ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

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 遅くなってしまい、もうしわけありません。


五十話 狂ったヒーロー

 楓はどこかで目を覚ました。真っ白い天井。そして部屋にある窓からは灰色の空が見える。そして部屋に電気はついていないので、少し薄暗い。周囲にある機械などから楓はここが病院の中だということを理解した。しかしなぜこうなったのかは思い出せない。ただ最後、なんとなく暖かかったのは覚えている。でもそれがどこなのか、誰がそうしてくれたのかはわからない。そもそもここ最近の記憶がない。生け贄に選ばれて、家出して渋谷に行ったところまではまだ覚えているけれど。

「…………」

 なんだかすっきりしない。心の中にもやもやがあって、それが心の中から出ていってくれないようだ。

 心にぽっかりと空いた穴に、冷たい風が吹き抜けるようだ。

 わからない。大切……かどうかすらわからない記憶があって、それは忘れられないような記憶だったとは思うのに、今となっては何も思い出せない。

 悔しいような気持ちが心にある。でもなんでだろう。少しホッとした気持ちもある。

 と、体から力がガクッと抜けた。

 もう疲れてしまった。なんでもいいから今は寝ていたい。記憶なんてどうでもいいんだ。私は生け贄、いつかは死んでしまう。どうでもいいや。

 

 

 人に生きる権利など果たしてあるのだろうか。

 人を助けることはいいことだ。いつかはわかりあえる。そんなことを言っていながら世界は何一つ変わらないし、人の心はどんどん汚れていく。騙し、裏切り、見捨て、嘲笑う。残酷すぎやしないか。子どもを教育する教員だってそうだ。上っ面ではいいことを言っていながらその顔の下にあるのは黒い顔だ。いざというとき生徒を助けないし、それどころか無視。あるいはその生徒自身を非難する。そんなやつらに生きる権利があるか? 断じてない。そんな世界の害虫共は死んでしまえ。お前らに今まで何人の人が傷ついてきた? 何人が人間を信じられなくなってきた? 自分たちの行動一つによってそいつの人生が決まるということを奴らは理解していない。自由を縛られれば、そいつは革命したくなる。貴様らの間違った教育はテロリストを生み出しているだけだ。貴様らは何をやってきた? 見捨てて、見て見ぬふりをして、それで自分は幸せに結婚だとか甘えたこと言ってんじゃねえぞクソ共。人の幸せを壊して何が幸せだ。自分のことしか考えられない愚か者。そんなやつは教員なんてやめろ。ろくにやる気もないやつがなっても迷惑だ。やめないというなら俺が殺す。貴様らの上っ面をひっぺがした愚かな汚い顔をみなに見せてやろう。いやなら抗え、そっちの方がこっちは楽しい。その恐怖なんて貴様らが与えてきたものよりもずっと小さい。間抜け共。人間のゴミ。知っているか? 人は人を簡単に殺せる。ただ迷うかどうかだけだ。言ってみろ。貴様が今までしてきた愚かな行為を。貴様らが傷つけてきた人の名前を。貴様らは絶対に覚えていない。忘れてるんだろ。人の人生をめちゃくちゃにしていながら。貴様らはすっかり忘れてるんだろ。わかるぞ俺には。いじめられていた弟を見捨てた貴様ら教員は上っ面だけは謝っていたが、俺は見たぞ。仕事帰りに家族と待ち合わせてとても幸せそうに飯を食っていたことを。貴様らには決してこの痛みはわからない。人の気持ちがわからない悪魔ども。貴様らのような存在がいつも人間を狂わせてきた。原発反対原発反対。お前らがそう言ったせいで原発関係者の子どもたちがどうなった? 自衛隊反対、自衛隊反対。自衛隊員の子どもたちがどうなった? 貴様らはそのことに対して一度でも謝ったことがあったか? ないをだろ。自分を正当化する理由を考えてそれで終わりだ。貴様らのせいで何人の人生が狂わされた。学校という一つの閉鎖空間で逃げられないまま苦しんだやつが何人いた。それすらも貴様らは覚えていない。新入生がきたら気持ちを入れかえる。そんなクソみたいな理由をつけて貴様らは自らの罪を忘れた。今こそその報いを受けるがいい。

「や、やめろ! 俺が一体何をしたっていうんだよ!! 誰なんだお前は!? ……く、来るな……来るなああああああ!!」

「我が名はツルギ。正義の……ヒーローだ」

 ツルギは右腕のナイトブレスからナイトブレードを出現させ、その男の首に添える。そしてそのまま――、

 赤い鮮血が辺りに飛び散る。ゼーゼー、と喉を切られて露出した気管支から酸素を求めるその音が漏れる。ツルギの鎧にも鮮血が飛び散った。

 今まで雲に隠れていた月が、その姿を表し、ツルギの体を照らす。

 確かにその体はツルギのものだった。しかし、その姿はかつてのツルギとは似ても似つかない。ウルトラマンの姿ではない。まるで人間に鎧を着せたようなその姿はまさしく正義のヒーローに見えるかもしれない。

「我が名はツルギ。……正義の……ヒーローだ」

 彼を動かしているのは、もはや怒りだけなのかもしれなかった。




 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。

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