俺に、何ができるだろうか。
もうそろそろで某国の宇宙船の乗組員の回収が終わるというところで、宇佐美は自衛隊のテントの中で思った。助けるなんて言葉で言うことは簡単だ。でも、本当に助けるには、どういう方法で救うのかを考えなくてはならない。
このままタイラントが起きなければ、俺の出番はなく、無事に楓は助かる。しかしその保証はない。タイラントが起きてしまったその時、消防は救助続行が不可能になり、楓を助けてはくれない。その時は俺が助けるしかない。そしてその時、必ずメビウスの力が必要になる。
「宇佐美、ちょっといいか?」
テントの中でパソコンをいじっていた神原がそう言ってノートパソコンの画面を見ろ、と指を差している。どこかのまとめサイトらしかった。題名は『タイラントの近くにキチガイ発見www』そしてそのページを神原が下にスクロールすると、そこにはどこかの某動画投稿サイトにアップされたテレビ局の映像らしきものが埋め込み形式で配置されていた。
神原が再生マークをクリックする。
どうやらそれはドローンが撮った映像らしく、雑音はあまりなかった。また、左上には小窓でコメンテイターたちがいるスタジオがうつされている。
カメラは地上にいる、明らかに自衛隊の服装とも、消防、警察のものとも違う宇佐美の姿を捉えていた。映像の中の宇佐美はスマホを耳に当てていた。
『遠藤さん、どうやら民間人らしき人が自衛隊員たちの中に紛れているようですが、これはどういうことだと思いますか? 先ほどタイラントのお腹の中から救助された人たちがいましたが、その人たちの中の一人なのでしょうか』
男のニュースキャスターが不思議そうな顔をして首を左に向けた。左上のカメラ映像が遠藤というコメンテイターの顔のアップに変わる。
遠藤という名前には宇佐美も聞き覚えがある。確か元自衛官だったはずだ。
『そうですね……さきほどタイラントのお腹の中から救助された人という可能性はないと思われます。先ほどヘリで運ばれていきましたし、事情を聞くにしてもこんな危険な場所で話を聞くなんてことはあり得ませんし』
と、映像の中の宇佐美が、スマホの会話を終えてなにやら叫んだ。すぐに神原の手が宇佐美の肩に置かれる。
数秒して、映像の中で宇佐美が神原の方を向いた。そして叫ぶ。
『何が生け贄だ。何が死にたいだ。……あいつは全部自分で背負おうとしてるんだよ。俺たち大人が間違えてきたことを全部!! それなのに俺は……俺たちはなんだよ。子どものために何もできてねぇじゃねぇか!! それなのに昔から俺たち大人は自分にできもしねぇことを平気で押し付けて、子どもの笑顔を奪ってる!! いつも表面だけいいように思われるようにだけ行動する。楽に生きる。大人はいっつもそうだ。生け贄に選ばれた奴に対しては、何の言葉もなく、俺たち大人全員、ただただ拒絶しただけだっただろ!! それなのに、俺たちはなんでこんなのうのうと生きていんだよ。ほとんどの大人が、今、この瞬間も子どもを拉致してる。誘拐してる。やってやがる。傷つけてる。ド畜生以下のゴミムシどもがだ。俺はもう大人を許せねぇよ。今ここで言ってやるよ。俺は、例え奴が目覚めようとも、楓を助けるまでは倒さないからな!!』
実際よりもかなり声は遠いが、しっかりと聞こえた。自分で聞くと恥ずかしい。
『…………』
スタジオが凍りついたようだった。
ドローンの映像が消えて、変わりにスタジオの映像が大きくなる。
『楓……? 生け贄……? …………それってもしかして現在も逃亡中の榊原楓のことじゃないですかね?』
遠藤とはまた別の女性コメンテイターが言った。その顔は少し不安そうだ。
『えー、これはどういうことなんでしょうか。この男性と生け贄は何か関係があるということでしょうか』
と、少し遅れて榊原楓の顔写真が画面に写し出された。
『おそらく、そういうことだと思います。はい』
『そして、最後の倒さないとは……どういうことなんでしょうかねぇ。自衛隊にはそういった兵器があるのでしょうか。すみません。私、自衛隊にはあまり詳しくないので』
