ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

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五十一話 勇気なき感謝

『昨夜、足立区の路上で○○高校の教員が死体となって発見されました。警視庁によると殺害されたのは荒木啓介さん(28)歳で、帰宅中に何者かによって襲われ、殺害されたとの見方をしています。警視庁はこの一週間の内に同様の手段で起きた事件との関連を調べて慎重に捜査しています』

 当然の報いだ。貴様らには死こそふさわしい。

 磯崎は町を歩きながらビルに映されたそのニュースを見てそう思った。この世界を変えるには古き人間を完全に消し去るしかない。人間の不幸を見て見ぬふりするクソ共。

 磯崎は右腕にナイトブレスを出現させ、瞬時にツルギに変身する。周囲の人たちはその姿を見て逃げまどう。しかしそんなことはどうでもいい。ツルギの敵はすぐ前にいる。デブの男だ。こいつは今まで小学生ばかりにわいせつな行為をして、その被害者は200人以上と言われている人間の屑だ。

「な、何なんだよお前……ッ!?」

 こんな奴らがいるせいで世界が狂った。真の元凶はあのお方たちなんかじゃない。こいつら腐った人間だ。こいつらさえいなければ世界は今もまだましだった 全部お前らのせいだ。

 ツルギは男の首を掴み、その巨体を軽々と持ち上げた。男は苦しそうな声を出すが、抵抗できない。

「貴様のような屑のせいでたくさんの人が人生を壊された。貴様のような屑には間抜けな死がお似合いだ」

 ツルギはどんどん男の首を絞める力を強めていく。男の首がみしみしと音をたて始めるをの聞いてツルギは気分が高揚する。

「ガッ……!! アアアアア…………」

 男が息をしようとする声が聞こえる。このまま死ぬがいい。

 しかし、まさに男の首の骨を砕こうとしたその時だった。乾いた音が辺りに響き渡る。こんなビルがたくさん立ち並ぶ大通りで威嚇発砲をしたのはその警官が初めてだろう。

 その警官の手はぶるぶると震えている。何を怯えているのか、拳銃の一発目は空で相手を牽制することだけが目的だというのに。……ああそうか俺が怖いのか。愚かな警察。貴様らが犯罪を取り締まらないから世界はこうなった。刑法で定められていなくても人のために働くのが、俺ら……いやお前ら警察の使命だろうに。

「そ、その手を離せ!! 離さないなら撃つぞッ!!」

 馬鹿馬鹿しい。こっちは盾にするように男の首を持っている。もしも外せばお前は殺人罪で訴えられるかもしれないのにそんなことできないだろう。

「おもしろい警官ごっこだ」

 ツルギはゴキッと男の首の骨を折ると、そのまま死体を投げ捨てて怯えてしまっている警官を見て、ニヤリと笑った。

 

 宇佐美は長野県内、山に囲まれたその場所にて、たくさんの人々の先祖が眠る場所で、自分の先祖たちに手を拝んでいた。

 天気は快晴で気持ちがいい。山からは心癒してくれる鳥のさえずりが聞こえ、心が和む。

 今日は両親の命日だった。25年前の事実を公表しようとして政府に殺された日だ。まだ自分自身その話が本当だなんて信じられていない。いくら何でもあり得ない。奴らが人類すべての記憶を操作しているなんてこと。でもあり得ないことはもうたくさん起きてきた。例えばウルトラマンになっちゃったりとか。

 いっそのこと、ここで朽ち果ててしまえば、さぞ気持ちがいいことだろう。人もあまり来ないから静かだし、空気もおいしい。こんな場所で俺は死にたい。

 そろそろ楽になりたい。これ以上苦しみたくないし、人間に失望するのも嫌だ。例え奴らを倒し、もしも世界が平和になったところで、俺は元の日常に戻ることなんてできないだろう。人間の暗黒面に怯えながら毎日を苦痛とともにすごすだけだ。そんな人生のどこが楽しいのだ? 今死んで、楽になってしまいたい。

 宇佐美は周りの墓石を見る。どの墓石もすっかり汚れていてしまって、どうやらろくに掃除をしていないようだ。最近ではみなこうなのだろうか。悲しいものだ。学校では親は無条件に子を愛してくれるとか言っていたが、そんなのはきっと嘘だろう。もしも無条件に愛していたらみんなもっと墓の掃除をするはずだ。

