高層ビル群の中で、それはひっそりと、しかし盛大ないびきをかきながら眠っていた。
その姿は周囲のビルの窓ガラスにも写っている。
「ゲホッ……! ゲホッ!!」
そんなタイラントの腹の中では生きることに絶望した人たち――数百人が、ウルトラマン……宇佐美にまだ気づかれないまま閉じ込められていた。
彼らの存在に気がついているのは日本政府の上の連中と鉄道会社の一部だけだ。
腹の中は暖かく、また、生臭い。
会社員、若者、老人、外人、赤ん坊。たくさんいる。そしてみんな項垂れている。
私は怖くて、赤ん坊は大声で泣く声も聞こえる。
それに耐えかねた一人の男が立ち上がる。
「うるせぇぞ!! クソガキくらい黙らせろ!!」
もうみんな限界なんだと思う。いつ死ぬのかすらわからない恐怖と、もう何時間戦って、後何時間戦わなければならないのだろうか。そんな恐怖と戦い続ければ、当然、人間の脆い心は壊れる。
考えれば考えるほど、心がボロボロになっていくのなら、人は当然、考えるのをやめようとする。しかし、考えるのをやめようとするほど、どんどんその恐怖は体にまとわりついてきて、そうではなくとも最悪、人はイラつきやすくなる。
その状況が、今である。
ぐぢょりぐぢょりと気味の悪い音がしている。それが人々の不安を余計に煽る。
窓から何か見えないかと、真っ暗な車内を歩いてどうにか窓らしき場所に手を触れ、外の覗いてみるが、相変わらず何も見えない。
ああ、ここは最悪の場所だ。
その場所の天井は、ぼやけてよく見えなかった。自分の目がどこかおかしいということに気がつくと、それがいやになって自分は目を閉じた。
耳には人々の怒声が聞こえる。音量からして、少し遠い場所からだ。
「だからっ、我々警察はですね、あんたら自衛隊みたいに訓練が行き届いているわけでもないし、装備が揃っているわけでもないんだ! その上あの……化け物の腹の中に警官を送って人間を救助しろなんて、馬鹿げている!!」
「SATがあるだろSATが、なんのために特殊部隊があるんだ!! ここで自衛隊をだしてしまったら、何かあった時に大切な戦力がなくなるんだぞ!!」
「SAT、SATと……彼らの力を過大評価しないでもらいたい!! 彼らはあんたら自衛隊と違って万能部隊ではなく、あくまで人質を救出する部隊だ! 第一、こんな作戦が成功するはずがない! 全員死ぬぞ!!」
「ならこのまま国民が化け物に食われるところを黙って見ていろとでも言うのか!?」
「それを言うなら警察官だって国民だ! 隊員たちを死にに行かせるような真似など私にはできない!! 自衛隊でどうにかしてください。こちらは逃げ遅れた人の捜索だけで精一杯だ」
「逃げ遅れた人の捜索だと? そんなのを本当にしているのか!?」
「なんだとぉ!」
どうやら警察と自衛隊でもめているらしかった。だが、次第に耳も聞こえづらくなってきた。
そういえば、自分はいったいなぜこんなことになっているのか、さっきまで自分が何をしていたのか、警察と自衛隊がなんのためにもめているのか、何もわからない。いや、もうやめよう。どうせ考えたって答えはでない。いつもそうだったじゃないか。いくら考えても答えはでなくて、いつも時間の無駄になった。
何もやる気は起きないし、考える気にもならない。ただ、眠りたい。長い眠りにつきたい。そうすれば、次起きた時にはこの最悪の世界は、少しくらいいい世界になっているかもしれない。
そうだ。眠ろう。もう楽になろう。そうなりたい。
……そうなりたいのに、俺はまだそうなれない……気がする。俺は……、
俺はなんだ? 俺はどうしたかった?
『この襲撃により、600人以上の方が行方不明。また150名以上の方の死亡が確認されています』
失望しようがなんだろうが、俺は何をしたい? 俺はどうしたい? 俺の大切なものはなんだ? 俺が救いたかったのはなんだ?
『この襲撃により、都内ではウルトラマンの助けを求める声が多く聞かれています』
……わかっているはずだ。人が死んだと聞いて、ここまで心が痛むんだから。助けを求められているのだから。
俺もバカだよ。ここまできても、まだ人間が大切なんだから。本当に馬鹿馬鹿しい。大バカ者だ俺は。
でも今、人間を守れるのは、俺だけなんだ。泣いて足掻いて、わめいたって、俺にしかできない大切な使命なんだ。そんな使命をほっぽりだしたりしたら、俺の親父とお袋が天国でいじめられちまう。
俺は人間が好きなんだ。とんでもなく自分勝手で、とんでもなく愚かな人間を、俺はこれでもかってくらい好きなんだ。
宇佐美は閉じた目を、再びあけた。視界はもうぼやけてなどいない。きっと、この選択が正しいんだ。
もう迷わない。迷ってる間に人がどんどん死んじまうんだ。やってやろうじゃないの。
「俺は、ウルトラマンなんだ」
そう呟くと、今まで心に立ち込めていたものはどこかへ消え去り、快晴の空の下、暖かな太陽を浴びているような気分になった。
※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。また、感想お待ちしています。