荒川区。午後8時47分。
人間を守るとは、どういうことなのだろうか。
身を呈して守ったとして、それは果たして守ったということになるだろうか。今までわかっていたつもりのくせに、実は全然わからなかったことって案外多いもんなんなのな。
夜の公園、宇佐美はブランコに座り、かといって特にこいでるわけでもなく、ただその時を待っていた。
空には厚い雲がかかっていてしまい、残念ながら何も見ることはできない。そこにあるはずの月、もしかしたら見えるかもしれないウルトラの星が、まるで忽然と姿を消してしまったかのようだ。
守るべきか、守らぬべきか。人は簡単に守れというが、守るということは決していいことではない。自らの身を犠牲とし、いつ死ぬかわからぬ恐怖と常に隣り合わせで、生きなければならないのだ。例え愛する家族がいたとしても、守るためには最後の言葉すらかけてやれないかもしれない。俺にはあいにくそんな奴いないが、それでも死ぬのは怖い。
命に変えても、だとかそういうことは俺にはできない。死の恐怖、死の臭い。それは想像を遥かに越えている。
それに、クズを守ることにどんな意味があるだろうか。クズは人を傷つけ、その生命を蝕む。そんな奴を……俺は許せない。
殺したいほど憎む。何時間もぶん殴って、殴り殺したい。そうしてやりたいのに、俺にはなぜかできない。別にそれが悪いことだからではない。俺の中でそれは正しいことだ。ならなぜか。単に度胸がないからだ。
と、その時、遠くで悲鳴のようなものが聞こえ、宇佐美はいよいよかとすっかり重くなったかのような腰をあげる。自分に対してまだ助けると決めたわけではないとどうしようもない言い訳をしながら。
そこに行くと、一人の40くらいの女が、地面に座り込んでしまい、発狂しているところだった。そしてその視線の先には、
「…………」
ヒカリとは違う何かがいた。小学校のときの教科書に載っていた記憶がある。確か名前は『ハンターナイトツルギ』ウルトラマンヒカリの変異体であったはずだ。
その目付きはまさしく狩人。鉄に似た何かでできたその鎧には何か禍々しいものがみえる気がする。
ツルギは右腕を天に掲げる。すると夜の漆黒の闇に、青い雷がツルギの手に降り注ぐ。
――やばいッ。
本能的にそう思った。
宇佐美は、ウルトラマンが放つ光線によって人間を殺したことはおろか、その光景を見たことさえない。しかし、当たれば死ぬということはわかる。跡形もなく、蒸発するだろう。
ツルギは右腕を胸の前に持ってきて、そこに左手を交差させる。
「クソがッ!!」
宇佐美は左腕にメビウスブレスを出現させてツルギと女の間に割って入る。変身する暇などない。人間体のまま∞の形をしたメビウスディフェンサークルを出現させた。
直後、凄まじい衝撃が来たのがいやでもわかった。手がびりびりと振動したその威力はとてつもなく強い。その衝撃に宇佐美を目をギュッと瞑り、もしかしたらバリアがやぶられて死ぬかもしれないという事実を前に歯を食い縛る。
そして数秒後、それはようやく収まり、宇佐美はバリアを消した。
「なぜ邪魔をするメビウス」
「……こんな殺しかたしなくていいだろ」
「ならそこを退け。さっさと殺す」
それだけ言うとヒカリはナイトブレードを出現させてずかずかと歩いてくる。しかしそんなツルギの首もとに宇佐美は逆にメビウスブレスから出現させたメビュームブレードを突きつける。
「……何のつもりだ」
ツルギの言葉からは明らかな敵意が伝わってくる。
「俺はお前のやることが間違っているとは思わない。でも、お前にこんなことはさせない」
「なぜだ」
「殺せば、もう戻れなくなる」
「なら心配はない。俺はもう既に少なくない人間を殺している」
「……やめる気はないのかよ」
「ない」
即答だった。
宇佐美は後ろにいる女に顔を向けることもなく、ただ、死にたくないなら逃げろ。とだけ言った。次の瞬間には女は駆け出し、今までどこをのんきにほっつき歩いていたか、駆け寄ってきた機動隊によって保護された。
「そこを退け」
「なら俺を倒してみろ」
宇佐美はそう言うとメビュームブレードを消し、右手でクリスタルサークルを回転させ、そのまま左手を空高く掲げた。
「うおおおおおおおおお!!」
それに対抗するかのようにヒカリ――否。ハンターナイトヒカリも巨大化する。
荒川区で、今までに類をみないウルトラマン同士の本気の戦いが始まろうとしていた。
「ハアァァァァァァッ!!」
メビウスは変身するとすぐにメビウスバーニングブレイブへと姿を変える。そして改めてメビュームブレードを出す。その刀身はうっすらとオレンジ色の炎が纏っている。
ツルギもナイトブレードを出現させる。しかしツルギは動かず、ただじっとこちらの動きを待っているだけだ。おそらくはこちらの動きを待って即座にカウンターをくらわすつもりだろう。
「どうした。俺を倒さなきゃやつは殺せないぞ」
我ながらちょっぴり悪いこと言ってるなぁ、と思う。だがこの言葉が今のツルギにどれほど通用するのかはわからない。何しろ今のやつにはもう優しさなんてない。でもあると信じるしかない。
「言われなくても――」
ツルギは一瞬だけ下を向くと、すぐにこちらに向き直り、
「わかっているッ!!」
ナイトブレードを横に振った。メビウスはその場にしゃがみこんでそれを回避し、そのまま前転をしてツルギの懐に潜り込むと膝の辺りにメビュームブレードを振るった。