 空をずっと見ていると、雲が動いているのがわかる。なんとも言えないいい景色だ。

「何か悩み事ですか?」

 ずっとボケーっと空を仰いでいると、ふと誰かから声をかけられた。振り向くと、そこには理系に見える40歳くらいの頭のよさそうな男がいた。誰だろう? 見覚えはない。

「ああ、すみません。ずっとそうしているもんですから」

 宇佐美が困っていると、その男は笑いながらそう言ってきた。普通ならなんだこいつ? と思うが、なぜだか憎めない雰囲気の人だ。

「ええ……最近いろいろわからなくなっちゃいましてね。ここに来たら何かわかるんじゃないかと思ったんですが」

 宇佐美は、最後の方、肩をおとし、ため息混じりにそういった。

「そうですか。奇遇ですね。実は僕もいろいろ悩んでここに来たんですよ。あなたと同じようにここに来れば何かわかるんじゃないかと」

 そういうと男は少し笑った。

「ああ、そうだ。僕は近場の大学で教授をやっている如月義人といいます」

 そういって如月は宇佐美に手をのばす。宇佐美はやけにフレンドリーな人だなと思いながらもその手を掴んで握手をした。

「僕はこの間父親としては一番やってはいけないことを娘にしてしまいましてね。それのことで嫁と別れたんです」

「そうですか。自分は……守るべきものがわからなくなってしまいまして。もうどうしていいのか」

「大変ですね。あなたも。自衛隊ですか?」

 その言葉にどう答えるべきか宇佐美は迷いつつも、まぁそんなもんです。と返した。

「こんな下らない世界で……人の人生を壊してる人まで助けていると思うと……もしかしたらそいつらはまた人の人生を壊すかもしれないのに、助けているのは正しいことなのかなと」

「……悩むこと、ないんじゃないですか?」

 その言葉への驚きのあまり宇佐美はえっ、と声を漏らした。

「その人たちが本当に悪い人かどうかなんてことを見破る術はないんです。助けるしかないでしょう?」

「……なら、わかってしまった場合はどうすれば」

「それは、あなた自身が決めなければならないことです。何事にも、最終決定権は自分自身にあります。あなたのしたいようにしてください」

 さてと、それでは僕はこの辺で。そういうと男はくるりと後ろを向き、すたすたと歩いていく。そのとき宇佐美は初めて男が水桶も何も持っていないことに気がついた。墓参りに来たにしては明らかに不自然である。

 と、男が再びこちらを向いた。

「あ――いや、それでは……」

 男は何かをいいかけて、しかし何も言わずにそのまま帰っていった。

 だが、彼はその後、本当に言っているのか本人にもわからないほど小さな声で言った。「私の娘を……楓を助けてくれてありがとうございます。ウルトラマンメビウス」

 その声は、長野の山々に消えていった。

 

 病室で楓は、ドアが開く音が聞こえて目を覚ました。

 入り口に立っていたのは、もう何ヵ月も会っていなかった気がするお父さんだった。

 楓のお父さん――如月義人は楓が起きているのに気がついていないらしく、ベッドの横にある椅子に腰かけた。

「楓……お母さんとは別れたよ。もうお前は自由だ。自分の生きたいように生きなさい」

 

 光の国。宇宙警備隊本部、会議室前。

 ゾフィーはパトロールで疲れきった体を引きずるようにしておよそこの世のものとは思えないほど幻想的な廊下を歩いていた。目的地の寮に行くのに、若い奴らには近道であるこの場所を通るなと言ってあるから、自分がここを通るのはあれだと思うのだが、この年になると体が昔のようにうまく動かなく、こうして近道を使わなければ体が悲鳴をあげてしまう。だからなるべく部下たちに見られないよう細心の注意を払いながらいつもこの道を通って帰るのがここ最近、ゾフィーの日課となっていた。

「そう。だから……処分命令を」

 会議室の前を通ると中の声が聞こえてきたが、その内容は頭の中に入ってこないでただゾフィーの右耳に入って左耳からぬけていくだけだった。

「ゼロも含める理由? 反逆に関わったからでいいだろうそんなもん。大丈夫だ。奴らなど簡単に騙せる」

 ウルトラの父の声だ。どうやら誰かと会話しているらしいが、相手の声は聞こえなかった。

「それでは――」

「あのお方たちに、乾杯」

 そんな言葉も、ゾフィーの脳内には残らなかった。




 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。

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