『いや……私も聞いたことないですね』
動画はそこで終わっていた。
『キチガイだなこれww こんなん吹くわ』『キチガイ死ね』『ただただ拒絶しただけだっただろぉ!』『ド畜生以下のゴミムシども←これ本人のことだろw』『うわー、痛いなぁ』『さすがにキモい』『俺たちはなんでこんなのうのうと生きていんだよ←なら自分が死ねよww』
コメントはそんな感じだった。
これが人間か。俺が守ろうとしていた人間なのか。こっちは辛くても、非難されても今まで守りたいの一心で頑張ってきたのに、その結果がこれか。汚れしかない。人の心などありゃしない。いつまでも人を見下してばかりだ。
「一瞬でも人間を信じようとした俺がバカだったよ」
口がポツリと勝手に言った。
「こんな奴ら人間でもなんでもねぇ。……ただの悪魔だ」
「……それが人間の本性さ。これをお前に見せたのは、これでもお前が人間を守るのかどうかを聞くためだ」
そんなこと俺に言えっていうのかこの男は。
「どうしてそんなことを聞く。お前は俺に人間を守ってほしいんじゃないのか?」
「……確かにそうだ。でも、お前の意思を確認しておきたい」
そのなのは決まっている。人間どもを殺してやりたい。俺はいつまでもただ黙っているお人好しじゃない。相手がガキだろうが、限度を越えた奴には殴りたくなる衝動だってうまれる。
「俺は……」
神原の真剣な眼差しが体中に突き刺さる。
「俺は人間を――」
宇佐美が言おうとした言葉は、突如何かに遮られて消えた。
「タイラントが起きるぞー!!」
その言葉のせいで、宇佐美の背中に冷たい衝撃がはしる。おそらく、何かの機械を使ってタイラントの眠りが浅くなったのに気づいたのだろう。
「おい神原! 救助状況は!?」
神原が無線を使って救助状況を尋ねる。
「どうやら某国の人らは無事救助されたらしい。後は楓ちゃんだけだ」
「今から救助できないのか!?」
「無理を言うな!! 間に合わないに決まってんだろ!!」
宇佐美は迷った。
メビウスになればこれ以上の被害をとめることはできる。しかし、そうしたら俺はタイラントと戦わざるをえなくなる。そうなれば楓は死んでしまうかもしれない。
腹の中に手を突っ込んで強引に車両ごと助けるという手もあるが、危険すぎる。下手したら助けた時に楓が死んでしまうかもしれない。助けるまで倒さないと言ったが、本当にこうなると、迷う自分がいる。
タイラントの近くにいる人たちは、死に物狂いの形相をしてこっちに逃げてくる。
「あーもうっ!! 行くぞ神原!!」
神原にそう言うと、宇佐美は駆け出した。タイラントの方ではなく、近くの空き地だ。
「ヘリを空き地に着陸させろ! 大至急だ!!」
神原も無線に叫ぶ。おそらく宇佐美はヘリから降下してタイラントの腹の中に入るつもりだ。確かに危険だが、消防隊員が今から救助をするのに比べたらずっと時間がかからない。
すぐに着陸したヘリに、宇佐美と神原が乗り込む。ヘリは大急ぎで離陸し、タイラントの上空数十mのところでホバリングを開始する。
そこに着くまでの数十秒で一通りの降下の仕方を神原にレクチャーしてもらった宇佐美は降下を開始しようとしたところで、神原がとめた。
「死ぬなよ」
「ここで死ねるかよ」
去り際にそう言って。宇佐美は降下する。
宇佐美は今にも起きそうなタイラントの上をダッシュで急ぐ。上空のヘリはもうすでに遠くへ飛び去ろうとしていた。そして、宇佐美は腹の中にズルッと入っていってしまった。
モロボシは、壊れたビルや、ひび割れたアスファルトを、ただじっと眺めていた。
今ならまだ後戻りできる。まだボクはカプセル怪獣を一度使ったに過ぎない。今ならまだ後戻りができる。
モロボシの本来の役職は恒点観測員だ。その仕事は星の文化や環境を監視して、イレギュラーの存在によって文明の崩壊が起こる危険がある場合、それを排除して平和を維持するために戦うことだ。