戦いにおいて、狙うべき場所はなにも腹、肩、首などのきれいな場所だけではない。むしろ相手が予想だにしない場所を攻撃する方が効果的といえる。
メビウスはてっきりこの攻撃が決まりすぐに勝てると思っていたのだが……
「あまいッ!!」
前転から一気に攻撃なんて慣れないことをしたせいだろう。斬りかかった強さは予想をかなり下回るほど弱かったらしく、ツルギはぴんぴんしていて、足元にいたメビウスを蹴り飛ばす。
メビウスは地面に横たわる。しかし次の瞬間に思わず目を見開きそうになった。
ツルギがメビウスを狙ってナイトブレードを突き刺そうとしてきたのだ。メビウスは地面をゴロゴロと転がった後にメビウスは立ち上がる。しかしツルギがすぐにでも攻撃してこようとするのを見て、メビウスは近場にある鉄塔を掴むと、それをツルギに向かってぶん投げる。
「――ッ!?」
ツルギは予想していなかったことに一瞬だけ怯む。しかしその一瞬はメビウスに反撃のチャンスを与えるのに十分過ぎた。
「セヤッ!!」
もう言いなれた掛け声的なものとともにメビウスはツルギに斬りかかる。縦に、横に、斜めに、いろんな方向から斬りかかる。そんなメビウスの戦い方にツルギは一瞬驚いた素振りを見せたが、すぐにナイトブレードで防御していく。
ギンッ! ギンッ! と互いの剣がただ力任せにぶつかり合う音が辺りに響かせる。
そしてツルギとメビウスの剣がそのように何度かぶつかり合ったときだ。ツルギがメビウスの剣を完全に防ぎ、ギリギリと両者一歩も譲らない剣の押し合いが始まった。
「メビウスッ! あんな奴らのどこに守る価値があるッ!!」
「んなもんどこにもねえっ!! ただ目の前で殺されるの胸くそ悪いだけだッ」
「そんなのが理由になるかッ!! 答えろメビウスッ、貴様はなぜあんなゴミ同然の奴らを守るッ! お前は知ってるか!? 俺の弟はなぁ、あんなクソ共の身勝手な理由で殺されたんだぞッ!! 人殺しをお前は守るのかッ!?」
ツルギの力が強くなった。普段は冷静なくせに、まさかこんなに熱くなるやつだったとは。
「……それでもなぁ。俺はやらなきゃなんねぇんだよ! 俺はウルトラマンなんだ!! この道を選んじまったからには、例え殺人者だろうがなんだろうが、もうやるしかねぇんだよ!! お前もウルトラマンなんだろうがッ!!」
「ウルトラマンだからなんだっていうんだ! ウルトラマンだからっ!! ……俺たちは俺たちの人生とか気持ちとか全部捨てろっつーのかよ!! ふざけんなっ!!」
ツルギの力が更に強まり、メビウスは弾かれてしまった。
メビウスにはツルギの気持ちが痛いほどわかる。現にメビウス自身が今そう思っているからだ。だから奴の気持ちはわかる。俺だって叶うなら殺してやりたいと思う。見殺しにできないだろうかと思う。でも、それは人間としてやっちゃダメなんだ。もどかしいし、辛いが、俺にできることはそれぐらいなんだ。それは俺たち自身が選んでしまった道なんだ。
その時、ツルギの斬撃がメビウスを右肩から左の腹までを捉えた。メビウスは思わず後退してその場に膝をついた。かなりダメージが入ったのか、肩で息をしている。それほどまでに、ツルギの今までの鬱憤を注ぎ込んだ一撃は強烈だった。
「お前にはわかるのかッ!? 俺たちがなんのために戦ってるのか! なんでこんなボロ雑巾みたいに身も心もぼろぼろにされなきゃならないのか!」
「……俺にもわからねえよ。そんなこと」
ツルギの一撃により、完璧に頭が冷えたメビウスは言葉から後悔に似た感情を表しながら言った。
「わからねえけどな、俺は……俺には俺を頼ってくれたやつがいた。だからまだ俺は戦ってんだ。……確かにこの世界汚い人間ばかりさ。どいつもこいつも自己中心的で胸くそ悪いことしかしねえし人を平気で裏切る。俺だって苦しいさ。クズを守るために戦うってのはな。何回も迷ったさ。悩んで、悩んで悩んで、それでも答えなんてでてこなかった。本当は俺だって奴らを殺してやりたかった。でも俺にはそんなことできねえんだよッ!! どんなに苦しくても、俺にはこれ以外ねえんだよッ!!」
「……俺には理解できない」
その声は、ほんの少しだけ泣いていたような気がした。それを聞いてしまってメビウスは動けなくなってしまった。否、動くのを躊躇った。
こいつだって迷っているんだ。でも、迷えば迷うほど心が壊れていくような気がしていく。だから……
「お前みたいな奴が、俺には理解できない。何がお前をそこまで動かすんだ」
「……俺が人間だからだ」
メビウスはそれだけ言うと立ち上がり、ツルギに背を向けた。
こんな奴をぶちのめせるほど、俺は残酷ではないし、おそらく奴にももう戦う気はないはずだ。
「もう、こんなことはやめてくれ。……俺たちは人間に必要とされてる。殺すのとは真逆だ」
メビウスはくるりとツルギに背を向けて、歩き出す。
「俺たちのことを人間が必要としたことは一度もない。それは……お前もわかってんだろ」
最後に聞こえたツルギのその言葉が、胸にぐさりと刺さったが、そのままメビウスは姿を消した。しかしその姿は、目の前の現実から逃げているようにも見えた。
※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。