶち殺すぞクソ豚ども。ぶち殺されなくなかったらさっさとブタ箱にでも行ってろ。今はむしゃくしゃしてんだ」

 それだけ言うと、宇佐美は道を開けてさっさとどっか行けと合図する。すると、男たちはすぐに血相を変えて走っていった。その場に残されたのは宇佐美と少女だけだが、通報される可能性もあるから宇佐美はすぐにでもこの場を離れなければならない。

 それにしてもムカついた。殺してやりたいなんて思ったのは……よくあることだが、本当に人間は汚い。やはりツルギの言う通りかもしれない。あんな奴らを守る理由なんてどこにもない。

 どうせ奴らは助けたところで何も変わらない。悪質な犯罪者だ。怒られて悪びれもしないクソ野郎。それが奴らだ。

 人間は殺さなければならないというツルギの考えがよくわかる。

「……殴るくらいよかったかな」

 思えば、ウルトラマンになってから、警察を辞めてから、俺は変わってしまった。重大なことを軽い気持ちでやるようになった。でも、もしかしたらそっちの方がいいのかもしれない。ウルトラマンとして、生きる。そういうことなら。

「お前もさっさとどっかに行け。……それからもう変な奴に着いてくな」

 宇佐美は少女にそう言う。むしゃくしゃしているせいでいつもより口調が悪い。少女は一礼だけすると、急いで裏路地から大通りに出ていった。

 そして宇佐美は誰の姿もそこからなくなったことを確認すると、コンクリートの壁に、

「――ッ!!」

 おもいっきり自分の頭を叩きつけた。

 めちゃくちゃ痛いし、額からは血がだらだら流れ出るし、意識が飛びそうになるが、全部我慢する。

 そして彼は裏路地のゆっくりと、ふらふら歩き出した。

――まだ、どこに行くのかも決まらぬまま。




 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。

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