25年前、あのお方たちというイレギュラーの存在を排除するために彼は戦った。しかし、実力行使をもってしても排除できなかった。それは、それが宿命だったと思うしかない。つまり、今の彼が守るべきものはあのお方たちがこの地球にいるという文化そのものなのだ。それを無視してまで戦うのが、少し怖かった。彼が昔、東に言っていた『力はあまりない』というのはそういうことだ。
彼が本来やるべきなのはメビウスというイレギュラーを排除すること。でも、そんなことはできない。だから、傍観者でいたい。でも、それを彼自身の心は許していない。こんな世界間違っていること、わかっている。でも、立場上、これ以上の介入は許されない。
モロボシはウルトラアイを見る。
何も言わず、そこに存在し続けるそれは、情熱が宿ったような赤色をしている。かつて、これを失った時、もう二度とこれを持つことはないと思っていた。でも、ボクは再びこれを持つことができた。これは運命なのだろうか。それとも偶然なのだろうか。
メビウスは今、タロウのウルトラバッチを持っている。それが東の決意だろう。ならば、ボクの決意はなんだ?
わかっている。
だから、ボクは人間を守る。身分なんてもう関係ない。ボクは例え死んでも人間を守りたい。
でも、それは果たして正しいのか? 例えばボクがウルトラセブンになって戦ったとしてだ。今まで、奴らと敵対しているのはメビウスだけだったから奴らはまだ本当の意味で交戦状態に入っていなかった。しかし、ボクのような……自画自賛ではないが、ベテランのウルトラ戦士が奴らとの戦いの渦に入れば、それこそ奴らは本気になるかもしれない。奴らの強さは、あの時実際に戦ったボク自身がよくわかっている。
軽はずみに、ボクも戦おうとは言えない。ボクの決断一つに数多くの命がかかっている。ならここでじっとしている他に選択肢がないではないか。
でも、これ以上じっとしていられない自分もいる。いくら拳に力を入れても、相手を殴れないことにもどかしさを感じる。事態は25年の間に絡まり過ぎた。
モロボシは、行き場のない怒りを体に溜め込みながら、空を見上げた。
灰色の空から、ポツリポツリと雨粒が落ちてきたところだった。
人生、こんなことばかりだな。迷って迷って迷っても、誰も答えを教えてくれない。そればかりか、答えを探して考え込むうちに、どんどん大切な何かがわからなくなってしまう。そうしているうちに、もっとわからなくなる。
鼓膜をやぶらんばかりの咆哮がモロボシを、そして町を吹き飛ばそうとする。
遂にあの悪魔の暴君が目を覚ました。
ボクが今からやることは、もしかしたら間違っているのかもしれない。でも、やらなければならない。一人のウルトラマンとして、一人の人間として。
「セブン、あなたがこの問題に介入していいと思ってるの?」
振り返らずとも 声でわかる。奴らの仲間のあの女だ。
「……ボクにはこれ以上黙ってみているなんてできない」
「本気で潰すわよ? 守る価値なんてない人間を守る悪い人は。……あなただってわかっているでしょう? 人間はあなたたちを私たちに売ったの。そんな人間に、守る価値なんてない」
「……確かに、君から見たら守る価値なんてどこにもないのかもしれない。でも、今のこの瞬間にも、ウルトラマンになってしまった一人の青年が、人間を守るために必死になっているんだ。ボクたちは昔から人間を守ってきた。裏切られても、それでもボクたちは人間とともに戦ってきた。守る価値がないなんて、何もしらない君に決められてたまるか!!」
モロボシはそれだけ言うと、ウルトラアイを目元に近づける。それはピタリとモロボシの目にセットされる。
「ジュワッ!」
それは彼の覚悟の現れだった。
次はセブンとタイラントの戦闘をやる予定です。いつになるのかはわかりませんが、次もよろしくお願いします。
※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。